一般財団法人環境イノベーション情報機構
アメリカ横断ボランティア紀行

No.012

Issued: 2007.08.30

レッドウッドの森のボランティア

目次
ジェイソンとスコット
レッドウッド原生林回復計画
レッドウッド二次林調査
自動車通勤
レッドウッドの森
3種のレッドウッド
英語能力向上?

 「ユー・ガイズ! まずは年輪計測の練習に行こう」
 私たちの上司のジェイソンさんが同僚のスコットさんと、さっそく私たち2人をフィールドに連れ出す。
 アメリカ国立公園での長期ボランティア研修も、2箇所目の研修地・レッドウッド国立州立公園に移り、新しい生活がはじまろうとしていた。


ジェイソンとスコット

ジェイソンさんと。二次林の中には、太い切り株が散見される。

ジェイソンさんと。二次林の中には、太い切り株が散見される。

 ジェイソンさんの姓はテラオカ。日本人の血が4分の1ほど入っているが、日本語はまったく話せない。ロサンゼルス出身で、ケンタッキー州では会ったことのないタイプの人だ。
 一方、スコットさんはフロリダ州北部出身で、英語のアクセントがケンタッキー州の「なまり」にそっくりだった。

 事務所到着の2日目。ボランティア宿舎の片付けも一段落し、事務所の鍵の交付手続きなどを一通り終えたところだった。
 ジェイソンさんたちと近くのレッドウッド二次林に向かう。二次林に生育するレッドウッドは直径30〜40cm程度のものが多い。
 「このレッドウッドの樹齢を計ろう。伐採跡地の中には、いつ伐採されたのか、記録のないところも多い。そういうところでは、一番大きそうな樹木の樹齢から伐採年を推定するんだ」
 年輪の測定のため、外皮から木の中心部をめがけて中空の筒にスクリュー状の歯のついた器具をねじ込み、細長い木片(コア)をとる。直径5ミリほどのコアには年輪が縞状についていて、それを数える。随分乱暴なやり方だが、樹齢を調べるには最も確実なやり方だそうだ。
 「結構うまいね。ほぼ幹の中心をとらえているよ」
 おだてられながら、樹高を測定する方法とか、胸高直径の測定など一通りの調査方法を教わる。
 「それじゃ、明日は現場に行こう」
 翌日は、さっそくフィールド調査に同行することになった。


レッドウッド原生林回復計画

放置され、荒廃した二次林

放置され、荒廃した二次林

 レッドウッド国立公園内には伐採跡地が含まれている【1】。特に、1978年に拡張された国立公園の区域の大部分は伐採跡地で、レッドウッドとダグラスモミの二次林が広がっている。
 この地域では、以前から、森林伐採後に一度火を入れて残渣を燃やしてから、ダグラスモミの種子をヘリコプターで空中散布する方式が採られている。公園区域内の二次林も、国立公園編入前に伐採業者によって種子散布が行われ、そのまま放置されてきた。樹木は過密になり、やせ細ったままの木も少なくない。山林は荒れ、山腹などから流出する大量の土砂は大小の河川の河床を上昇させ、洪水を引き起こした。また、サケ・マス類の生息数を激減させ、それがトド、アザラシなどの海棲哺乳類にも大きな影響を与えている。


