No.068
Issued: 2017.08.10
人は場所を選ぶ:リビア沙漠(エジプト-リビア)
- 松本 弥(まつもと わたる)さん
- 早稲田大学卒、専門は古代エジプト史。
日本オリエント学会正会員、大阪大学民族藝術学会正会員。NHK文化センター青山教室講師(2004年以来)。
著書に、『ヒエログリフ文字手帳』[自然風土のめぐみ編][人びとの暮らし・生活編]、『Let's Try! ヒエログリフ』、『黄金の国から来たファラオ』、『写真は伝え、切手が物語るエジプト』、『物語 古代エジプト人』など多数。
テレビでは、「サハラ沙漠 謎の岩絵〜エジプト文明の起源に迫る〜」(2009.NHKスペシャル)、「ひとはなぜ絵を描くのか」(2010.ETV特集)、「異端の王・ブラックファラオ」(2011.NHKハイビジョン特集)、「クレオパトラの古代エジプト天文学」(2015.NHK BS コズミック・フロント)、「メロエの古代遺跡群(スーダン)」(2017.TBS 世界遺産)など。
人は場所を選ぶ。未踏の遺跡を探し訪ねているとき、ひと休みしようと身を寄せた岩陰に古代の人びとの食事の痕跡を目にすることがある。数千年前の人びとと「この場所に身を寄せたい」という思いで通じ合えたことは嬉しいものである。ダチョウの卵の殻が散らばり、石器に使われたと思える石も残されていたりする。面白いことに、古代の人びとが石器に使っていた石を手にしたとき、見事に手の中にしっくりと収まってしまう。古代の人もこの感触で石器を持っていたということを身体で感じられる感慨深い瞬間だ。
広大なサハラの遺跡探検では、この景色のなかで、どの場所を選んで休むとよいのか、と古代の人びとの心を量りながらの移動が続く。エジプトのナイル流域から西へ、1日の行程でオアシス地帯に行き着く。そこで2週間分の食糧、水、薪、発電機と燃料を積んでサハラの西、リビア沙漠へと出発する。
沙漠といっても、砂が積もったところよりも土漠を選んで車を走らせる。沙漠では、直線距離で500kmしかなくても、その何倍も走らないとたどりつけない。時速100キロで車を走らせても、西へ100キロ進むのに1日かかることは珍しくない。
砂浜で風紋が描かれるように、衛星写真でサハラを見ると、そこに大きな風紋が北から南に描かれていることがわかる。これは地中海から内陸に向けて、常に北風が吹いているからだ。サハラを東から西へと進むとき、この南北に走る高さ数十メートルもの風紋の切れ目を探してジグザグに走らなくてはならないのだ。
沙漠を車で走るというと、単調な景色に退屈してしまうように思えるだろうが、沙漠の砂の色の変化、時折現れる岩石は非常に興味深い。石の種類はもちろん、風化による模様、珪化木に代表される化石など、連日、楽しませてくれる。
夜は満天の星である。人工の光、音がない場所では、月のない夜は漆黒の闇であり、目の前に手を持ってきても見えない。反対に、満月の夜には月明かりで自分の影が砂の上に落ちているのが見え、ライトを持たなくても歩けてしまうほどだ。
無風の早朝、サハラの丘の上でたたずんでいると、耳の奥で自分の血液が流れる音が聞こえてくるほどの静寂がある。動くものは何ひとつない。太陽もまた無言で東の地平線から昇り、天空を西へと動いていく。東京で見る太陽と同じものとは思えないほど荘厳である。
エジプト、リビア、スーダンが国境を接するあたりに、ギルフ・ケビール(「巨大な丘」の意)、ジェベル・ウワイナット(「小さな泉の山」の意)という岩山地帯がある。このあたりはおよそ1万年前、サハラが草原だった時代、人びとが家畜化する動物を選定していた場所と考えられている。そのときのようすが、彼らが活動したり、休んだりしていた場所の岩面に絵で残されているのだ。
ウシを飼う人びとが現れる以前の岩面画には、ここで人がダチョウやキリンを家畜候補として飼育しようとしていたことがわかるものがあり、興味深い。祭をおこなっていたのではないか、泳いでいたのではないか、ネコ科の猛獣とも戦っていたのではないかなど、当時の人びとのさまざまな生活の場面をうかがい知ることができる。
そして当時、この場所が草原だったことを想い、人びとが身を寄せたであろう場所を訪ね歩けば、古代人と共感できる場所となる。
この地域は、2006年にリビアが欧米諸国と国交正常化を実現した頃から立ち入りが解禁になり、一気に学術調査、観光客の往来が可能となったが、2011年の、一時は「アラブの春」とよばれた時代以降、リビアがまたしても内戦状態に陥り、現在では学術調査さえも立ち入り申請ができない状態になっている。
現状を残念に思うものの、興味本位の観光で遺跡が傷つけられたり、サハラにレジ袋が舞うような事態が避けられているという面ではよいのかもしれない。
これから訪れる人びとが、古代の人びとと共感できる場所であり続けるためにも、次の公開の機会までに、汚物の処理、ゴミ、遺跡保護などの国際的な規制が設けられることを願う次第である。
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(記事・図版:松本 弥)
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