No.042
Issued: 2015.06.19
中央環境審議会会長の浅野直人さんに聞く、中環審の役割と、“環境配慮の必要性”を主流化するために大事にすること
実施日時:平成27年5月19日(水)18:00〜
ゲスト:浅野 直人(あさの なおひと)さん
聞き手:一般財団法人環境イノベーション情報機構 理事長 大塚柳太郎
- 福岡大学名誉教授。
- 昭和47年福岡大学法学部専任講師(民法)。昭和55年同教授、昭和62年から同大学法学研究科教授を併任、平成26年から法科大学院特任教授、平成27年4月より現職。
- 平成9年〜平成13年学校法人福岡大学理事、法学部長。
- 平成27年2月に中央環境審議会会長に就任。
- この他、福岡県環境審議会会長等を歴任。平成8年に環境保全功労者として環境庁長官・大臣表彰を受賞。
私はもともと民法が専門で、公害被害者の救済について研究していました
大塚理事長(以下、大塚)―
今回は、我が国の環境行政のお目付け役である中央環境審議会の浅野直人会長にお出ましいただきました。我が国の環境行政の現状や課題、中央環境審議会(以下、中環審)の役割などについてお伺いしたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。
浅野さんは長年にわたり、法学の専門家として中環審の委員をお務めですが、最初に、浅野さんが環境政策あるいは環境行政にかかわられるようになった経緯や、中環審が発足したころの状況などをご紹介いただけますか。
浅野さん― 私はもともと民法が専門で、公害被害者の救済について研究していました。加藤一郎【1】先生が主宰されていた「人間環境問題研究会」のメンバーとして勉強したことなどがきっかけになって、1980年に当時の環境庁から依頼を受け、元の「環境影響評価法案」【2】の国会審議を促進するための検討会のメンバーに加わったのが最初でした。
その後、今でいう環境基本計画の「走り」ともいえる「環境管理」の検討会や、さまざまな法律の準備のための検討会に参加しました。しかし、何といっても大きかったのは、環境基本法を作る作業に準備段階からかかわったことです。1993年に、環境基本法が制定されたときのことは今でもよく覚えています。
大塚― 当時は「公害」から「環境」への移行期だったと思います。加藤一郎先生のお名前も出ましたが、法学者の中でも民法の専門家が活躍されたのですね。
浅野さん― 大事なのは、公害被害者の救済より、被害を出さないようにすることです。私自身の研究テーマはもともとは裁判を通じての差し止め請求でしたが、裁判を起こさなければならない状況になる前に、行政がしっかり対策するべきだろうと考えるようになりました。ですから、専門外だった行政関係法にも首を突っ込む結果になったようなわけです。
日本の環境政策の2本の柱であった公害対策基本法と自然環境保全法に含まれる内容を、環境政策という1つの枠にまとめあげる
浅野さん― 中環審が発足したころの状況ということですが、1993年の発足時における定員は80名でした。最初の大きな仕事は、環境基本法に基づく環境基本計画を作ることでした。毎週のように部会を開き、小委員会を開き、さらにヒアリングも全国9カ所で開きました。
大塚― 80名ということですが、分野の異なる方々がお集まりだったのでしょうね。
浅野さん― そうですね。学者は大体その中の3分の1くらいで、産業界の方、労働組合の方、民間団体の方、マスコミの方などがおられました。
大塚― 80名の方々が一堂に会した会議も開かれたのですか。
浅野さん― それはほとんどありません。各委員は専門の部会に属して活動したわけですが、しかし環境基本計画を作る企画政策部会には特別委員を含めると49名の委員がおられたと思います。
大塚― 環境基本計画を作るのに、どのくらいかかったのでしょうか。
浅野さん― 1年です。まるまる1年をかけ、1994年12月16日に閣議決定されたのです。委員はこの作業にかかりきりという感じでしたし、環境省も省をあげて計画策定にとりかかったわけです。
環境基本法とこれを受けて作られた最初の環境基本計画の一番のポイントは、それまでの日本の環境政策の2本の柱であった公害対策基本法と自然環境保全法に含まれる内容を、環境政策という観点から1つの枠にまとめあげることでした。環境基本法の中に大気汚染とか水質汚濁という言葉が一言も入っていないのです。当時、環境問題といえば公害問題であり、自然保護は自然保護という別の領域となんとなく考えられがちであったそういう考え方を根本から変えることが課題でした。そして、この環境基本法を具体化するための環境基本計画ですから、各委員の関心を、大気汚染や水質汚濁のような個別テーマではなく、トータルな環境政策に向けるのにはかなりの努力も必要でした。
