No.013
Issued: 2007.11.01
レッドウッドのボランティア(野生生物編)
「ワタル、スタージアが呼んでるよ」
出勤すると、上司のジェイソンさんが探しにきた。さっそくスタージアさんの個室にかけつける。スタージアさんは国立公園勤務の植物学者で、植生部門の「ナンバー2」に当たる。
「あなたたちにお願いしたい仕事があるの」
私たちがまとまった業務を任されるのはこれが初めてだった。
歩道の環境影響評価
スタージアさんは環境影響評価書の執筆に追われていた。ところが、評価に必要なデータが一部不足していたため、緊急に追加調査をしなければならなくなったそうだ。植生部門の職員は皆多忙で、私たちにお鉢が回ってきたわけだ。
「GPSを使う調査なんだけど、あなたたちできそう? 二次林調査で使っているわよね」
「多分できると思います。わからなければスコットさんに教えてもらえると思います」
上司のスコットさんにはいつも二次林調査の指導を受けている。口数は少ないが、とても頼りになる人だ。
一方、スタージアさんは、私たちの受け入れのために骨を折ってくれた人だ。少しでも恩返ししたいという気持ちもあった。
この調査は、ローソンヒノキ根腐れ病【1】の拡大防止のための調査だった。ローソンヒノキは日本のヒノキの近縁種で、レッドウッドの原生林に自生している。カリフォルニア州内にはまだ原生林が残っているそうだ。日本にも木材が輸出され、神社仏閣用の建材として使われている。原生林から切り出される丸太は太く質もいい。日本の不況により輸出額は減少しているということだったが、日本が大のお得意さんであることは間違いない。それにしても、神社の大鳥居にも「外材」が使われているというのは驚きだった。
近年、このローソンヒノキに大きな問題が発生している。外来の根腐れ病が発生し、ワシントン州、オレゴン州、カリフォルニア州北部に急速に広がりつつあるのだ。
レッドウッド国立州立公園内でもこの病気の発生が確認されており、その拡散防止が急務となっている。この病気に感染すると根の維管束組織が破壊され、水を樹木上部に供給できなくなって枯死に至る。今のところ有効な薬剤はなく、感染したら切り倒して隔離する以外に方法がない。政府の中で取りまとめ役を務める森林局がマニュアルを作成しているが、それによれば、感染木の周囲にある同種のヒノキも切り倒してしまい、土中に残る菌を「兵糧攻め」にするという、何とも乱暴な方法を採用している。
この病気のやっかいなところは、水を介して病気が広がるという点にある。そのため、雨の豊富なこの太平洋岸地域一帯は被害が広がるリスクが高い。また、国立公園などの利用者が森に入ることの多い場所では、歩道沿いに感染が広がってしまう。菌の入った泥が靴裏に付着して運ばれるためだ。利用者の移動によって、他の森林にまで病気が広がっていくことを森林局は気にしている。
レッドウッド国立州立公園では、ローソンヒノキの生育場所を特定し、歩道そのもののルートを変更したり、水の流れが歩道を横断する箇所には横断側溝や小さな橋をかけることにした。ただ、工事が原生林の中で行われるために、NEPA(国家環境政策法)に基づく環境影響評価が求められる。この評価書の原案をスタージアさんが作っているという訳だ。
驚いたことに、これらの工事の費用は森林局が負担するという。工事に先立って、森林局の専門家数名が状況の確認や説明のため、現地を来訪した。
森林局の管理するシャスタ・トリニティー国有林に勤務する専門家が、手に斧を持って現れた。
「病気に感染しているかどうかは実際に根の組織を見てみるのが一番」
やおら道端の細いヒノキの根部に切りつける。3本目で感染が見つかった。
「維管束組織が変色しています」
確かに色が変わっている。しかし、こんな調べ方では健全な木まで枯れてしまうんじゃないのか? そもそも斧の消毒はされているのだろうか? 見ていて不安になる。
いろいろ説明を聞いていてわかってきたのは、彼らが守りたいのは国有林にある大径木、いわば彼らの「看板商品」で、国立公園はそれら商品の存続を脅かす「感染源」とみなされていること。国立公園内に生えている若いヒノキは、彼らにとってはただの厄介者なのだろう。
