No.009
Issued: 2007.03.15
大陸横断編・その2(テキサス州→ニューメキシコ州→アリゾナ州)
約9ヶ月を過ごしたマンモスケイブ国立公園(ケンタッキー州)を離れ、次の研修地であるレッドウッド国立州立公園(カリフォルニア州)を目指す。そこは、マンモスケイブ国立公園から直線距離にして約3,500km、太平洋岸北部にある巨木と霧の公園だ。
私たちは、愛車ポンティアック・モンタナに大量の荷物を積み込み、一路西へと大陸横断の旅を続けていた。ルートこそ違うものの、車の中は現代版の幌馬車の様だ。テネシー州の州都・ナッシュビルとミシシッピー州の南部ナチェスを結ぶ「ナチェストレイス・パークウェイ」を皮切りに、いくつかの国立公園を訪ねながら、いよいよテキサス州にさしかかる。そこには、これまでの緑の多いアメリカ南東部とは対照的に乾燥した砂漠が広がっていた。
外国語標識の調査依頼
大陸横断の旅に先だって、日本からの宿題が舞い込んだ。海外からアメリカの国立公園を訪れる観光客向けに設置している標識事例を調べてほしいという。元環境省レンジャーのMさんからの依頼だった。
「小泉総理の発案で、日本に外国人を呼び込むための外国語標識について検討している【1】。ぜひアメリカの事例を教えてほしい」
当時は愛知万博を約1年後に控えていたこともあり、鉄道や空港の案内標識の多言語化が進んでいた。国立公園についても、中国、台湾、韓国などからの観光客が増加しており、対応が迫られていた。しかしながら、なかなか対応は進んでいなかった。
「写真や図面、マニュアルなどがあったらできるだけ多く送ってほしい」
幸い、横断中にいろいろな公園や保護区を回るので、事例を集めるのはそれほど難しくない。苦労したのは、助手席や路肩から写真を撮る妻の方だったのではないだろうか。一般道とはいえ、時速100kmほどのスピードで走行している車が絶えない。車道沿いのピクトグラフを撮影するために道路に降り立つのは結構勇気がいる。
国立公園局の標識類整備マニュアル
引越しの準備の合間をぬって、国立公園局ホームページを調べる。国立公園局の政策室(office of policy)のページ【2】には、国立公園管理に関するマニュアル(局長通達:Director's Order)の一覧があり、かなりの数の文書が電子情報で公表されている。
局長通達の看板や標識類(signs)に関するマニュアルなどは何種類かあり、さっそくダウンロードして外国語表記に関する記述を見てみた。また、マンモスケイブ出発前に慌ててプリントアウトしてきた職員向けのウェブサイトの資料なども見てみると、おもしろいことがわかった。
まず、国立公園局はピクトグラフ(絵文字)の利用を推奨していた。また、多言語の標識を導入する際は、公園職員に必ず1人以上その言語に精通し、言語のニュアンスが確認でき、かつ必要な際には変更ができることが望ましいとされていた。その外国語に精通している職員がいない限り、「不適切な表現となることが避けられず、利用者に不快の念すら与えかねないから」という理由だ。
言われてみると、2ヶ国語解説版のほとんどがスペイン語と英語であることに気付く。これは外国人対応というよりは、近年ヒスパニック系住民が増加している米国南部のメキシコ国境沿いに位置する国立公園に多い。そのような公園には、スペイン語を理解できる、もしくはスペイン語を母国語とするメキシコ系米国人の公園職員も多い。
グランドキャニオン国立公園など外国人の割合が高い公園では、解説板の標題部分が3ヶ国語で表示されているものもあった。ただし、解説標識の内容は英語のみで構成されている。
スペイン語以外の言語による2ヶ国語表記としては、戦争の記念碑などその国の国民が密接に関係しているような例が挙げられていた。日英併記の例として考えられるのは、日系人職員の多いハワイの戦跡公園、西海岸の日系人を対象とした元収容キャンプに設けられた記念公園などだろう。
標識をめぐる日米の違い
日米の標識類の一番大きな違いは、当然ながらそれぞれの言語にある。アルファベットというほぼ国際的に通用する文字を用いている英語では、英語自体の意味がわからなくても、地名などはたいていの旅行者が読める。これに対して、日本語は漢字とひらがなが混じり、日本語や漢字が読めない限り、まったく理解できない。日本の場合、外国語表記となるとまず英語が必要だし、観光客の急増している中国語と韓国語も加えると4ヶ国語が並ぶことになる。公園内の自然景観を守るため、標識類は「最少、最小」にするのがこれまでの公園管理の基本方針である。4ヶ国語の表記をそのような限られた大きさの標識に表示することは現実的ではない。
