一般財団法人 環境イノベーション情報機構

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アメリカ横断ボランティア紀行

No.019

Issued: 2008.12.11

アラスカへ(その1)

目次
アラスカ州保護区調査
ホーマーへ
アラスカマリタイム国立野生生物保護区
野生生物保護区の職員
モニタリングの目的とボランティアの貢献
キーナイ国立野生生物保護区
スワード到着
エグジット氷河
氷河クルーズ
クジラ出現
ホルゲート氷河
港にて
写真1:キーナイフィヨルド国立公園のエグジット氷河

写真1:キーナイフィヨルド国立公園のエグジット氷河

 “トナカイ、ジャコウウシ、ホッキョクグマの生息地”、“米国49番目の州”、“ロシアから1ヘクタールあたり5セントで購入された土地【1】”、“ハワイ以外で旧日本軍との戦場になったところ”。アラスカにはいろいろな形容詞が当てはまる。オーロラが夜空を彩り、氷河が海に崩れ落ちる「米国最後のフロンティア」は、雄大な自然と魅力がいっぱいだ。
 アラスカの面積は、米国本土の5分の1にも相当する。アラスカの国立公園と野生生物保護区には、他の米国本土48州にはない課題と管理政策があるに違いない。

アラスカ州保護区調査

 アラスカの冬は早い。デナリ国立公園の公園道路の大部分は9月半ば過ぎに閉鎖されてしまう。レッドウッドでの仕事をやりくりして、9月上旬に2週間弱の日程を確保した。西海岸北部にあるレッドウッドから、アラスカはそれほど遠くない。ポートランド(オレゴン州)やシアトル(ワシントン州)を経由して、アンカレッジや北のフェアバンクスに定期航空便が飛んでいる。車で40分ほどのアルカタ空港まで行ってしまえば、アラスカまで一飛びなのだ。
 ただ、行程が2週間あるといっても、アラスカは広い。見所も山ほどある。当然ながら国立公園には行ってみたい。アラスカの野生生物保護区はスケールも生き物も魅力的だ。ぜひいろいろな人から話も聞いてみたい。がんばれば北極圏にも行けるし、海に崩れ落ちる氷河も見たい。実際に日程を組んでみようとすると、とても2週間では足りないことがわかる。

米国本土からアラスカへの主な航路

米国本土からアラスカへの主な航路

アラスカの保護区位置図(訪問先のみ)

アラスカの保護区位置図
(訪問先のみ)


 いろいろ考えて、まずアンカレッジに入り、南のキーナイ半島を回ることにした。キーナイ半島の先端にある町、ホーマーにある、アリューシャン列島などアラスカの海洋性の保護区を管理するアラスカマリタイム野生生物保護区事務所を訪問した後にキーナイ国立野生生物保護区に立ち寄り、スワードのキーナイフィヨルド国立公園を訪問する。その後、一度アンカレッジに戻り、野生生物局地域事務所(リージョン7:アラスカ州)と国立公園局アラスカ地域事務所を訪問し、両機関のアラスカにおける保護政策について話を伺う。
 アンカレッジから北上し、デナリ国立公園を経由してフェアバンクスに向かう。フェアバンクスには、アークティック(北極圏)国立野生生物保護区、ユーコンフラット国立野生生物保護区の管理事務所がある。これらの保護区には車道がないため、小型プロペラ機をチャーターしなければならない。現地訪問はあきらめて、インタビューのための時間を十分とることにした。
 アラスカには舗装された車道がごく限られた地域にしかない。アラスカでは航空機が住民の足代わりになっているそうだが、飛行機を使うと時間もお金もかかってしまう。自動車でどこへでも行けてしまう他の米国本土48州とは大違いだ。

キーナイ半島及びその周辺図

キーナイ半島及びその周辺図

写真2:水上飛行機は住民の足になっている。

写真2:水上飛行機は住民の足になっている。


ホーマーへ

 ポートランドで乗り継ぎ、アンカレッジには夕方5時過ぎに到着。予約していたレンタカーを借り出して市内のホテルへと向かう。
 翌朝早くホテルを出発する。広い道路にはほとんど車はない。ここがアラスカだと思えばそれほど寒くないが、外で写真を撮っていると体がすぐに冷えてしまう。最初の目的地は、アンカレッジのすぐ南にあるキーナイ半島だ。地図上では近く見えるが、半島の先端部のホーマーまでは車で5時間の道のりだ。
 市街地を出ると、右手に入り江が広がる。その奥には山並みが迫る。かつて氷河に削りだされた山の斜面は険しく、急な角度で水面とつながっている。このターナガン湾にはベルーガという小型の白いクジラやシャチ、ハクトウワシがいるそうだ。山には高い木は生えていないようだが、潅木が紅葉している。

写真3:レンタカーのナンバープレートにはゴールドラッシュでアラスカに押し寄せた人の列が描かれている

写真3:レンタカーのナンバープレートにはゴールドラッシュでアラスカに押し寄せた人の列が描かれている

写真4:ターナガン湾。写真手前にはアラスカ鉄道の線路が見える

写真4:ターナガン湾。写真手前にはアラスカ鉄道の線路が見える


 アンカレッジから南へのびる車道は、交通量も少なく走りやすい。高速道路ではないが、紅葉した山の間を縫うようにのびる道路は、「観光道路」といっても誰も疑わないだろう。高い峰と峰の間には白い氷河があり、黒い岩肌と低い雲とのとりあわせはなかなか迫力がある。あいにくの雨模様だったが、秋の雰囲気がとてもよく伝わってくるようだ。
 キーナイを過ぎたあたりから、徐々に天気が回復してきた。道路の右手には、広々としたクック湾が広がる。対岸のチグミット山脈(Chigmit Mountains)は、山全体が白く雪や氷で覆われている。白く輝いているのはおそらく氷河だろう。海に近づき気候が少し温暖になってきたのか、森が多く標高も高くなってきた。
 午前中から降っていた雨がようやく上がり、きれいな青空となった。日差しが暖かい。日の光を受けて海は緑色に見えるが、少し濁った独特の色合いだ。氷河からの雪解け水が入っているのだろう。
 ホーマーは、ハリバットフィッシングが盛んで、釣り人がたくさん訪れる。ハリバットは大きなカレイのような魚で、日本ではオヒョウと呼ばれている。日本では主に切り身で流通しているのでその大きさが想像できないが、大きいものだと畳1畳分もあるものがとれるのだそうだ。