古い切り株から萌芽したレッドウッド

古い切り株から萌芽したレッドウッド

 このため、レッドウッド国立公園では一部の二次林を間伐して、レッドウッドの原生林に近い森に回復させる試みが始められている。私たちが参加することになった調査は、この「原生林回復計画」に必要なデータを収集することを目的にしたものだった。調査では、ランダムに設定した調査地点付近の材積量、樹木の生育状況などを調べる。樹高、胸高直径などから、森林の材積量や生産量を推計する調査方法が採用されている。
 なお、国立公園に隣接する民有林では、現在も森林の皆伐と伐採後の焼き払いが行われており、近くの森から煙があがっているのが見えることがある。依然、ずさんな森林伐採が行われているのが現状である。
 レッドウッドは針葉樹としてはめずらしく萌芽更新する。わざわざ種子をまかなくても、伐ったあと放っておけば切り株のまわりに木が生えてくるのだ。しかも、生長が速い。
 こうした木材伐採現場を見ていると、北米材が安価に流通する理由がわかるようだった。原生林を伐採し、跡地にとりあえず種を播いてほったらかし、また育ったところで伐採する。太くていい材は輸出し、細いものはパルプ工場にまわす。特に、カリフォルニア州北部からオレゴン州にかけての森林地帯は悲惨だ。人目につく道路沿いに「巧みに」森林が残されていたりもするが、航空写真を見ればその状況は一目瞭然だ。
 こうして生産された材木によって、日本の林産業が壊滅状態に追い込まれているのは皮肉に思える。日本では、スギ・ヒノキを主体とした樹木を植え、下草刈り、間伐などの手入れを怠らず、成木になれば伐採してまた植栽する。戦後の拡大造林は別にしても、やはり日本の森づくりや林業は素晴しいと実感される。
 レッドウッド材は、現在も日本向けに輸出が続いている。このスギの御先祖様に当たる針葉樹は、「レッドウッド」という名前が示すとおり、材は赤味を帯び、木目も美しい。タンニンを多く含み、腐りにくく強度もあることから、デッキ材など屋外工作物に適している。ダグラスモミなどのいわゆる「北米材」に比べてずっと軽量だが、市場価格は2〜3倍程度高いそうだ。


レッドウッド二次林調査

 「よし、じゃあそろそろGPS(全球位置情報システム:仕組みはカーナビと同じ)の電源を入れよう」
 事務所から州道に出たところで、スコットさんが調査用具から携帯型のGPSを取り出す。GPSは、あらかじめ道路とか障害物のないところで電源を入れ、「慣れ」させておくといいそうだ。ケーブルのついた車載用アンテナを車の屋根に取り付ける。
 「この森は樹高が高いから、外部アンテナがないと電波がうまく受信できないんだ」
 私たち2人が乗ったピックアップトラックは、州道から山道に入っていく。かなり急な坂道が続く。徐々に霧が出てきた。しばらく走ると、森の中に太い柱のような樹木が並んでいる。レッドウッドとダグラスモミの原生林だ。道の両側の斜面に広がっているのだが、前後の二次林とは明らかに樹木のスケールが違う。
 原生林を抜けたところを左に折れ、砂利道に入っていく。入口にはゲートがあり、鍵かかけられている。林道はかつての伐採用道路だ。未舗装路で起伏が多く、見通しの悪いカーブが連続する。ジェイソンさんは、クラクションを鳴らしながらカーブに入って行く。道の両側には荒れた森林が続いている。

二次林の中の管理用道路。かつては伐採のための作業用道路だった。

二次林の中の管理用道路。かつては伐採のための作業用道路だった。


国立公園職員のスコットさん(手前)とティムさん。スコットさんは、GPS端末を首から提げ、車載用アンテナをザックの上に取り付けている。

国立公園職員のスコットさん(手前)とティムさん。スコットさんは、GPS端末を首から提げ、車載用アンテナをザックの上に取り付けている。

 スコットさんがGPS端末の画面表示を見ている。画面には最初の調査地点までの距離と方角が表示されている。
 「ここら辺にしよう」
 最初の調査地点がだいぶ近くなったようだ。車を路肩に寄せて停め、調査用具を持って歩き出す。歩道のようなものはなく、いきなり森の中に入っていく。
 「270度の方角に200mだ」
 ジェイソンさんがコンパスで方角を見定め、歩測で大体の距離を測りながら森の中を進んで行く。

 森の中は暗く、下生えはほとんどない。転がっている丸太はゆうに胸の高さまである。大きな切り株があちこちにあり、そこから萌芽したレッドウッドが切り株を囲むように立ち並んでいる。伐採のために縦横に付けられたブルドーザーの作業道は山肌を深くえぐり、今も赤土が露出したままだ。立ち枯れた細いダグラスモミが斜めに倒れている。生きている樹木も細く、北向き斜面などでは、ほとんど頂部にしか葉がついていない。伐採後の管理がいかにずさんなものだったかが伺える。
 そんな中を歩くのは容易ではなかったが、ジェイソンさんとスコットさんはどんどん先を歩いていく。彼らは特製のスパイク付きブーツを履いているとはいえ、それにしてもフィールド調査経験の「格」がまったく違う。私たちがそれまでボランティアをしていたマンモスケイブ国立公園が、石灰岩からなるなだらかな丘陵地形だったのに対して、レッドウッドのフィールドは隆起運動によりできた山地で、急な斜面が連続する。岩質がもろく降水量が多いので、地すべりがあちこちで起きている。慣れないうちは無理をしない方が無難だ。