森林局の専門家と別れた後、スタージアさんがいろいろとこの病気について教えてくれた。
「この病気は、もともと森林局が広げてしまったとも言われているの」
ヒノキの伐採・搬出のためにはいろいろな重機を使う。その際、そのキャタピラに土が付くが、それを洗わないまま他の林で同じように伐採を行ってきた。その過程で感染が爆発的に広がったというのが一般的な見方だ。ハイカーの靴についた泥などとは比べ物にならない。森林局のパンフレットにも、
「私たちはこんなふうにキャタピラを洗っています」
という写真が誇らしげに載せられている。ホースで洗っている写真だ。斧の使い方といい、森林局のやり方は、国立公園局に比べるとちょっと乱暴な印象を受ける。
「森林局には巨額の対策費用がおりてきます。その分、政治的なプレッシャーも強いのです」
その巨額な対策費用が関係する政府機関にも配分され、対策をとることが促される。国立公園は利用者が多いから、「国立公園感染源」説は説得力があるようだ。森林局としても対策の実績をつくりたい。
ところが、実際に歩道を歩いてみると、歩道を横断する水流のほとんどには横断側溝が設置してある。ヒノキが見つかるのもごくごくたまにしかない。これで感染源になるんだろうか?
「問題は歩道から外れて歩く人たちなのよね」
たとえば釣り人だ。レッドウッド一帯の河川は、どれをとってもすばらしいサケ・マス類の釣り場だ。そのポイントをひとつひとつ探っていくのか、歩道の川側にはあちこちにかなりはっきりとした踏み跡がついている。
「最近歩道改修費用が不足気味なので、このお金を使って歩道を直したいと思ってるの。歩道をもう少し山側に移せば、根腐れ病対策にも効果があるでしょう」
国立公園側にもメリットはあるようだ。
野生生物部門からの誘い
私たちの所属する植生管理部門は、パーティションを隔てて野生生物部門と隣り合わせだ。
「植生部門はいつもうまくボランティアを見つけてくるわねえ」
野生生物部門のテリーさんが冗談交じりに私たちの上司のスコットさんに話しかける。
野生生物部門は多忙だ。それも、野生生物の活動が活発な夏に業務が集中する。常勤職員は6名程度。その他、ファーローと呼ばれる1年間に11ヶ月勤務(1ヶ月の無給期間がある)の職員や臨時職員が4〜5名勤務している。調査内容が難しいことや、危険を伴う調査が多いという理由からか、あまりボランティアを受け入れていない。
レッドウッド原生林荒廃の影響は、結果として野生生物の個体数減少という形となって現れる。野生生物の生息状況に関する定期的なモニタリング調査結果は、生息環境としての森林の回復状況を示すものでもある。そのため野生生物部門が実施するモニタリングのデータが、ゆくゆくは植生管理部門の事業効果に対する評価にもつながっていくことになる。
「うちの仕事がない時には、ワイルドライフ(野生生物部門)を手伝ってもらってもいいと思うよ」
スコットさんが応じる。
「それはいいことを聞いたわ。ワタルたちも時々は野生生物が見たいわよね」
以来、野生生物部門からも時々声がかかるようになった【2】。
レッドウッド国立州立公園内の野生生物
レッドウッドの原生林は、ニシアメリカフクロウ(Northern Spotted Owl)の数少ない繁殖地としても知られている。また、太平洋岸の53キロメートルに渡る原生的な海岸線には、サケ・マス類が遡上する大小河川も少なくない【3】。砂浜では、この周辺でも珍しいシロチドリ(Snowy plover)が繁殖している。その他、公園内には、エルク(Elk)、クマ(Black bear)、マウンテンライオン(Mountain lion)、コヨーテ(Coyote)、ブラックテイルディアー(Black tail deer)など、多くのほ乳類が生息している。なお、狩猟の対象となる野生動物やスポーツフィッシングの対象となるサケ・マス類のモニタリング調査は、カリフォルニア州狩猟・野生生物部局と共同で実施されている。しかしながら、州政府予算不足から、十分なモニタリングが行われていないのが現状だ。
