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H教授の環境行政時評環境庁(当時)の職員から大学教授へと華麗な転身を果たしたH教授が、環境にかかわる内外のタイムリーなできごとを環境行政マンとして過ごしてきた経験に即して解説します。

No.019

Issued: 2004.08.05

第19講 キョージュの私的90年代論

目次
異常気象、ニッポンを覆う
温暖化をめぐる欧米日格差
キョージュの参院戦総括 ―2大政党制の陥穽
原発・核燃サイクル論補遺
環境役人生態学―休暇考
キョージュの90年代

異常気象、ニッポンを覆う

Aさん(研究室に入るなり)センセイ、まるで蒸し風呂だよお、なんとかしてえ。

H教授情けないやつだなあ、心頭滅却すれば火もまた涼しって知らないのか。

Aさんエアコンかけっぱなしで白々しいこと言わないでください。だいたい、そのエアコンも電気代もワタシたちの授業料の一部なんですよ。


H教授わかった、わかった。それにしても今年の夏は異常な暑さだなあ、おまけに方々で豪雨災害が起きているし。

Aさんこれってヒートアイランド現象なんですか、地球温暖化なんですか、それとも単なる自然現象なんですか。

H教授さあな、そんなのわかんないよ。
ただ熱帯夜がつづくのは、つまり夜になっても気温が下がらないのは、間違いなくヒートアイランド現象だね。それとこの暑さが地球温暖化を加速させるのは間違いない。

Aさんセンセイ、そりゃ因果関係が逆でしょう。地球温暖化が自然現象としての夏の暑さを加速させているんでしょう?

H教授キミの言ってるのは一見マトモそうだし、また事実そうかもしれないけど、科学的なデータで論証するのは容易じゃない。
エルニーニョだとかラニーニャといった地球の脈動からくる現象も関係しているのかも知れない「複雑系」の世界だからね。
でもその逆は簡単に論証できる。


Aさんちょっと待ってください。「複雑系」ってなんですか。それにエルニーニョとラニーニャに人為は関係していないと言い切れるんですか。

H教授それを説明しだすと長くなりすぎるからパス。黙って聞き流しておけばいいんだ。

Aさん(小さく)言葉を聞きかじっただけで、中身は知らないんだ。ほんとインデックスマンなんだから。よくこれでキョージュが務まるわよねえ。あ、これだから務まるのか。

H教授(聞こえてない)つまり猛暑がつづくと電気の使用量は鰻上りになる。エアコンが町を冷やすか暖めるかは前に議論したから繰り返さないけど、火力発電所がフル稼働しなけりゃならなくなる。
つまり化石燃料をいっぱい燃やさなきゃいけないから、温室効果ガスのCO2をいっぱい出して、長い眼でみれば温室効果を押し上げることになる。

Aさんどうして火力発電なんですか。原発だって水力だってあるじゃないですか。

H教授原発は臨界後の出力調整がむつかしいから、ベース電源として用いられているんだ。
水力は土台ムリだ。夏の渇水時にどうして水力発電量を増やせるんだ。

温暖化をめぐる欧米日格差

Aさんそうか、じゃ今年もCO2削減はむつかしそうですね。京都議定書の90年比△6%なんて夢のまた夢なんじゃないですか。

H教授でもEUは90年比ですでに3%カットに成功しているよ。


Aさんうーん、ニッポンは90年比で11%増だったですよね。それでも経済界は温暖化対策税導入に反対しているし、えらそうなことを言ってる自称環境派のヒトも自腹を切らなくてすむとなると、目いっぱいエアコンを使っているし、やっぱりニッポンは環境後進国なんだ。

H教授あ、そう。じゃエアコン切ろうか。

Aさん(あわてて)ダメ、いまのセリフ取り消します。センセイはいなくなってもいいけど、エアコンだけはつけて。お願い。

H教授わかった、わかった。でもニッポンを環境後進国と言い切るのは酷だな。
単位GDPあたりのCO2排出量でいけば、いまでもニッポンはEUよりも小さいから、世界一の省エネ大国といえる。
つまりニッポンはオイルショック以降省エネを徹底的にやった。だからこれ以上はなかなかむつかしいんだ。
からからに乾いた雑巾を絞っても一滴もでない、それに比べりゃEUはまだ雑巾に湿り気があるんだ―とは経済界の言い草だけど、ま、それなりにもっともな点はある。もちろんボクは反対だけどね。


Aさんアメリカは?

