No.052
Issued: 2016.04.08
風景を修復する ─合歓の郷からアマネムへ─
- 下田 明宏(しもだ あきひろ)さん
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工学院大学建築学部まちづくり学科教授。株式会社ディー・エム代表取締役。
1955年東京都文京区生まれ。
専門は、ランドスケープデザイン。地域特性を生かした外部空間のデザインを研究、実践。
趣味は、ネコ、イヌ、花。
三重県の志摩市で、約4年間にわたり建設に携わってきたホテルが、今年3月にオープンした。風光明媚な英虞湾の一角にある、全室がヴィラタイプの高級ホテル、アマネム(Amanemu)である。オーストラリア人建築家ケリー・ヒルが建築を担当し、私はランドスケープ(外部)のデザインを行った。5月の伊勢志摩サミットの際には、多くの海外の要人に使われることと思う。
アマネムの建設地は、日本を代表する楽器・スポーツ用具メーカーであるヤマハが、60年代に開発したリゾート「合歓の郷(ねむのさと)」である。「合歓の郷」は、ゴルフ場、ホテル、音楽ホール、マリーナ、テニスコート、ゴーカート場など、高度経済成長期の日本人に、新しい時代の“遊び”とは何かを啓蒙した画期的なリゾートであった。中学生の私は、テレビで「合歓の郷」のコマーシャルソングを聞くたびに、新しい時代の到来を感じ、胸が高鳴ったものだ。
ところで、志摩では、白い壁とスペイン瓦の“地中海風”のリゾートや別荘が矢鱈と目につく。おそらく、当時の日本人にとって、“遊び”=“非日常体験”=“見たこともない地中海”といった図式が分かりやすかったのだろう。「合歓の郷」も同様で、白い壁のホテルを中心に、自然林を伐開して、ゴルフ場をイメージした広大な芝生広場が造成されていた。
しかし、本来、非日常体験とは何だろう。都会の“すれた”子供たちが、3泊4日のキャンプに行くと、すっかりリセットされて帰ってくる。普段、ツクリモノのなかで生活している都市生活者にとって、非日常体験というのは、ツクリモノの地中海を体験することではなく、自然であれ、歴史であれ、ホンモノの大きなパワーの中でリセットされることではないのか。
ケリー・ヒルは、まず、「合歓の郷」は、もとの自然に戻す必要があると言った。また、この高級リゾートの建築スタイルには、日本の古民家がふさわしいとも言った。私は大賛成であった。この仕事は、“風景の修復”だな、と思った。老朽化したスポーツ施設は解体し、本来あるべきウバメガシやタブの常緑樹を植栽し、自然林の復元を図った。また、芝生の代りに、日本文化に馴染みの深いススキやササを植え込んだ。
黒い板壁と瓦屋根のヴィラは、周囲の景観に溶け込み、志摩の他のリゾート施設とは全く異なるものとなった。
最も劇的に変貌したのは、スパ施設である。この緑に囲まれた静かな温浴施設が、かつてはゴーカート場であったと誰が想像できるだろう。
アレクサンダー・クロフト・ショーに見出された軽井沢。ブルーノ・タウトの桂離宮。日本人は、自分たちの持っている資源の素晴らしさを、往々にして海外の人に教えられてきた。そして、ケリー・ヒルの志摩。おそらく、これまで私たちは、リゾートというカタカナに恐れをなし、わざわざ自然を壊してまで“スペイン風”や“地中海風”でお茶を濁してきたのではないか。日本の伝統的な風景と古民家をテーマにしたアマネムが、伊勢神宮にも程近い志摩の地で、最も“異質な”リゾートとなったとは何とも皮肉である。
「合歓の郷」の建設から50年近く経ち、日本では少子高齢化が進展し、人間と環境にやさしいまちづくりが求められている。質より量の時代には、全国一律に似たような住宅、オフィスビル、商業施設が建設され、また、何の脈絡もなく地中海風のリゾートが出現した。その結果、先人たちが営々と築いてきた地域の個性的な風景は、ことごとく破壊されてきたのである。私たちは、もっと自分たちが持っている資源の素晴らしさに気づき、自信を持ってもよいのではないか。そして、これからの時代に必要なのは、これまで安易に壊してきた風景を、少しずつでも地道に修復していくことであろう。それこそが、人間と環境にやさしい社会や、また、自動車やエレクトロニクス並みに世界に評価される“日本の風景”を作ることに繋がるのではないだろうか。
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(記事・写真:下田 明宏)
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