エルク調査
テリーさんに連れられて最初に参加した野生生物部門の調査は、エルクの行動圏調査だった。雨と霧の中、ボールドヒルと呼ばれるなだらかな尾根付近で州政府の専門家と待ち合わせる。この一帯は尾根に沿って草原が広がっている。古くからアメリカ原住民であるインディアンの火入れによって維持されてきた草地だ。その後ヨーロッパからの入植者がヒツジなどの牧場として用い、現在は国立公園が管理火災(あらかじめ延焼対策などをとった上で人工的に発生させる火災)により草原植生を維持している。海岸線の草地とともにエルクの主要な生息地となっている。
参加者の打ち合わせの後、車道沿いに車でエルクの群れを探す。この調査では、何頭かのエルクにGPSテレメトリーをつけて群れの行動範囲を調べている。そのうち数台のデータがそろそろいっぱいになるため、装置を回収するのが今回の作業の目的だ。装置には発信機がついていて、目標のエルクが近づくと受信する信号が強くなる。
GPSテレメトリーは、動物に取り付けたGPS端末が衛星からの電波によって位置を特定し、記録する。従来のテレメトリー調査は、動物に取り付けた発信機からの電波を、テレビアンテナのような志向性の高いアンテナを使って追跡するものだった。一方、GPSテレメトリーは、その動物がどのようなルートで動き回ったかを自動的に記録してくれる。解析は、GPS端末を回収してデータをダウンロードするだけでいい。従来の発信機も付いているが、それはGPS端末を回収するための信号として用いられるだけだ。
エルクの群れが霧の中に見える。
「あの中に1頭いる。これから首輪を外します」
州政府の職員が、無線を使って、事前に首輪に仕込んであった少量の火薬を発火させる。すると、発信音がかわり、「ピピピピ…」と早くなった。
「無事首輪が取れた。さっそく首輪を回収に行こう」
ここからが私たちの出番だ。アンテナを持った職員について、地面に落ちている首輪を探しに行く。首輪は、つなぎ目が切れてもしばらくは首にかかってることがあるそうだ。だからどこに落ちているかわからない。
冷たい雨の中、丘を上り下りしながら探し回る。見た目以上に傾斜がきつい。
「崖の下などがねらい目だ」
エルクが跳び下りた拍子に落ちることが多いそうだ。急な坂を降り、崖下に回り込む。20名ほどが2手に分かれて探すがなかなか見つからない。夕方まで探したが、その日は捜索を断念する。
首輪は、後日、もう少し丘を下ったところで見つかったそうだ。
「GPSテレメトリー」などと聞くと最新の技術で簡単にデータが取れるイメージを抱いてしまうが、結構手間がかかる。野生生物のモニタリングは本当に地味で大変な仕事だ。
サケ・マス類モニタリング
次に連れて行ってもらったのは、サケ・マス類調査だった。ゴムの胴長靴(ウェーダー)を履いて小河川を遡上する。偏光レンズのメガネをかけ、サケ・マス類の目視調査、産卵場所、死骸の確認作業を行う。毎年3月はマスの一種のスティール・ヘッド(Steelhead:降海型のニジマス)が産卵のために遡上してきている。マスといっても、大きさは日本の本州で見られるサケほどもある。
妻と私はそれぞれ職員とペアを組んで2手に分れて調査を行う。沢から見るレッドウッドの森も壮観だ。倒れた巨木でできた天然の堰を何度も乗り越えながら遡上する。同じ胴長をつけているが、同行しているマックスさんとは股下の長さが10cm以上も違う。私だけ淵を越えられず陸上を迂回することもあった。マスの魚影を探すのと産卵床を目視調査してくのだが、素人でも役に立つのだろうか。
「野生生物の調査は危ないから、1人では調査に行けない。ワタルたちが来てくれると、職員2名で2箇所の調査ができるんだ」
ようやく、私たちの役割が飲み込めた。
シロチドリモニタリング
野生生物のグループは、夏の間中、野生生物の調査に忙殺される。中でも、ニシアメリカフクロウ(Spotted Owl)の調査は大変だ。夜間、レッドウッドの森の中を走り回るというかなり危険な作業だ。フクロウの鳴き声を真似て大声を張り上げるため、鳥の鳴き声の練習もしなければならない。
