No.073
Issued: 2018.01.09
パプアニューギニアの離乳食
- 夏原和美(なつはらかずみ)さん
- 日本赤十字秋田看護大学教授。東京生まれ東京育ち。
アジア・オセアニアの食と環境と健康のつながりについて研究をしている。
東京大学大学院医学系研究科国際保健学専攻修了。専門は人類生態学。
みなさんは「離乳食」というとどんなものを思い浮かべますか?
お粥、かぼちゃの裏ごし、つぶした豆腐や白身魚などでしょうか。ペースト状になった瓶詰めもよく使われていますよね。
では、いつ頃始められるものでしょうか。子どもによって違いはありますが、早い子では6か月ごろには下の前歯が生えてきて、食べる準備が整ったというサインとして受け止められているようです。その頃から、ほんの少量、ひと匙ずつ始められるイメージをおもちのことと思います。お母さんのおっぱいだけで生きていた時期から自分の歯で噛む食べ物へ、栄養の取り入れ先を大きく変える時期です。
私もパプアニューギニアに行く前までは、「離乳食」に対してこんなイメージを持っていました、というか、正直なところ、あまり深く考えたこともありませんでした。多少の違いはあるにせよ、世界中どこでも同じような「離乳食」を食べて子どもたちは大きくなっているのだろうと思いこんでいたのです。
私はパプアニューギニアの人々の暮らしと健康状態を研究のために、東部高地州の州都ゴロカ周辺のF村という農村でフィールドワークをしています。もう20年の付き合いになります。このF村で、私の「離乳食」のイメージが崩れていく経験をしました。
ある日、調査中に村の一軒のお宅を訪ねると、生後約2か月の赤ちゃんとその若いお母さんがいました。おなかがすいたのか、ぐずり始めた赤ちゃんに、お母さんはおっぱいではなくバナナをあげ始めたのです。名前と年齢と家族関係が書いてあるフィールドノートをひっくり返して、この子の月齢を確認しましたが、まだ離乳食をあげるには早すぎる時期です。
慌ててお母さんに「この子はいくつ? バナナ食べても大丈夫?」と聞きましたが「大丈夫、よく食べるのよ」という満面の笑みの答え。しばらく見ていましたが、舌で口の外に押し出されてしまうものもありますが、少しずつ飲みこんでいるようでした。(写真1)
その後、村のほかのお母さんたちにも聞いてみたところ、「赤ちゃんが食べるなら何か月だろうと食べさせる」というお母さんがほとんどでした。生後2週間で食べさせたという答えもありました。
お母さんたちは、妊婦健診に行った病院で「6か月までは母乳だけで育てること」という原則は聞いて知っています。でも、おっぱいに依存されると畑に行くのもままならない、市場に野菜を売りに行くこともできない、というわけで、なるべく早く赤ちゃんには大きくなって欲しいと思っていることがわかりました。
消化器が準備できていないのに固形物を食べさせて大丈夫だろうか、と不安になりますが、「食べさせて、様子をみて、下痢をしたり具合悪くなったりしないようなら、また食べさせる。食べない子には無理して食べさせない。今までみんなそうやって育てているし何の問題もないわ」という答えでした。
病院がこう言っている、WHO(世界保健機関)がこう指導している、という基準にはそれなりの根拠があるはずですが、それはそれとして、自分たちの生活の中での感覚を頼りに生きているということだと思います。(写真2)
早くおっぱい離れをさせたい、と早くから離乳食を食べさせているわりには、F村では3、4歳の子でも寝る前はお母さんのおっぱいを吸っているということも珍しくありません。
昼間は乱暴な遊びをしていた男の子が、お母さんの胸に抱かれてとろんとした顔をしているのを見るのも良いものです。(写真3)
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(記事・図版:夏原和美)
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