その点で、アメリカの国立公園局がピクトグラフを多用していることは、大いに参考になる。また、多くの国立公園では、スペイン語、フランス語、ドイツ語、日本語などの外国語パンフレットが備え付けられている。日本でも、ピクトグラフの標識+外国語パンフレットという組み合わせならうまく導入ができるかもしれない。とはいえ、日本語のパンフレットの製作もままならないのに、外国語のパンフレット製作などできるのだろうか。十分なお金や人手がないまま、安易に手を広げるのは各地方事務所の公園関係職員の残業時間が延びるだけという気もする。
「あ、またおもしろいピクトグラフがあったよ」
そんな私のぼやきをよそに、妻は着々と写真撮影を進める。
いろいろな事例を見ていくと、ピクトグラフの設置方法、位置、構成などには様々な工夫があることがわかってきた。古いもの、新しいもの、大きいもの、小さいもの。ピクトグラフが容易に付け替えられるように工夫されているもの。ピクトグラフをはじめ、標識からは国立公園局職員の遊び心のようなものも感じられる。基準や事例調査も大切だが、いかに自分の公園を知り、利用者の立場に立って計画を立てるか、そこに公園施設設計の醍醐味があるのだろう。考えてみれば、日本語は縦書きができる、漢字があるので文体を短くすることができるなどのメリットもあるということに気づかされる。OBのMさんから与えられた「宿題」によって、私たちの横断旅行には、期せずして、標識のデザインというおもしろいテーマが与えられることになった。
グアダルーペ国立公園とカールスバッド鍾乳洞国立公園
セントラルタイムゾーンからマウンテンタイムゾーンに入ってまもなく【3】、眼前に石灰岩からなる山塊が迫ってくる。マンモスケイブでは雨水で容易に溶けてしまう石灰岩も、乾燥地域では風化に耐え、その地形はしばしば威容を誇る。グアダルーペ国立公園【4】は、その石灰岩地形を中心とする原生的な公園だ。その驚くようなスケールと荒々しい地形は、乾燥地ならでは。
この公園は、マンモスケイブ国立公園でのボランティア研修を終えた私たちの次の研修候補地として、受け入れを申し出てくれた3つの公園のひとつでもあった(第7話参照)。
グアダルーペ国立公園はほとんど通過だけになってしまったが、お礼も兼ねてビジターセンターを訪問した。公園内の石灰岩の崖や石灰岩台地のカルスト地形などは圧巻だった。調子に乗ってカールスバッドまで足をのばす。あいにく到着時刻が遅かったためレンジャーツアーは終わっていたが、ビジターセンターのある石灰岩台地上からの眺めは素晴らしかった。ひとしきり眺めを楽しんだ後、事務所にお邪魔して、お礼だけをお伝えすることにした。
カールスバッド鍾乳洞国立公園にもボランティアの応募をして「内定」をいただいていたのだが、レッドウッドを研修先として選んだために、お断りした経緯がある。
受け入れの審査を担当していただいた方は、別の建物にいたので、電話での会話となった。
「レッドウッド国立州立公園に行くそうですね。あの公園はいいですよ」
「ありがとうございます。お断りしてしまいすみませんでした」
「それはいいですよ。推薦者の皆さんはお2人をほめていましたよ。ぜひ採用すべきだと言っていました」
思いがけず、私たちに対する評価を聞くことができた。もちろんお世辞も多分にあるだろうとは思うが、悪い気持ちはしない。
「レッドウッドに着いたら、取締部門(law enforcement)のAさんによろしく伝えてください。とてもいい人だからぜひ会ってみてください」
電話を終えて事務所を出る。やはり採用の際は推薦者には電話が入るのだ。このシステムだと、不適切な応募者が紛れ込んでくることは少なくなるだろう。
夜2時間ほどかけて今後のルートを検討しなおした。翌日からも厳しい日程が続きそうだった。また、連日の運転の疲れからか、腰が痛みはじめた。
横断中につけていた日記には、研修報告書のアイデアとして次のような記述がある。
- カールスバッドとグアダルーペの対比。集客力のある小公園と面積は大きいが集客力のない大公園。地元をささえる経済力の大小。利用者にとって魅力のある公園は、地元経済にも貢献するといえる?