「そんなの簡単、簡単」
オフィスの中で鳴き声を真似てくれるが、驚くほど大きな声だ。
私たちは植生調査もあるのでと断ることにした。
「フクロウがだめならプルーバーはどう? ただ砂浜を歩くだけだよ」
──それならできるかも知れない。
プルーバー(Western Snowy Plover:シロチドリ)はチドリの一種。さっそくメールで調査方法などが送られてきた。レッドウッドの手付かずの砂浜を通算3日間かけて縦走する。私たちは、1日だけ同行することになった。
シロチドリの沿岸域生息個体群は、1993年に連邦政府によって準絶滅危惧種(Threatened)に指定されている。不思議なことに、隣接する2つの州立公園ではシロチドリが繁殖しているが、レッドウッド国立州立公園では1977年、1988年及び1995年に記録があるだけだ。理由はよくわかっていないが、国立公園内の海岸線は天敵となる猛禽類などが豊富なことに加えて、特別な許可を持つ地元住民の車両通行、利用者によるペットの持ち込みなどが影響しているのではないかと考えられている。私たちがボランティアとして働いた年の前年に当たる2003年には、8年ぶりに1つがいの営巣が確認され、その年(2004年)の調査でも2つがいが確認されている。今回の調査は、そのつがいのモニタリングを行うものだった【4】。
原生的な海岸線の景観はすばらしい。海にはアザラシが泳ぎ、上空をペリカンが滑空する。自然が好きな人にとってこの国立公園での仕事は天職だろう。だが、こんな小さな鳥数羽のために、職員が毎月この砂浜を縦走しているというのは、考えてみるとすごいことだ。
シロチドリは砂のくぼみに直接卵を産み営巣する。車のワダチを「活用」してしまうこともある。
延々と砂浜を歩き、ほぼその日の行程の半ばを過ぎた頃、マックスさんが手招きしているのが見えた。チドリがいたようだ。
近づいてみると、小さな鳥が2羽いるのがわかる。色と模様が絶妙で、砂浜に溶け込んでしまっている。オスがわざと離れて注意を引き付けている。とてもかわいらしい。目撃した位置などを記録し、写真を撮影する。
集水域修復事業調査
野生生物部門から噂を聞きつけたのか、今度は地質部門のグレッグさんに声をかけられた。
「レッドウッドクリーク集水域修復事業の調査をやっているんだけど、一度一緒に来てみないか?」という誘いだ。
この事業は、国立公園に指定される前に伐採された森林の修復を目的としたものだ。当時の搬出用林道やブルドーザーの踏み跡道を自然林に復元することにより、土砂流出を防止する。レッドウッドクリークは、1978年に拡張された国立公園区域を流れる河川で、伐採跡地から流入する土砂により河床が大幅に上昇してしまっている。現在も、夏には流水が伏流してしまい、河川が分断されてしまう。
グレッグさんの調査は、伐採直後の航空写真を元にどの林道を除去すべきか現地踏査するものだ。次期の事業費は3年間で200万ドル(約2億4千万円)。大規模な事業だ。
「ぼくは病み上がりだから、あまり早く歩けない」
グレッグさんはそう言うが、山に入ると荒れた林道跡もいとわず進んでいく。地質部門の職員は、みな筋金入りのフィールドワーカーぞろいだということを後に知る。私たちは過労で体調を崩したグレッグさんの「足慣らし」にちょうどよかったようだ。
カリフォルニア州沿岸地方助言会議
私たちの勤務する国立公園の南部管理センターで、「カリフォルニア州沿岸地方助言会議」(California Coast Provincial Advisory Committee、通称PACミーティング)が開催された。この会議は「北西地域森林計画【5】」という計画に基づく会合で、各政府機関、地元住民、有識者、木材関係者などが参加している。法的な位置付けはないものの、林業関係者や地元住民との意思疎通を円滑にすることを目的として、毎年実施されている。
