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No.078

Issued: 2005.08.18

野鳥と環境教育─北海道の湖を訪ねて─

目次
ウトナイ湖
ウトナイ湖サンクチュアリ・ネイチャーセンター
ウトナイ湖野生鳥獣保護センター
ウトナイ湖の知られざる歴史

 身近な自然のなかでも、雄大な自然のなかでも、野鳥は多くの人たちを魅了しています。その姿を観察しようと公園で双眼鏡を覗き込む人もいますし、野鳥を呼び込もうと庭に工夫を凝らす家庭や、鳴き声を録音する人もいます。日本の環境保全や生物多様性を語るのに、野鳥は欠かせない象徴ともなっています。ただ、趣味としての野鳥観察というと、どうしても正確な知識や専門の道具類を必要とする「玄人の趣味」として、少し敷居が高い印象も持たれます。「身近さ」と「敷居の高さ」をあわせもつ野鳥は、なんだか日本での環境問題の両面性を象徴しているようです。
 日常的に接することができる野鳥は、環境教育の世界で大きな役割を果たしてきましたし、今後も期待されています。今回は、国内で野鳥を主眼において環境教育を実践している2つの施設、北海道苫小牧市にあるウトナイ湖の畔に開設する「ウトナイ湖サンクチュアリ・ネイチャーセンター」と、「ウトナイ湖野生鳥獣保護センター」を取材しました。

ウトナイ湖

 先日、世界遺産に登録された知床半島は北海道の東端に位置しますが、苫小牧市は北海道の南側、“道南”と呼ばれている地区にある人口約17万人(2005年6月現在)の工業・流通の拠点都市です。ウトナイ湖は苫小牧市の郊外にあって、豊かな自然が残る環境と、北海道の空の玄関である新千歳空港から車でわずか15分という好立地に恵まれています。
 ウトナイ湖及びその周辺湿地帯には白鳥を始めとする様々な野鳥が飛来することから、国内外を問わず重要な地域としても広く知られています(写真1,2)。古くから保護・保全の取り組みがされてきました。

  1. 1981年:日本野鳥の会による日本初の「バードサンクチュアリ(野鳥の聖域)」設置
  2. 1982年:国指定鳥獣保護区特別地区に指定
  3. 1991年:ラムサール条約に基づく登録湿地として、日本で4番目に登録
  4. 2002年:東アジア地域ガンカモ類重要生息地ネットワークに参加登録
[写真1] ウトナイ湖を紹介する看板。

[写真1] ウトナイ湖を紹介する看板。

[写真2] ウトナイ湖周辺には様々な関連施設がある。

[写真2] ウトナイ湖周辺には様々な関連施設がある。


ウトナイ湖サンクチュアリ・ネイチャーセンター

 (財)日本野鳥の会が設置しているサンクチュアリには“ネイチャーセンター”と呼ばれる施設があり、レンジャー(専門員)の活動の拠点としてだけではなく、来訪者への情報提供の場や、地域の人々の活動の拠点として広く親しまれています。

 日本で初めて設置されたウトナイ湖サンクチュアリのネイチャーセンターは、2階建てのログハウスです。国道から続く林の中の砂利道を奥へ進むと突き当たりに駐車場があり(写真3)、そこからさらに、木立の中の木道を歩いていくと、木々の間から少しずつその姿が見えてきます(写真4)。

[写真3] この林道の奥にネイチャーセンターがある。

[写真3] この林道の奥にネイチャーセンターがある。

[写真4] ウトナイ湖サンクチュアリ ネイチャーセンター外観

[写真4] ウトナイ湖サンクチュアリ ネイチャーセンター外観


 1階には望遠鏡・双眼鏡・展示物のほかに木製の大きなテーブルと椅子があり、アットホームな雰囲気で野鳥や自然保護についての室内レクチャーが行なわれていました(写真5)。
 屋根裏部屋のような2階には、子ども向けの関連図書や、天板が“白鳥すごろく”になっているテーブルがあり、楽しみながら野鳥や周辺の自然のことを知ることのできる工夫が凝らされています。関連図書の本棚の横には、実際の大きさと重さに作られたの白鳥のヌイグルミ(職員の手づくり)が2体置いてあり、日頃経験することのない白鳥の重みを直に体感できます(写真6)。私たちが訪ねた時には、1階のテーブルで大人を対象にしたレクチャーが行なわれており、その間、子どもたちは望遠鏡を覗いたり2階で遊んだりしている、という光景が見られました。
 また、学校教育の一環としても利用されていて、近郊の小学校の児童たちから届いた感想文やお礼の手紙が多数掲示されていました。