- VC(ビジターセンター)、ユニフォームを着た「パークレンジャー」。統一された印刷物にはコレクションとしての価値がある。アメリカの国立公園を1箇所訪れると、他の公園にも行きたくなるようなイメージの統一やサービスの質の高さ。
- ピクトグラフと掲示板の組み合わせや、維持管理を楽にするための様々な施設の工夫。
同じアメリカの国立公園といっても、それぞれ面積や運営の仕方、自然環境など、様々な違いが見られる。その一方で、どの国立公園を訪問しても、パンフレットやビジターセンター、レンジャーの対応など、ほぼ同程度のサービス水準が保たれている。これをどのように最終的な報告書にまとめていくか、この時点では皆目見当がつかなかった。
ホワイトサンズ国立記念物公園
ホワイトサンズ国立記念物公園は日本人にも人気の公園だ。真白いジプサムサンド(石膏の砂)の砂丘が続く。小さい公園だがその風景は幻想的で一度はぜひ訪れてみたい公園だ。おもしろい形をした屋根つきのピクニックベンチや、この地域特有の建物のデザインを生かしたビジターセンターもある。
この砂丘では水は強いアルカリ性を示す。その上、砂丘が風で移動するので、根を深く張りながらも砂の上にうまく葉を茂らせることのできる草だけが繁茂できる。国立公園のボランティアが、砂丘の中の小さなビジターステーションでその「自然の秘密」を子どもたちに教えてくれている。
少し驚かされるのは、砂丘の中心部分まで自家用車の乗り入れが可能なことだ。幻想的な風景を車の中から眺めながら走るのは気持ちがいいが、そのためにかなりの大工事が行われたのだろうと心配にもなる。とはいえ、こういった思い切った施設計画が、アメリカの国立公園の魅力を高めていることは否定できない。
○ホワイトサンズ国立記念物公園
ニューメキシコ州に位置する国立記念物公園で、1933年に設立された。面積は約5万8千ha。世界最大規模を誇るジプサム(硫酸カルシウムからなる鉱物)の砂丘の大部分を公園内に含み、その真っ白な砂の砂丘の風景は幻想的。また、ビジターセンターでは、砂丘の厳しい環境に適応した植物や小動物のおもしろい生態に触れることができる。
サガロ国立公園
サガロ国立公園の名称は、サガロというサボテンに由来している。枝のつき具合によっては人にも見えるそのユニークな姿は、誰もが「ああ、これか」と認めるサボテンの「代表選手」だ。
「このくらいの大きさになるには200年ほどかかります」
砂漠の厳しい環境のため、生長速度は相当遅い。ビジターセンターには、この地域でみられる様々なサボテン、野生生物や、アメリカの砂漠の分布に関する展示などがある。
この公園で面白かったのは、入場料金が公園の入口ではなく、特定の道路で徴収されていたことだ。料金は、サガロが立ち並ぶ中をゆっくりとめぐる周回道路の入口で徴収される。有料公園というと、全ての利用者から料金が徴収されるものと考えてしまいがちだが、こういう方法だと訪れる方も気が楽だ。料金を「とれるところで」「とれる人から」徴収するという考え方がおもしろい。時間がなくてビジターセンターに立ち寄るだけなら、わざわざ入場料を支払う必要はない。
考えてみれば、公園側にしても、徴収ゲートの数が少なければそれだけ徴収のための人件費や施設を削減することができる。また、公園としての魅力が相対的に乏しい米国南部乾燥地帯の公園では、利用者の支払い意思も低くなってしまうだろう。これが現実的な選択といえなくもない。
話はそれるが、日本の国立公園でも料金を徴収すべきではないか、という議論は古くからある。確かに、有料化に値する魅力がある公園も少なくない。それでも、いろいろな理由からこれまで国立公園の有料化は行われていない。一部には、「日本は自然が豊かでどこにでもあるものなので、お金を支払ってまで自然を楽しむという意識は薄いから有料化は難しい」という意見もある。しかしながら、その点はアメリカも同じではないかと思う。これまでの開拓の歴史から言っても、木材など、お金になりそうな自然資源があればとにかく収奪的に利用して、経済的な発展を遂げてきた国だ。景色がきれいだからと言ってすんなりと入場料金を支払う利用者が多いとは思えない。むしろ、国立公園を訪れる利用者は、単に自然の魅力に対して料金を支払っているのではなく、直接的な「サービス」に対してその「対価」を支払っているように思える。パークレンジャーによる自然解説プログラム、快適な利用施設、充実したパンフレットやパークニュースなどの印刷物などのビジターサービスがあってはじめて、公園自体の持つ自然の美しさや印象的な景観が総合的に評価され、支払いの意思が生まれるのではないだろうか。