スパイクのついた作業用ブーツ

スパイクのついた作業用ブーツ

 「このあたりかな? ここに杭を打って、位置をGPSで記録してください」
 ジェイソンさんからの指示を受けて、金属製の杭を打ち込む。
 GPSには「アベレージ(平均)」という機能がついていて、何度か連続して位置情報を取得し、実際の調査地点に近い位置情報を取得できるようになっている。人工衛星からの電波をいかに安定して受信させるかがポイントだそうだ。
 杭を中心に周囲の樹木の調査を開始する。まず、記録すべき樹木をジェイソンさんが選ぶ。Cruiser's clutchと呼ばれる小さなアクリル製の透明な器具を、目から一定の間隔に離して構え、その幅より太く見えるすべての樹木を記録対象とする【2】。細い木でも近ければ調査の対象になる一方、太い木でも遠ければ対象から外れることになる。


クルーザーズ・クラッチ。チェーンにフラッグ(ビニール製の目印)がつけてあるのは、暗い林の中で落としても目立つようにするため。

クルーザーズ・クラッチ。チェーンにフラッグ(ビニール製の目印)がつけてあるのは、暗い林の中で落としても目立つようにするため。

クルーザーズ・クラッチを構えたところ。チェーンに真ちゅう製の玉が入っていて、そのいずれかを基準として用いる。

クルーザーズ・クラッチを構えたところ。チェーンに真ちゅう製の玉が入っていて、そのいずれかを基準として用いる。


 次に、特定された樹木の樹高と胸高直径を計測する。樹高は、樹木までの距離と木の梢(こずえ)までの角度から計算する。理屈は簡単なのだが、荒れた針葉樹の森の中で実際に行うのは容易ではなかった。急斜面だったり、倒木があちこちに横たわっていたり、潅木が一面に生い茂って身動きができないようになっているところもある。

胸高直径測定

胸高直径測定

樹高測定

樹高測定


調査地点の中心点に立ち、記録をとっているところ。作業用の保護メガネをかけている。先のとがった枯れ枝が横に張り出しているので、森の中での作業中は常時着用している方が安全。

調査地点の中心点に立ち、記録をとっているところ。作業用の保護メガネをかけている。先のとがった枯れ枝が横に張り出しているので、森の中での作業中は常時着用している方が安全。

 調査に参加するようになってしばらくすると、妻は記録係を任されるようになった。文字(特に数字)が読みやすいことと、几帳面に記録をつけ、調査したその日のうちに必ずデータ整理と入力を終えてしてしまうことが評価されたようだ。公園職員も含めて、記録用紙に躍っている文字は読みにくい。書き方も三人三様だ。
 樹木は、学名を短縮したコードで記録される。例えば、レッドウッドはSequoia SempervirensでSESE3(シーシースリー)、ダグラスモミはPseudotsuga MenziesiiでPSMEM(ピズミー)。調査者が連呼するコードを記載していくのだが、わからなければとりあえずメモだけしておいて、後ほど確認する。よく使うコードはすぐに覚えるが、中にはめったに聞かないコードもある。記録者によってはいい加減な名前が書いてあったりもする。また、自分たちだけで調査に行った場合に、わからない樹木があればデジカメに撮影して帰ってから確認することになっているが、中にはこのデジカメの写真の番号が記載されたままの記録用紙もある。
 妻は、A型の日本人らしい几帳面さで、溜まっていた記録用紙を整理・解読・入力してしまい、これですっかり公園職員の信頼を勝ち得たようだった。