写真5:道路脇からクック湾を挟んで見渡す山脈の風景は雄大だ

写真5:道路脇からクック湾を挟んで見渡す山脈の風景は雄大だ

写真6:ホーマースピットの先端からは対岸の山並みが一望できる。写真右端には氷河が見える

写真6:ホーマースピットの先端からは対岸の山並みが一望できる。写真右端には氷河が見える


写真7:電柱のような杭の上にとまっていたハクトウワシ

写真7:電柱のような杭の上にとまっていたハクトウワシ

 ホーマースピットという砂嘴には、そのような大物を狙う釣り客向けの、釣り船店や土産物屋、食堂などが軒を連ねる。砂嘴の先端からは、正面に雄大な山並みと氷河が広がる。海面を渡ってくる風はさすがに氷のようにつめたい。ビデオカメラで風景を撮影していたら、あっという間に手がかじかんでしまい、ボタン操作もままならなくなってしまった。
 「あれ、ハクトウワシじゃない?」
 町中に戻る途中、妻の声に目を向けると、海沿いに立つ杭の上にハクトウワシが1羽とまっている。道行く人も少なくないが、誰も気にもとめない。ここら辺では珍しくもない光景なのだろう。


アラスカマリタイム国立野生生物保護区

 アラスカマリタイム国立野生生物保護区の事務所は、町に入ってすぐ、ハイウェイの右側にある。事務所は、アラスカ島嶼・海洋ビジターセンター(Alaska Islands and Ocean Visitor Center)が併設された、かなり大規模な建物の中にある。外観は石とガラス張りで、中にはギフトショップなどもある。
 ビジターセンターには、イヌイットのカヌーやアザラシの腸でつくられたようなパーカー(カッパ)なども展示されている。また、ロシア人などによって繰り広げられた毛皮目当てのラッコの乱獲に関する展示なども大変詳しい。もちろん、様々な野生生物のジオラマや、アリューシャン列島における生態系の長期モニタリングに関する展示もある。

写真8:ビジターセンターの外観

写真8:ビジターセンターの外観

写真9:ビジターセンターの看板

写真9:ビジターセンターの看板


○アラスカマリタイム国立野生生物保護区(Alaska Maritime National Wildlife Refuge)

 アラスカマリタイム国立野生生物保護区は、2,500以上の島や岩礁、及び海岸線からなる野生生物保護区。保護区の主要な部分は、北太平洋につらなる1,100マイル(約1,770キロメートル)に及ぶアリューシャン列島。それに加え、北はチュクチ海、南は南東アラスカのカナダ国境近くの島まで保護区が点在している。
 面積は344万エーカー(約140万ヘクタール)で、その64%にあたる238万エーカー(約96万ヘクタール)がウィルダネスに指定されている。
 アラスカで営巣する海鳥5,000万羽の8割程度がこの野生生物保護区に生息するといわれている。

写真10:雄大なアリューシャン列島の風景(写真提供:米国内務省魚類野生生物局)

写真10:雄大なアリューシャン列島の風景
(写真提供:米国内務省魚類野生生物局)

写真11:第二次世界大戦では日米の戦場にもなった(写真提供:米国内務省魚類野生生物局)

写真11:第二次世界大戦では日米の戦場にもなった(写真提供:米国内務省魚類野生生物局)


写真12:インタビューに対応してくれたバーノン・バードさんと

写真12:インタビューに対応してくれたバーノン・バードさんと

 野生生物保護区事務所で対応していただいたのは、上席生物学者(Supervisory biologist)のバーノン・バードさんという方だった。紹介していただいたワシントンDCにある魚類野生生物局(FWS)本局国際課のピーターさんによれば、アリューシャン列島における生態系管理の第一人者だそうだ。
 「ようこそ。ここでは日本の研究者とも協力しあって仕事をしているんですよ」
 日本とアラスカには共通の渡りルートもあり、その保全には日米の協力が不可欠である。例えばアホウドリの場合、いくらアラスカ近くの北太平洋の餌場が守られても、繁殖場所である日本の島嶼部の自然環境が守られていなければ個体群は安定しない。アメリカと日本は「日米渡り鳥保護条約」を締結しており、その協定に基づく保護事業の代表的な例がアホウドリの保護や調査研究活動だろう。2008年2月に行われた、伊豆諸島の鳥島から小笠原諸島の聟島へのアホウドリの引越しも、日米の専門家と両国政府の協力のもと行われている【2】
 アラスカと日本は意外と近い。渡り鳥にとっては、アリューシャン列島と千島列島を介して生態系が連続している。


アラスカと日本の位置関係

アラスカと日本の位置関係


 「それから、島嶼における外来哺乳類の侵入は大きな問題です。これは日本にも共通しているはずですよ」
 もともと陸上に棲む哺乳類が存在しなかったアリューシャン列島の海鳥はそのような捕食者に適応していない。座礁した船舶から島に侵入するネズミは、auklets(ウミスズメ)、puffins(ツノメドリ、エトピリカ)などに壊滅的な打撃を与えたそうだ。
 「対策チームが組織されていて、遭難事故が発生すると現場に急行します。少数のネズミが島に入り込むことによって何百万という海鳥が消えうせる(wiped out)こともある。その意味では、石油の流出事故などより大きな生態的インパクトがあるといえます」
 今後も、新たな船舶の座礁によって、多くのネズミの導入事故が発生する可能性は高い。外来種であるネズミの駆除対策は、駆除の容易な小さい島から開始し、現在15の島で駆除を完了しているそうだ。

写真13:魚類野生生物局の生物学者とアリューシャンカナダグース(写真提供:米国内務省魚類野生生物局)

写真13:魚類野生生物局の生物学者とアリューシャンカナダグース(写真提供:米国内務省魚類野生生物局)

