No.080
Issued: 2018.08.20
2018年国際水協会世界会議実行委員長の古米弘明さんに、水をめぐる未来のかたちを聞く
実施日時:平成30年7月19日(木)
ゲスト:古米 弘明(ふるまい ひろあき)さん
聞き手:一般財団法人環境イノベーション情報機構 理事長 大塚柳太郎
- 東京大学大学院工学系研究科、水環境制御研究センター 教授
- 昭和31年倉敷生まれ、広島育ち。
- 東京大学工学部都市工学科卒業、同大学院工学系研究科都市工学専攻博士課程修了。工学博士。専門は都市工学、水環境学。
- 東北大学、九州大学等を経て現職。アメリカスタンフォード大学、イリノイ大学、オレゴン州立大学、スイスEAWAG客員研究員も務めた。
- 編著に『森林の窒素飽和と流域管理』(共著)(技報堂出版、2012年)、『日本の水環境行政 改訂版』(編集代表)(ぎょうせい、2009年)など。
- 平成30年度、環境保全功労者環境大臣表彰を受賞。
SDGs(持続可能な開発目標)の一番の特徴は「誰も取り残さない」こと
大塚理事長(以下、大塚)― 本日は、長年にわたり水をはじめとする都市環境工学の教育・研究に取り組んでこられた、東京大学大学院工学系研究科教授の古米弘明さんにお出ましいただきました。古米さんは、今年9月に東京で開かれる国際水協会(IWA)世界会議【1】の実行委員長を務められますので、世界の水環境問題に、研究者・行政・企業などがどのように取り組もうとされているのか、会議の狙いと絡めてお伺いしたいと思います。
さて、水は最も基本的な環境要素の1つで、国連のSDGs(持続可能な開発目標)でも大変重視されています。特に目標6では「すべての人々の水と衛生へのアクセスと持続可能な管理を確保する」と謳っています。私たちにとって特に大事な点は何でしょうか。
古米さん― 2030年を目標年としたSDGs(持続可能な開発目標)は、2000年に採択されたMDGs(ミレニアム開発目標)と同じく世界の共通目標として設定されたものですが、今回は「Leave no one behind=誰も取り残さない」というのがポイントです。ビジョンや目標の多くに「すべての」という言葉が使われています。例えば、「安全な水へのアクセス」について、MDGsでは「安全な飲料水を利用できない人々の割合を半減する」という表現でしたが、SDGsでは削減目標ではなく「すべての人に安全な水へのアクセスを確保」という目標になっています。
大塚― 「世界に生きるすべての人のための目標」という言い方をしているところもありますね。
古米さん― MDGsは、先進国が途上国の問題に対してどうアプローチし手助けをするか、また途上国もそれに対して努力することが重視されていました。SDGsの17の目標は、中進国や先進国自身もやるべきことがあるという前提に立っているのが特徴です。例えば日本ではあたりまえに思われている排水の処理は、世界全体の2割でしか行われていません【2】。2030年までに、この未処理排水の半分は処理できるようにするという目標があり、途上国はもちろん、中進国も努力が必要です。この他、再生水利用や回収再利用などを通じ水資源を確保し、生態系を保全することは先進国の私たちの大きな役割なので、着目いただきたいです。
>質と量の両面を考えた効率的な水資源管理を
大塚― 水資源といっても処理や再利用など、非常に多くのことを考えていく必要があるのですね。もう一点、気候変動も水と非常に関係が深いわけですが、水不足や渇水の視点から世界を見渡して、どんなリスクがあるのかお話しいただけますでしょうか。
古米さん― 今後の気候変動、あるいは温暖化に伴って気象が極端化し、一層、渇水や水不足の深刻度が増すとともに頻度も上がります。水の量が減るということは、もちろん生活用水、産業用水などにも影響がありますが、排水処理等が不十分ですと質への影響が出てきます。水資源としての「質」が劣化することによるリスクは、水が不十分であることによる衛生問題、農業や工業への影響など、途上国、中進国、先進国のそれぞれで大きな課題になると思います。
大塚― 過去20〜30年という単位で見た時、水を巡る状況は深刻になっているのでしょうか。