また、日本の国立公園が自然の風景地の保護を目的とした規制的な管理手法をとっているのに対し、アメリカの公園が「公園地の経営」に重点を置いた管理を行っているという違いがあるように思える。例えば、国立公園局は、公園の「管理」という意味で、「stewardship」という表現を用いることがある。「steward」には「執事」とか「財産管理人」という意味がある。「国立公園」を財産としてとらえ、公園としての資質を損なわない範囲で質の高い施設を整備し、多くの利用者を受け入れる。民主主義の国アメリカでは、より多くの国民から高い評価を得ることができれば、その財産としての価値ばかりではなく、結果として国立公園局の政策自体も高く評価されるだろう。これは、私の勝手な推測に過ぎないが、こう考えてみると、公園で料金を徴収するか否かということは、単なる入場料金や徴収方法などの技術的な問題ではなく、公園地の管理方針や公園制度に深く根ざしたものといえる。「アメリカの公園が有料だから」といって安易に日本の公園の有料化を持ち出すのは、あまり意味のないことなのかもしれない。むしろ、利用者向けの「サービス」の向上が、結果として公園の「サポーター」の裾野を広げる、というアメリカの国立公園局の認識こそ、日本が学ぶべきことではないかと感じる。
有料道路のあちこちに、路傍駐車場やピクニックテーブルがある。一面にサボテンがニョキニョキ立っている光景はとてもユーモラスだ。有料のためか車も少なく、後ろを気にせず自分たちのペースでゆっくりと車を走らせることができる。
私たちはいつもの小さなクーラーボックスを取り出してピクニック昼食をとった。食後はスケッチブックを取り出し、サボテンをスケッチした。餌付けられたと思われる小さなリスがどこからか近寄ってきてはこちらの様子を伺っていた。
○サガロ国立公園
アリゾナ州にある国立公園で、面積は約3万7千ha。年間利用者数は約64万人(2003年)。国立記念物公園として1933年に設立され、1994年に国立公園として再指定された。アメリカ南西部の景観のシンボルであり、北米最大のサボテンであるサガロサボテンが公園の多くを覆っている。公園内には5つの植生帯があり、ポンデロッサマツも見られる。公園区域はトゥーソン(Tucson)をはさんで2つの区域に分かれている。著者が訪問したのは、そのうち東側の区域。
カベザプリエタ国立野生生物保護区
サガロを訪れた日の翌日、そこから西へ約180km程のところにある、カベザプリエタ国立野生生物保護区を訪れた。この保護区は全米でも有数の規模(アラスカ州を除くアメリカ本土48州内で3番目の広さ)を誇り、保護区の90%以上がウィルダネス地域に指定されている。保護区内にはビックホーンシープやコヨーテなど多くの野生生物が生息する。数日前に、電話でインタビューのためのアポイントをとっていた。まず、管理事務所を訪問する。
事務所の入口には、保護区に関するパンフレットや「ファクトシート」と呼ばれる、主な野生生物に関する説明資料などが備え付けられている。
「今日は所長が対応する予定なのですが、午後からにしていただけないかということでした」
休暇中にもかかわらず、私たちのためにわざわざ出てきてくれるというのだ。午後のインタビューまでの間、保護区内で時間をつぶそうと思い、お勧めの場所を聞いてみた。窓口で対応をしてくれた白髪の女性は、退職して以来、一年の半分をキャンピングカーに乗って各地の国立公園や野生生物保護区でボランティアとして過ごしているそうだ。
「ここは普通車での通行は難しいと思いますよ。一般向けの利用施設もないのでオルガンパイプカクタス国立記念物公園に行かれてはいかがですか」