H教授アメリカはびちゃびちゃの雑巾だ。それでも絞ろうともしない。絞るのはイラク捕虜だけで...。

Aさんストップ! その話はそこまで。

H教授わかた、わかった。アメリカは節電とか省エネとかはまるで考えてないね。ま、それでもプリウスの売れ行きが快調だそうだから、草の根では変わりつつあるのかもしれない。

Aさんじゃあ、アメリカは論外としても、EUと比べても、ニッポンは環境先進国なのかあ。

H教授それはどうかなあ。少なくともEUは地球温暖化対策を目的として、技術革新や再生可能エネルギーへの転換を進めてCO2の削減をしてきている。
ニッポンが省エネを徹底してやったのはコスト削減のためで、それでもって売れ行きを伸ばしてきた。つまり経済成長のための技術革新の副産物で意識的にCO2を減らそうとしたんじゃない。だから環境先進国と胸張っていえるかどうか...。


Aさんなんかセンセイの言うこと聞いてりゃ、環境先進国だか後進国なのかわからなくなっちゃうなあ。

H教授だから進んでいる部分もあれば遅れている部分もあるってことだよ。いとも簡単じゃないか。

キョージュの参院戦総括 ―2大政党制の陥穽

H教授ところで先日の参院選、どう思った?

Aさん民主党の大躍進と自民党の苦戦ですね。コイズミマジックにも陰りが生じたってとこですね。やっぱり年金騒動と多国籍軍問題が尾を引いたんでしょうねえ。センセイはどう思ったんですか。


H教授ぼくらはよく「欧米」と一口に言うけど、欧と米はちがう。ニッポンは政治と同じで欧化ではなく、米化、つまりアメリカナイゼーションが一段と進んだように思った。

Aさんはあ? なんですか、それ。関係ないじゃないですか。

H教授こんどの選挙の特徴は2大政党化が一層進んだことだ。つまり米国型だよね。欧州では大体小党というか中党分立で、2大政党なんてところはない。米国と並ぶ2大政党制と言われていた英国だっていまや3大政党になってきている。

Aさんへえ、そういう見方もあるんだ。で、センセイはそのことをどう思うんですか。

H教授2つの選択しかできないシステムは好きじゃない。いろんなオプションや組み合わせがある方が面白いじゃないか。「政物多様性」は保全しなきゃいけない。
それにアメとムチで強引にやっている市町村合併も、温暖化対策税も、核燃サイクルも選挙の争点になってないし、選挙後「みどりの会議」も抜本的な出直しを余儀なくされちゃったし。そういう意味では残念だった。

原発・核燃サイクル論補遺

Aさんなんか、へんなの。
ところでその核燃サイクルですけど、情報隠しでスキャンダルになりましたよね。

H教授そう、前講で取り上げた直後に明るみに出た。ワンス・スルー方式と再処理方式のコスト比較はしたことがないと国会でも言っていたのに、じつは経産省でも電自連でもこっそりと試算していたことがわかった。ワンス・スルー方式を言い出した与党の某有力政治家はホームページ上で怒り狂ってたよ。


Aさんで、隠していた試算結果は?

