No.004
Issued: 2012.04.06
山里の生活を楽しむ
- 石井 好彦(いしい よしひこ)さん
- 福岡教育大学名誉教授
嘗ての専攻分野:人類学、健康体力論、医学博士(環境衛生学)
森林インストラクター
山の生活の現状とその経緯についてまず説明しましょう。初めの写真は今年の年賀状の文面を一部変えたものです。年度始めということでご容赦ください。
定年退職後、仕事などの関係で現住所の町と「山の家」で時間的に半々の二重生活をしており、山は九州でも大雪が降る所、孫の面倒を見るのも大変ですが、体調はすこぶる良好であること、が写真の挨拶状の主旨です。
遙か以前、勤務地である福岡県宗像町(現在市)に家族と移り住んで来ましたが、田舎の町でも住まいはアパートか小さな庭付きの家で、都会と代わり映えしません。家内も私も野山や畑を走りまわって育ち、豊かな自然に囲まれた広々とした環境で生活したい思いが強かったのです。
ある秋の爽やかに晴れた日、担当学生の教育実習の打ち合わせに、福岡・大分県境にまたがる英彦山(ひこさん)に近い山村を訪ねた時、仄ぼのと郷愁を誘う収穫期の風景に心を打たれ、それから此処を第二・第三の人生の場とすべく準備を始めました。写真は英彦山とその山系の山々です。
伝手を頼りに土地を探し、彦山川上流の渓流に削り取られた河岸段丘上にある農地と山林を気に入って購入しました。
「近くの山の木で家をつくる運動宣言(緑の列島ネットワーク・農文協)」という本があります。この趣旨に共感しましたが、建築を引き受ける工務店の存在や経費など問題が多々ありました。しかし、現地に近い製材会社・兼工務店に、前から目にとめていた北欧産の格安ログハウス・キットの図面を持ち込んだところ、柱の間にログ材をはめ込む別の工法を採用することで、意外と早く解決の目処がついたのです。
でき上がった山の家は床、壁、天井などほぼ全てに地元産の無垢杉材を使っています。配管用の資材などを除いて石油製品はほとんどありません。玄関に足を踏み入れると木の香がします。杉材の樹精油で匂い成分でもあるセドロールは、副交感神経系の働きを介し、心拍数や血圧の低下及び鎮静作用があることが知られています。ゆらぎの木目模様、柔らかな肌触り、気温が下がっても暖かい保温性など、木材の優れた性能が生かされています。普通の家に比べ安価で請け負ってくれた、(有)S木材による職人芸の結晶です。木の家の良さが理解され注文が増えれば、それこそ地産地消、山村経済復興の足がかりになる可能性があります。写真は地元の写真愛好家・野北さんの撮影による山の家です。
山里の生活を始めてから、親切で有能な知人が沢山できました。多くの山間地域と同様に、英彦山でも間断なく住人が山を下り、過疎化・高齢化が進む中で、町からやって来て家まで建て生活する私達を、好意と好奇をもって見守ってくれる人達です。例えば雑木を伐って、薪ストーブの焚き木を代わる代わるトラックに積んで来てくれたら、その気持ちに触発されずにはいられません。
気の置けない知人を通して様々な技術を習得し、新鮮な大気と清冽な湧き水を摂り、大地に抱かれて行う山仕事や畑仕事は心地良く楽しいものです。この楽しさについて具体的に説明するスペースが今はありませんが、育てる、作る、収穫する、捕獲する、食べる、学ぶ、発見するなどが日常的なことだと思います。
有名な世界保健機構(WHO)憲章によると、健康とは「身体(からだ)、精神(こころ)、社会(人づき合いなど)の全般にわたって快く、幸せな人」のような状態を言い、単に疾病や虚弱でない状態を言うのではありません。町で生活した時の運動不足から解放され、山里は健康に必要な数多くの要素を含む素晴らしい生活環境だと実感できます。写真は山の家の内部です。
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記事・写真:石井好彦
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