保護区内に一般向けの利用施設がないということには驚かされた。利用施設はない代わりに、管理事務所に併設されたビジタースペースにはおもしろい工夫があった。この小ぶりのビジタースペースは、折りたたみいすの置かれたレクチャースペースになっている。壁面には解説板や剥製、模型などが並んでおり、時折訪れる利用者は思い思いに腰掛けたり展示を見たりする。
レクチャールームの一隅に、テレビとビデオデッキ、DVDプレイヤーが置いてある。その脇に、DVDやビデオソフトなどの並んだ「ライブラリー」があり、自由に閲覧できるようになっている。野生生物保護区の紹介から始まり、他の保護区、様々な野生生物に関するソフトが揃っている。これらのソフトは、ウェストバージニア州にある国立保全研修センター【5】で製作され、各地の国立野生生物保護区や野生生物に関係する教育機関などに送付されているそうだ。
日中は暑すぎるので、屋内でゆっくりしている方がいい。また、野生動物には夜行性のものが多いため、昼間に保護区を訪れてもめったにその姿を見ることはできない。また、それぞれの生物の不思議な生態を理解するためには、こうした教材が大いに価値を発揮するのだそうだ。
○カベザプリエタ国立野生生物保護区
1939年設立。アリゾナ州に位置する面積約34万8千haの国立野生生物保護区。メキシコと国境を接しており、保護区内の国境延長は約90km。野生生物保護区内には、植物391種、野生生物300種以上が生息。降水量は、最も少ない地点で年間75ミリ、最も多い地点でも225ミリと極端に少ない。6月から10月にかけて、90日から100日間、気温が華氏100度(摂氏約38度)を超える日が続く。
オルガンパイプカクタス国立記念物公園
カベザプリエタ国立野生生物保護区の管理事務所をいったん出て、さらに南下する。この道はメキシコ国境に続く道路で、国境警備のパトロールが行われている。展望台のような監視塔があったり、パスポートチェックが行われていたりする。
しばらくすると、国立公園入り口を示す大きな路傍看板が出てきた。オルガンパイプカクタス国立記念物公園だ。この公園にも入口に料金ゲートはなく、公園内にある有料の周回道路入口のみで料金が徴収されている。少し暑かったが、ここでもピクニックをすることにした。サボテンも、ここではオルガンパイプとサガロが混じっている。この奇妙な風景がすっかり気に入ってしまった。
○オルガンパイプカクタス国立記念物公園
アリゾナ州に位置する国立記念物公園。1937年に設立され、面積は約13万ha。ソノーラ砂漠の生態系がほぼそのまま保護されているという理由から、1976年にユネスコの国際生物圏保護区に指定されている。
所長インタビュー
保護区の事務所に戻ってくると、既に所長さんがお見えになっていた。ディローサ所長は、以前ロッキーマウンテン国立公園で働いた経験もあるという大変気さくな方だった。国立公園局と魚類野生生物局双方で働いた経験から、2つの組織の雰囲気や管理方針の違いなどについてもいろいろと面白い話を伺うことができた。
「国立公園局は、風景の素晴らしい、いわゆる「景観地」の管理を主眼としています。それに対し、魚類野生生物局は野生生物の生息地域保全が第一です」
そのため、国立公園の管理は、その風景を楽しむために訪れる利用者を優先した管理を行っているそうだ。これに対し、野生生物保護区には整備されたキャンプ場もなく、利用者は自らの責任で砂漠の中でキャンプをしなければならない。保護区内の道路も当然舗装されていないので、四輪駆動でなければこのような保護区内の車道を走行することができない。これは、自ら保護区内への車両の乗り入れを抑えることにもつながる。気軽にこの砂漠の景観を楽しみたいなら、お隣のオルガンパイプカクタス国立記念物公園へどうぞ、という訳だ。役割分担がはっきりしている。
「また、国立公園局は、自分の管理地から外に踏み出すことはないが、魚類野生生物局は民有地の保全にも取り組んでいます」
保護区の境界を越えて移動する野生動物の保護には、保護区内の保全だけでは対応できないことがその主な理由だ。土地の開発を放棄すると、税の減免や場合によっては補助金を与えるといった制度もあるそうだ。