H教授ワンス・スルー方式のほうが半分くらいは安上がりということだった。コストだけの問題じゃあないというのが、再処理派の言い分だけど、だったらこそこそ隠したりしなきゃあよかったんだ。

Aさんところで、センセイの迷論に対して、EICネットの「環境Q&A」で「H教授の原発論に異議あり!」という投稿がきっかけで論争が燃え上がってますよ。

H教授(真っ青になる)え? なんか間違ってたかな。

Aさんこれだけ包括的な議論をしているのに、労働者被爆のことに一切触れていないのはけしからん、こういう弱者の犠牲の上に成り立っている原発は即時停止すべきだっていうご意見です。アンケートでも別の方から同じようなご意見をもう一通頂いてます。

H教授うーん、それはお詫びしなけりゃいけないなあ。いや、ぼくも昔「原子力の蟹」(長井彬)って乱歩賞をとった推理小説を読んだことがあるんだ。下請け、孫請けって構図の中で、定検時のもっともきつい被爆を強いられる作業にそういう弱者が使いまわされるというんだから驚いた。
その後「原発ジプシー」(堀江邦夫)っていう人の体験記も読んだこともあって、知識としては知っていたんだけど、随分昔の話で、最近のことは知らないから、書かなかったんだ。だけどやっぱり触れておくべきだったなあ。


Aさんほんとかなあ、書かなかったんじゃなくて、けろっと忘れてただけじゃないですか。核廃棄物と劣化ウランの関係にも触れてなかったし。

H教授うるさい。ただ、初期の時代には被爆管理なんて無視して、原発から原発に移り歩かされるなんてことがあったのかも知らないけど、そのご被爆管理はしっかりしてきたのも確かだと思うよ。
ただねえ、いまでも辛い、時には被爆しかねない作業があるのは事実だ。
ぼくは長期的には原発撤退論者なんだけど、それとは別に、原発を開発するんだったら、定検時作業などの被爆しかねない作業についてはロボット化を組み込むとか、そこで働く労働者のことをもっと考えた設計にすべきだったと思うよ。


環境役人生態学―休暇考

Aさんところでいよいよ夏休みですねえ。お役人なんかは法律で保障されているから、たっぷりと夏休みがあるんでしょう?

H教授え? 年休のうちからとるだけで、夏休みどころかお盆休みの制度もないよ【*】
だいたい霞ヶ関じゃ夏休みがたっぷりと取れるような状況じゃないんだ。


Aさんどうして? 「連続休暇をとるように」ってお触れがまわっているって聞いたことがあるけど。

H教授うん、それは事実だ。外国からの働き蜂批判もあったから、そういうお触れを回してるんだけど、実際に連続して1週間なんてスケジュール的にムリなんだ。
実際にそんな休暇願いが出されたら、お触れを回した方もびっくり仰天するんじゃないかな。

Aさんそんなバカな。

H教授8月のはじめに来年度の各省庁の予算要求が確定するんだ。で、8月末に大蔵省―あ、いまは財務省か―に提出というのが例年のスケジュールなんだ。

Aさんそれがどうかしたんですか。

H教授予算要求は5月連休明けくらいから各課で検討がはじまり、課内、局内で絞り込んでいき、7月には局単位での要求案がまとまる。で、それを省としてさらに絞り込んで予算要求することになる。
なんといってもニッポンの役人の生きがいは法律作りともうひとつ新規予算獲得だから、その間はおちおち休みなんかとってられない。ライバルは課内では他のライン、局内では他の課、省内では他の局ということになる。みんながしゃかりきになって、ヒアリングだとか資料の準備だとかをやっているときに、のんびり長期休暇なんてとってたら、脱落してしまうもん。


Aさん局の予算要求案が出揃った後の最後の絞込みはだれがするんですか、大臣ですか、次官ですか。

H教授形式的にはそうだし、また最終的にはそうなるけど、日本のシステムではボトムアップが原則だから、会計課長査定というのがたたき台になる。おちおち休みなんか取ってられない。ま、早々と新規予算要求レースから脱落したラインは別だけどね。
ついでに言うと、大蔵査定、いまは財務省査定か、と復活折衝が12月の末、だからクリスマスも祝えないことが多かった。もっとも復活折衝ったって、ぼくが現役のころは9割までがシナリオのできた猿芝居だったけどね。ぼくらが知らなかっただけで。