大塚― 委員には、公害問題にかかわられた方が多かったのでしょう。
浅野さん― 実は私も公害問題にかかわっていたのですが、会議では大きな目標に向かうことを目指してストレートな発言をし、ほかの委員からひんしゅくを買うこともありました。今思い起こすと、結果的にいい基本計画ができたので、中環審の役割は大きかったと思っています。
大塚― 浅野さんは本年2月に中環審の会長に就任され忙しい日々をお過ごしですが、国民の皆さまに、中環審の紹介をお願いいたします。
浅野さん― なかなか難しいですね。環境基本法の41条に中環審について規定があり、中環審が何をしなければいけないかが書かれています。まずは、環境基本計画を作ること、その改訂・見直しをすること、環境大臣や関係大臣から訊かれたことにしっかり答えることです。それから、いくつかの法律には中環審の意見を訊くようにと書かれていますので、それに該当する場合にも意見を述べることになります。それ以外に、中環審は環境大臣や関係大臣に意見を述べることができるとなっています。つまり、大臣から訊かれなくてもこちらから意見を述べることもできるわけで、私はこの仕組みも重要だと考えています。
その例としてわかりやすいのは、昨年7月に、武内和彦・前会長のもとで、中環審総会での議論を経て、これからの環境政策では縦割りをやめ、もっと横の連携を強化しなければいけないという、我が国の今後の環境政策の課題と戦略について包括的な意見具申をしたことです。また、福島原発事故を受け環境政策が放射性物質を扱うようになったことにかかわり、関係する法律の整理にかんする意見を積極的に述べ、その意見が法律に反映されたこともあげられます。
大塚― 分かりました。ところで、中環審に今は何名の委員がおられるのですか。
浅野さん― 現在、中環審の委員の定数は30名です。30名ではとても足りませんので、100名以上の臨時委員や専門委員に加わっていただいています。30名の委員が集まる総会で大事な決議をすることもありますが、通常は9つの部会で、臨時委員・専門委員にも加わっていただきそれぞれの分掌の事項について審議をしています。私自身はかつて8つの部会をかけもちしたことがありましたが、現在は、各委員が大体2つか3つの部会に属しています。
できるだけ縦割りにならないよう、横を眺め統合的な環境政策になるよう努力している
大塚― 環境問題は多様化・複雑化の傾向にあり、中環審への期待もますます大きくなっていると思います。会長としての抱負をお聞かせください。
浅野さん― 最初に述べたいのは、各部会がそれぞれの専門性に基づき議論するために、どうしても横のつながりが取りにくいことです。武内前会長時代になされた意見具申に、私もまったく同感です。できるだけ縦割りにならないよう、横を眺め統合的な環境政策になるよう努力しているところです。
もう1つ注意しているのは、当面の課題に誠実に対応するのは当然ですが、それと同時に、将来の課題への対応が重要なことで、該当する方策はできるだけ早期に行政に反映するよう努力したいと考えています。
大塚― 大変大事なポイントと思います。よろしくお願いいたします。
大事なのは、「事実は何か」を正確に理解すること
大塚― 話題を変えさせていただきます。浅野さんは、地球環境部会長も兼務されておられます。温室効果ガスの排出に関し、国際合意を目指すCOP21が本年末にパリで開かれますが、どのようなことを期待されていますか。
浅野さん― 今度の合意にはすべての国の参加を確保することが何より大事だと思います。そして、すべての国が本当にできることをしっかりと進めることです。「できる」というのは、「できる限り」ではないのです。それと同時に、「できることしかしません」も困りますし、「できるであろう可能なこと」を外してしまっても困るのです。
日本に関しては、国境を超えた貢献を期待したいですね。日本の排出量は世界全体の3%強ですから、途上国をはじめ国際的なレベルでの削減への努力が大事ではないかと思います。日本の技術や産業の力を動員して、地球全体の排出量を下げることに貢献することが大事ですね。
大塚― COPにおける日本のプレゼンスを上げる必要がありますね。
浅野さん― そう思います。日本から多くのNPOの方々がCOPに関心をもって下さるのは非常にいいと思いますが、日本の産業が果たしている役割に対する理解や評価が不足しているようにも感じます。国際的な発言力を弱くしないためにも、日本の一体感が高まるよう、中環審としても努力したいと考えています。
