2024.07.04
第4回 PFASの基礎と現状
国立環境研究所 企画部フェロー 鈴木 規之
PFASと呼ばれる物質について、多くの報道などを目にするようになりました。PFASとはある化学構造の特徴を持つ物質群の総称ですが、その範囲にある化学構造はかなり多岐にわたり、性質や影響にはわかっていないことも多くあります。ここでは、PFASの科学的な定義、基本的な性質、環境汚染の状況、影響についての知見の状況、また今後の対応の方向性について解説します。
鈴木 規之(すずき のりゆき)プロフィール
- 2021年 現職
- 2015年 国立環境研究所環境リスク健康研究センター長
- 2000年 国立環境研究所地域環境研究グループ総合研究官
- 1995年 金沢工業大学講師
- 1986年 東京大学工学部助手
- 専門は環境化学・環境工学。環境汚染物質の化学分析と環境動態、多媒体環境動態モデルとリスク評価・管理の研究などを行う。中央環境審議会大気・振動騒音部会、健康保健部会臨時委員などの委員を務める。
PFASとは?
PFASとはPer- and polyfluoroalkyl
substancesの略称です。日本語では全または多フッ素化アルキル化合物と呼ばれ、炭素、水素、フッ素を含むある有機化合物群を指すことになります。このままだと物質名称としては非常に範囲が広く構造が定まりませんが、何年もかけての国際的な議論の結果、分子構造がある範囲の特徴を持つ物質がPFASと呼ばれています。
現在、PFASの名称で呼ばれる物質は、例えばOECD(経済協力開発機構)が示した定義iでは図1のような構造式の物質になります。図1に赤字で示された特定の構造で炭素、水素、フッ素を含む化合物であることがPFASであるとOECDの定義では示されています。化学構造式を見ても何だかわからないという方も多いかもしれませんが、図1に赤字で示される、フッ素原子を含む特定の化学構造を持つ多数の物質群を総称してPFASと呼ぶらしい、という程度にご理解いただければまずは十分です。このような定義により、具体的な定義の仕方により異なるものの、数千とか一万以上の物質がPFASと分類されることになります。
永遠の化学物質か
PFASを永遠の化学物質(Forever chemical)と呼ぶ例があります。永遠という表現は科学的には必ずしも正当ではないと思いますが、このような比喩を想起させる性質があるとは言えます。
PFASとされる物質群は、基本的には高い残留性をどの物質でも共通に持つ可能性が高いと考えられます。環境中に長い期間にわたり残り続ける性質という意味になります。ただし、実際には多数の物質のうち一部にしかデータはないので、共通して高い残留性を持つと考えられる、という推測にはなります。ほか、PFASの持つフッ素化されたメチレン炭素の特徴から、撥水・撥油などの性質を有する傾向が多いと考えられますがこれもすべてに実際のデータはなく推測とは言えます。
PFASの一つPFOA(Perfluorooctanoic
acid)は、身近なところではテフロン樹脂製造で、焦げ付かないフライパンに用いられたとされています(現在は使われていない)。米軍は火災を鎮火出来る唯一の物質としてPFASの一つPFOS(Perfluorooctanesulfonic acid)を定めて用い、ほか、日本国内でも消火剤などに使われて、いずれも安定で簡単には分解しない性質や撥水・撥油などの性質を持つという特徴による用途となります。
世界中で検出されるPFAS
PFASは現在も世界各地で検出されます。図2は北欧の海鳥の卵中PFOSの増加傾向としてよく示されるデータで、経年的に濃度が上昇している傾向が見えます。発生源から遠く離れた海域でこのような増加傾向が見える物質は多くはなく、この物質群が特に懸念される一つの重要な理由となっています。
現在、わが国では飲料水、環境水の暫定目標値を定めていますが、この目標値を超える例が各地の水道等で見つかることが報道されています。我が国の環境中では、令和1~3年にかけての調査結果では全国の公共用水域や地下水で検出されておりiii 、暫定指針値を超える地点もあり、個々には排出源が明らかでない場合もありますが環境中に広く存在することがわかっています。非常に多岐にわたる用途と広く環境中に見られることがPFASの一つの重要な問題と言えます。