 また、キツネもアリューシャン列島及び千島列島全域で海鳥の繁殖に大きな影響を与えている。
 「ロシア人及びアメリカ人毛皮業者により持ち込まれたキツネによって、アリューシャンカナダグースが絶滅したと一時は考えられていました。ところが、奇跡的に繁殖コロニーが発見され、現在徐々に分布域を広げています。そういった保護増殖対策にも取り組んでいます」
 キツネの駆除はすでに40年間の実績があり、のべ3,500〜3,600万エーカー(約1,420〜1,460万ヘクタール)の島で駆除を完了しているそうだ。駆除面積は年により異なる。2004年は職員2名、3ヶ月で20,000エーカー(約8,100ヘクタール)を処理し、前年は8名を2名ずつの4グループに分けて、180,000エーカー(約73,000ヘクタール)を処理したそうだ。

 「アホウドリ保護をめぐっては、FWSと漁業関係者が数十年間敵対してきたため、保護対策も進展しませんでした」
 アホウドリは、はえなわ(延縄)漁で流される釣針にかかって死んでしまうことが多い。このような混獲が個体数の減少に大きく影響している。ところが、絶滅危惧種法が施行されて、その対立関係に変化が見られたそうだ。
 「法律により、アホウドリを殺傷すると漁を打ち切らなければならなくなってしまいました。このため両者は争うことをやめ、『どうすればアホウドリがハリにかからずに済むか』という課題に対して、協力して取り組むようになったんです」
 検討の結果、はえなわに沿って長い吹流しを流すことが効果的だということがわかってきた。このため、FWSはこの吹流しを大量に購入し、漁船に提供することにした。その見返りとして、混獲の情報を報告することを求めた。これにより、混獲の状況がある程度正確に把握できるようになった。
 「アラスカ原住民との関係についても同じことがいえます。ただ単にそれぞれの島々に上陸して外来種を駆除しているだけでは、理解も協力も得られません。外来種の問題等を指摘、説明して理解を求めることが必要だということがわかってきました」
 ロシア人の導入した外来のキツネは、原住民にとっては狩猟の対象になる。ところが、実はキツネは毛皮としての市場価値が低くなってきている。それに対し、カモ類は原住民の重要な収入源であり、タンパク源でもある。キツネの除去によりカモの数が増える方がメリットも大きい。この点について根気強く説明したところ、原住民の全面的な協力が得られたそうだ。
 「言い換えれば、それぞれが自分の組織の中だけに閉じこもるのではなく、どうやって両者が合意できるか、どのようにそれぞれの制度ややり方を変えていくべきかを考えるようになったということですね」

野生生物保護区の職員

 「この事務所の職員は、長期間この保護区に勤務する職員が多いんです。職員の給与はGS級(General Schedule Level)と号(Step)により決まりますが、このGS級はポストごとに決まっていて、例えば9〜11級のポストは、異動しない限り12級以上の級にはなれません。管理職になりたい職員は、短期間で多くの職を経験し、級をあげていく必要があります」
 同じ級でも号が10まであり、勤続年数により少しずつ給与額が増えるようになっているそうだ。ただ、昇給幅は1号で年額500〜800ドル程度で、5年目までは1年に1号上がるが、6年目以降は2年に1号ずつ上昇し、10号で昇格が止まる。

 「連邦政府職員の給与は一般の民間企業に比べて安い。それでもこの保護区での仕事を選ぶのは、職員にとってこの仕事の魅力が大きいということの表れといえます」
 この保護区に勤務する生物学者は、最短でも8年程度勤務し、15年間以上勤務している職員も少なくないそうだ。
 「私は1971年にFWSに採用されてから5ヶ所程度の保護区に勤務していますが、ほとんどアラスカ州内です。この保護区は、船舶の操作や地理的な感覚をつかむ必要があるので、仕事に慣れるまで最短で5年間は必要なのです」


モニタリングの目的とボランティアの貢献

 「保護区で行われているモニタリングは、この保護区設立にあたって、区域内にどんな生物がどのくらい生息していて、それがどのように変化したかを記録する目的で開始されたものです。保護区の管理にはインベントリー(生物目録)の作成と定期的なモニタリングが必要不可欠です」
 1975年より行われている保護区内の鳥類の繁殖状況に関するモニタリングは、保護区内10箇所を対象としている(結果は毎年”Breeding status, Population Trends and Diets of Seabirds in Alaska”として取りまとめられている)。調査結果から、地球規模の海洋環境変化の理解につながるようなデータが得られているそうだ。
 「問題は、これが商業的漁業の影響なのか、自然のプロセスなのか、また、エルニーニョなどの影響であるのか明らかにする必要があるというです。言い換えれば、何が自然界での正常な変化の範囲であるのかを、何が異常な状態であるのかを明らかにして、対策を講じる必要のある閾値(いきち)を設定することです」
 モニタリングは、長期間に渡って継続して仕事をしていくことが重要だ。無理のない範囲で、有効なデータを安定して積み重ねていくことが重要になる。
 「残念ながら、この保護区には常勤職員は25名しかいません」
 保護区の面積からすると驚くほど少ない。
 「職員をカバーするのが、研修生とボランティアです。生物部門だけで70名が勤務しています。この他、ビジターセンターにも20名程度の研修生とボランティアがいます」
 業務が集中する5〜9月にもっとも人手が必要となる。加えて、2〜3月も作業が発生する。島全体が雪で覆われ、動物が海岸線に降りてくるために、外来生物駆除の適期となるからだそうだ。

写真14:保護区の調査船Tiglaxからボートで島へ向けて出発する調査員(写真提供:米国内務省魚類野生生物局)

写真14:保護区の調査船Tiglaxからボートで島へ向けて出発する調査員
(写真提供:米国内務省魚類野生生物局)