大塚― 先ほど放射性物質の話も出ましたが、東日本大震災から4年以上が過ぎた現在も、その復旧・復興が大きな課題です。汚染土壌の除染や中間貯蔵施設の運用、住民の被ばく線量の把握や放射線による健康影響への対処など、浅野さんのお考えをお聞かせください。
浅野さん― 復興・復旧に関して、環境配慮を着実にしなければいけないことは第四次環境基本計画で指摘しているとおりです。ただ、100%そうなっているか多少心配はあります。
私個人としては、被災地がこの機会に震災前と全く同じような元通りに復旧されるよりも、環境負荷の少ない低炭素型の都市に変わろうとされることを期待していました。当事者の方々の思いとは一致しなかったようで、そうなっていないことを少し残念に感じています。
放射性物質への対策は、地道な努力により着実に進展していると思います。関係者の方々に感謝するとともに、評価したいと思います。その上で、私が大事と考えているのは科学的な知見への信頼を確立することです。そのためには、科学的な知見を皆に本当に信頼してもらう手法の開発が、大きな鍵を握るのではないかと考えています。私が申し上げたいのは、「事実は何か」を正確に理解することの重要性です。つまり、必要以上に不安感を煽るとか、必要以上に危機感を煽るのはよくないと思います。安全性あるいは安心には主観的な評価に基づく部分があるのは確かですが、それにしても、科学的なデータに基づかずに放射性物質を最初から危ないと決めてかかるような議論は困るということです。
点検の「実質化」が大事で、ルーチンワークのようになってしまうと意味がない
大塚― 気候変動と東日本大震災からの復旧・復興にかかわる話を伺いましたが、ほかのテーマを含め中環審として浅野さんが力を入れていることをご紹介いただければと思います。
浅野さん― 環境基本計画、循環型社会形成推進基本計画、生物多様性国家戦略と、基本計画はいっぱいあり、それぞれに点検の仕組みがあります。問題は、点検を「実質化」しなければならないことです。点検が、日常業務的というか、ルーチンワークのようになってしまうと意味がないのです。
個々の領域にかかわることでは2つほどあげたいと思います。第1は化学物質の環境リスク管理です。統合的に取組むことが以前からの課題で、かなりよくなってはきたのですが、まだまだやることがあると感じています。とくにクロスメディア【3】の発想で考えることが大事です。この点は放射性物質と同じですね。
第2として、循環型社会の形成のための個別法が多くありますが、それぞれがまさに個別法になってしまい、相互の関連性が弱いことが気になります。これらをうまく関連づけることが必要です。また、廃掃法【4】が、循環型社会仕様に十分に転換されていないことも問題で、廃棄物ではなく資源であることを前面に打ち出すのが重要だと思っています。
大塚― よく分かります。ところで、先ほどの化学物質の統合管理を例にとれば、環境省だけでなく厚生労働省や農林水産省などとも密接に関係すると思います。省庁間の協働についてはいかがでしょう。
浅野さん― 循環型社会の形成もそうですし、ご指摘のように化学物質の管理もそうですね。化学物質に関しては、各省の間の連携が以前よりうまくいくようになり、合同会議も実質的な成果をあげるようになってきたと思います。
ただ、「循環」関連の法令に基づく対策は、省間の調整という以上にステークホルダーとの調整がうまくいっていないと感じています。ステークホルダー間の意思疎通、あるいは共通認識が進むことを期待しています。
「環境配慮の必要性」の主流化がまずもって必要
大塚― 少し視点を変え、中環審会長という立場を離れても結構かと思いますが、我が国が環境立国への道を歩む上でどのような課題があり、どのような点に重点的に取組む必要があるとお考えでしょうか。
浅野さん― 私がつくづく思うのは、生物多様性国家戦略の中で生物多様性という概念の主流化が必要だとされていますが、最近の状況をみていると、「環境配慮の必要性」の主流化がまずもって必要だと感じています。「経済優先」の風潮が強すぎ、「環境配慮の必要性」が主流化されなければいけないのです。その上で、武内前会長のときに出された意見具申の考え方を大事にしたいですね。そのために、3つのことを考えています。