Aさんなあるほどねえ。でも、省としての要求がまとまるのが8月はじめだったら、そのあとたっぷり休みが取れるじゃないですか。

H教授そうはいかない。いまはどうか知らないけど、与党の部会だとか政調会だとかの根回しみたいなものも結構あるからね。

Aさんだって、新規要求の目玉なんて関係者は限られているんじゃないですか。

H教授省の目玉になるような新規予算要求はそうなんだけど、それだけじゃないんだ。たいていの係は自分のところの予算をいくつか持っているんだけど、年限つきのものが多くて、どの係でもひとつやふたつは年限が来た予算の後釜予算を要求していくことになるんだ。
これだって一応は新規予算ということになるしねえ。

Aさんでも不思議ねえ、予算を取ったからってお給料が上がるわけじゃないんでしょう。だったら仕事が増えるばっかりだから、いいことなんてなんにもないじゃないですか。

H教授そりゃそうだ。おそらくは無能と思われたくないというプライドなんだろうなあ。だからこそ、連日連夜の自主的な残業がつづくんだ。これはたぶん民間でもそうだと思うよ。
でもそういう意味での働き蜂精神が戦後の日本の高度成長を支えてきたのも事実なんだ。それこそ欧米じゃ、いや日本以外じゃどこも理解できないかもしれないね。

Aさんワタシ、そんなのイヤ! 就職したくない!

H教授面白い話がある。環境庁時代だけど、全環境って組合があって、週に1回、定時退庁日を決めてるんだ。で、その日は委員長以下執行部が夕方5時45分になると鐘を鳴らしながら各課を回って帰宅を促すんだ。


Aさんいいことじゃないですか。せめて週1回くらいは早く帰って家族団欒をしなけりゃ。

H教授いや、まだ後があるんだ。で、鐘を鳴らし終えたら、委員長以下たいていの執行委員は部屋に戻って、残業するんだ。

Aさんあっきれたあ。なんです、それ、そんなばかな。

H教授でもぼくはそんな心性は決してきらいじゃないなあ。

Aさんみんなそんなワーカホリックばっかりなんですか。

H教授そんなことはないよ、もちろんほんとのワーカホリックはいたけど、自分だけが早く帰るのは気が引けるし、帰ってもすることがないし──というのが大半じゃなかったかと思う。その証拠に、80年代前半までだったらマージャンの面子がそろったときだけは、定時退庁してたもん。でもだんだん若い人たちはマージャンしなくなったから、そういうのもめっきり減った。いまじゃあ、「絶滅危惧種」じゃないかな。

Aさんばっかばかしい。マージャンと関係なく、定時になったらさっさと帰る人はいないんですか。

H教授そりゃあ、いるよ。でもぼくの知ってる範囲内では、そういう人たちは時間内にきっちり優秀な仕事をやって定時に帰るんじゃなくて、時間内もろくに仕事をしないような気がしたなあ。それでも一定のところまでは昇進するし、残業代だってある程度は付いたし。


Aさんじゃあ、明らかにそっちのほうがトクじゃないですか。みんなそうならないんですか。

H教授その代わり、かれらは間違いなく周囲の白眼視に晒される。和をもって尊しとなす擬似家族社会だから、そんなのは1%いるかいないかさ。
でもそうした連中が1割を越すようになったら、急速に変わるかも。
そのへんの日本人論は中根千枝さんとかルース・ベネディクトでも読んでみるんだな。

Aさんあ、またハッタリだ。センセイ、名前を知ってるだけで、読んでないでしょう。

H教授ホント、キミは可愛い気がないなあ。そういうときはウットリと尊敬の眼差しで見るもんなんだ。

Aさんはい、はい。で、センセイはその中根千枝さんとかベネディクトさんは読まれたんですか。

H教授(照れくさそうに)読んだ人の話を聞いたことがある...。
ええい、つぎ行くぞ。人事院は来年から公務員の評価にも実績主義を取り入れるそうだ。でも実績主義ってのは両刃の刃、職場の雰囲気が悪くなる可能性がある。
今までのシステムだと、ぼくみたいに二流の能力しかなくても、それなりに毎日がんばってこれたんだ。だけど、変な実績主義を導入すると、やる気そのものをなくすかも。