サンフランシスコ以北のカリフォルニア州北西部を対象にして行われた今回の会合では、土地管理局(BLM:Bureau of Land Management)、森林局(FS:Forest Service)、魚類野生生物局(FWS:Fish and Wildlife Service)などから報告があった。レッドウッド国立州立公園からも、公園内の二次林の管理、集水域の修復、レッドウッドクリークの河道再生による魚類個体群の復活などについて発表があり、午後はレッドウッドクリーク河口のフィールドトリップが行われた。
「北西地域森林計画」は、太平洋岸北西地域の木材生産地域における野生動物種の保護対策に関する総合的な計画である。連邦政府所有の森林におけるニシアメリカフクロウの保護の問題がきっかけとなり、クリントン政権時代に打ち出された。策定当事には林業関係者などから大きな反対があったといわれる、いわくつきの計画だ。国立公園内で実施されるフクロウのモニタリング調査は、この計画の一環として行われているものだ。
この会議が10年以上経過しても形骸化しない理由のひとつが、計画に付随するモニタリング調査の存在だ。このフクロウは原生林のみを採餌の場やねぐらとしている。営巣には樹齢数百年の樹木が必要ともいわれ、個体数を回復させるには、現在残されている原生林の維持が大前提となる。
しかし現実には、レッドウッド国立州立公園の周辺でも原生林の伐採が続けられており、目標達成のためには地域の森林管理の大幅な見直しが必要だ。そこには、「木材生産か、生息地の保護か」という、深刻な利害対立が存在する。
ニシアメリカフクロウのモニタリング調査は、このような利害調整に必要な繁殖個体数、生息密度、繁殖率などの科学的な情報を集め、フクロウの個体群の保全のために維持するべき原生林の量と質に関する目安を示す役割を負っている。また、そのような調査の担い手が、国立公園局や魚類野生生物局の資源管理部門というわけだ。
続・ローソンヒノキ調査
植生管理部門のローソンヒノキ根腐れ病調査は、いつも私たちが参加している二次林調査よりもずっと楽だ。それに、「調査」と称してレッドウッドの原生林を散策できるという魅力もある。
原生林の中を歩きながら、水の流れた跡を探し、デジカメで写真を撮ってGPSで位置情報を記録する。ローソンヒノキを見つけたところでも位置情報を記録し、歩道からの方角と距離を記録する。実際に調査をしてみると、案外やることが多く、忙しい。
調査をしていると、時おり、公園利用者から何をしているのかと尋ねられることがあるが、これには困った。四苦八苦しながら調査の内容を説明する。先方にとっては、私たちもパークスタッフ。きちんとした対応が求められる。
調査から戻り、とりあえずGPSのデータとデジカメの写真をスタージアさんに提出する。
「ありがとう。さっそくジュディーに解析してもらうわ」
GIS専門家のジュディーさんは、少し早口だがとても気さくな女性だ。家に果樹園を持っていて、時々木苺など季節の実りを山のように持ってきてくれる。GISのセクションは、少し離れたアルカタという町に独立したオフィスがあり、公園が所有する膨大なデータはその事務所のサーバーに格納されている。ジュディーさんは、資源管理部門の端末デスクと、このGISオフィスを行ったりきたりしながら仕事をしている。
「2人とも元気?調査のデータありがとう」
そのジュディーさんが私たちの机の前に現れた。先日渡したデータをGIS上でプロットしたところ、GIS上の歩道のルートが実際のものとずれていることが判明したそうだ。
「地図に載っている歩道をデジタル化したようなんだけど、かなりずれているのよね」
これは、歩道の環境影響評価を行う上では致命的だ。
「そこで、あなたたちに歩道のルートの位置情報もGPSで取ってきてほしいの」
原生林の中では航空写真に歩道がほとんど写らないので、判読も難しいらしい。ただ、ジュディーさんも、具体的な調査方法はわからないそうだ。
この調査について、スコットさんに相談してみた。
「GPSには『トラッキング』という機能があるから、それを使うといい」
トラッキング機能とは、一定の時間または距離ごとに位置情報を自動的に記録していく機能だ。
