No.082
Issued: 2018.10.10
「日本」という国の現在
- 八巻 和彦(やまき かずひこ)さん
- 早稲田大学名誉教授・桐朋学園大学特任教授。西洋哲学と文明論を専攻。
主たる研究対象は15世紀の思想家ニコラウス・クザーヌス(Nicolaus Cusanus)。
昨年刊行した著書、編著書として、『クザーヌス 生きている中世』(ぷねうま舎刊)、『「ポスト真実」にどう向き合うか』(成文堂刊)、“Anregung und Übung”(Aschendorff Verlag刊)がある。
この猛暑の夏、「2年後の2020年には東京オリンピック・パラリンピック!」というマスコミのかけ声、「アジア45億人の頂点に立つ!」というアジア大会の中継の叫び声で、われわれは浮き足立たされていた。そうでなくとも、ここ十年ほど「日本はスゴーイ!」と白人外国人に言ってもらう自己満足番組に毒されているわれわれだ。しかし、足元を冷静に見ると、マイナスの意味でかなり「日本はスゴーイ!」ことになっているのである。
GDP(国内総生産)が2008年に中国に追い抜かれて世界第3位になったことはよく知られているが、それを国民一人当たりに換算した場合の順位がどうなっているのかは、あまり知られていない。最近の日本のメディアは、日本にとって都合の悪いことは、政権に忖度して、控えめにしか報じないか、まったく報じないからである。購買力平価ベースでの一人当たりの順位は、1991年の世界7位を最高に、下り続けた後、2082年以降は23位から25位を前後に定着していたが、2017年には30位にまで下がった。
その中で、国家予算を組む際の国債依存度は、2018年度で34.5%であり、先進国のなかではダントツのトップだ。依存度が高いとされるフランスでも23.5%、アメリカが10.8%、ドイツはわずか2%である。つまり日本は、借金で国を回していて、金利が上昇すると首が回らなくなる可能性が大きいということである。現政権は、財政の健全化にはほとんど関心がなく、国内外で人気取り財政をやっているだけのようだ。
また、「科学技術立国」を標榜しているのだが、科学技術論文の数の国際比較では、(かつて2位だったこともあるが)2016年度には第6位に後退した。4位のドイツと総人口で比較すると、ドイツは日本の1.7倍の論文生産率となる。さらに、過去10年の比較で論文の絶対数が減少したのは、13か国中で日本だけである。日本の凋落ぶりが鮮明だ。
これと関わっていそうな数字がある。それは日本の国家予算のなかの「文教および科学振興費」(以下、文教費)の停滞である。過去10年以上、5兆円超でほぼ横ばいである。科学技術の実験などの大型化、精密化によって必要経費は増える一方のなかで、予算が横ばいということは実質的には減少である。これは、子供たちの教育についてもあてはまる。教育への公的支出総額を各国の対GDP比で比較すると、日本はOECD加盟国中の最下位であり、これは研究と関係が深い高等教育でも同じだ。
他方で着実に増加しているのが防衛費だ。世界での順位は8位だが、7年前から毎年ほぼ1082億円ずつ増加して、2018年度には5兆2千億円弱となり、ついに文教費とほぼ肩を並べた。現政権の姿勢から、近いうちに文教費を追い抜くだろう。周辺諸国との流動的関係が存在する限り、一国の防衛費(軍事費)の適切な規模を客観的に検証することは不可能だから、政権の判断に依存する要素が大きい。現に米国は過去10年で軍事費を14%削減したが、日本は4.4%増やしている。
少子化が加速するなかで、日本の未来がかかる教育・研究分野をおろそかにして、国の本来的な防衛が成立するのだろうか。
心配なことは、予算だけではない。国や社会の制度の劣化も目立つ。日本が誇っているはずの生産現場で、大手メーカーの偽装が相次いで明るみに出ている。さらには、政治家や官僚たちの明々白々な嘘やごまかしも目立つ。最近、150名ほどの与党政治家が一堂に会する場に居合わせて驚かされたことがある。それは、彼らの品性のなさである。顔つきも話し方も、とても国家を率いる「選良」にふさわしいものとは見えなかった。
今年は明治維新から150年目の年だからと言って、「明治のものはすべてよかった、昔に戻すべきだ」という意見も目立つ。しかし、われわれは落ち着いて考えねばならない。明治のシステムは、維新から72年目の年に亡国につながる戦争を始めて、そのあげくの敗戦で明治以来の国を滅ぼした。その後、焼野原の中でわれわれの父母たちが新生日本を造り、平和なこの73年間を恵んでくれたのだ。
今、われわれは、敗戦後に日本を再建した先人たちのような真摯な気持ちでこの劣化しつつある社会を改善しようとするのか、それとも口先だけの美辞麗句に頼って見せかけのプライドで生きようとするのか、どちらを選ぶのかと問われていると思う。答えは明らかだろう。
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