Aさんセンセイが二流? ウッソだあ。

H教授ホントだよ(と言いつつうれしそう)。

Aさん三流のまちがいでしょう。

H教授(憮然として)はいはい、三流のまちがいです。だから付いた院生が箸にも棒にもかからない四流なんだ、やっとわかったよ。

Aさんあーあ、いわなきゃよかった。
そういえば環境省若手の3Rプロジェクト(→第11講)はどうなったんですか。

H教授さあ?

Aさんきちんとフォローしておいてくださいよ。

H教授(そっぽを向いて)どうせ三流役人のなれの果ての三流キョージュだから...。

Aさんあ、センセイのすねた横顔って、とてもステキ!

H教授え? ホント?(機嫌なおる)


Aさん(ちいさく)ほんと、単純なんだから。
ところで、今日のテーマはなんなんですか。

H教授さあ、なににしようか。なにか聞きたい話はあるか。


キョージュの90年代

Aさんそうだなあ。そうだ、センセイの私的90年代論を聞かせてください。
だって、いっつも90年代に入って環境行政は大きく変わった。パラダイムが転換したって言ってるじゃないですか。

H教授だったらいまさら聞いたって仕方がないだろう。

Aさんそうじゃなくて、そのターニングポイントの真っ只中にいて、そのときセンセイがどう感じたかってことを聞きたいんです。

H教授うーん、じゃ、そのまえにパラダイム転換の中身を整理して話してごらん。

Aさん1990年前後に、それまで未来永劫つづくかと思われていた冷戦構造が解体しました。そしてバブルが崩壊、不況に入って株価だけでなく、未来永劫上がり続けると思われていた地価も例外なく、右肩上がり経済という常識が覆され、日本の成長とともにあった55年体制も崩壊しました。
そうした時代の転換の中で、環境問題が俄然クローズアップ。地球環境問題が顕在化、リオサミットがあって「持続可能な発展」というのが時代のキーワードになりました。一方では廃棄物の最終処分場が逼迫し、ごみの減量が深刻な課題になるなどあって、93年に悲願の環境基本法ができました。その後もダイオキシン騒動やらがあって、ごみ問題は加熱するばかりで、続々とリサイクル法ができました。
また不況対策として補正予算をばんばんつけて公共事業をやったけど、反公共事業の波が起きて、地方分権とか住民参加とか情報公開とかがしきりに言われるようになり、無党派、市民派を自称する首長がぞくぞく誕生。こうしたなかで民間もISO14001認証に雪崩をうって走りだしました。各省もつぎつぎと環境の時代に向けた施策を開始。97年にはこれまた30年来の悲願だったアセス法ができるし、一方じゃCOP3が開かれるなど環境フィーバー。2000年に入ると循環型社会形成推進基本法ができるなど循環元年なんていわれました。2001年にはついに中央省庁再編で環境省が誕生し、それ以降も国会が開かれるたんびに環境関係の法律が新たにできたり、改正されたりしています。(息も継がずに一気にしゃべりまくる)


H教授(呆れて)よく口がまわるなあ。

Aさんだって、授業のたんびに何十回も聞かされたんですもん。
でもねえ、そのときセンセイがなにをしていたのか、なにを考えていたのかは一度も聞いたことがないから、いつか聞いてみたいと思ってたんです。


H教授わかった、わかった。環境行政だけじゃなく、90年前後におおきく世界のパラダイムが変わった。89年にひばりも死に、愛読していた松本清張も死んだ。92年には敬愛する手塚治虫まで鬼籍に入った。

Aさんセンセイ!