試しに10mごとにトラッキングを取ってみた。データをダウンロードしてGISで地図上にプロットしてみると、測点が歩道をはさんで左右に大きくぶれている。
「10m間隔だと誤差の方が大きくなってしまうのかもしれない。一定時間間隔でとってみたらどうかな」
さっそく、3秒間隔でトラッキングをとってみる。今度はうまくいった。ところが、すぐにメモリーがいっぱいになってしまうことがわかった。試行錯誤の結果、だいたい7秒間隔ならほぼ歩道の線形が記録でき、メモリーも持つことがわかった。
「こういうサイトがあるのを知ってるかい?」
スコットさんが教えてくれたのは、あるGPSメーカーのサイトだった。
「フリーソフトなんだけど、受信可能な衛星の個数などがわかるんだ」
ソフトウェアをダウンロードして、衛星の「暦」をインポートすると、1週間程度先までの衛星の「天気予報」が出てくる。GPSは、一般に受信できる衛星電波の数が多ければ多いほど精度が高くなる。また、DOPなるノイズの指標もあって、それが高いと精度が下がる。これと実際の天気予報を組み合わせて調査計画を練ることになる。衛星の電波は葉や幹が濡れていると散乱してしまうので、前日の天候も影響してくるからだ。
スコットさんとの相談の結果、私たちは高性能のバックパック型受信機と、普及タイプのGPS端末を1台ずつ持って歩道の調査に挑戦することになった。普及タイプといっても上位機種に外部アンテナをつけたものだ。
「外部アンテナは、できれば真上を向いているのがいい。帽子の上とかバックパックの上にあるとよく電波を拾ってくれるよ」
スコットさんのアドバイスだ。そういえばスコットさんのザックの上には金属板が貼ってある。
丸く薄い金属板は、アンテナのサイズにぴったりだ。外部アンテナは、本来車のナビゲーションをする際に屋根に付けて使用されるものだ。そのため、5cm四方の四角いアンテナの底には磁石が入っている。金属板があれば、アンテナを簡単に固定することができる。
「これ何だかわかるかい? プリングルスの底だよ」
すぐに反応したのは妻だった。
「ポテトチップスの?」
「そうそう。あの筒の底についているこの板が一番いいんだ」
早速帰り道でプリングルスを購入し、夕食の前に2人で食べる。底板を取り出して、ボランティアハウスに残されていた帽子からよさそうなものを見繕ってシリコンで貼り付けた。
二次林調査の合間に天候や衛星の状態のいい日が2日ほどあった。調べてみると衛星の状態もよかった。調査の当日、あらかじめ用意しておいた調査用具やバッテリーなどを車に積み込む。調査地点まで車で片道1時間弱。途中、外部アンテナを車の屋根につけGPSの電源を入れる。スコットさんによると、GPSには「慣れ」のようなものがあって、しばらく衛星電波を受信していると、自分の位置を学習するような機能があるそうだ。電波状態のいいところで十分慣れさせると、多少電波状態が悪くなっても誤差は小さくなる。実際に電源を入れて置いてみると、徐々に受信している衛星の数が増えてくるのがわかる。また、GPSには、一時的に受信電波がなくなっても、しばらくの間現在位置を予想してくれる機能もある。慣れさせておくと、この機能が安定してより長い時間働くことがわかった。また、一時見失った衛星を再認識するのも早いようだ。
途中から原生林に入ると、道路は未舗装路になる。道路は想像以上に細く曲がりくねっている。巨木が道の両側に立っているところなどは車1台が通り抜けるのがやっとだ。それだけに、原生林のすばらしい雰囲気を満喫することができる。
調査地点に到着し、車を路肩の駐車スペースに停める。アンテナを車から帽子に移す。今回は妻が「GPS帽子」をかぶることになった。
原生林の中では、GPSの感度が相当低下する。レッドウッドの巨木が立ち並び、樹冠が閉じていることから、電波が届きにくくなっているためだ。また、歩道は谷筋にあり時々谷間が深くなるが、そのようなところは受信できる衛星の数そのものが減ってしまう。一時的に電波の切れる衛星を再度認識できるよう、極力そのような時間を短くしたい。そのため、谷間は早足で、樹冠が開けているところはゆっくりと歩く。行きは予想通り衛星の電波状態もよく、2台ともにバッテリーやメモリーも大丈夫だった。
