No.031
Issued: 2014.07.10
野に遊ぶ
- 三村 伸絵(みむら のぶえ)さん
- 日本画家
平成12年度文化庁買上優秀美術作品に選出
各コンクール受賞、海外を含む個展、アートフェア、企画展多数
カラスウリの花を御覧になったことがございますか?
花の妖精が一針一針レースを編んでいるかのように、繊細で真っ白な糸が夕闇に広がっていきます。植物に限りませんが、自然が作り出す造形にはいつも驚かされ、感嘆の声を上げ見入ってしまいます。今頃の季節、夕方になると、ひっそりとそしてゆっくりとその美しい姿を現しますが、夜が明ける頃には萎んでしまいます。その一瞬を見逃さないよう、今日も花開く場所へ出かけてみようと思っています。
春、一斉に花たちが我先にと咲き誇り、様々な色が押し寄せてきます。写生はそのスピードに追いつかず、ただ呆然と眺めている内に季節は次へと移っていきます。ふと気がつくともう初夏の草花が咲き始めています。
夏になると、植物たちは私の背より高く生い茂り、様々な虫たちとの遭遇があります。時には蛇と目が合ってしまうことも…。蟻はいつものようにスケッチブックの上を自由に散歩し、親子のバッタは膝の上にとまり、蝶はひらひらと周りを飛び回っています。そういう時は、植物や虫たちと良い関係が築かれているのですが、たまに写生に夢中になってしまい困った状況になることも。地蜂の巣を踏んでしまったのです。当然、地蜂の攻撃を受けて腕を2ヶ所刺され、点滴のお世話になりました。ある時には、いつの間にかブヨの大群に囲まれ、みるみる間に両足が象の足のように腫れてしまったこともあります。でもそれは、人間が勝手に自然の中に入って彼らのテリトリーを荒らしたから、仕方ありませんよね。
「ゆきあい」という言葉が一番ぴったりな、夏と秋が交差するときを迎え秋がやって来ます。一番ゆっくりと静かに自然と対峙できる季節です。植物たちはそれぞれ実を結び、秋が深まるにつれ一木一草が葉を落としたその姿も美しく、心惹かれます。アート作品のような白い花をつけたカラスウリは、この時期になると濃い朱色の実へと変身します。変身する過程も興味深く、何十年も観察していますが見ていて飽きません。
凍てつく雪の中、立ち枯れて余計なものを全て落とした、その凛とした姿の植物たちもまた美しいものです。 ある著名な日本画家がご生前、雪降りしきる日に写生にお出かけになろうとしていました。90歳近くになる先生を奥様がお止めになり口論になったそうです。今まで何度も同じような写生はなさっていたし、ご高齢の先生を奥様はご心配なさったのでしょう。同じ雪の日でも、その折々で異なる一瞬を描き留めるため、冷たい雪の中を先生はお出かけになったそうです。ご家族から伺ったお話です。
長年植物たちと向き合っていますと、時折はっとする瞬間を見せてくれるときがあります。それまで見えていたと思っていたことの十分の一も見えていなかったことに気づかされます。先生のご年齢までまだ時間はたっぷりとありますので、それまでに少しでも多くその瞬間に出会えたらと願っています。
この記事についてのご意見・ご感想をお寄せ下さい。今後の参考にさせていただきます。
なお、いただいたご意見は、氏名等を特定しない形で抜粋・紹介する場合もあります。あらかじめご了承下さい。
(記事・写真:三村 伸絵)
※掲載記事の内容や意見等はすべて執筆者個人に属し、EICネットまたは一般財団法人環境イノベーション情報機構の公式見解を示すものではありません。