 次第に、
 「この調査項目が抜けています」
 とか、
 「この胸高直径では記録の対象になりません」
 「次は樹高測定です」
 などと調査を仕切るようになった。
 私の方は、あいかわらず下っ端として、指示されるままに樹木に抱きついて胸高直径を計ったり、樹木の根元に巻尺の一端を固定して距離を図ったり、クリノメーター(角度計)で高さを計測する作業を繰り返す毎日となった。
 1ヶ月もすると、私たちは2人だけで調査に出されるようになった。専用のトランシーバーを与えられ、それを常時携帯する。調査用具を詰め込み、調査地点の入力されたGPS端末を持って出かける。車は、2人乗りの四輪駆動ピックアップトラックをあてがわれることが多かった。
 2人だけで調査に行くようになってから、いろいろ工夫をするようになった。例えば、赤外線距離計とレーザーポインターの導入。樹木が密生する森の中では特定の樹木を指し示すことが案外難しい。倒木やとがった枯れ枝、牽引ワイヤーの残骸など危険なものが多いので、できるだけ歩く距離を小さくしたかった。赤外線距離計を使うことで樹高の測定が驚くほど楽になったし、レーザーポインターによって調査樹木を指し示すことがずっと楽に、かつ確実にできるようになった。
 「違う 違う、そっちの3本目のレッドウッド」
 「ハンノキの隣の太いダグラスモミの方だよ」
 そんなやりとりも、だいぶ減って、調査が効率的に進むようになった。

購入した距離計。やはり目印のフラッグをつけている。

購入した距離計。やはり目印のフラッグをつけている。

 朝はできるだけ早く出発して、計画的にノルマをこなす。データ整理や翌日の作業の準備などを終え、残った時間で研修レポートのための調べものや簡単な聞き取りを行うようにした。
 レッドウッドの科学・資源管理部門は、1日10時間労働の週4日勤務だ。1日が長いので、時間配分によって仕事の進み方はまったく違ってくる。また、週末は金土日の3連休なのがありがたかった。

自動車通勤

 徒歩通勤だったマンモスケイブと異なり、レッドウッドでは毎朝片道約10分の自動車通勤だ。途中、エルク(ウマほどもある大型のシカ)が道端のメドー(草地)で草を食んでいるのをよく見かける。時々道路を群れで横断したりしている。
 道路はそれほど太くない。そこを伐採されたレッドウッドやダグラスモミなどを満載したトラックが行き来する。伐採業はいまだにこの地域の主要産業だ。冬はそれほど寒くないものの、毎日と言っていいほど雨が降る。この湿潤で温暖な気候がレッドウッドに地球上で最後の生育地を提供している。

道端のメドーで草を食むエルク

道端のメドーで草を食むエルク

エルクの群れが道を横断していることもある

エルクの群れが道を横断していることもある

丸太を積んだトラックが往来する

丸太を積んだトラックが往来する


 ここではマンモスケイブの時のようなフレンドリーな挨拶はあまりない。知り合いの公園職員同士が手を挙げる程度だ。南部管理センター(South Operation Center:SOC)も至るところで施錠されている。駐車場に入るためには暗証番号が求められ、さらに、建物に入るためにICキーが必要だ。うっかり鍵を持たずに外に出ると、中に入れなくなってしまう。地元の一部住民との間には、いまだに公園設立当時のわだかまりが残っている。万が一を考えて、セキュリティーを厳重にしているようだ。

レッドウッドの森

 レッドウッドの森を一言で表現すれば、「恐竜の森」だ。直径1メートルをゆうに越えるレッドウッドがローマ建築の柱のように立ち並ぶ。林床には一面巨大なシダが生い茂っている。あまり知られていないが、この公園は映画「ジュラシックパーク」のロケ地としても使われたことがあるそうだ。
 この、カリフォルニア州の太平洋に面した細長い地域だけは、一年中湿潤で、気温は滅多に氷点下にはならない。冬は雨、夏は霧がこの森に豊富な水分を運んでくれる。

大きなシダ(sword fern)が林床を覆っている

大きなシダ(sword fern)が林床を覆っている

原生林内のレッドウッドの大木

原生林内のレッドウッドの大木


 風で倒れるまで伸び続けるという巨木レッドウッドは、平均樹齢500〜700年といわれ、2,000年に達するものもあるそうだ。分厚いフェルト状の樹皮とタンニンを含む材部により、火や害虫を寄せ付けない。致命的な病気もないそうだ。太陽の光を浴びるための個体間の競争に勝ち残ることさえできれば、世界一高い樹に育つ可能性も出てくる。