 「保護区には専用の船があって、職員や研修生を目的の島に下ろしたり物資を運んだりしています。年間32,000キロメートルほども航行しています」
 ここでの勤務は寒そうだが、アリューシャン列島の島々で半年間も研修できたら、面白い経験が積めるだろう。
 「バーノンさん、今日はありがとうございました」
 あっという間に約束の時間が来てしまった。最後に3人で記念写真をとってお別れする。もう一度ビジターセンターに立ち寄り、先ほどは見ることができなかった保護区の調査船に関するドキュメンタリーフィルムを見てから事務所を後にする。北太平洋に点在する島嶼を行き来する調査船と、そこからゴムボートで島へ向かう若い調査員達の姿がとても印象的だった。


写真15:調査船内の様子(写真提供:米国内務省魚類野生生物局)

写真15:調査船内の様子
(写真提供:米国内務省魚類野生生物局)

写真16:ボートでの上陸の様子(写真提供:米国内務省魚類野生生物局)

写真16:ボートでの上陸の様子
(写真提供:米国内務省魚類野生生物局)


キーナイ国立野生生物保護区

 ホーマーを出発し、次の目的地であるスワードへ車を走らせる。天気がよく、左側には雄大なクック湾とチグミット山脈の風景が広がる。高台には何箇所も駐車場があり、それぞれにすばらしい風景を楽しむことができる。停車しては写真を撮ったりしているのでなかなか先へ進まない。スワードへは、アンカレッジ方面に少し戻り、タルキートナという町から分岐する車道を南下する。
 タルキートナには、キーナイ国立野生生物保護区のビジターセンターがある。建物はかなり大きな木造構造物だ。内部の展示は剥製などが多く、いろいろな野生生物の毛皮や角、ヒズメの実物が展示してあって、自由に触ることができる。それほど目新しいものはないが、この地域の野生生物について必要かつ十分な情報を得ることができる。白くて似たような姿をしたドールシープ(ヒツジのなかま)とマウンテンゴート(ヤギのなかま)の区別ができるようになったのはありがたかった。

写真17:高台の展望台からの風景

写真17:高台の展望台からの風景

写真18:キーナイ国立野生生物保護区のビジターセンター

写真18:キーナイ国立野生生物保護区のビジターセンター


○キーナイ国立野生生物保護区(Kenai National Wildlife Refuge)

写真19:保護区の入口標識

写真19:保護区の入口標識

 キーナイ国立野生生物保護区は、キーナイ半島に生息するムースの個体群を保護することを目的として、1941年に設立された。その他にも、この保護区にはドールシープ、マウンテンゴート、カリブー、コヨーテ、オオカミ、ヒグマ、ブラックベアーなどが生息する。保護区には、氷河のある山岳地帯、ツンドラ、湿地、広葉樹を主体とする森林などが存在し、アラスカでみられる様々な生息環境の縮図となっている。面積190万エーカー(約77万ヘクタール)のうち、135万エーカー(約55万ヘクタール)がウィルダネス地域に指定されている。
 アラスカのほとんどの国立野生生物保護区は車道でのアクセスが困難であるが、キーナイ保護区内には車道も通っている。アンカレッジからも近く、車で気軽に訪問できる貴重な保護区といえる。


 この国立野生生物保護区は、これから向かうキーナイフィヨルド国立公園とも境界を接している。面積は約77万ヘクタールあり、かなり大きな保護区といえる。
 ビジターセンターの周囲には簡単な周回歩道もあった。周回歩道は、細いシラカバかハンノキのような林を抜け、川沿いの低い湿地帯まで続いている。湿地帯の木道は幅員も狭く、国立公園に比べると簡素なつくりだ。基礎は、杭を打ち込む代わりに、横たえた丸太の上に木道が固定されている。春など、雪融け水があふれると動いてしまうだろうが、据えなおしも楽なのではないだろうか。湿地帯の風景はそれほどめずらしいものではなかったが、広々としていて、いかにもいろいろな野生生物が生息しているようなところだった。

写真20:周回歩道の標識。簡素なつくりだ

写真20:周回歩道の標識。簡素なつくりだ

写真21:湿地帯の木道は、国立公園のものに比べ幅員が狭い

写真21:湿地帯の木道は、国立公園のものに比べ幅員が狭い

写真22:杭の代わりに材木が横たえてある

写真22:杭の代わりに材木が横たえてある

写真23:スワードに向かう途中の風景。氷河のためか、川の水は不思議な色をしている

写真23:スワードに向かう途中の風景。氷河のためか、川の水は不思議な色をしている


 駐車場に戻り、脇に建てられていた東屋でサンドイッチを食べ、スワードへ向かう。散歩したおかげで、運転でこわばっていた筋肉も少しほぐれたような気がする。

 スワードに続く車道は、高い山岳地帯を縫うように続いている。ふもとの針葉樹と、山腹のツンドラの紅葉、そして険しい岩肌がきれいなコントラストをなしている。川が平行して流れているが、氷河から流れ出る水のために白濁しており、まさに「水色」をしている。不思議な色だ。少し魚くさいにおいがすると思ったら、河原のあちこちにピンクの婚姻色に染まったキングサーモンの死骸が打ち上げられている。

 「あれ、動物じゃない?」
 妻が、対岸の岩肌を指差す。白っぽいものがいくつか動いているようだ。標高も高いところで、肉眼でようやくわかる程度。双眼鏡を取り出して見てみると、ドールシープと呼ばれる野生のヒツジが岩肌を登っているのが見えた。近くの展望台には大きな双眼鏡が備え付けられていて、簡単な解説板もある。何気なく、あちこちに野生生物が出没することに驚かされる。

スワード到着

 夕方、ようやくスワードに到着した。スワードは、ゴールドラッシュの時代、アラスカの海の玄関口として栄えたそうだ。ここから、アラスカ鉄道がアンカレッジを経由して、デナリ、フェアバンクスまで伸びている。港には大型客船、氷河クルーズ船、漁船、釣り船などが所狭しと係留されている。

写真24:スワードの港の風景

写真24:スワードの港の風景

写真25:大型客船も停泊していた

写真25:大型客船も停泊していた


写真26:キーナイフィヨルド国立公園のビジターセンター

写真26:キーナイフィヨルド国立公園のビジターセンター

 キーナイフィヨルド国立公園のビジターセンターは、港に立ち並ぶおみやげ屋やレストランのならびにあった。もちろん国立公園の区域外だ。小ぶりの建物の内部には、簡単な展示とレンジャーデスクが備えられている。伝統的なカヌーが壁にかけられ、国立公園に関するパネル展示などがあるがその数は少ない。この国立公園は、ごく一部の区域を除いて、直接上陸することはできない。主に海上からクルーズ船で楽しむ公園になっている。そのため、ビジターセンターの役割も通常の国立公園とは大きく違っているのだろう。

