一般財団法人 環境イノベーション情報機構

メールマガジン配信中

アメリカ横断ボランティア紀行

No.032

Issued: 2011.12.13

魚類野生生物局でのボランティア開始

目次
引越し荷物
ボランティア開始
研修のねらい
経済課インタビュー
科学プログラムに関するインタビュー
テイコさん
アパートからの眺め

アパートからの眺め

 私たちが、ワシントンDCに近いバージニア州ボールストンという街に落ち着いたのは11月の半ばだった。ボールストンには、最後の研修先となる内務省魚類野生生物局がある。住居はボランティア向けアパートで、事務所のすぐ近くの高層アパートにある。部屋の窓からはポトマック川とその向こうに広がるワシントンDC郊外の森を見渡すことができる。
 ここでは、国立公園と国立野生生物保護区の違い、野生生物に関する国際協力プログラムなどについて研修する予定だ。


引越し荷物

 ボールストンに到着すると、とある一騒動が私たちを待っていた。レッドウッドのオリック郵便局から送った私たちの荷物は、アーリントンの郵便局長宛に連絡してもらい、私たちが引っ越しを完了するまで留めて置いてもらうはずだった。アーリントン郵便局からは、依頼の内容を確認したFAXもいただいていた。ところが、荷物は郵便局に留め置かれることなく、直接アパートに配達されてしまったのだ。確かに、これまでも「ノープロブレム」と言われて問題が起きなかったことはなかったが、今回もその例にもれなかった。

 私たちの引っ越しの際に毎回問題になったのが荷物の輸送だった。調べた限りでは、アメリカには日本のような引っ越し業者はなかった。だいたい大きなトレーラーを借りて荷物を積み込み、自分で運転して引っ越してしまう。私たちも検討したが、スピードの出ないトレーラーでカリフォルニアからワシントンDCまでを走り切る自信はなかった。
 荷物を送るなら、郵便局でも宅配運送業のD社でもよいが、いずれも配達指定や荷物の保管を扱っていなかった。マンモスケイブからレッドウッドへの移動のときはD社を使ったが、荷物の痛みが激しかったため、今回は郵便局を使うことにした。レッドウッドでいつもお世話になっていた郵便局長が、ワシントンDCの郵便局に直接かけあってくれたのだ。

引越しでへこんだ鍋。それでも今回はまだ被害は少なかった

引越しでへこんだ鍋。それでも今回はまだ被害は少なかった

引越し荷物が入っていた段ボール箱

引越し荷物が入っていた段ボール箱


 しかし、荷物は郵便局に留め置かれることなく、引っ越し先のアパートに直接配達されていた。当時、まだロシアの国際ボランティアが住んでいたので、荷物が入らない。そこで、ロシア極東プログラム長のスティーブさんが、自宅で保管してくれていた。レッドウッドから送った箱はいずれも、郵便料金の関係から1つあたり40キロ弱にきっちりそろえてある。それを自宅で一時保管し、私たちの入居に合わせて運び入れてくれた。感謝のしようもない。これが、日本人よりも几帳面で親切なスティーブさんとの出会いだった。
 ボランティア用のアパートのあるボールストンは、DC中心部からポトマック川を渡ったところにある。高層アパートの16階で、部屋は1LDKだ。これまでの一戸建てのボランティアハウスに比べるとかなり小さいが、日本のアパートとは比べものにならない。何といっても今回はルームメイトがいなかったから、洗濯やふろ、炊事の時間などを気にしなくてもよかった。リビングも私たちだけで使えた。これは実に便利だった。