レッドウッドの倒木。樹皮の部分が厚くしっかり材を覆っている。

レッドウッドの倒木。樹皮の部分が厚くしっかり材を覆っている。

別の倒木の根部。こちらは相当太いが根はそれほど深くないのがわかる。

別の倒木の根部。こちらは相当太いが根はそれほど深くないのがわかる。


レッドウッドの大木の頂部についている枝葉

レッドウッドの大木の頂部についている枝葉

 種子はとても小さく、トマトの種ほどしかない。種子1ポンド(約453グラム)で、59,000〜300,000個に相当するという。
 また、樹形は何とも愛嬌がある。古い木になると、葉は枝先の方にちょぼちょぼ付いているだけで、あまり葉や樹形は洗練されていない。いまだ原始的な針葉樹の性質をとどめているようで、幹や枝、葉の分化が未熟なのかもしれない。

 原始的な性質の一例として、レッドウッドは針葉樹としては珍しく萌芽更新することが挙げられる。森の中にストーンヘンジのように円形に並んだ巨木が見られることがあるが、それは何百年前に枯れた一本の巨木の株の周りに萌芽した幼樹が一人前になったものだ。その様子が教会の祭壇に似ていることから、キャセドラル(大聖堂)トゥリーとも呼ばれる。
 また、横倒しになった木や水平に折れた枝から垂直に「幹」が伸びていることもある。枝が自分のことを「幹」だと勝手に判断してしまっているかのようだ。それぞれが思い思いに自分の樹形を作っている様は愉快ですらある。


横倒しになった木から、「幹」が何本も生えている。

横倒しになった木から、「幹」が何本も生えている。

折れた枝からは、垂直な枝が何本も伸びている。枝が自分のことをすっかり幹だと思い込んでいるようにも見える。

折れた枝からは、垂直な枝が何本も伸びている。枝が自分のことをすっかり幹だと思い込んでいるようにも見える。


 日本のスギなどはレッドウッドの遠い子孫であるが、樹形やサイズはずっと「洗練」されている。スギなどの比較的新しい針葉樹のグループは、病気への耐性は低いものの、世代期間が短く、進化の速度が早い。これは、生存競争を有利にするための合理的な戦略ともいえる。
 現代は、より高度な生活史をもつ広葉樹が“幅を利かせ”ている。

 かつて地球上を広く覆っていた「重厚長大型」のレッドウッドは、現在はこのカリフォルニア北部沿岸地帯にかろうじて残っているだけである。しかしながら、「本人たち」はこの時代の流れを気にもとめず、昔ながらの古典的な生存競争を地道に続けている。

3種のレッドウッド

 レッドウッドは別名セコイアとも呼ばれる。今から一億数千年前、恐竜と同時代に最も栄えた裸子植物の生き残りであるとされる、大変古いタイプの樹木だ【3】。現在は、このレッドウッド国立州立公園に生育するコーストレッドウッド(Coast Redwood、学名Sequoia sempervirens)、米国西部シエラネバダ山脈西麓のセコイア国立公園のジャイアントセコイア(Giant Sequoia、学名Sequoiadendron giganteum)と中国のメタセコイア(Dawn Redwood、学名Metasequoia glyptostroboides)の3種が残るのみである。ジャイアントセコイアは世界一大きい(太い)樹木、レッドウッドは世界一高い樹木として知られている【4】


英語能力向上?