昼食は、スミス川というダムのない清流の川原でとる。とても気持ちがよかったが、電波の状態が悪くならないうちに、早々に出発することにした。また同じルートを戻るので、再度トラックをとってみる。今回は少し電波状態が悪くなった上に、バックパック型の方は途中でバッテリーが切れてしまった。
それでも、今回の調査結果は、2台の端末でそれぞれ行き帰りに記録した4本の軌跡がかなりよく重なっていた。
「ありがとう。これで歩道のルートが大体わかるわ」
ジュディーさんはとても喜んでくれた。
これ以降、同じような依頼が数件飛び込んでくることになり、私たちもGPSの扱いに慣れてきた。
- 【1】ローソンヒノキ根腐れ病(Port-Orford-Cedar Root Disease)
- 1923年にシアトル(ワシントン州)の庭木で初めて病気が確認された。1952年にはオレゴン州、1980年にはカリフォルニア州でも感染が確認された。感染源はわかっていないが、アジア方面ではないかという説もある。しかしながら、アジア地域では原因となっている菌は現在のところ確認されていない。
- 【2】野生生物部門
- レッドウッド国立州立公園の野生生物に関するウェブサイト
- 【3】サケ・マス類が遡上する大小河川
- 全米でも数少ないダムのない河川であるスミス川をはじめ、3つの河川が国立州立公園区域内を流れ、うち2つの河川は公園区域内に河口を有している。これらの河川では1950年代頃から大規模な洪水が頻発し、堆積土砂と河川改修によって河口部の地形が大幅に変わってしまっている。河床の上昇やそれに伴う水温の上昇、汽水域の縮小、大量の海水の流入は、サケ・マス類の稚魚の生存率を低下させ、生息数の減少を招いている。
- 【4】シロチドリ
- シロチドリ(国立公園局ウェブサイトより)
- 【5】「北西地域森林計画」(Northwest Forest Plan:NWFP)
- 太平洋岸北西地域の木材生産地域において、森林の生産などにより影響を受ける野生動物種の保護と管理に関する総合的な計画。1994年に決定された。
計画のミッションは、農務省森林局及び内務省土地管理局の管理する土地の管理について連絡調整をとることと、ニシアメリカフクロウの分布域内における他の連邦政府機関の自主的な取り組みに責任を持つことなどである。これらの公有地における管理は、「森林生息環境のニーズ」と「林産物生産のニーズ」のいずれも満たさなければならない、とされている。
この計画は、関係省庁の連携組織である「地域生態系事務所」(The Regional Ecosystem Office(REO))が事務局となり、REOが、地域省庁間実施委員会(the Regional Interagency Executive Committee(RIEC))と政府間助言委員会(Intergovernmental Advisory Committee(IAC))などの事務局ともなっており、北西地域森林計画実施のための意思決定や問題解決を促している。
<妻の一言>
釣りとカヌー
レッドウッド国立州立公園付近は、森林地帯に源を持つ大小の河川とフンボルト海流などとの関係から、海産物が大変豊かだと言われています。特に、公園中央付近に河口を持つクラマス川の河口には、トド、アザラシなどが見られ、秋には天然のキングサーモンの群れが川を上るそうです。南の暖かい海で繁殖を終え北上するクジラは、途中滅多に餌を食べないと言われていますが、この河口付近では時々餌を食べている姿が見られるそうです。私も一度河口の高台にある展望台から、クジラを見たことがありますが、かなり近くに来ているものもありました。
魚も、脂ののったタラ、アイナメ、カサゴなどが獲れるそうです。ところが、スーパーマーケットに行ってもそういう魚にはお目にかかれません。ダンジリンクラブと呼ばれる大きなカニは漁港近くで売られていましたが、値段は驚くほど高く、手が出ません。