ボランティア用のアパート内部

ボランティア用のアパート内部。国立公園にある一戸建てのボランティアハウスに比べれば狭いが、2ヶ月程度の滞在には必要十分な大きさだ

高層アパートの16階にボランティア用のアパートがある

高層アパートの16階にボランティア用のアパートがある


ボランティア開始

勤務先のオフィスにて

勤務先のオフィスにて

 FWSの事務所まではボランティアアパートから徒歩で10分ほど。ボールストンは地下鉄の駅を中心に発達した市街地で、オフィスビル、高級アパート、ショッピングアーケードなどが立ち並ぶ。これまでの国立公園暮らしとは状況は全く異なる。通勤客にまじって、徒歩で事務所を目指す。
 FWSの事務所も大きなビルに入っている。入口で身分証明書を提示して建物に入る。エレベーターに乗っていくところなどは、もう東京勤務と変わらない。少しさびしい感じがする。
 「Welcome on board!」、はじめての出勤をピーターさんが迎えてくれる。日本語だと、「今日から同じ保全仲間ですね」というところだろうか。同じことを国立保全研修センターでも言われた。FWSの合言葉のようなものなのだろうか。国立公園局ではボランティアになると「家族(Family)」という内輪のメンバーになった感じがしたが、FWSはどちらかというと「(保全のために戦う)同士」といった感がある。民間・個人などを問わず、できるだけ多くの仲間を得ようとする姿勢が伝わってくるようだ。
 早速、これから研修を行う席に案内される。所属は「ロシア極東プログラム」。簡単にいえば、ロシア、中国、日本、韓国などとの国際プログラムを担当する部署だ。渡り鳥の関係などで特にロシアとの関係が深いという。もちろん、日本とも協力プロジェクトが行われている。私の席も一応個室だ。これまでの国立公園でのボランティアとは異なり、基本的に室内での事務仕事になる。

 上司のスティーブさんとピーターさんはいずれもロシア語がぺらぺら。スティーブさんは中国語もできる。二人ともとてもマメで親切、外国のことにもいろいろ関心がある。これまで出会ってきたアメリカ人の中でも異色だ。特にスティーブさんは日本人以上に几帳面。いつも忙しそうに働いている。ピーターさんは汗っかきの太ったやさしいお兄さん、スティーブさんは親切で陽気なおじさんという感じだ。
 仕事はピーターさんとスティーブさんのいわば秘書役。ロシアや、米国内の様々な関係機関から電話がかかってくる。応答し、名前を聞き、保留、転送する。
 「少々お待ちください。今、お回しします」の一言がなかなか言えない。
 考えてみれば、これまでのボランティアではまともな英語は必要なかった。山の中に入れば妻と日本語で調査ができた。
 「スズキさん、保留にするときは『保留にします』と言うべきです」
 ピーターさんから鋭く指摘が入る。もちろん、日本でも電話の応対は、イロハの「イ」だ。一年半アメリカにいるのに、未だに電話の対応もろくにできないという現実に愕然とする。しかも、ここでは妻がいないので、一日中英語だ。電話が鳴る度に緊張が走る。
 特に、ロシアからの電話が聞き取れない。「ピーター」が「ピョートル」になる。巻き舌で何を言っているかわからない。

 研修期間を通じて3つの課題が示された。まず、研修終了後、レポートを提出すること。これは国立公園での研修も含めた内容とすることが望ましい。2つ目は日米協力に関する説明ペーパー(ファクトシート)を作成すること。3つ目は、ファクトシートの内容をポスターにして国際課の掲示板に展示することだった。これらの課題は、スティーブさんとピーターさんの業務補助の合間に少しずつ進めるようにした。
 国立公園でのボランティアは、とにかく時間をこなせばよかった。「質」よりも「量」だ。一方、ここではあくまでも質と成果が問われる。業務の補助というよりも、参加者の能力と知識の向上を狙いにしている。ボランティアというよりは、インターンに近い立場だ。


