No.014
Issued: 2013.02.08
甦れ、豊饒(ほうじょう)の水辺
- 小林 光(こばやし ひかり)さん
- (一社)水生生物保全協会理事。元環境省自然環境局長。
1971年〜2002年環境庁・環境省に勤務し、緑の国勢調査、重要湿地500の選定に関わる。
趣味は渓流釣り、登山。最近では、ブラックバスの防除の普及に取り組む。
私が渓流釣りを始めてちょうど40年になります。最近ではテンカラ釣りに凝っていて、イワナやヤマメを求めて年に数回ほど山地渓流に出かけています。テンカラ釣りとは、3〜4メートルほどの竿に同程度の長さの糸を繋ぎ、糸の先端に虫の姿に似せて鳥の羽で作った毛鉤(けばり)を結びつけ、渓流魚を誘い出して釣る方法です。冬季の今は禁漁期間中なので、来るべき初夏のシーズンに備えてせっせと毛鉤作りをして無聊(ぶりょう)を慰めています。それはそれで楽しい時間なのですが、渓流釣りの話は次回に譲って、今回は近頃の淡水魚の危機的状況についてお話しようと思います。
話は、私が小学生の頃に遡ります。今から55年ほども前のことです。私の母方の実家は千葉県佐原の水郷地帯にあり、夏休みのたびに1ヶ月間ずっと遊びに行っていました。そこで地元のお兄さんたちに連れられて毎日のように魚獲りをしていました。水田脇の水路で四手網に追い込むとバケツが満杯になるほどタナゴが獲れましたし、透明度の高い川面を覗き込むと魚たちの群れが通り過ぎて行くのが見えましたから、それを銛で突いて遊んだものです。当時は魚の種名も知りませんでしたが、今から思えばタナゴ、フナ、コイ、ウグイ、オイカワ、モツゴ、ナマズなどが獲れていたように思います。とにかく50年前には魚の数は極めて多かったことを覚えています。
その後、環境庁(当時)での仕事として淡水魚の分布調査に関わるようになって、魚類の研究者や保全活動家に知り合いが多くなり、平野部の小川、池沼、ため池などを調査する機会が増えました。そこで気づいたのですが、近頃は魚の種類も数も極端に少なくなりました。ご一緒させていただくことが多い千葉県手賀沼周辺の小川で在来タナゴが1尾でも獲れると、それこそ歓喜の声があがるほどです。それほど貴重な存在になってしまったのです。
環境省の発表では、日本の汽水・淡水魚約400種のうち144種に絶滅のおそれがあるといいます。実に3分の1以上の魚が絶滅危惧種なのです。特にイタセンパラやニッパンバラタナゴなど多くのタナゴ類をはじめ、メダカ、アユモドキ、ヒナモロコ、カワバタモロコなど田園地帯に生息する魚に絶滅危惧種が多くなっています。私が子どもの頃は、メダカなどは小さ過ぎるし数もたくさんいるので魚獲りの対象にもならなかったのですが、そのメダカすら今や激減しているというのだから驚いてしまいます。
私たちが淡水魚の重要生息地63箇所について調べた結果、淡水魚が減少する要因のワースト3は、①生息環境の改変、②外来魚による影響、③密漁などによる捕獲圧でした。淡水魚は水質の悪化、生息場所の破壊など、人間生活の影響を大きく受けてきました。それに追い討ちをかけるように、ブラックバス等の外来魚による捕食圧を受け、ますます在来の淡水魚は減ったものと思われます。田園地帯は人間の生活領域に近いため、そこを生息場所とする魚類は特に影響を受けやすいのでしょう。
私たちの仲間が保全に取り組んでいるアユモドキはドジョウ科の日本固有種で、非常に美味と言われています。かつては琵琶湖淀川水系と岡山県の平野部の河川に広く分布していましたが、今やごく狭い地域に細々と生息するに過ぎません。特に琵琶湖淀川水系では、京都府亀岡市の田園地帯を流れる小河川でしか確認できなくなってしまいました。さらに悪いことに、産卵場所はわずか1坪ほどの広さしかありません。この場所が河川改修で消失したり土砂で埋まったりしたら、琵琶湖淀川水系のアユモドキは絶滅してしまいます。このように風前の灯のような魚ですが、私たちは「魚が増えたら、皆で食べよう!」を合言葉に保護増殖活動を続けています。
ほんの数年前のことですが、自然状態が維持され、釣り人も外来魚もいない北海道の山岳渓流に釣りに行きました。溢れかえるほどイワナがいました。まるで子ども時代に戻ったと錯覚したほどです。夢のような状態だと思いました。しかし、それは違うとも思いました。生息環境を整えれば、豊饒(ほうじょう)の水辺は夢物語ではありません。やればできると信じたいものです。
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記事:小林 光(こばやし ひかり)
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