 とりあえず、翌日の氷河クルーズを予約する。クルーズ船はすべて民間業者により運営されているが、そのうち1社だけ、国立公園局のガイドが同乗するツアーを提供している。料金は若干高めだった。
 予約がすんなり済んでしまったので、桟橋を散歩してみることにした。釣り客が、釣ってきた魚をさばいている。水道のある専用の作業台で、それぞれ黙々と作業にいそしんでいる。内臓などはそのまま海の中に捨てているようだ。海水は、氷河の影響でやはり少し白っぽく濁っている。すると、すぐ近くで「バシャバシャッ」と音がした。
 「あれ何?」
 妻が波立つ水面を見ていると、丸いのっぺりとした頭がのぞく。口に大きな魚をくわえて、右へ左へと海面にたたきつけている。一見するとアザラシのようだ。しばらくそうしながら魚を食べ終わると、すうっと私たちのいる桟橋の下をくぐって泳いでいった。驚くほど大きい。
 「これ、ひょっとしたらトドじゃない?」
 そういえば、レッドウッドの展望台からも見たことがある。はるか下の海面で、同じようにして魚を食べていた。しばらく魚を追っていたようだったが、どこかへ行ってしまった。
 私たちは、思いがけないことに少し興奮しながら、ホテルへ向かって歩いた。もうあたりは暗くなりかけている。
 帰りがけに、この辺りで釣れる魚の解説板を見つけた。ハリバットの他、タラとかカサゴの類の絵がたくさん描かれている。脂の乗った白身魚の煮付けとはしばらくご無沙汰だったので、「これがうまそうだ」などと言い合いながらその解説を散々眺めた。その後、あきらめて近くのレストランに立ち寄り、揚げたてのフィッシュアンドチップスをテイクアウトすることにした。フライは、ハリバットの大きな切り身で、カラッと揚がっていた。急いでホテルに帰り、ご飯を炊いてたいらげた。なかなかおいしかった。


○キーナイフィヨルド国立公園(Kenai Fjords National Park)

キーナイフィヨルド国立公園

キーナイフィヨルド国立公園

 米国の四大氷原(ice cap)のひとつであるハーディング氷原(面積約700平方マイル(約1,800平方キロメートル))と氷河により刻まれた海岸フィヨルドを特徴とする国立公園。海域には、トド、ラッコ、アザラシなどの海棲哺乳類や、多くの海鳥などが生息している。ビジターセンターは公園境界から約10kmほど離れたスワードにある。
 1978年に国立記念物公園(National Monument)に指定され、1980年に国立公園として設立された。公園の面積は67万エーカー(約27万ヘクタール)。


エグジット氷河

 キーナイフィヨルド国立公園には、唯一陸路で利用できる区域がある。それがエグジット氷河(Exit Glacier)だ。クルーズの出発には時間があるので、この氷河まで続く歩道を散策することにした。

写真27:朝日に映えるエグジット氷河

写真27:朝日に映えるエグジット氷河

写真28:エグジット氷河地区の入口標識

写真28:エグジット氷河地区の入口標識


写真29:ゲートを過ぎると、駐車場とミニビジターセンターが整備されている

写真29:ゲートを過ぎると、駐車場とミニビジターセンターが整備されている

 外は驚くほど寒かった。朝早かったこともあるが、ダウンの上着を着ていてもすぐに体が冷えてしまう。車道を氷河に向けて走っていると、道路の左側に白い氷河が近づいてくる。中央に少し黒い線が入っていて、氷河が実際に“流れて”いるようすがわかる。
 エグジット氷河は、広大なハーディング氷原から流れ出ている。この氷河はその下にある岩石を削り出し、厚さにして一日あたり平均1インチ(約2.5センチメートル)もの土砂をリサレクション川に供給している。横幅の広いこの川の河道には、確かに膨大な量の砂利が堆積している。建設工事の材料として需要があり、砂利採取が地域の産業にもなっているそうだ。
 公園の入口標識をすぎてしばらくすると料金ゲートがある。勤務時間になっていなかったために、ゲートにはまだ人がおらずそのまま通過できた。この、“とれる場所で、とれる時間に”料金を徴収する姿勢【3】はとても面白い。動物園や遊園地と違い、こうした自然の風景地は、時間外だからといって必ずしもゲートで利用者を締め出す必要はない。昼間の利用者の多い時間帯のみ料金を徴収することが、徴収コストや職員の体勢などからいっても妥当なのだ。

 駐車場に車を停め、歩道を歩き始める。歩道は舗装されており、その上、幅員が4m程もある。何でこんなに立派な歩道が必要なのだろうかと不思議になる。歩道の入口付近の氷河は約30年弱前になくなり、モレーンがその名残として残されている。そのため、歩道付近の植生もまだまだ未熟なのだ。多少幅の広い歩道をつくったところで、自然環境に大きな影響があるというわけでもないのだろう。
 氷河に近づいてみると、思ったよりも大きいことがわかる。氷河のところどころにはクレバスが口を開き、光の加減で青く見える。歩道は一部が氷河の上にも続いていて、氷の上を歩くことができる。なかなか不思議な光景が広がっている。氷河から流れ出す流水は、にごった灰色の濁流で、大量にリサレクション川に流れ込んでいる。


写真30:エグジット氷河。この氷の塊りが流れていると思うと不思議な気持ちになる

写真30:エグジット氷河。この氷の塊りが流れていると思うと不思議な気持ちになる

写真31:氷河によって削り取られた土砂が大量に流れ出ている

写真31:氷河によって削り取られた土砂が大量に流れ出ている


氷河クルーズ

写真32:乗船したクルーズ船「キーナイ・スター号」

写真32:乗船したクルーズ船「キーナイ・スター号」

 キーナイフィヨルド国立公園は、氷河と氷河の作り出したフィヨルド地形で知られている。大半のビジターは、公園外のスワード港から遊覧船に乗り、海上から氷河と氷河地形、及びクジラやトドなどの海棲哺乳類海鳥などを観察する。
 私たちは、ホテルに戻り軽く朝食をとってから、徒歩で港へと向かった。