研修のねらい

 研修の合間に、ピーターさんにロシア東アジアプログラムの研修のねらいについてはお話を伺った。やはりねらいは担当する地域の人材育成だそうだ。ボランティア研修プログラムに参加する研修生の多くはロシア人で、私が初めての日本人研修生とのこと。
 「この研修制度は、国立野生生物保護区などで行われているボランティアプログラムを本部組織の研修生に準用したものです」
 無給の研修生として3ヶ月程度の本部勤務を通して、魚類野生生物局の業務について学んでもらう。本部組織でこのようなボランティア制度を運用しているのはこのロシア東アジアプログラムのみだそうだ。
 「研修の目的には語学能力の向上も含まれています」
 語学能力はコミュニケーションの基礎。2国間の業務をより円滑に進めるための長期的な視点での人材育成ということか。英語に対する要求レベルは高い。
 「研修生は基本的には無給ですが、ロシアなど米国と比べ経済的な格差が大きい国からの研修生の場合には、食費及び往復の航空運賃を支給しています。また、すべての研修生に無償の宿舎を提供しています」
 招聘の際はBビザが適用される(当時)。このビザは滞在中所得を得ることはできないが、食費の受給は可能で、かつJビザより発給手続きが容易という利点があるという。
 「ボランティアプログラムは1992年に開始しました。ロシアとのやりとりが多かったので、ロシア側の職員がこちらにいるメリットが大きかったのです。また、私たちもロシア語を勉強することができます。研修生も、英語に慣れるだけでなく、米国側の事情を理解することができるので、結果的に大幅な業務の円滑化が実現しました」
 国際課では定員に対し実員が少ないという課題もあるという。3カ月ごととはいえ、常に1名の研修員が勤務していれば、一人当たりの業務負担は軽減される。経費は、アパート代及び電気代などが22,000ドル、食費が10,000ドル、航空券が8,000ドルと、年間で40,000ドル程度である。
 「経費の面からすると、臨時職員よりも安あがりです。手間は確かにかかりますが、基本的には宿舎となるアパート一室とパソコンと机があればそれでいいのです」
 ビザや書類関係の手続きも簡単だそうだ。そのように制度が構成されている。
 「私たちが一番大切にしていることは、いい人材を選ぶことです。必ず本人とは面識があり、将来にわたって野生生物保護の分野で継続的に活躍してくれる人材を選んでいます。政府職員に限らず、NGO職員や個人の場合もあります。また、同じ人物を招聘することもあります。野生生物の専門家だけではなく、優秀なコーディネーターなども対象になります。中国からの研修生受け入れも検討しているところです」
 米国に3ヶ月間も滞在できる人は、実務的なポストの若手が多い。ただ、長く同じ分野に携わることが多いため、若いうちに招聘し、育成することによる効果はかなりのものだそうだ。
 「この制度をより大きくしたり、広く一般から公募したりするようなことはしない予定です。小規模ながら効果があり、かつ運用の容易な現在の形態を維持していきたいと考えています」
 これも、国立公園のボランティア制度とは異なる点といえるだろう。
 なお、ボランティアのほとんどはロシア人だが、私が研修した期間はクリスマスと重なるため、ロシアからの研修生はこの時期を避ける傾向にある。その「はざかい期」にちょうど私の研修期間がはまりこんだことになる。日本政府からの研修生を定期的に派遣することができるようになれば、この時期を「日本枠」にしてもらうことも可能かもしれない。

参考:ウォード氏作成、国際ボランティアプログラム実施の際の留意事項(抄訳)

【1.国際ボランティア招聘の際の留意点】
 応募者がどのような人か十分に把握できているか。単に申請書類だけで招聘者を決定するのは避けるべきである。他の目的で入国するためにボランティア制度を利用しようとしている恐れもあるので慎重に対応する必要がある。万が一にもふさわしくない応募者を招聘してしまわないよう万全を期すために、応募者に関する推薦状やインタビューの実施を検討するべきである。
 どの程度の英語能力がボランティアポストに必要であるか明らかにする。基本的な能力でいいのか、かなり高度な能力が求められるのか、専門的な知識が必要なのか。もし語学能力が重要な要件であれば、前もって電話インタビューにより適性を判断する必要がある。これは重要なことであり、躊躇する必要はない。
 米国に到着後、どのようにしてボランティアが事務所もしくは宿舎まで到達するか。空港まで迎えに行くことができるか。食料品などを本人が自力で購入できるか。車を持っていなければ、歩いていける距離にスーパーはあるか。週に一度誰かがボランティアをスーパーに連れて行くことができるか。もしくは、ボランティアが使うことができる自転車があるか。
【2.招聘手続き】
 レターヘッドに印刷した署名入りの招聘状を送付する。招聘状には、被招聘者の氏名、肩書き、招聘者の住所、米国内で被招聘者が行う内容、米国での滞在の条件、本人が自らの健康保険に責任を負っているか、交通費(国内交通、国際線)や滞在費を誰が負担するのか、日当の有無、日当がある場合にはその金額(Bビザの場合、給与は受給できない)など、招聘の条件をできる限り詳細に記載する。この作業により、双方がそれぞれの責任について明確に理解することができる。
【3.覚書】
 覚書は、ボランティアと受け入れ側の両者が、ボランティアや研修期間中に何を行うかに合意し、文書化して署名する「契約書」である。
 覚書には、宿舎の電気代、水道代、ガス代、電話料金などを誰が支払うのかなども記載する。不愉快な誤解を避けるためにも、前もってこのような事項についてもボランティアとの間で役割分担を明確にする。出身国によっては、1ヶ月の収入が100ドル程度しかない場合もあるので、負担がごく小さなものであっても、国際的な被招聘者にとっては負担が大きい。昼食や夕食に出かけるときも同じである。
 損害保険や健康保険に関する疑問は、双方ともに前もって解消しておくことが非常に重要である。1ヶ月110ドル程度の旅行者用医療保険をいずれが負担するか、もしくはボランティアが米国内でも有効な医療保険を持っている必要がある。保険は、本人の遺体を本国に送還することが可能な内容でなければならない。
 決して憶測でものを判断してはならない。疑いがある場合には、ボランティアとのフレンドリーで辛抱強い会話を通して、疑念を解消する必要がある。ボランティアの英語能力の問題でうまく理解できない場合には、表現を変えたり、もう一度聞きなおしてみたりしながら、お互いに理解できるまで会話を続ける必要がある。