野生生物保護区管理に関する課題
「国立野生生物保護区の土地は国の持ち物ですが、わたしたち管理者が自由に管理できるわけではありません」
保護区の管理方針については、必ず地域や利用者からの意見を聞かなければならない。寄せられる意見同士が対立していることも少なくない。
「野生生物保護区内には、ビッグホーンシープが生息しています。個体数を調整するために毎年10頭程度をハンターに狩猟してもらっていますが、自然保護団体はこれに反対しています」
自然保護団体が反対しているのは、保護区内で狩猟行為が行われているということではなく、むしろ保護区の管理方針が矛盾しているという点だ。保護区は、個体数調整のための狩猟を認めている一方で、個体数を保つための水のみ場が設置されている。この管理の方法に矛盾があるというのだ。
「野生生物向けの給水は、保護区が設置された当初から行われていることです。果たして水のみ場を撤去しても個体数が維持できるかどうか、はっきりしたことはわかっていません。おそらくは給水をやめても大丈夫だと考えられています。ただ、問題はハンターが狩猟枠を自分たちの『既得権』と考え、水のみ場の撤去に反対するので、管理方法を変更できないという点にあります」
ハンターグループは、主に地元の住民から構成されている。そのため、狩猟枠を縮小しようとすると、地元からの大反対がわき起こり、しばしば政治的な問題に発展するそうだ。
「特定の利害がからむと途端に問題が複雑化してくる。野生生物より人間の管理の方が格段に難しいんです」
メキシコとの国際協力について
この野生生物保護区は、メキシコと国境を接しており、連続した砂漠生態系を共有している。このため、メキシコ側の保護区に対して技術支援を行っているそうだ。
「ところが、メキシコ政府は腐敗していて、中央政府にお金を渡しても現場までは届かないのです。ですから、もっぱら技術協力や航空機などのチャーター代を直接米国側が負担するなどの支援を行っています。また、メキシコの生物学者を招聘してトレーニングなどをしています」
メキシコとの国境沿いでは、不法入国、麻薬取引、人身売買などの犯罪行為が横行しているそうだ。そのような犯罪組織が夜間四輪駆動車で野生生物保護区内を走行することから植生等への影響も大きい。加えて、米国側の取締当局のパトロール車が追跡のために原野を走り回るので、その影響はさらに大きくなってしまう。
なお、野生生物保護区は空軍施設とも区域を接している。これらの軍用地についても、軍事目的に影響がなければ極力生息地を保全する方向で管理がなされているそうだ。
- 【1】
- ビジット・ジャパン・キャンペーン
- 【2】国立公園局の政策室(office of policy)
- 国立公園局の政策室(国立公園局ウェブサイト)
- 【3】アメリカ本土の4つのタイムゾーン
- The official US time
- 【4】グアダルーペ国立公園と、カールスバッド鍾乳洞国立公園
- 第7話参照
- 【5】国立保全研修センター
- 国立保全研修センター(魚類野生生物局ウェブサイト)
<妻の一言>
〜車窓から〜
アメリカでは、日本での生活に比べて車に乗っている時間が圧倒的に長くなりました。私はほとんど運転手に「任命」されることがなかったので、いつも窓から見える景色を楽しんでいました。アメリカ大陸を一往復もすると、実に様々なものを目にすることができます。地形、植物、動物、家の造りや大きさ、土の色、気温、湿度、人の様子など、州が変わると違う国に来たような変化があります。車道から離れてはいましたが、竜巻を見たときはかなり緊張しました。
また、様々な季節の変化も目の当たりにすることができました。クリスマスの季節、住宅街には、それぞれの庭に、手の込んだ小さな電球を使った飾り付けが現れ、ディズニーランドの光のパレードでも見ているような気分でした。
このような車窓からの風景の中でも、強く印象に残っているのは、目にする動物たちの変化です。それには、車にはねられ、道路脇に倒れている多くの動物たちも含まれます。
