No.047
Issued: 2015.11.10
秋は音をたててやって来る
- 山本 茜(やまもと あかね)さん
- 截金ガラス作家
伝統工芸の截金(きりかね)とガラスを融合させた新しい截金ガラスを創成。仏像などの加飾荘厳技法であった截金をガラス空間に浮遊させることで多様な表現を可能とし、文学などから浮かんだイメージや自然の息吹を取り入れた新しい工芸作品を生み出している。主な作品に源氏物語シリーズなどがある。日本工芸会正会員。
2014年、第61回日本伝統工芸展(2014)NHK会長賞受賞。
HP http://akane-glass.com/
前回までは截金の作業風景についてお伝えしました。今回はいよいよガラスの工程です。
私の作品は、吹きガラスのように、ドロドロに溶けたガラスを扱うのではありません。「キャスト(鋳込み)」という製法で、石膏型の中にガラスの塊をつめて、電気炉に入れ、型の中でガラスを融かしてガラスブロックを作ります。
そのガラスブロックを削って任意の形に成形して、截金を施します。截金を施したら、截金面をサンドイッチするように別のガラスブロックを重ね合わせて再び電気炉に入れて融着させ、截金を封入したガラスブロックを研磨してようやく完成です。
ガラスの研磨作業は研磨機の無機質なモーター音と、ガラスが削られていく金属音の中で行います。研磨の砂を水と一緒に研磨機に落としながら、ガラスを押し付けて削って行きます。ガラスの面が整ったら、研磨の砂の粒度を1段階細かいものへ変え、整えたら、また粒度を1段階細かくして、整えて…を何度も繰り返し、最終的には泥状の磨き粉で透明になるまで磨き上げます。
ガラスの面が綺麗に整ったとき、甲高かった研磨の音が微かに低くなります。その微妙な音を聞き分けなくてはならないため、この研磨の工程は静寂の中で行います。
秋はその静寂を破るようにしてやってきます。
山の秋は早いです。ほぼ暦どおり、立秋あたりから、日が暮れ出すと賑やかで眠れない程、虫が大合唱を始めます。あまりに種類が多くて、聞き分けられません。かろうじて判別できるのが、「スイーッチョン」と特徴的に鳴く、キリギリスの仲間のウマオイ。この虫はよく工房の中に入って来す。ものすごい大きな声を出すのですが、以外にも体調は3センチと小さく、こんな小さな体からなぜこのような大きな声が出るのか、とても不思議です。体を震わせて懸命に鳴く小さな命を愛しいと思いますが、これではとてもガラスの研磨作業ができませんので、虫採り網で捕獲して外へ逃がします。
9月末になると、ゴットン、ゴロゴロ…と、屋根を豪快に転がる物音。昼夜問わず襲って来る爆音です。これは、我が家を覆うように生えている山栗の実が落ちる音です。
毎年楽しみにしている山の恵みです。実は小さいのですが、とても甘みが強くて美味しいです。今年は豊作で沢山落ちて来ました。
でも全部は拾いません。栗ごはんを炊く分だけ。毎晩遊びに来る鹿やイノシシのために残しておきます。厳しい冬に備えて、動物たちも太らなければいけません。栗は彼らにとってもご馳走のようで、この時期はいつにも増して夜中になると動物たちが集まって来ます。「ガリガリ、ボリボリ…」と美味しそうに栗の皮を噛み砕く音が暗闇に響きます。
そして、秋が深まって来ると、「フィーーーーヨ、フィィーーーーーヨ」(と、私には聞こえます)。
形容しがたい、どんな美しい音色の楽器にも勝る、艶のある、もの悲しい鳴き声で雄鹿が鳴き始めます。
「奥山に 紅葉踏みわけ 鳴く鹿の
声きく時ぞ 秋は悲しき」(猿丸大夫)
百人一首でお馴染みの歌です。私がこの歌を習った時は、鹿の声をまだきいたことがなかったので、「鹿の声を聞くと秋がひときわもの悲しく感じられることだ」という現代語訳の文面以上の感慨を持ち得ませんでした。でも実際に鹿の鳴き声を身近にきいてみて、この歌を詠んだ猿丸大夫の、「もの悲しさ」がいかに悲しいか、その強さ、切実さがわかったような気がしました。
はらはらと散る木の葉。日に日に早まる夕暮れ。秋は何となく物思いに誘われる季節です。そんなときに、突如、心を突き刺すように深く染み入ってくる鹿の声。心を締め付けられるような、声。
こんなに切なく、美しい調べがあるのかー。
鹿の鳴き声については、古くから恋の苦しみ、孤独感、寂寥感などと重ね合わせて和歌や物語に頻出しますが、この鳴き声を実際にきいて、心の底から納得できました。日本文学の理解度がぐっと増したように思います。
截金も、ガラスを研磨する作業も、長時間の孤独で内省的な作業ですが、その中でふと心に分け入って来る山の秋の音は心を豊かに、創造の扉を開けてくれます。新たな作品の構想がふっと浮かぶ事が多いのも秋なのです。
最後の写真は【源氏物語シリーズ第十六帖「関屋」】という作品です。
光源氏の一行が、かつての恋人だった空蝉という女性と逢坂の関ですれ違う場面です。若かりし頃、一度は契りを交わしたものの、人妻であった空蝉は光源氏を恋しく思いながらもその後は誇り高く源氏を拒み通し、二人の恋は既に終わっていました。逢坂の関で偶然出会った二人は昔を思い出して文を交わします。季節は秋。きっと遠くで響く鹿の鳴き声が昔の切ない恋心を思い出させた事でしょう。
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(記事:山本茜、写真:制作過程及び作品写真は、渞忠之氏の撮影、それ以外は筆者撮影)
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