経済課インタビュー

 ピーターさんは、業務の合間に局内のキーパーソンとの面会の機会を設けてくれた。初めてのインタビューは、経済課課長のシャボノーさん(Dr. John Charbonneau)だった。

 FWSでは、野生生物保護区指定による地域社会への経済的な利益などを評価する取り組みを行っている。日本でも、ちょうど公共事業の事業評価としてB/C(費用便益評価)の導入が大きな課題となっていた。
 FWSでは、既に「野生生物保護区指定による地域社会への経済的な利益(Banking on Nature: The Economic Benefit to Local Communities of National Wildlife Refuge)」、「水力発電プロジェクトの再承認に関する経済的分析:ガイドラインと代替案(Economic Analysis for Hydropower Project Relicensing: Guidance and Alternative Methods)」などを発表し、政策決定に経済的な視点を組み込んでいた。前者は野生生物保護区の経済的効果分析の概要をとりまとめたものであり、後者は野生生物局が通常用いている経済分析の手法が記載されている。
 「経済課では、特に重要な生息地にかかる費用(Critical habitat cost)、自然資源に対する被害の評価(Claim natural resource damage evaluation)、規制的措置導入の際の経済的評価などの業務を行っています」
 自然資源に関する経済的な評価は、次の2つの価値を論理的に推定することにより行われるという。
 1)復旧のための費用
 2)消費者余剰、生産者余剰

 「例えば、連邦議会に提出された法案による経済的な影響が、1年間当り100万ドルを超える場合、その他OMB(行政管理予算局)により重要案件と判断されたものは、連邦議会において30日間の審議期間が設けられます。これは通称『100万ドルルール』と呼ばれます」
 野生生物保護区の指定は、例えば、ガンカモ類の飛来地となるウェットランドなどを保護区として指定するような場合には、そうした湿地自体の経済的な価値は小さく、むしろ保護区を指定する方が利益の方が大きいことが多いので 経済的な負の影響は小さいが、重要な野生生物生息地(critical wildlife habitat)の指定などについては、保護区の指定により損なわれる機会費用が大きくなることも少なくなく、しばしば審議の対象となるという。
 「例えば、フロリダ州のマナティーの生息地などがそういうケースにあたります。野生生物保護区は政治的に重要視される場合が多く、結果的にはFWS関係の案件は他の案件に比較して注目度が高く重要案件とされることが多いのです。また、CCP(Comprehensive Conservation Plan: 国立野生生物保護区の総合管理計画書)には、必ず野生生物保護区管理による経済的な影響に関する項目を設けなければなりません。このような理由から、野生生物保護区等の保護区を設ける場合には、それに先立って経済的な分析が行われます」
 なお、FWSの経済課は、1994年にOMBの要求により設置された。それまでも経済課の機能は予算担当部局の一部として存在していたが、OMBが独立した部署の設置を求めてきたという。
 経済的な評価については、なかなか難しく理解できなかったが、こうしたことにしっかり取り組んでいることが印象的だった。