第1は、長期的な目標を関係者が共有することです。別の言葉を使えば、皆が同じ夢をもてることです。目指すものは目標というような固いものではなく、夢でもいいと思います。こうなりたいということを皆が共通してもてるようになれば、それに沿うものが科学や技術によって開発されると思うのです。繰り返しになりますが、長期的な視野というのは固い目標でなく夢でいいのではないでしょうか。ただし当然ですが、その夢を政策に落とし込んでいくときには、しっかりとしたタイムスケジュールを考えなければいけません。
大塚― 長期的な視野が大切なことはよく分かります。
浅野さん― 2番目に申し上げたいのは、後継者を育てることです。一昔前の「公害時代」には環境の専門家が多く育ちました。環境が大きな問題になった当初は多くの方が関心をもったのです。ところが、最近は環境をしっかり研究しようとする人が少なくなっています。企業でも、公害技術を身につけた人が退職した後、環境分野でいい仕事をする人が減ってしまいました。「環境のプロ」を育てる人材養成は、とても大事なことだと思います。
大塚― 浅野さんが危惧されているとおりだと思います。
浅野さん― 3番目にあげたいのは、一番難しいかもしれませんが、ソフトの手法を用いた場合の研究あるいは活動の効果を測定する手法を見出すことです。というのは、環境の研究、あるいは環境をよくする活動にはハードだけでなくソフトが大事にもかかわらず、ソフトの研究は疎かなままです。ソフト面での研究に対する評価指標というか、評価のシステムがしっかりしていないので、どうしてもハード中心になってしまっているのです。この点は、自然科学の専門家にとっても苛立たしいと思いますし、我々のような社会科学分野の研究者にとっては非常に苛立たしいのです。
大塚― 環境研究におけるソフト面の重要性にはコンセンサスがあるのに、その効果の評価が不十分なことは心配ですね。
浅野さん― 本当にそう思いますね。事業仕分けのときに、無理やりに効果測定を試みましたけれども、あまり説得力がないですね。経済重視でお金以外の指標がないという感じです。環境への効果を考えるとき、たとえば豊かさの指標などにも関心を払わなければいけませんし、本当に大事なのはお金ではないと思うのですが、適切な指標がないのが残念です。
大塚― 環境への思い入れを深めたいですね。
時を超えて、地域を超えて、人と人が共に生きる、そういうことができる社会を目指すことが大事
大塚― 最後になりますが、EICネットは多くの方々にご覧いただいていますので、読者の皆さまに浅野さんからのメッセージをお願いいたします。
浅野さん― 環境に関心をもつ人は、入り口やルートが違っていても、目指すところは同じだと思うのです。登りついたところで顔を合わせ、「ようようよう」となるに違いないのです。この点をお互いに認識しながら、環境への関心を共有したいと願っています。将来世代に環境の恵沢をしっかり引き継ぐことは環境基本法の中に明記されていますが、このことは結局、時を超えて人と人が共に生きることだと思います。時を超えて、地域を超えて、人と人が共に生きる、そういうことができる社会を目指すことが大事なのです。目指すところをお互いに認識し合いながら、一緒に仕事をしていければと思っています。
大塚― 浅野さんにはますますご活躍いただきたいと思います。本日は、お忙しい中ありがとうございました。
注釈
- 【1】加藤一郎(1922年9月28日−2008年11月11日)
- 日本の法学者で、専門は民法。1969〜1973年に東京大学総長を務め、また1979年より法制審議会の民法部会長など多くの政府の委員を務める一方で、日本交通法学会(1970年)、公害・環境問題に関する人間環境問題研究会(1973年)、医事法学会(1977年)、金融法学会(1984年)、日本生命倫理学会(1991年)など、新しい分野の学会の設立に尽力した。
- 【2】環境影響評価法
- 環境影響評価法(通称・略称:環境アセスメント法・環境アセス法)は、1981年に国会に提出されたものの1983年に廃案となり、ついで、1984年に「環境影響評価の実施について」が閣議決定された。その後、1993年に制定された環境基本法において、「環境アセスメントの実施」が位置づけられ、新たな環境影響評価法が1997年に成立した。
- 【3】クロスメディア(cross media)
- 1つの情報を、複数の異なる種類の媒体や手法を横断的に利用して伝達すること。
- 【4】廃掃法
- 「廃棄物の処理及び清掃に関する法律」の略称。廃棄物の排出抑制と処理の適正化により、生活環境の保全と公衆衛生の向上を図ることを目的とする。
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