マンモスケイブ付近では、七面鳥の群れやシカ、ウサギ、リス、キツツキなどをよく見かけました。一生懸命羽を広げてアピールしているオスの七面鳥の姿などは、とてもユーモラスでした。2年間のアメリカ滞在を通じて、道路脇に倒れている動物の中で一番よく目にしたのはシカでした。また、シカの死骸を食べにやって来るバルチャー(ハゲワシ)の姿も見られました。国立公園の職員に聞いたところ、車ではねてしまったシカをそのまま持ち帰り、食べてしまう人もいるそうです。
自然の多い国立公園付近に限らず、例えばワシントンDCから郊外へ向かって一時間弱走ると、道路沿いのフェンスの柱にRed Tail Hawk(アカオノスリと呼ばれる猛禽類の一種)が止まっていたりします。また、一時は絶滅が心配されていた、アメリカの国鳥Bold Eagle(ハクトウワシ)が、オレゴン州とワシントン州の州境を流れるコロンビア川で営巣しているのを見ることができました。それは、アメリカ西部を南北に縦断する交通量の多いインターステート5号線を、コロンビア川に並行して走行しているときでした。ハクトウワシに出会えたことで興奮したのと同時に、案外車の騒音や排気ガスなどを気にせず繁殖している様子を目撃して拍子抜けしたのを覚えています。
ケンタッキー州からカリフォルニア州の引越横断では、ルイジアナ州でアルマジロを見かけました。テキサス州では道路脇でサソリを見つけました。ビッグベンド国立公園では、地面を走る、その名も「ロードランナー」という鳥や、小さなイノシシの仲間のペッカリーにも出会いました。ペッカリーの群れに出会ったときは、こちらの車に驚いてあわてて逃げていきましたが、子供と思われる小さなペッカリー1頭がどうしても路肩の側溝を越えられずに、途方にくれていた姿は少しかわいそうでした。
レッドウッドではクマやエルクと鉢合わせしたり、フクロウやウミスズメが飛んでいたり、ペリカンの大群がラグーンで休んでいたり、トドやアザラシ、クジラが泳いでいたりしていました。車の助手席からでもこれだけの動物を目にすることができました。意外にも、経済大国のアメリカにはまだまだ豊かないきものが暮らしているのかも知れない、という気がしました。
この記事についてのご意見・ご感想をお寄せ下さい。今後の参考にさせていただきます。
なお、いただいたご意見は、氏名等を特定しない形で抜粋・紹介する場合もあります。あらかじめご了承下さい。
(記事・写真:鈴木 渉)
※掲載記事の内容や意見等はすべて執筆者個人に属し、EICネットまたは一般財団法人環境イノベーション情報機構の公式見解を示すものではありません。
〜著者プロフィール〜
鈴木 渉
- 1994年環境庁(当時)に採用され、中部山岳国立公園管理事務所(当時)に配属される。
- 許認可申請書の山と格闘する毎日に、自分勝手に描いていた「野山を駆け回り、国立公園の自然を守る」レンジャー生活とのギャップを実感。
- 事務所での勤務態度に問題があったためか以降なかなか現場に出してもらえない「おちこぼれレンジャー」。
- 2年後地球環境関係部署へ異動し、森林保全、砂漠化対策を担当。
- 1997年に京都で開催された国連気候変動枠組み条約COP3(地球温暖化防止京都会議)に参加(ただし雑用係)。
- 国際会議のダイナミックな雰囲気に圧倒され、これをきっかけに海外研修を志望。
- 公園緑地業務(出向)、自然公園での公共事業、遺伝子組換え生物関係の業務などに従事した後、2003年3月より2年間、JICAの海外長期研修員制度によりアメリカ合衆国の国立公園局及び魚類野生生物局で実務研修
- 帰国後は外来生物法の施行や、第3次生物多様性国家戦略の策定、生物多様性条約COP10の開催と生物多様性の広報、民間参画などに携わる。
- その間、仙台にある東北地方環境事務所に異動し、久しぶりに国立公園の保全整備に従事するも1年間で本省に出戻り。
- その後11か月間の生物多様性センター勤務を経て国連大学高等研究所に出向。
- 現在は同研究所内にあるSATOYAMAイニシアティブ国際パートナーシップ事務局に勤務。週末、埼玉県内の里山で畑作ボランティアに参加することが楽しみ。