科学プログラムに関するインタビュー

 次にピーターさんが設定してくれたのが、科学プログラムに関するインタビューの機会。FWSの副科学担当アドバイザーのビル・ナップさんだ。原子力生物学者(Atomic Energy Ecologist)としてFWSに採用されて以来、32年間の勤務経験がある、とても偉い方だ。1985年に絶滅危惧種課の課長となり、その後現職に就任した。
 「魚類野生生物局における『科学』プログラムについて話をするには、10年前、魚類野生生物局本局に所属していた研究者が全員米国地質調査局(USGS)に配置換えされてしまったことから始めなければならないでしょう」
 当時の政権により、政府機関に散在していた科学者を、一元的にUSGSに集めてしまったのだ。
 「魚類野生生物局は科学的知見を失ってしまっただけではなく、科学的な学会や一般の研究者などとの接点も失ってしまいました」
 つまり、魚類野生生物局は、科学というツール、能力、そして接点を同時に失ってしまったことになる。
 「科学が重要なのはワシントンDCではなく、現場です。現地職員の役割は、地元住民などに対して正確な科学的な知見を提供することです。本来のDC本部の役割はそのために必要なお金をかき集めることなのです」
 こうした予算はなかなか認められないそうだ。

 一方、魚類野生生物局には様々な課題が山積しているという。
 「FWSの将来的な課題は、気候変動、外来種、及び遺伝子組換え生物だと考えています。これらの課題はいずれも困難で、科学分野の強化が必要です。気候変動の影響では、存在する種の40%が生存できないおそれがあるといわれています。遺伝子組換え魚類の環境導入の恐れがある一方で、遺伝子組換えの保全分野への応用の可能性もあり、いずれにしてもこれから急成長する分野です」
 保全分野では、科学、倫理、政策の3つがどのようにバランスをとっていくか、まだ答えが得られていないという。
 「優れた科学的知見があっても、それを行政官が生かしきれない、予算が不足して政策を実施できない、社会的な倫理観が成熟していないなど、科学の成果を十分生かしきれる状況には至っていません」

 インタビューが終了してから、ピーターさんから以下のようなお話をうかがった。
 「魚類野生生物局の科学部門がUSGSに統合されて以降、組織の科学的なレベルが著しく低下しました。その結果、特に現場でいくつかの致命的な過ちを犯してしまいました。市民の信頼も失墜してしまっています。魚類野生生物局の科学的なレベルを回復することにより、このような状況を打開しなければならないということが、このイニシアティブ を提案するもっとも大きな理由になっています」
 またその一方で、魚類野生生物局の内部には、今回の科学分野へのてこ入れは、現在の共和党政権が、科学を政治的に利用するためのもの手段ではないか、と懸念する声 もあるという。
 「いずれにしても、魚類野生生物局の科学的な能力の低下は今後も大きく尾を引くでしょう」

テイコさん

内務省魚類野生生物局の予算要求書「グリーンブック」

内務省魚類野生生物局の予算要求書「グリーンブック」

 テイコさんは日系アメリカ人で、FWSの幹部を構成する長官補の一人だ。長官補は特別職であり、日本の役所で言えば「局長級」といわれる人たちだ。連邦議会と関係する仕事も多く、連日ワシントンDC市内にある内務省とFWSとを往復している。
 「はじめましてミスタースズキ。私は“ニッケイ”です。日本語は話せませんが、ぜひ今度ゆっくり話を聞かせてください」
 いつもニコニコしながら声をかけてくれる。

 テイコさんは、FWS国際部門の予算取りまとめの総責任者でもある。これまで、国立公園局の予算書を少し読んだことはあったが、難しくてよくわからなかった。せっかくなので、予算書について教えてもらうことにした。
 米国政府機関の予算要求書には、次年度の予算要求内容だけではなく、これまでの事業の成果などについても十分な記述がある。アメリカの要求書はそれ自体が組織の業務説明書を兼ねているように見える。そのため分量も半端ではない。その一方で、日本のような細かな積算資料はついていないため、細かい事業内容まではわからない。むしろ、組織の全体像を把握するのに適した資料といえる。
 「FWSの予算を学びたいんですが」
 テイコさんの事務所を訪ね、さっそく相談してみた。この日もテイコさんは内務省での折衝に向けて忙しそうに準備作業をしていた。
 「まずは、グリーンブックを読んでみたらどうかしら」
 それがテイコさんからの提案だった。グリーンブックとはFWS全体の予算要求書の通称で、名のとおり薄黄緑色の表紙がついている。ご本人はいつも忙しそうなので、読み進めていきながら、わからないことを聞いてみることにする。