 クルーズ船は思っていたよりも大きかった。天気もよく、風もそれほどない。レンジャーが同船するために人気があるのか、船はほぼ満員だ。乗客が船に乗り込むと、まもなく船はゆっくりと動き出し、リサレクション湾を沖に向かって滑り出した。氷河の影響か、海の色は青いものの白濁している。乗客はほとんどがデッキに出ている。
 「今日最初のお客さんです。2時の方向を見てください」
 見ると、海面に2つの塊りのようなものが浮かんでいる。
 「ラッコだ!」
 船は一時騒然となる。船の騒ぎを気にもせず、愛らしい格好で何か食べている。船が近づいても逃げない。双眼鏡を覗くと、くりくりとした目がこちらを見ていた。


写真33:ラッコ。海水は白っぽくにごっていて冷たそうだ

写真33:ラッコ。海水は白っぽくにごっていて冷たそうだ

 レンジャーは若い女性職員だった。レンジャーはマイクで話している。デッキでも客室でも、船の中にいればどこでも話が聞ける。一通り最初のトークが終わったところで質問してみる。
 「民間のクルーズ船で国立公園局の職員が自然解説をするというのは知りませんでした。おもしろいですね」
 「国立公園局は、毎年全ての遊覧船運行会社に対し、インタープリターの派遣をオファーするんです。今年は1社のみがその申し出に応じました。レンジャーが同行する場合、その間のレンジャーの賃金を遊覧船運行会社側が負担しなければなりません」
 ビジターにはレンジャー同乗のツアーが人気だが、コストも高くなってしまう。

 やがて湾を出ると視界が開けた。程なく右手に大きな氷河が見えてくる。ベアー氷河だ。今朝ほど見たエグジット氷河とは比べ物にならないほど大きい。
 「この氷河の中央付近から左側が国立公園です」
 氷河は、海に流れ込んでいる大きな河のようだ。それにしても、まだ国立公園区域に入っていなかったのには驚いた。


写真34:ベアー氷河

写真34:ベアー氷河

写真35:大小の島が点在している

写真35:大小の島が点在している


写真36:ステラーズシーライオンの群れ。写真上方には小さくアンテナが見える。ビデオカメラにより常時群れの状態がモニターされているそうだ

写真36:ステラーズシーライオンの群れ。写真上方には小さくアンテナが見える。ビデオカメラにより常時群れの状態がモニターされているそうだ

 次第に、大小の島が見えてきた。島といってもほとんどは岩山で、むしろ大きな岩礁といった方が印象に近い。周囲はほぼ垂直に切り立つ崖になっていて、たくさんの海鳥が羽を休めている。
 「このような急峻な崖は、海鳥の繁殖地になっています」
 確かに、カモメのような白い鳥や、鵜のような鳥がとまっている。

 「あれ、パフィンっていうんだって」
 水面に、何とも愛嬌のある鳥が浮かんでいる。大きさはハトと同じくらいか一回り小さいくらいだろうか。
 「飛ぶよりも、海の中で泳ぐほうが得意なんですって」
 船が近づくと飛んで逃げるのだが、羽ばたいてもなかなか海面から離陸できず、海面を這うように移動していく。
 「えさを食べ過ぎて、飛べなくなってしまいました」
 レンジャーの解説に、乗客の間に笑いがこぼれる。
 他の岩礁の上には、トド(ステラーズシーライオン)が大きな群れをなしていた。このトドは、現在は絶滅危惧種に指定されている。遠くからでも、その大きな鳴き声が聞こえる。


クジラ出現

 「あれはベイトボールと呼ばれるものです」
 船の前方の海面に、海鳥が群れ集まっている。どことなく海面も盛り上がっているように見える。
 「これは、カタクチイワシの群れです。あまりにも数が多くて、中心部では酸欠になり死んでしまう魚も出るほどなのです」

 ベイトボールに群れる海鳥の写真を撮ったりしていたところに、レンジャーの声が響く。
 「皆さん、前方にクジラがいました!」
 この一言で、船の中は一時騒然となった。まず、客室にいた乗客がほぼ全員甲板に出てきた。そしてクジラの見える船首部分に押しかけた。体の大きなアメリカ人が群らがると、壁のようになってしまい前が見えない。クジラは、ベイトボールに頭をつっこんでえさを食べているようだ。船を気にしてか、少しずつ移動している。船の方も、クジラの後を追うように移動する。
 船の中は騒然としていて、
 「あっちだ」とか「こっち」だとか、「頭を出した」「飛んだ」などとすごい騒ぎになっていた。
 「船長さんも写真をとってるわよ」
 妻も呆れ顔だ。民間のツアー会社だからなのかもしれないが、国立公園らしからぬ「海のサファリパーク」ツアーに私たちは少し興ざめしてしまった。クジラもあまり見えないので、その後は、舷側からさっきまでベイトボールだったあたりを双眼鏡で見てみたり、写真を撮影したりした。周辺には満腹で飛べなくなってしまいじたばたしているパフィンとか、いろいろな珍しい海鳥が飛び回っていた。


ホルゲート氷河

写真37:ホルゲート氷河

写真37:ホルゲート氷河

 昼食後は、いよいよホルゲート湾に入っていく。次第に、氷河の破片が流れてくるようになる。湾は氷河に削られたU字谷で、両側に絶壁の岩肌が迫る。この湾の一番奥の部分ではホルゲート氷河の末端が海に入り込んでいる。1日に約30センチの速度で進む氷河は、海に達すると大きな崩壊を起こして海に崩れ落ちる。氷河の崩壊を直接見ることはなかなか難しいそうだが、巨大な氷壁が聳え立っている様だけでもものすごい迫力だ。
 「クマがいました」
 また船の中は騒然とする。クジラほどではないが、「あっちだ」「こっちだ」などの声があちこちから聞こえる。ここでも、アメリカ人の哺乳類に対する興味というのは相当なものだと実感する。
 湾の最奥部では、目の前に氷河の壁が迫ってくる。気温もぐっと下がり、風も凍るようだ。海水もすっかり灰色に濁っている。