 レッドウッド国立州立公園に来てから、急に英語のヒアリングが上達したような気がした。理由のひとつは、レッドウッドに到着して以来、実に多くの面倒な電話をしなければならなかったことだろう。
 まずは電話回線の契約に苦労させられた。ボランティアハウスには電話がなく、その契約は住人自らが行わなければならない。契約は必ずオペレーターを通じて電話で申し込まなければならなかった。契約内容にも様々なプランがあり、それにより料金も異なる。訴訟を恐れてか注意事項などの説明事項も多く、内容もわかりにくい。
 そして何といっても大変だったのは歯科治療だった。レッドウッドに引っ越す途中で歯の詰め物が取れてしまい、それをつけ直すだけなのだが、適当な歯科医がなかなかみつからない。公園局の職員に聞いてもあまりお勧めの歯科医はないという。一般的に人気が高い歯科医は、新たな患者をとらないということだった。皆、ホームドクターならぬホームデンティストがいて、よくても悪くてもずっとそこに通っているそうだ。
 とにかく電話帳片手に電話をかけまくる。初めは要領がわからず話が通じない。日本の歯科医がいかに楽に受診できるかを痛感させられた。何件か間の悪い電話をかけた後、ようやく要領がつかめてきた。
 まず、「新しい患者を受け入れてますか?」と冒頭に質問すると話が早い。ここで、ほぼ7〜8割は断られる。その上で、症状を説明し、日本からボランティアに来ていて数ヶ月しか滞在しないことや、保険があることなどの条件を伝える。特に、保険は現金で支払う建て替え方式であることをはっきりと言うことが肝心だ。「現金で清算します」という一言は思いの外効果が大きかった。支払いまで時間も手間もかかる保険よりも楽なのが歓迎される理由なのかも知れない。
 10軒ほど電話したが、もっとも条件のよい歯科医院からの回答は、「3ヵ月後ならアポが取れます」というものだった。そんなに待っていたら歯がダメになってしまう。気力を振り絞って電話をかけ続ける。すると、
 「明日なら大丈夫ですよ」
 ちょうどキャンセルがあったというのだ。対応もとても親切で丁寧だ。さっそくアルカタにあるその歯科医を訪問する。暇なヤブ医者だったらどうしようかと思いながら行ってみると、初老の先生が昼食もとらずに診療している。院内もきれいで落ち着いている。
 「レッドウッドはどうだい?」
 気さくな感じの先生だった。
 「とりあえず取れたものをつけ直しておくけど、少し治療計画を考えましょう」
 あらかじめ撮影しておいたレントゲン写真を見ながら相談が始まる。
 「虫歯が何箇所かあります。歯の色が少し変わってきているところとか、歯並びが悪いところもあるね」
 とりあえず見積もりをくれるというので、その中から優先順位をつけて治療することになった。
 「こちらにはどのくらい滞在するんだい?」
 「だいたい8ヶ月程度です」
 「それだとすべて治す必要はないね」とつぶやいてから、
 「それにしても、この歯の治療はすごいねえ」
 と私の歯に見入っている。見ているのはどうも、巧妙に型をとってはめ込まれているアマルガムの治療跡だ。私の歯は虫歯だらけだったので、虫歯治療の見本市のようになっている。その様子を見ていて、ふと、この先生は「外国人が好きなのかもしれない」という印象を受けた。
 後でわかったことだったが、電話で応対してくれた受付の女性は、ハワイ火山国立公園の所長さんのお嬢さんだった。私がレッドウッド国立州立公園のボランティアだと聞いて、うまく取り計らってくれたのかもしれない。
 なお、その後、妻の親知らずが化膿してしまい、この歯科医には夫婦揃ってお世話になることになった。


【1】国立公園の歴史について
第11話参照
【2】Cruiser's clutchを使った簡易調査
この調査方法は、Basal Area Factor(BAF)法と呼ばれるもので、比較的簡便な方法で森林の材積を推計することができるように設計されている。任意に選んだ地点で行ったサンプル調査の結果を決められた計算式に導入すると材積が算出できる仕組みだ。調査項目は比較的少ないが、それだけに、データを正確に取らないと最終的な計算結果に大きく影響する。
【3】大変古いタイプの樹木
最も古いセコイアの仲間は、ジュラ紀(2億年〜1億4千年前)に出現した。コーストレッドウッドは、白亜紀末期の今から6,500万年前には、かなり広く分布していたことがわかっている。
【4】世界一高い樹木
2006年10月1日の米国MSNBCニュースの報道によれば、レッドウッド国立州立公園で最も高い樹木が発見され、その高さは379.1フィート(約116m)。

