No.015
Issued: 2013.03.08
田園交響曲〜自然と人間の調和の世界〜
- 後藤 泉(ごとう いづみ)さん
- ピアニスト。
ソリストおよび室内楽奏者として国内外で活躍。ウィーンフィル首席奏者との共演も多い。ベートーヴェン〜リスト編:交響曲第3番「英雄」&第1番のCDをリリースしているほか、この交響曲全9曲をレパートリーとしている。
お話つきのコンサートや、他分野の方々とのコラボレーションも好評。
その日のカッコウの声は、本当にどこかの梢から聞こえてきました。このホールにはカッコウがすんでいたのかと、私は思わず高い天井を仰ぎ、お客様はざわめきました。ごく最近のコンサートのことです。
ベートーヴェンの田園交響曲は、ウィーンの街を離れて彼が心置きなく安らぎを得た郊外の森が舞台になっています。第1楽章ではその田園地帯に到着したときの晴れやかな期待に満ちた気持ちが描かれ、第2楽章ではそこに流れる小川のほとりの情景が歌われます。第3楽章では村人たちが楽しく集いおしゃべりをし、ダンスを踊ります。そこへ遠雷、頬に一粒の雨、それらが瞬く間に嵐になっていくのが第4楽章です。叩き付けるような雨、轟く雷、空を破る稲妻、すべてを飲み込んでしまうような怒りの渦も、しかし永遠には続かず、やがて雨脚が弱まり、雷が去って行くと、雲の隙間から陽の光が差し込み穏やかな空気が戻ってきます。ここからが第5楽章、牧人たちの感謝の歌です。嵐の後にこそ味わえる気持ちがこの曲の最終場面として朗々と語られていきます。
全5楽章、約40分のこの曲はオーケストラの様々な楽器がそれぞれの音色で音楽を盛り上げて行きますが、この曲が書かれた当時、あるいはその後しばらく、実際にオーケストラの演奏を聴ける人はごくわずかでした。コンサートの数も少なく、録音技術もなかったこの時代、こうした作品が人々の耳に触れて行くには、ピアノに編曲されたものが大いに役立つことになります。
ベートーヴェンの交響曲全9曲も様々な編曲があり、その一つに素晴らしいピアニストでもあったリストが編曲したものがあります。私はこの9曲をしばしば演奏させて頂いていますが、9曲の中で初めて取り組んだのは田園交響曲でした。オーケストラの曲を「聴く」ことは出来ても、「弾く」ことはそうそう出来ないピアノ弾きにとって、この編曲を弾けることは新しい喜びです。つい喜びに乗じて、観光ガイドならぬ曲の解説をさせていただいてからの演奏も多いのですが、冒頭のカッコウはその時の出来事でした。
第2楽章の終わりに、ナイチンゲール、ウズラ、そしてカッコウが鳴く場面があります。長い散歩を終える合図のように3羽が鳴くその場面は、いかにものどかで、まるでご褒美のようだといつも思うのですが、それぞれの鳴き声を紹介するその最後にカッコウの鳴き声を「弾いた」とき、その声はピアノからではなく、空から「聞こえて」きました。とても響きのよいホールだったせいでしょう。しかし、私はそこで確かにカッコウに出会い、田園交響曲の世界に紛れ込みました。そこは自然の環境と人間の営みとが心地よく調和していました。私はきっとベートーヴェンが空を仰いだように、空を仰ぎ、カッコウの姿を探したのです。忘れられないひとときです。
「ベートーヴェン〜リスト編曲:交響曲第6番「田園」第2楽章より(鳥が鳴く場面)ピアノ:後藤 泉」
(mp3形式 1.02MB : 1分)
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記事・写真:後藤 泉(ごとう いづみ)
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