H教授う、ゴホン。バブル崩壊とか55年体制の終焉とかいうけど、ボクにとって最大のものは、89〜90年の東側陣営の自己崩壊だった。

Aさんセンセイには直接関係ないじゃないですか。

H教授それはそうだけど、人は心に理想というものを求める。
ボクは若い頃から現存する社会主義体制があるべき社会主義像から程遠い抑圧的なもので、いずれ自由を求める大衆的な運動が起き、新たな社会に生まれ変わることを確信していた。だけど、それがいつのことで、どういうふうに起きるかは予想もつかなかった。
でもいつの日か、それが起きて、そして世界を大きく<あるべき社会主義>に変えていくだろうというのが夢だったんだ。

Aさんへえ、センセイそんなこと考えていたんですか。ひょっとして全共闘のなれのはてだったんですか。

H教授全共闘世代はボクより数年あとだ。だから参加できなかったのがちょっと残念だった。
で、80年代半ばに、ゴルビー(ゴルバチョフ)が登場、さまざまな改革を実行し、かれの手によって、市民的自由と民主主義に支えられた新たな社会主義体制が誕生するかと期待した。
だけどその夢は一瞬にして砕けた。東欧諸国がドミノ倒し的に倒れ、ソ連までもが崩壊してしまった。ゴルビーは退場し、そこに登場したのは<あるべき社会主義>ではなく、粗野な資本主義だった。


Aさんへえ、センセイ、ゴルビーファンだったのか。

H教授うーん、ファンというなら、むしろ悲劇の革命家トロツキーか、密林に消えたゲバラだなあ。
ゴルビーを押しつぶしたのはいろんな要因があると思うけど、86年のチェルノブイルが大きかったと思う。一方で、そのチェルノブイルが欧州に環境風を吹かし、世界に環境風を吹かせた最大の原因だと思うよ。

Aさんセンセイ、センセイの心情を吐露したい気持ちはわからないでもないですけど、もう少し具体的な環境行政の話と、それに直面したセンセイの話に切り替えてください。でないと編集部から叱られますよ。

H教授しようがないなあ。
80年代末期にボクは水質保全局にいたんだけど、ブルントラント委員会やらなんやらあって、環境庁内部では企画調整局が旗振り役で地球風を吹かそうとしていた。

Aさんセンセイ、そのときどう思ったんですか。

H教授そんなの決まってるじゃないか、メイワクのひと言さ。

Aさんはあ?

H教授だって、そうだろう。予算要求も人員要求も地球環境に傾斜されたんでは、たまんないじゃないか。


Aさんふうん、そんなもんなんですか。

H教授その後、本庁でも地球環境部ができるわ、国立公害研究所も地球環境をにらんで国立環境研究所と名前を変え、組織も全面変更した。地球風が本格的に吹きだしたことを実感したよ。次の異動で地球環境関係に行かされるんじゃないかとびくびくしてた。

Aさんどうして? あ、そうか、英語ですね。Thank you とNice to meet you だけじゃあねえ。
ところで、日本の環境行政に風が吹き始めたのは地球環境の外圧もさることながら、廃棄物とダイオキシンですよね。そっちの風は?


H教授廃棄物のことはぜんぜん感じなかった。だってあれは厚生省だもん。でもねえ、ダイオキシン騒ぎにはまいった。

Aさんなんかあったんですか。

H教授ダイオキシンはごみと大気の話だと思ってたところに爆弾が落ちた。
某教授が製紙工場の排水からダイオキシンをみつけたって発表。で、マスコミがそれに飛びついた。ボクはそのとき、担当の水質規制課長だったんだ。

Aさんそれがどうしたんですか。

H教授環境庁はどうするんだと連日のトップ記事だ。
そりゃあ、あれだけ騒がれれば、来年度の調査費みたいな予算要求には強い味方になるのは事実だけど、そんな悠長なことを言ってられる情勢じゃなかった。

Aさんそういう緊急時のための予算ってないんですか。

H教授政府全体で緊急調整費ってのはあるけど、それだって予算要求しなくちゃいけないし、正規に認められるには何ヶ月もの時間がかかる。なんせ「史上最強の毒物」と騒がれているんだもん、できるだけ早く手を打たなきゃいけないんだけど、とりあえずの調査をするにも予算がないんだ。

Aさんで、どうしたんですか。


H教授たまたま課内に未執行の別の予算があって、担当の課長補佐がこれを流用すればどうですかと言ってくれた。最後は因果を含めて召し上げなきゃいけないかと思ってたからほっとした。

Aさんよかったですねえ、で、その結果は?

