忠臣蔵の季節到来
Aさんセンセイ、いよいよ師走ですねえ。
H教授そう、またくだらない忠臣蔵をTVでやるのかと思うと、うんざりするねえ。
Aさんえー、どうして? 艱難辛苦の末に主君の仇を討つ物語でしょう。なんどみても感動的じゃないですか。
H教授なんで主君の仇なんだ。別に吉良が浅野を殺したわけじゃない。
それどころか、吉良は浅野に殺されかけたんだぜ。
殺し損ねたからといって、その手下が徒党を組んで危うく難を逃れた被害者宅に押し入り殺す物語に拍手喝采なんて、あんまりじゃないか。
Aさんそんな身も蓋もない。全国の忠臣蔵ファンから怒りの手紙が殺到しても知らないですよ! まあ、環境問題と関係のない話はここまでにしましょうよ。
H教授そんなことはない。だいたい、歌舞伎の美化されすぎた話が、さも史実のように定着していること自体がおかしい。
そもそも、吉良は一方的な被害者なのに、ひどすぎると思わないのか。...
Aさんあ、センセイ。センセイの主張は結構ですから、要するにどこがどう環境問題とつながるかを教えて下さい。
H教授...うっ、ここからが佳境に入るんだがなあ。まあいいや。
つまり、なぜこんなに忠臣蔵物語がもてはやされたのかをきちんと見極めることだ。それは世論操作のせいといってもいいんじゃないかな。環境問題だって、マスメディアや官庁情報だけに頼っていると、規制しないでいいものを規制したり、規制しなくちゃいけないものを見逃したりすることもある。情報公開だけではなくて、その情報を自分の健全な市民的常識で判断することが必要なんだ。
Aさんう〜ん、なるほどね。でも、センセイのは「健全」かな? ただ、アマノジャクなだけなんじゃないですか。
H教授うるさい。そんな憎まれ口ばかり聞いているから、キミの就職が一向に決らないんだ。
Aさんあ、もうそれはいいんです。ワタシ、大学院に行くことにしましたから。センセイ、これからもよろしくね(ニッコリ)。
H教授う、うう。ようやく来春、キミの面倒から解放されると思ったのに...。
Aさんへへえ、解放(カイホウ)されなくて残念でした、その代わりにこれからも介抱(カイホウ)よろしく。ね、センセイ。
H教授(あきらめ顔で)わかった、わかった。
トピック1 京都議定書を巡るロシアの対応
Aさんえーと、まずはトピックですね。最初に、12月1日から気候変動枠組条約締約国会議の第9回会合がイタリアのミラノで開催されますね。京都議定書【1】の発効を受けての会合となる見込みが、まだ発効していないどころか、なにやら先行きがあやしくなってきましたねえ。
H教授あとロシア1国で、発効するし、ロシアも批准に前向きな発言していたけど、最近ちょっとおかしくなったよね。プーチン大統領もロシアは北国だから、温暖化した方がいいなんて物騒な冗談を飛ばしていたしねえ。
Aさん結局、どうなるんでしょう。
H教授ロシアは2008〜2012の第一約束期間【2】でも、対'90年比の温室効果ガス排出量は相当程度マイナスになりそうなんだ。ソ連崩壊からの工業生産復興がまだ遅れているから。
で、そのマイナス分は京都メカニズム【3】の排出権取引【4】って奴で、他国、例えば日本に売れることになっている。これを買えば買った国はそれだけ削減したとみなされるからね。
これをホットエアー【5】と言うんだけど、どうも思ったほどは高く売れそうにないんで、ゆさぶりをかけてるんだと思うよ。
そうは言っても、売れなきゃたいへんだから、来年中には批准すると思うんだけど、米国の大統領選がどうなるかを見極めてからということになるかも知れないなあ。
京都議定書の批准国の排出量内訳と、発効のカギを握るロシア
■議定書発効の条件は、
1) 55カ国以上の批准を得ること
2) 附属書I国による1990年当時の総CO2排出量のうち、批准した附属書I国の排出量合計が55%以上を占めること
2つの条件が整い次第、90日以内に発効することとされている。このうち、第1の条件については、すでに120カ国(2003/11現在)が批准しており、問題はない。
一方、第2の条件に関しては、最大排出国であるアメリカ(基準年の排出量の36.1%を占める)が離脱を表明したことで、議定書の発効には17.4%を占めるロシアの動向がカギを握ることとなった。なお、すでに批准している日本、カナダ、EUなどの排出量を足し合わせても44.2%に過ぎない。
Aさんブッシュがこけて米国に京都議定書復帰の動きが出れば、ホットエアーの値が高騰するかもしれないと言うことですね。
H教授ま、そういうことだ。地球環境政策を考えるには、こうした国際的な動向をよくみておかなければならないんだ。そのためにはキミも大学院に行くんなら、英語を日本語と同じぐらいに使いこなすようにならなければだめだぞ。