[写真5] 和やかな雰囲気の中でも真剣に耳を傾けてレクチャーを受けている。

[写真5] 和やかな雰囲気の中でも真剣に耳を傾けてレクチャーを受けている。

[写真6] 白鳥のぬいぐるみ。抱いてみると想像以上に重たかった。

[写真6] 白鳥のぬいぐるみ。抱いてみると想像以上に重たかった。


ウトナイ湖野生鳥獣保護センター

 ウトナイ湖サンクチュアリ・ネイチャーセンターから約1.5km西へ進んだところに、ウトナイ湖野生鳥獣保護センターがあります。環境省と苫小牧市が共同運営している施設で、2002年に開設されました。ウトナイ湖周辺に飛来する野鳥に限らず、周辺の湿地帯に生息する動植物や環境全般についても様々な形で紹介しています(写真7,8)。望遠鏡やクイズ・パズル(写真9)の他、“野鳥ファイル”という図鑑がありました。紙に“印刷された音声コード”をなぞって再生する「スキャントーク」【1】という商品(2001年に製造中止後、「サウンドリーダー」と再製品化され、販売されている)を利用したもので、野鳥の絵や写真と説明の下に記載されたドット状のコードを、ファイルと一緒に置いてある片手に収まる大きさの器械でなぞって、その野鳥の鳴き声を再生するものです(写真10)。

[写真7] 秋冬の周辺環境について。

[写真7] 秋冬の周辺環境について。壁画下には様々な生物の生活面や冬眠の様子を見聞きできるパネルがある。この壁画の左側面では春夏の環境が同様に見られる。

[写真8] 「岸辺の植生が美々(びび)川の清流を保っている」

[写真8] 「岸辺の植生が美々(びび)川の清流を保っている」
美々川はウトナイ湖の水源であり、流れも自然環境も、その名の通り美しい川。一時は「千歳川放水路計画」によって破壊されそうになったが、数多くの人々の働きにより計画は中止され、美々川の自然は守られた。


[写真9] クイズのコーナー

[写真9] クイズのコーナー

[写真10] “スキャントーク”を利用した野鳥ファイル。手に持っている器械で帯状の部分をなぞると、その鳥の鳴き声を聞くことができる。

[写真10] “スキャントーク”を利用した野鳥ファイル。手に持っている器械で帯状の部分をなぞると、その鳥の鳴き声を聞くことができる。


 野鳥に関する本を見ても、鳴き声はカタカナの表記からイメージするしかない場合が多く、いざ自然の中で鳴き声を聞いてもイメージしていた声とは違っていてわからないことが少なくありません。古来より、鳥のさえずりを人の言葉に置き換えて漢字仮名交じり文で表現した「聞き做し(ききなし)」も、初心者にはイメージしづらい。CD-ROM付きの本などでは、鳴き声が鳴き声として再生されますが、頭出しや比較などが煩雑です。特に、2種類の鳴き声を交互に繰り返し再生するという作業に手間取り、“聞いて比較する”ことに集中できません。
 このファイルでは、“目で見て、手を動かして(なぞって)、耳で聞く”という一連の作業を自ら行なうことで、野鳥の姿と鳴き声を一体化させやすく、記憶にも残りやすいようです。また、聞きたい鳴き声を簡単な作業ですぐ聞けるので、掲載箇所が離れていても鳴き声を比較しやすい、繰り返し聞くことが容易である、などメリットがたくさんあります。試しに、2種類のカラスの鳴き声を比較してみたところ、とても簡単に聞き比べができて些細な違いもわかりやすく、新たな発見を楽しむことができました。このようなシステムがさらに普及することで、より多くの人が関心を持つよう期待ができます。
 また、センターを訪れた子どもたちからの質問とその回答が書かれた短冊がセンター内にたくさん貼られていますが、よく見ると質問はすべて子どもたちの直筆で、回答も質問者に合わせて平仮名でわかりやすい言葉で書かれています(写真11)。一方的な展示ではなく、双方向のコミュニケーションを意識した結果が表れているようです。

