No.055
Issued: 2016.07.08
平成26年度文化庁文化交流使の活動から −ヨーロッパにおける食と環境に対する意識−
- 中澤 弥子(なかざわ ひろこ)さん
-
長野県短期大学生活科学科教授、熊本県生まれ。長野県を中心とした地域の郷土食や農山村の研究、学校給食の調査研究及び農家民泊や箱膳で食事をする体験を通して和食文化を伝承する食育活動に取り組む。平成26年度文化庁文化交流使として食文化を通した交流活動を欧州7か国で行う。
専門分野は、調理科学、食文化。
著書に、『日本の食文化 「和食」の継承と食育』分担執筆,アイ・ケイコーポレーション(2016)。
論文:「ヨーロッパ7か国の日本食文化への関心―平成26年度文化庁文化交流使活動の参加者へのアンケート調査―」『会誌 食文化研究』11号,11-24頁(2015)等。
前回に引き続き、一昨年、平成26年度文化庁文化交流使として活動する中で経験させて頂いた印象深い出来事についてみなさんにご紹介したいと思います。
ご存知の方も多いと思いますが、ヨーロッパは世界でも有機農業が盛んな地域であり、大消費地でもあります。よって、有機食品や有機農産物の専門店やスーパーマーケットの数が大変多い印象でした。
フランスでは、一般のスーパーマーケットにおいても、各種食品の陳列棚の隣に同種の有機食品の陳列棚があるなど、有機食品や有機農産物の品ぞろえが大変充実していました。
特に驚いたエピソードとして、ホームスティ先でホームパーティーの材料を購入する際に、ホストファミリーが卵のスタンプについて教えてくれたことがあります。フランスの卵には1個1個に、0、1、2、3の数字がスタンプされており、0の意味は、その卵を産んだ鶏が放し飼いで有機の餌で飼育されていること、1は放し飼いで有機ではない餌で飼育した鶏の卵で、2は地面のある囲いの中で有機ではない餌で飼育した鶏の卵で、3はケージの中で有機ではない餌で飼育した鶏の卵であり、ホストファミリーは0の卵しか買わないと。
ドイツでも同じようなスタンプが付されているそうで、食べ物の生産において、人ではなく、生産を担う動物の生育環境を重視する視点、動物福祉に配慮する視点があることに気づかされました。
また、ドイツ・フランクフルト近くの有機アップルワイン醸造農園を訪問しました。リンゴの生産には農薬の使用を適切に行うことが不可欠という常識を抱いておりましたが、農園では無農薬でリンゴ116種をはじめ約250種の果樹が栽培されており、昔からの品種が大切にされていました。多種類のリンゴを生産することによって、多様な味のワイン醸造が可能であり、消費者の多様なニーズに応えられること、また、土壌や生物多様性を守り、持続的な農業を志向するという未来を見据えた考え方をうかがいました。
この考え方が、生産者だけでなく消費者においても共有され大事にされているように感じました。
その他、ドイツ・ベルリン工科大学の学生食堂を見学しました。食事場所の真ん中にオブジェがぶら下がっており、壁には布製のカーテンの様なものが張り巡らされていました(写真1)。このオブジェや布は、食事環境をよくするための吸音のための設備だと説明されました。
また、写真2はカフェテリア方式で並んでいる料理の説明の表示装置の写真で、いずれの料理にも赤色か黄色か緑色のマークが表示されていました。私は、これらのマークは三色食品群(「赤色群(血液や肉を作るもの)」「黄色群(力や体温になるもの)」「緑色群(体の調子を整えるもの)」)を示すマークだと思いました。担当者に確認すると、このマークは環境負荷の程度に応じたマークだということがわかり、ドイツの環境を重視する姿勢(赤色が最も環境負荷が高い、次が黄色、緑色の順)に感心しました。
例えば、1kgの肉を生産するにはその数倍の穀物を飼料として必要とするので肉を主に使う料理には赤色、露地栽培の野菜類を使った料理には緑色、温室栽培の野菜類を使った料理には黄色のマークが付けられるということでした。
日本では、食品の表示というと、人間にとって栄養価や機能性が高いとか、安全・安心かといった情報を示すためのものであり、人間中心の考え方であることに気づかされました。食べ物について「環境を軸に考える視点」、「食物を生産する家畜の生活を尊重する視点」があることに、大変考えさせられました。
最後に、環境への意識の話題には直接関わりませんが、活動期間中、ポーランドの国立オシフィエンチム博物館(ドイツ語名アウシュビッツ)と第二強制収容所跡地を見学しました(写真3)。
そこで、見聞きしたことは、これまである程度知識として持っていたことではありましたが、現地で体験することがとても大切だと思いました。世界中から若者のグループが博物館と跡地で学んでいる様子を見て、日本の若者にもここにきて考えて欲しいと思いました。
一方、ドイツ・ベルリンでは、戦争について考える記念碑や施設設備が多いこと、また、現在も施設設備の充実が図られている様子に感心しました。戦争時の調査が現在も行われているそうで(写真4)、しっかりと歴史事実を厳粛に受け止めて伝えようとするドイツ人の意識を日本も参考にすべきではないかと思いました。
今、ヨーロッパは、イギリス国民のEU離脱の投票結果により、大きな変革期を迎えているように思いますが、EUが目指してきた持続可能で環境と動物福祉を遵守するなどの農業政策が継続されるようにと願っています。
この記事についてのご意見・ご感想をお寄せ下さい。今後の参考にさせていただきます。
なお、いただいたご意見は、氏名等を特定しない形で抜粋・紹介する場合もあります。あらかじめご了承下さい。
(記事・図版:中澤 弥子)
※掲載記事の内容や意見等はすべて執筆者個人に属し、EICネットまたは一般財団法人環境イノベーション情報機構の公式見解を示すものではありません。