H教授全国の製紙工場の排水を対象に緊急の全国調査をやった。ダイオキシンは検出されたけど、たいした濃度じゃなかったさ。それでも製紙連合会と談判して、一応の排出抑制のためのガイドラインはつくった。

Aさんま、なんとか面目は立ったわけだ。

H教授ところが他省庁から出向してきたある幹部が、全部ボクがマスコミと組んで仕掛けたマッチポンプだと思い込み、酔っ払ってはボクのいないところでそれを方々に言いふらすんだ。根も葉もない妄想だから、ホント、アッタマに来て、酒の場だったけど、みんなの前で、取り消してくれと迫ったことがある。

Aさん(ワクワク)わあ、下克上だ。で、どうなったんですか。

H教授「わかった、わるかった」だ。でも酒の席だったからそんなことすっかり忘れて、翌日からも飲めばよそでやっぱり同じことを言いふらしていたそうだ。
ま、これはどうでもいい話なんだけど、ダイオキシンについては、これなんてまだまだ単なる予震で、その数年後から、また大気とごみの世界で本震となり、いまでも時折余震が発生している。


Aさん話は変わりますけど、91年のバブル崩壊はどうだったんですか。

H教授本庁時代はバブル崩壊の前夜だったから、リゾート法みたいなものの対応で苦労した。バブルが崩壊したのは本庁から研究所に変わったあとだった。


Aさんえ、センセイ、研究所にいたことがあるんですか、まさか研究者としてじゃないでしょうねえ。

H教授(苦笑して)「まさか」という言い方はないだろう。そうだなあ、本庁と研究所とのパイプ役、研究者と事務方の調停役、研究者同士の調整役みたいな役どころだなあ。具体的には各部署から出てきた予算要求や組織定員要求の調整だとか実際についた予算や人員の実行上の配分のたたき台つくりとかだ。

Aさんで、バブル崩壊が研究所とどう関係したんですか。

H教授研究所の予算は数年前に組織替えし、地球環境にシフトしたにもかかわらず、目減りの一方だったけど、バブルが崩壊したおかげで増加に転じた。

Aさんえー、どうして。だって、政府の財政も苦しくなったんでしょう?

H教授景気対策で赤字国債を発行して、公共事業に補正予算を注ぎ込みだしたんだ。
で、自治体も消化しきれなくなって、研究設備や機器にまで補正予算が回るようになった。
1台何億という高価な設備機器がばんばん付いた。あとはリオサミットの影響か、地球環境関係の研究費も増え出した。

Aさんじゃ、大盤振る舞いできて、気持ちよかったでしょう。

H教授いやあ、研究者ってのは大きな子どもみたいなところがあって、最新の機器、設備や研究費をいくらでも欲しがるんだ。
予算が増えたっていったって、全員の要望を到底満たしきれない。
パイが痩せ細っているときだったら、我慢できるけど、そうじゃなくなったから、恩恵を受けなかった研究者の不満はよけい増えたかもしれないよ。


Aさんセンセイ、個人的にはバブル崩壊はどうだったんですか。

H教授いつかはこんなときが来るとは思っていたから、驚かなかった。さすがに地価まで下がるとは思わなかったけどね。

Aさんで、実際にバブルが弾けてどう思われました。

H教授気持ちよかった。

Aさんはあ?

H教授だってカネがないから、株も債権も投資信託もゴルフ場会員権も投機用の資産も一切なかった。だから、マネーゲームに浮かれていた奴が蒼くなるのをみて、ざまあみろって感じだったなあ。

Aさん人の不幸はわが身の幸せってわけですね。センセイの人格がよくわかるわ。
じゃ、それにひきつづく93年の細川内閣登場で決定的になった55年体制の崩壊はどうだったんですか。


H教授いやあ、野次馬としては面白かった。下手な小説やドラマよりも政治ニュースのほうがよっぽど楽しかった。

Aさんそんなこと聞いてません! 環境行政、そしてそれを通してセンセイに与えた影響があったのかって聞いてるんです!