 「しばらくエンジンを止めて待ってみます」
 船長のアナウンスだ。エンジンが止まると、氷河の下から勢いよく流れ出る灰色の濁流のドウドウという音が聞こえてくる。
 「コロコロ」
 時折、上の方から氷の塊りが転げ落ちてくる。
 しばらく時間が経ち、乗客もあらかた記念撮影などを終えた。それでも崩壊は起きない。

 「今日は残念でした。そろそろ帰ります」
 残念ながら、帰る時間になってしまったようだ。いい加減体も冷えてしまって、乗客も「そろそろいいかな」と思い始める頃合だった。

 しばらくして、右手に白い粒のようなものが岩肌に見える。
 「コースタルマウンテンゴートです。海の近くに棲むマウンテンゴートは個体数も少ないんです」
 確かに、絶壁のような崖の途中に、白い粒が動いている。こちらに気が付いたようで、上の方に逃げようとしている。とても用心深い動物らしい。子ヤギが、ゴールデンイーグルやハクトウワシに狙われるために、子育ての時期は特に敏感だそうだ。車道と違って船からだと、意外と近い。それだけにヤギの方も緊張するだろう。珍しいものを見るのはやはりうれしいが、その一方で気も引ける。私たちは、群がる船客の只中でじっと双眼鏡に見入った。


港にて

写真38:帰りは少し岸から離れた航路をとったが、目の前には相変わらず氷河地形の山並みが広がっていた

写真38:帰りは少し岸から離れた航路をとったが、目の前には相変わらず氷河地形の山並みが広がっていた

 帰途は船もスピードを上げたので早かった。ほとんどの乗客は船室に入ったが、私たちはそのまま甲板に残った。かなりしっかり防寒対策をしていたので、それほど寒くはなかった。氷河によって削り出された雄大な景色がすばらしく、なかなか見飽きるものではない。

 スワードの港町が近づいてきた。町並みはうっすらと夕闇に包まれている。
 船を降り、また少し港を散策する。以前トドを見た桟橋辺りに戻ってくると、魚を載せた大きな手押し車を押している人たちがいた。手押し車も大きいが、そこに載っている魚はさらに大きく、少しはみ出している。ハリバットだ。どうやらこの人たちは釣り船の業者で、客の獲物を運んできたところのようだった。


写真39:写真手前がハリバット、奥がリングコッド

写真39:写真手前がハリバット、奥がリングコッド

 「ドサッ」と音をたててハリバットが引きずりおろされる。すると、その下からは大きなリングコッド(タラの一種)が出てきた。その次は、何匹かのキンメダイのような深海魚。鮮やかな赤色はキンメダイそのものだが、サイズは比べ物にならないほど大きい。重量でいくとサケかそれ以上ありそうだ。キングサーモンはとりあえず脇の方に並べられている。無造作に10匹ほどもいる。

 眺めていると、次は、獲物を吊り下げる準備に入る。大きな掲示板から滑車を使って、一本の太い横木がぶら下げられている。その横木についている鉤に魚のエラのあたりを引っ掛ける。大きな獲物は二人がかりだ。大きいものから順にぶら下げ、小物は脇の辺りに並んでいる。最後に、何人かでロープを引っ張り、魚のぶら下がった横木を高く引き上げる。

 みるみる人が群がってくる。掲示板の上には、誇らしげに釣り船会社の看板が大きく掲げられている。「当社に任せればこんなに釣れますよ!」というわけだ。釣り人が恥ずかしげにその前に立って記念撮影。おそらく一世一代の「漁獲量」だろう。


写真40:獲物の品評会!? それにしても見事な魚ばかりだ

写真40:獲物の品評会!? それにしても見事な魚ばかりだ

 今日のクルーズといい、この釣り船といい、ここの人たちは自然を「人寄せ」とか「金儲けのネタ」としか考えていないのではないかという思いがよぎる。こんなやり方をしていたらすぐに漁場は荒れ、またアメリカ人の大好きな哺乳類の生息環境も悪くなっていくはずだ。消えうせようとする“最後のフロンティア”は、やはり他の“消えてしまったフロンティア”同様、非持続的な乱獲の対象になっているようだ。

 港に並ぶレストランの一つに入り、夕食をとることにした。
 「あのカサゴみたいな魚のフライがあるらしいわよ」
 ロックフィッシュというその魚は、見かけは悪いが脂が乗っていてとてもうまい。本当は煮付けにして食べたいところだが、ここはフライでがまんする。
 「この切り身大きいわねえ」
 揚げたての白身魚のフライはとてもおいしかった。量も多いのに安い。考えてみれば、私たちもさっきの釣り人達を笑えない。こうして、安くておいしい天然の魚を好んで食べているし、日本に輸入されている海産物の多くは、アラスカで非持続可能な方法で獲られたものかもしれないのだ。回転寿司とか、世界各地から輸入されている、やけに安い天然ものの「キンメダイ」とか「アイナメ」の仲間に、私たちの食生活は支えられている。
 この日のクルーズも夕食もすばらしいものだったが、同時にいろいろなことを考えさせられる1日となった。


【1】
アラスカは、1867年に720万ドル(当時)でロシアから購入された。購入金額は、1平方キロメートルあたり約5ドル。
【2】アホウドリ保護の取り組みについて
環境省報道発表資料「アホウドリ新繁殖地形成事業によるヒナ移送日の決定について」(平成20年2月12日)
【3】“とれるところで”、“とれる人から”徴収する料金制度
第9話「大陸横断編・その2」

<妻の一言>

 アンカレッジに出発する日の午前中、スワードの「アラスカシーライフセンター」という施設に行きました。これは、1989年に発生したエクソン・バルディーズ号の石油流出事故を契機に設立された水族館のような施設です。入場料は1人14ドルでしたが、入場料収入は全部餌代に消えてしまうのだそうです。