<妻の一言>

 レッドウッドに到着後、ようやく探し当てた歯科医はとても親切なところでした。主人の詰め物がとれて治療を受けていましたが、清算の時などレセプションの女性と歓談したりできました。また、患者ひとりひとりのアポイント(予約)の時間が長いので、待合室でアメリカの女性雑誌をゆっくり読んだりと、私にとってはいい息抜きになっていました。
 レッドウッドに着いて3ヶ月ほどした頃、急に奥歯が痛くなってきました。頭痛や発熱もあります。さっそくアポイントをとって診ていただくと、「親知らず」が1本化膿していることがわかりました。そのうえ虫歯もたくさん見つかり、見積もりは総額40万円! 私たちの医療保険の上限を大幅に超えています。親知らずの治療は、4本全部を抜くように勧められました。1本だけ抜くと歯並びが悪くなってしまうそうです。4本の抜歯で20万円かかります。いろいろ相談した結果、この治療方針に従うことにしました。
 抜歯は別の口腔外科医を紹介され、そこで手術が行われました。全身麻酔でしたので薬の量を決めるのに、助手の方がいくつか質問をしてきます。
 「あなたの体重は何ポンド?」
 ポンドではわからなかったので、
 「○○キログラム」
 と答えると、お互いに正確な数値がわからないまま、適当な量の薬を注射されました。まだ意識があるにもかかわらず、担当の先生は手術を始めようとします。
 「まだ意識があります!」
 必死になって言うと、さらに注射され、次に気が付いたときにはすべてが終了していました。時間にして1時間弱だったそうです。
 朦朧としたまま車にゆられレッドウッドに戻ってきましたが、この麻酔が強かったせいか、しばらく体調がすぐれませんでした。
 残りの治療は、日本に一時帰国して受けることにしました。治療費と航空運賃を合わせても、アメリカで治療を受けるよりもずっと安くつくことがわかったためです。こうして思いがけず1年ぶりに日本に帰ることになりました。
 主人が集めた大量の資料を持ち帰り、代わりに日用品などを仕入れてきました。肝心の歯の治療にも行きました。アメリカと違ってすぐに予約をとることができ、一週間程度ですべての治療が終了してしまいました。
 「親知らずの抜歯跡はきれいになっていますよ」
 アメリカの口腔外科の腕前はなかなかのものだったようです。
 一時帰国での日本滞在はとても慌ただしく、3週間の日程はあっという間に過ぎていきました。おかしなことに、日本に帰っても落ち着く場所がありません。その頃の私たちの生活の拠点は、やはりあのレッドウッドの森の中にあったということでしょうか。


(記事・写真:鈴木 渉)

〜著者プロフィール〜

鈴木 渉
  • 1994年環境庁(当時)に採用され、中部山岳国立公園管理事務所(当時)に配属される。
  • 許認可申請書の山と格闘する毎日に、自分勝手に描いていた「野山を駆け回り、国立公園の自然を守る」レンジャー生活とのギャップを実感。
  • 事務所での勤務態度に問題があったためか以降なかなか現場に出してもらえない「おちこぼれレンジャー」。
  • 2年後地球環境関係部署へ異動し、森林保全、砂漠化対策を担当。
  • 1997年に京都で開催された国連気候変動枠組み条約COP3(地球温暖化防止京都会議)に参加(ただし雑用係)。
  • 国際会議のダイナミックな雰囲気に圧倒され、これをきっかけに海外研修を志望。
  • 公園緑地業務(出向)、自然公園での公共事業、遺伝子組換え生物関係の業務などに従事した後、2003年3月より2年間、JICAの海外長期研修員制度によりアメリカ合衆国の国立公園局及び魚類野生生物局で実務研修
  • 帰国後は外来生物法の施行や、第3次生物多様性国家戦略の策定、生物多様性条約COP10の開催と生物多様性の広報、民間参画などに携わる。
  • その間、仙台にある東北地方環境事務所に異動し、久しぶりに国立公園の保全整備に従事するも1年間で本省に出戻り。
  • その後11か月間の生物多様性センター勤務を経て国連大学高等研究所に出向。
  • 現在は同研究所内にあるSATOYAMAイニシアティブ国際パートナーシップ事務局に勤務。週末、埼玉県内の里山で畑作ボランティアに参加することが楽しみ。