仕事中、国立公園のメンテナンス部門のティムさんが、
「船を借りて釣りに行くと、食べきれないほど釣れるよ」と教えてくれました。そこで、私たちも釣りを始めることにしました。
釣具は日本とは少し違いました。不思議な仕掛けも多く、どれを使っていいかわかりません。とにかくスーパーでリール竿、おもり、テンビンを買いました。遊漁証は州外者80ドル、居住者30ドルくらいだったと思います。主人がスーパーのカウンターで購入したら30ドル、私が職場近くの荒物屋兼レンタルビデオ店で購入したところ80ドルでした。ちょうど居住者と州外者の中間だったということでしょうか。
おもしろいことに、ライセンスが必要なのは自然の岩礁などから釣る場合のみで、堤防や桟橋など人工物から糸を垂れる場合には遊漁証は必要ありませんでした。ただし、実際には堤防は立ち入り禁止のところが多く、許可証を持っていた方が自由に釣りができます。餌はイカや魚の切り身を使うことにしました。
私たちが釣りを始めたことを聞きつけた上司のスコットさんが、オープンデッキのカヌーを貸してくれました。マス釣りには不可欠だそうです。カヌーはとても面白かったのですが、マスは1匹も釣れませんでした。
海釣りの方も、食べられるような魚は全くといっていいほど釣れませんでした。ただ、アイナメを狙っていたらカニが釣れてしまったことがありました。針に何か引っかかったので、糸が切れないようゆっくりと引き上げると、大きなダンジリンクラブがかかっていました。その日は結局カニが2匹「釣れ」、サイズも十分大きかったので持ち帰ることにしました。少しグロテスクなカニでしたが、そのまま茹でて味噌で味付けしてみました。すると、とても味が濃く、旨味がありました。2人とも期待をしていなかっただけに、思わず目を見張りました。
釣りの方は、それ以降も「ボウズ」続きでした。投資したお金もほとんど回収できませんでしたが、ラグーンでのカヌー、カヌーでの昼寝、海の風景、近くに顔を出すアザラシ、悠々と旋回し水に飛び込むペリカンなど、釣りをしながらいろいろな風景に出会うことができました。
この記事についてのご意見・ご感想をお寄せ下さい。今後の参考にさせていただきます。
なお、いただいたご意見は、氏名等を特定しない形で抜粋・紹介する場合もあります。あらかじめご了承下さい。
(記事・写真:鈴木 渉)
※掲載記事の内容や意見等はすべて執筆者個人に属し、EICネットまたは一般財団法人環境イノベーション情報機構の公式見解を示すものではありません。
〜著者プロフィール〜
鈴木 渉
- 1994年環境庁(当時)に採用され、中部山岳国立公園管理事務所(当時)に配属される。
- 許認可申請書の山と格闘する毎日に、自分勝手に描いていた「野山を駆け回り、国立公園の自然を守る」レンジャー生活とのギャップを実感。
- 事務所での勤務態度に問題があったためか以降なかなか現場に出してもらえない「おちこぼれレンジャー」。
- 2年後地球環境関係部署へ異動し、森林保全、砂漠化対策を担当。
- 1997年に京都で開催された国連気候変動枠組み条約COP3(地球温暖化防止京都会議)に参加(ただし雑用係)。
- 国際会議のダイナミックな雰囲気に圧倒され、これをきっかけに海外研修を志望。
- 公園緑地業務(出向)、自然公園での公共事業、遺伝子組換え生物関係の業務などに従事した後、2003年3月より2年間、JICAの海外長期研修員制度によりアメリカ合衆国の国立公園局及び魚類野生生物局で実務研修
- 帰国後は外来生物法の施行や、第3次生物多様性国家戦略の策定、生物多様性条約COP10の開催と生物多様性の広報、民間参画などに携わる。
- その間、仙台にある東北地方環境事務所に異動し、久しぶりに国立公園の保全整備に従事するも1年間で本省に出戻り。
- その後11か月間の生物多様性センター勤務を経て国連大学高等研究所に出向。
- 現在は同研究所内にあるSATOYAMAイニシアティブ国際パートナーシップ事務局に勤務。週末、埼玉県内の里山で畑作ボランティアに参加することが楽しみ。