 こうして、時間が空いているときは、その分厚い予算書を読んでみることにした。重要そうな表を英語でエクセルに入力し、その上で日本語に翻訳する。予算の概要についてもあわせて翻訳しておく。疑問点には付箋を付けておいて、まとめて質問する。幸い、予算書は国立公園局のものよりわかりやすかった。また、少ないものの、予算の内訳も記述されている。
 調べていくうちに、FWSの予算には多くの特別会計が存在しているということがわかった。狩猟切手収入からはじまり、猟銃、弾丸、釣竿、小規模レジャー船舶やその燃料に対する課税などだ。当然ながら特別会計は、一般会計とは異なり、ハンターや釣り人など特定の利用者グループから直接に納付される。連邦政府議会が関与する度合いが小さいため、予算の確保は比較的容易で安定している。その一方で、それらのグループは利益者団体としてFWSに対し強い影響力を行使できるようになるようだ。野生生物保護区で狩猟や釣りが認められていることとも何か関係がありそうだった。


妻のひとこと>

キャプション

ワシントンDCのケネディーセンターにて

 私たちが入居したボランティアアパートは、ボールストンというところにありました。ここは、ワシントンDCからも近い地下鉄の駅を中心としたオフィス街です。アパートもありますが、賃料はいずれも相当高いようでした。
 ここで私が経験したのは、「カルチャーショック」のようなものでした。これまで、ケンタッキー州のマンモスケイブやカリフォルニア州北西部のレッドウッドなどで経験してきた暮らしとは全く正反対のものだったからではないかと思います。
 これまでの2ヵ所では、自然がゆたかで広々としていて、時間もゆっくり流れていました。日本食などは売られていませんでしたが、そのおかげで豆腐や納豆などの作り方を覚え、それなりに楽しかったと思います。
 ボールストンに来てみると、何でもそろっていました。車で20分ほども走れば韓国系のスーパーがあり、納豆も豆腐も味噌も売られていました。日本と同じネギやごぼうもありましたし、大西洋産ですがサバもありました。日本のラーメンもベトナム料理もあります。テレビやラジオの番組はあふれんばかりで、以前のテレビが映らず、ラジオが1局のみという暮らしとは大違いです。
 生活は便利になったのですが、なぜか急に窮屈で忙しくなってしまいました。帰国まで4ヶ月を残すのみでしたのでいいリハビリにはなりましたが、田舎での暮らしがとても懐かしく感じられました。

アンケート

この記事についてのご意見・ご感想をお寄せ下さい。今後の参考にさせていただきます。
なお、いただいたご意見は、氏名等を特定しない形で抜粋・紹介する場合もあります。あらかじめご了承下さい。

【アンケート】EICネットライブラリ記事へのご意見・ご感想

(記事・写真:鈴木 渉)

※掲載記事の内容や意見等はすべて執筆者個人に属し、EICネットまたは一般財団法人環境イノベーション情報機構の公式見解を示すものではありません。

〜著者プロフィール〜

鈴木 渉
  • 1994年環境庁(当時)に採用され、中部山岳国立公園管理事務所(当時)に配属される。
  • 許認可申請書の山と格闘する毎日に、自分勝手に描いていた「野山を駆け回り、国立公園の自然を守る」レンジャー生活とのギャップを実感。
  • 事務所での勤務態度に問題があったためか以降なかなか現場に出してもらえない「おちこぼれレンジャー」。
  • 2年後地球環境関係部署へ異動し、森林保全、砂漠化対策を担当。
  • 1997年に京都で開催された国連気候変動枠組み条約COP3(地球温暖化防止京都会議)に参加(ただし雑用係)。
  • 国際会議のダイナミックな雰囲気に圧倒され、これをきっかけに海外研修を志望。
  • 公園緑地業務(出向)、自然公園での公共事業、遺伝子組換え生物関係の業務などに従事した後、2003年3月より2年間、JICAの海外長期研修員制度によりアメリカ合衆国の国立公園局及び魚類野生生物局で実務研修
  • 帰国後は外来生物法の施行や、第3次生物多様性国家戦略の策定、生物多様性条約COP10の開催と生物多様性の広報、民間参画などに携わる。
  • その間、仙台にある東北地方環境事務所に異動し、久しぶりに国立公園の保全整備に従事するも1年間で本省に出戻り。
  • その後11か月間の生物多様性センター勤務を経て国連大学高等研究所に出向。
  • 現在は同研究所内にあるSATOYAMAイニシアティブ国際パートナーシップ事務局に勤務。週末、埼玉県内の里山で畑作ボランティアに参加することが楽しみ。