古米さん― 日本は比較的水資源開発が進み、循環水利用や節水も導入しているので、流域水資源管理はできていると思います。先進国でも、アメリカのカルフォルニア州やオーストラリアは渇水時に非常に困っていて、再生水利用のプロジェクトを進めている段階です。一方で、アジア、アフリカは人口増にともなって水需要が増え、水資源の確保と排水処理の両面から生活の安全性が確保できない、或いは、経済活動が停滞するリスクが、どんどん高まってきていると思います。
水資源のコントロールと使い分けを進める
大塚― 水資源をめぐるリスクは原因が多様なので単純ではないと思うのですが、具体的な対処法としてどのようなことがあるのでしょうか。
古米さん― 広い意味では、温暖化の影響を軽減するとか温暖化に適応するという視点が重視されていると思いますが、「水」に特化すると、水需要をコントロールすること、水資源の使い分けがポイントです。適正な配置、バランスを取ることがとても大事で、水が少ないところでは水をあまり使わなくてもすむ農作物を作るように作付けを変えていくことなどです。もう1つは、効率的な水利用の管理をすることです。例えば、水のない砂漠地帯では根のところに1滴ずつ水を落とす点滴灌漑【3】など、有効な手段を考えるべきです。
大塚― 東南アジアをはじめとした雨の多い地域は、洪水対策と水資源管理のバランスをとることも必要ですね。
古米さん― 気象予測の精度があがってくれば、雨の予報に基づいて洪水防止と同時に灌漑の水を確保するダム運用を行うなど、トレードオフとなっている両方の対策を実施することができます。今までの経験に基づくより、もう少し科学的な技術・知見が増えることによって、水の資源管理の運用レベルが上がるのではないかと思います。
都市では節水が重要です。単に使用量を減らすだけではなく、水を循環利用し、カスケード利用【4】を進めることもあります。お風呂の水を洗濯に使ったり、庭にまいたり、1人あたりの直接的な水道水の利用量を減らす賢い水の使い方、節水をすることを一人ひとりが徹底できればよいのです。オフィスビルのトイレ用水は再生水と雨水を使うなど、都市にある水資源と水需要との適正配置を進めていきたいです。そして、それを支える処理技術を途上国でも活かせるよう、エネルギーやコストがかからない形で発展させていく必要があるでしょう。
大塚― 「すべての人に安全な水へのアクセスを確保」するというSDGsの目標に向けて、やるべきことはいくつもあると思いますが、都市と農村、先進国と途上国の特性を考えた対策はいかがでしょうか。
古米さん― 水の問題は水需要が増大する一方、地球全体の温暖化現象の影響にともない起きていることです。しかし、水問題は国や地域レベルから、もう少しブレイクダウンした流域単位で考える必要があります。そこにどんな産業があり、どんな水文化・文明があるか考慮し、地域の特性に根ざした対策を立てないと、先進国の技術をそのまま持って行ってもうまくいきません。ただ、途上国の大都市は、東京をはじめ欧州・アメリカの大都市が使っている効率的水利用の技術を最初から導入した方が、中途半端に段階的にレベルアップするよりは良いと思っています。一般的には、先進国の技術を途上国に導入する時に、いきなり先進国の技術をそのまま取り入れるのではなく、その国に合った適正な技術(appropriate technology)が必要だと言われますが、大都市に関しては先端的な技術を入れた方が結果として効率的なことがあります。もちろん、コストやエネルギー消費を考える必要はありますが。
大塚― まさに、ご専門の都市工学の分野の発想ですね。
9月の世界会議のテーマはShaping our Water Future〜水の未来をかたちづくる〜
大塚― 古米さんが実行委員長をされて今年9月に世界会議が開催されるIWA(国際水協会)は、研究者・行政・企業など、水に関わるさまざまな立場の人が協力して活動されています。IWAの紹介も兼ねて、世界会議でどんなことが議論されるのか、お話いただけますか。
古米さん― IWAは1999年に、IAWQ(International Association on Water Quality)という水質などの研究を行っていた組織とIWSA(International Water Supply Association)という水事業体のグループが合体してできた国際機関です。2年に1度開催される世界会議は、水に関する会議としては世界最大級のものです。今回の東京会議では100か国以上、約6000人の参加者を目標としています。参加者には大学や研究機関の人だけでなく、水関連の事業体、企業、いわゆる規制側の行政など、日本語で言えば産官学連携の場になっています。東京が開催都市なので、東京都の水道局と下水道局に開催国委員会の一角を担っていただいています。