 入口を入って2階に上がると、小さな魚が入った水槽が置いてあります。アラスカというと大きな魚とかすごい哺乳類が頭に浮かびますが、それには理由があります。この水槽に入っていたのは、小さなカタクチイワシでした。海鳥や様々な哺乳類の大切な餌になる魚で、アラスカの「縁の下の力持ち」というわけです。
 展示は、国立公園のビジターセンターよりずっと充実していて、ラッコとかアザラシの毛皮が実際に触れたりしました。また、漁師の網がぶら下がっていて、左側が1990年初頭のもの、右側が90年代の終わりくらいのものが並べられていました。もちろん模型ですが、右側の網は大きく膨らんでいます。中に入っているのはクラゲでした。クラゲの大発生で漁業に大きな被害が出て、多くの漁師が廃業してしまったそうです。
 また、トドの展示にも驚きました。トド(ステラーズシーライオン)は、1997年に、アラスカに生息していたもののうち8割が死んでしまったそうです。それ以来絶滅危惧種に指定されています。展示は、トドの胃の内容物に関してでした。大量死の前は、胃袋の6割はスケトウダラで、残りがニシン、イカ、シシャモ(カペリン)だったそうです。ところが、大量死の後は、スケトウダラが4割に減っていて、タコが3分の1、残りがブラックフィッシュという魚になったそうです。それまで食べていなかったものをしょうがなく食べているということでしょうか。タコやブラックフィッシュは脂分が少なく、あまりいい餌ではないそうです。アラスカの海は、以前に比べ約3℃程水温が上昇しているそうです。こうした餌や水温の変化は海洋の様々な生きものに大きな影響を与えていると言われています。

写真41:トドの水槽の前で

写真41:トドの水槽の前で

 展示スペースの次は、いろいろな生きものの水槽が並んでいます。水槽は、上からも横からも観察できます。解説板もとても詳しく書かれています。
 アザラシの水槽に行くと、ちょうど餌をもらっているところでした。飼育員は、アザラシに「ちょうだい」とか「待て」とか、ちょっと曲芸のようなことをさせながら、歯の状態を確認したり、体を触診しています。
 ところで、この近くでは、春は岸の近くでカヌーに乗ることが禁止されています。アザラシの子どもをねらうシャチが静かに近づく様子にカヌーがそっくりなので、母親に大きなストレスがかかるのだそうです。特に、カヌーに乗る人間の姿は、ちょうどシャチの直立した背びれとそっくりなのだそうです。
 トドの水槽を下から見ると、トドが水槽の中をぐるぐる回りながら、こちらの方を横目で見ながら通り過ぎていきました。ためしに手を振ってみると、体を水槽のガラスの壁に押し付けるようにして泳いでいきます。


写真42:パフィン

写真42:パフィン

 パフィンの水槽では、ちょうど餌の時間でした。水槽には切り身とか小魚とかが少しずつ投げ込まれます。すると、パフィンが水の中を驚くようなスピードで泳ぎ回ります。昨日船から見た「飛べない鳥」とは別の生きもののようです。水の中で、うまくくちばしでつまんだり、つかみ損ねてまた餌を追いかけて潜っていったり。とにかく潜水が得意なようです。かなり長い時間水の中を泳ぎ回っています。
 食事が終わると、今度は水面で水浴びです。私たちは慌てて2階に上り、水槽の上からそのしぐさを観察しました。一見するとおぼれているように見えるほど、一生懸命に羽づくろいしています。時にはひっくりかえってしまっています。厳しいアラスカの海では、これだけ念入りな羽の手入れが必要なのでしょう。


写真43:アンカレッジに向かう道路から見た風景

写真43:アンカレッジに向かう道路から見た風景

 最後にもう一度トドの水槽に行ってから、センターを出ることにしました。入口のすぐ近くにギフトショップがあったので、立ち寄ってみると、パフィンのしおりとかちょっとしたお土産がたくさんありました。アメリカには意外と手ごろなお土産がないので、いろいろ小物を買い込んでしまいました。
 センターを出ると、天気もよく気温も上がっていました。海を見ながらお弁当を食べて、来た道をアンカレッジに向かいました。帰りは来た時と打って変わっていい天気です。青空に映える紅葉がとてもきれいでした。


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(記事・写真:鈴木 渉)

※掲載記事の内容や意見等はすべて執筆者個人に属し、EICネットまたは一般財団法人環境イノベーション情報機構の公式見解を示すものではありません。

〜著者プロフィール〜

鈴木 渉
  • 1994年環境庁(当時)に採用され、中部山岳国立公園管理事務所(当時)に配属される。
  • 許認可申請書の山と格闘する毎日に、自分勝手に描いていた「野山を駆け回り、国立公園の自然を守る」レンジャー生活とのギャップを実感。
  • 事務所での勤務態度に問題があったためか以降なかなか現場に出してもらえない「おちこぼれレンジャー」。
  • 2年後地球環境関係部署へ異動し、森林保全、砂漠化対策を担当。
  • 1997年に京都で開催された国連気候変動枠組み条約COP3(地球温暖化防止京都会議)に参加(ただし雑用係)。
  • 国際会議のダイナミックな雰囲気に圧倒され、これをきっかけに海外研修を志望。
  • 公園緑地業務(出向)、自然公園での公共事業、遺伝子組換え生物関係の業務などに従事した後、2003年3月より2年間、JICAの海外長期研修員制度によりアメリカ合衆国の国立公園局及び魚類野生生物局で実務研修
  • 帰国後は外来生物法の施行や、第3次生物多様性国家戦略の策定、生物多様性条約COP10の開催と生物多様性の広報、民間参画などに携わる。
  • その間、仙台にある東北地方環境事務所に異動し、久しぶりに国立公園の保全整備に従事するも1年間で本省に出戻り。
  • その後11か月間の生物多様性センター勤務を経て国連大学高等研究所に出向。
  • 現在は同研究所内にあるSATOYAMAイニシアティブ国際パートナーシップ事務局に勤務。週末、埼玉県内の里山で畑作ボランティアに参加することが楽しみ。