H教授ボクは研究所だったからほとんど関係なかったけど、本庁はたいへんだったんじゃなかったかなあ。だって、それまでは政界への根回しは自民党だけを相手にしてりゃあよかったけど、そうも行かなくなったんじゃないかな。
あとは、90年のちょっとまえにリクルート事件だとかなんだと55年体制の断末魔みたいな事件が続いた。それまでは国立公園内の許認可みたいな話に政治家が横槍を入れたり圧力をかけたりというのが、結構あったんだけど、そういうのはリクルート事件以降はほとんど姿を消したって言ってたな。
あと、もうひとつ、政治家でも90年くらいからそれまでのごくわずかの環境族から、有力政治家が入った新環境族が続々誕生したことも忘れちゃいけないね。ま、ボクには関係なかったけど。

Aさんじゃ、リオサミットも環境基本法の制定もそれほどピンと来なかったんじゃないですか。

H教授うん、世間や大蔵省に対しては一大快挙だ、環境の時代だ、なんてことをしゃべってたけど、一方じゃ所詮お経の文句、いっときの流行り風邪だろうって半分思ってたのも事実だし...。

Aさんじゃ、センセイがホントに環境行政のパラダイムシフト、環境の時代に変わったということを実感されたのはいつなんですか。

H教授うーん、強いて言えば96年かな。ホントの意味で環境の時代に変わったかとどうかということに疑問は残るけど。

Aさんなんだ、随分遅いんですね。ははーん、なんかの反公共事業運動に関わったんですか。

H教授ちがうよ、その年に大学に来たんだ。
講義だとか講演をするようなことになれば、自分なりに環境政策とか環境行政の歴史を再構成しなきゃいけなくなるじゃないか。そのときにパラダイム・シフトなんてちょっとはカッコいいことを言いたくもなる。それを何回か繰り返せば自分でもパラダイムが変わったと思い込んじゃうよ。


Aさんパラダイムという言葉でなくてもいいんですけど、「時代が変わった」という実感となるきっかけはあったでしょう。

H教授うん、これは環境とは直接関係ないんだけど、ひとつは自治体の検討会なんかに呼ばれたとき、一切夜の会食がなくなったことだ。それまでは事務局としての立場だったんだけど、先生方との意思疎通のためには会食は欠かせないと思っていたんだ。もはやタダメシ食って仕事のうちだなんて時代は終わったというのを実感した。

Aさん...(呆れてものもいえない)。

H教授もうひとつは、大学に来てからは時々環境庁に行って、市販してない報告書なんかを貰ってきて、その情報をもったいぶってキミたちに教えてやっていたんだ。
そうだ、キミが学部生のときだ。授業中、キミに「センセイ、それ環境省のHPで見ました」って言われて落ち込んだものだったよ。
もうとっくにデジタルな情報公開の時代になっていたんだねえ。
このふたつで、ああ、時代が完全に変わったと実感した。

Aさんそれがセンセイのパラダイムシフトだったんですか(がっくり肩を落とす)。

H教授そう言うなよ。でも、たいていの凡人俗物は、意外とそのときは気が付かず、後から振り返って、「ああ、あのときに時代が変わったんだ」と思うんじゃないかなあ。
歌にもあるじゃないか、「青春時代が夢なんて あとからほのぼの思うもの」だなんてね。
(明るく)それより石垣島はいつ行くんだ。日程は決まったか。その話をしろよ。

Aさん(突然涙ぐんで)キャンセルしました。これ以上は聞かないでください!
センセイのバカ!(走り去る)


注釈

【*】現在は公務員の夏休みは特別休暇になっている。

(7月26日執筆終了、編集了)