大塚― 今年の会議のテーマは「Shaping our Water Future」とありますが、意図するところを教えていただけますか。
古米さん― 日本語だと「水の未来をかたちづくる」とでも言いましょうか。SDGsと同じように、未来に向けた水協会の共通目標を示しているものです。上下水道事業の将来像から都市の水管理システムの未来、さらには都市や農業や森林管理を含めた流域全体で考える広域的な水管理の未来の姿を見据えることをテーマに設定しています。加えて開催国委員会の日本からは、「Resilience(レジリエンス・強靭)」という言葉をキーワードに加えて欲しいとお願いしました。日本は2011年の東日本大震災をはじめとした地震や水害、さまざまな災害を経験しているので、その経験と復旧の技術を世界に紹介したいと考えています。副題は「Science, Practice & Policy for Sustainability & Resilience(持続可能な発展と強靭のための科学・実践・政策)」です。言葉は少し難しいですが、水事業の現場の実践にもとづいた科学的な知見や技術開発の情報を、政策をつくったり決めたりする立場の人たちに提供し、将来の強靭で持続可能な水管理に役立ててもらおう、という趣旨です。
大塚― レジリエンスは、災害などに見舞われたときに再び立ち上がる力、伝統的な地域社会が持っているような底力をイメージします。ボトムアップ的な側面はありますか。
古米さん― レジリエンスは、ここ4・5年急に出てきた言葉ですが、一番最初に私が知ったのは生態学の世界です。生態系の場合は、外部からのかく乱を受けた後、完全に破壊されずに元の状態に戻れる回復力だとか復元力のことをレジリエンスと言います。それを社会に適用すると元に戻る力、あるいは回復力とか復元力でも良いのかもしれません。個人的には「強くしなやかな」という言い方が気に入っています。
大塚― 「強くしなやかな」は、やわらかいニュアンスでいいですね。 ところでIWAのホームページには「Water Wise Cities」というフレーズが出てきます。ご説明いただけますか。
古米さん― 水は賢く(wisely)管理(manage)しようということですね。そのためにはtechnology(技術)やscience(科学)ではなくてwisdom(知恵、経験、予見力など)が必要だと考えています。水資源には限界があることを認識したうえで、途上国の人、先進国の人、おじいちゃん・おばあちゃん、子どもも青年も壮年も、いろいろな人を排除しないで、コミュニティ全体、都市全体が安全で安心で持続的な生活ができることを前提に考えなければなりません。そのためには「ひょっとすると過去の経験はそのまま使えないかもしれない」と考える賢さも必要です。
災害に備え、強くしなやかな地域防災力をつける
大塚― 先ほど日本の災害経験のお話が出ましたが、先日の西日本豪雨では200名を超える死者が出て、家屋への浸水など被害が広範囲に広がっています。気候変動とも関係があるのではないかと思いますが、この度の西日本豪雨について、古米さんの考えをお聞かせいただけますか。
古米さん― 今回の雨は、降り方も強く継続時間も長かったですね。高知の方で総雨量が1000ミリ以上であったと聞いて、あり得ないような数字だったので、間違っているのではないかと思ったぐらいです。今回の豪雨では河川の流下能力【5】を超えた洪水、さらに土砂災害という大規模な水災害が起きています。雨の降り方が変わってきているので、これが特殊だと考えてはいけない時代になりました。100年に1回とか200年に1回の現象ではなくて、50年に1回、20年に1回ぐらいの確率で起こると思ったほうが良いです。一番大事なのは、他人事ではなくこれからはどこでも起きうるという意識を持つ必要があるということです。そして、豪雨が来た時に人が亡くならないようにするには、早め早めに正しい情報が提供され、避難行動を誘導することが重要です。