PFAS、PFOSまたPFOAとそれらの影響
ここまでPFASと一言で呼んできましたが、PFASとされる物質は非常に多い一方で、健康への影響に関する知見がある物質は限られています。PFASと呼ぶ際には、PFAS全体を考えているのか、PFASの中の特定の物質を考えているのかを区別して考える必要がしばしばあります。
PFASの中でも早くから使われたPFOS、PFOAを中心に影響の検討が行われており、詳細な知見はこの2物質とほかいくつかの物質に限られています。しかしそのPFOS、PFOAでも様々に異なる知見があって、その影響は学術的にも見解が完全には定まっていません。それでもある程度は共通した影響が考えられており、発がん性、肝細胞への影響、免疫影響、ほかいくつかの病理的な観察などが議論されてきました。
表1はいくつかの国におけるPFOSおよびPFOAの飲料水に係る有害性評価値の算出根拠を整理した情報の抜粋ですが、各国はある程度共通の知見に基づきつつも判断値は必ずしも同一ではなく、ときに大きく異なる判断値を導出しています。我が国では暫定目標値としてPFOS+PFOA濃度で50ng/Liiiとされています。最近に内閣府食品安全委員会が耐容一日摂取量としてPFOSは20ng/kg
体重/日、PFOA は20ng/kg 体重/日との評価書を出して、この評価では「通常の一般的な国民の食生活(飲水を含む)から食品を通じて摂取される程度のPFOS及びPFOA
によっては著しい健康影響が生じる状況にはないものと考える」と述べています。現在の暫定目標値はこのような評価や今後の科学的知見の集積によりさらなる議論が必要になると思われます。
今後のPFAS問題への対応
わが国では、水道水等が暫定指針値を超過した事例、また血液中のPFAS濃度が高いとする報道などが多く見られています。近年の有害化学物質の中で、このように広範な指針値超過や、人体内での検出が見られる例は多くはなく、喫緊の対応が求められます。
PFAS類は残留性が強いため、どのような形態であれ環境中で過去の排出源が残存している可能性があること、一方で、この物質の影響評価が完全には定まらないこともあって対策方針もまた定まっていなかったことなど、今後早急に考えるべきことがあります。また、PFAS問題とも報道されますが、実際にはこのうちPFOS、PFOAあるいは個々の物質を区別する方が良いと思われる場合もあり、正確な理解に基づく対応も求められます。
現在、様々な研究が進められており、早期に影響評価を確定させて確かな方針を固めていくとともに、それによって具体的な対策を進めていくことが必要です。
引用文献等
- i Organisation for Economic Cooperation and Development, “Reconciling Terminology of the Universe of Per- and Polyfluoroalkyl Substances: Recommendations and Practical Guidance”, Series on Risk Management No.61, ENV/CBC/MONO(2021)25
- ii Risk profile on perfluorooctane sulfonate, UNEP/POPS/POPRC.2/17/Add.5, Stockholm Convention on Persistent Organic Pollutants, Persistent Organic Pollutants Review Committee. Second meeting, Geneva, 6–10 November 2006
- iii 環境省、PFASに関する今後の対応の方向性、参考資料.
https://www.env.go.jp/water/pfas/pfas.html
この記事についてのご意見・ご感想をお寄せ下さい。今後の参考にさせていただきます。
なお、いただいたご意見は、氏名等を特定しない形で抜粋・紹介する場合もあります。あらかじめご了承下さい。
※掲載記事の内容や意見等はすべて執筆者個人に属し、EICネットまたは一般財団法人環境イノベーション情報機構の公式見解を示すものではありません。