[写真11] 訪問した子どもたちの直筆の感想文や質問状

[写真11] 訪問した子どもたちの直筆の感想文や質問状


ウトナイ湖の知られざる歴史

 環境学習の施設では、幼い頃から環境や自然を身近に感じ、楽しく学ぶにはどうすればよいかという自問がつきまといます。バードウォッチングは大人が主な対象者となりますが、ウトナイ湖の両施設では、子どもから大人まで、実際に触れてみたり、体を動かしたりしながら、知識を深められるようにデザインされています。そこではハード面での設備の重要性もさることながら、ボランティアや館員の方々の子どもの目線に立った教育サービスというソフト面も鍵となっているようです。
 ウトナイ湖サンクチュアリ・ネイチャーセンター、ウトナイ湖野生鳥獣保護センターともに幅広い年齢層に対応できる設備や、訪問者とのコミュニケーションといった、親しみやすさという点に特徴が感じられました。このような親しみやすさを大切にしている両施設の姿勢の背景には、ウトナイ湖の歴史も関係しているようです。
 今日では、ウトナイ湖は日本でも有数の国際的な保護区となっていますが、30年ほど遡ってみると、冬のウトナイ湖は一面が凍る“白鳥がいるアイス・スケート場”として、近隣住民の身近な遊び場だったそうです(写真12,13)。保護区、登録地域、あるいは「聖域」を意味するサンクチュアリと呼ばれる今の姿からは想像しづらいところもあります。
 当時を知る人は、「27〜8年前は冬になるとウトナイ湖で白鳥を見ながらスケート遊びを楽しんでいました。夏はゴーカートなどもある、ちょっとした遊園地でした」と懐かしそうに語ってくれました。
 今はもうスケート場はなくなりましたが、白鳥の飛来地であることに変わりはなく、冬は休日になると親子連れが湖を訪れ、白鳥に餌をあげたり、子どもが白鳥の後ろをついて歩いたりと、当時と変わらぬ光景を目にすることができます。ちょうど世代的にも、昔スケート場としてウトナイ湖で遊んでいた子どもたちが親になり、自分の子どもを連れて、当時を思い出している人もいるようです。

[写真12] 白鳥の周りは一面の氷に覆われている

[写真12] 白鳥の周りは一面の氷に覆われている

[写真13] ウトナイ湖がスケート場だった頃(1977年2月)

[写真13] ウトナイ湖がスケート場だった頃(1977年2月)


 昔から近所の公園に行くような感覚で気軽に行けるウトナイ湖。そこを保護区にする際には、“何となく近寄りがたい場所になった”という印象を与えずに、過去のレクリエーション利用との歴史的な連続性を保ったまま、保護と交流のバランスを取ることが必要でした。行政や国際的な取り組みによる保護区の設定という理由だけで、地元の人々の立ち入りを禁じることはできません。ウトナイ湖サンクチュアリ・ネイチャーセンターと、ウトナイ湖野生鳥獣保護センターの活動は、そのようなバランスを保ち、地元の人も観光客も利用をしながら野鳥と環境の保護を理解していくことに一役買ってきました。いわば、自然保護と「開かれたウトナイ湖」の共存に貢献してきたといえます。
 近年、学校教育における「総合的な学習の時間」や、「環境の保全のための意欲の増進及び環境教育の推進に関する法律」の制定などもあって、学校における環境教育、地域における環境教育の推進、民間団体・事業者・行政・学校等の関わりが注目されています。(財)日本野鳥の会が設置したネイチャーセンター、環境省と苫小牧市の共同運営施設である野生鳥獣保護センター、そして学習の一環としてこれらの施設を訪問する近隣の学校、関心を持って様々な活動に参加する地域の人々。ウトナイ湖の自然を中心としたこれらの相互の連携や、ボランティアと行政の協働は、「環境教育への取り組み」の一つのスタイルを示しています。

【1】スキャントーク
2001年に製造中止後、「サウンドリーダー」と再製品化され、販売されている。
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