大塚― 今回も首長さんが避難の判断をし、気象庁が呼びかけたものの、過去は大丈夫だったから避難しなかったという人が多かったと思います。
古米さん― 今までの経験はとても大事なのですが、経験を超える現象があるという認識を持ってふだんから準備することがもっと大切です。それも、一人ひとりの行動ではなくて、地域単位で行動できるかどうかです。つまり地域ごとの能力、地域防災力が肝になってきています。
大塚― 地域防災力の高い組織とはどんなイメージでしょうか。
古米さん― 例えば、リーダーがいて、そのリーダーがいなかったら2番目のリーダーがいて役割を引き継げることです。組織の強さというのは、その中にさまざまな役割分担をしている人がいて、1人欠けても誰かが補えるような、さきほど言った強くてしなやかなレジリエントなシステムなのかなと思います。
オープンイノベーションで多様な人々、異分野との交流を
大塚― まさにおっしゃった通りですね。最後になりますが、水問題に限らず、EICネットをご覧の皆さんにメッセージをいただければと思います。
古米さん― 昨年の6月まで会長を務めていた水環境学会で打ち出したことを、皆さんにもご紹介したいと思います。1つは、共創力。研究者、企業人、いろいろな人が共に何かに取り組むことによって生み出される力です。2つ目は国際的貢献です。国際的な視点で見ると日本はあまり多様ではないので、もっと外を知って、多様性を許容できる能力を持つことはとても大事だと思っています。そのための「オープンイノベーション」と「産官学連携」がこれからのキーワードだと思います。相手にとって面白い話だとか、知らない情報を持っていると、必ず魅力的な人が周りに寄って来て、楽しく会話が進んで交流が進みます。そして、それぞれが違う観点から見ているので、ともに議論するうちになにか新しいものが生まれ出る。共創されていきます。
大塚― それこそがオープンイノベーションですね。
古米さん― 1人1人が努力しないといけないのですが、多様な発想を否定することなく受け入れながら、おかしいところはおかしい、「俺はこう思う。私はこう考える」ということは言う。同時に自由な発想をして共に何か創り出す。こうしたオープンイノベーション的なところがもっと評価されるといいな、ということをお伝えしたいです。
大塚― 水という多角的にアプローチする分野がご専門の古米さんから、機知に富んださまざまな話を伺うことができました。本日はどうもありがとうございました。
- 【1】国際水協会(IWA)世界会議・展示会
- 隔年で開催され、100を超える国々から5,000人以上の参加者、200以上の出展企業が参加する、水に関する世界最大級のイベント。世界中から、研究者・事業体・企業等、水の専門家が一堂に集まる。
平成30(2018)年は初めて日本での開催となり、9月16日から21日まで、東京ビッグサイトで行われる。
http://worldwatercongress.org/ - 【2】排水の適正処理が行われているのは世界の2割
- 2017年の国連世界水発展報告書(World Water Development Report)によると、全世界の80%の排水は適正処理されておらず、途上国では95%が処理されずに排水されている。 http://www.unesco.org/new/en/natural-sciences/environment/water/wwap/wwdr/2017-wastewater-the-untapped-resource/
- 【3】点滴灌漑
- 穴の空いた配水管やホースから作物にゆっくりと水や液体肥料を点滴のように与えることで、水や肥料の使用を最小限にする灌漑方式。トリクル灌漑やマイクロ灌漑とも言われる。
- 【4】カスケード利用
- 1度使った資源やエネルギーを、使い道を変えて段階的に別の用途に使い、資源を有効利用すること。例えば、発電で生じた排熱を冷暖房に利用し、さらにその排熱で給湯することなど。水資源は、台所や風呂場で利用した水を庭の水まきやトイレに使用することができる。
- 【5】河川の流下能力
- 現在の河道の断面積で、どの程度の洪水を流せるのかを地点毎に流量で表したもの。
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