Aさん(呆れて)Thank you とNice to meet you しか知らないセンセイがよくそんなこと言えますね。
H教授その代わり、関西弁、東京弁だけじゃなくて、岡山弁、飛騨弁、鹿児島弁もなんとかなるぞ。
Aさんバッカバカしい。それ以外になんかトピックはありますか。本論のページ数がなくなっちゃいますから簡便にね。
トピック2 「環境省3Rプロジェクト」―環境役人生態学序説
Aさんほかに何かトピックはありますか。
H教授うん、この10月、環境省のなかで「国民の期待に応えるECO行政!!」を旗印にして20代若手職員を中心に、「環境省を変える若手の会(仮称)」というのが発足した。組織名も活動内容も総称して3Rプロジェクトとしているそうだ。
彼らは環境省の現状・問題点を正確に把握するためにまずアンケートを実施、来年2月を目途に具体的な提言を打ち出すとしている。
Aさんどんなアンケートなんですか。
H教授ま、主として勤務実態だね。それによると、4分の1の職員が24時以降まで残業するなど、4分の3の職員の退庁時刻は20時以降になるそうだ。業務繁忙期には半数の職員の退庁時刻が24時以降になるなど、ほとんどの職員が深夜まで残業ということになっている。
Aさんえー、休まず・遅れず・働かず、じゃないんだ。
H教授あたりまえだよ。公務員とはいったって、その態様は千差万別だけど、休まず、遅れず、働かず、接待漬けで高給取って天下り、の各項目の大半が該当する公務員なんているわけないじゃないか。
Aさんセンセイが現役の頃も残業がすごかったんですか。
H教授そうだよ。霞ヶ関なんて不夜城だったよ。
Aさんじゃ、たっぷり残業手当が出たんでしょう。
H教授なにバカなこと言ってるんだ。残業手当の予算は決っているから、課によって少しづつ配分のやり方はちがうけど、もらう残業手当の3倍とか5倍くらいサービス残業してるんじゃないかな。
大蔵の主計だけが満額取ってたって話もあったけど。
Aさんへえ、いまのセンセイ、夜7時には確実に下校だけどねえ。
H教授へへ、BS放送で「おしん」見なくちゃいけないから。
Aさん気楽なものですねえ。ワタシャ卒論で泣かされてるっていうのに。
でも、そんな忙しいんですか。日本は公務員がいっぱいで、それを削減しなけりゃいけないだとか、民営化推進だとかってよく新聞に出てるじゃないですか。
H教授公務員の数が多いかどうかは国民あたりの公務員数で決る。それで見りゃ、一目瞭然だ。
アメリカに比べれば国家公務員が多すぎる、フランスに比べりゃ地方公務員が多すぎるなどと言われるけど、アメリカは連邦国家だし、フランスは超中央集権国家だから、それはあたりまえで、タメにする議論だ。国家・地方合わせての公務員、いわゆる役人の数でいえば、日本は欧米など諸外国の半分から1/3なんだぜ。
Aさんウッソー!
H教授だから、いわゆる狂牛病でも原発事故でもなんでもそうだけど、なにか問題が起きれば、米国に較べて職員の数が1割以下だとかなんとか言われるんだ。
日本はもともと役人が少なくてすむような社会システムになっていたんだ。談合や天下りがよく批難されるけど、それはこういうシステムと無縁じゃない。
もちろん、公務員が少ないという話とは別に、ろくに働きもしない公務員がいるってのは事実だけどね。
Aさんセンセ、センセイ。どんどん環境問題から外れてしまうんだけど。
H教授そうか、じゃ、話を元に戻そう。「環境省3Rプロジェクト」のアンケートはこういう勤務実態を暴きだしているんだけど、これだけ見ればいままでの組合青年部がやってることとあまり変わらない。
だけど、このアンケートでは残業を不可避にしている要因はなにかとか、仕事内容の満足度とか、現在の環境省は国民からの期待に応えていると思うか という設問をしている。つまり、勤務実態を改善して、豊かなプライベートライフを確保するだけじゃなく、業務効率化によって生み出した時間をよりよい政策を作るための時間に充てようとしているんだ。
Aさんで、アンケート結果は?
H教授仕事の進め方に7割弱の職員が問題があると回答している。つまり、省内手続きの煩雑さだとか、管理職のマネジメント能力のせいでムダな仕事が多いとか、だね。
Aさんセンセイの管理職時代を振り返ると、思い当たることがいっぱいでしょう。
H教授うるさい。そして環境省が国民からの期待に対応しているかどうかでは、ノーと「わからない」がどちらも半数弱で、「応えている」というのは1割弱という結果が出た。
Aさん若手って言ったって、いろんな職場にいろんな人がいるんでしょう。そういう人をちゃんと網羅しているんですか。
H教授そうそう、それを言うのを忘れてた。この若手の集まりは本省も出先も、事務官も技官も、I、II、III種職員も全部含んでいるんだ。
もちろんぼくらの頃も勤務条件の改善みたいな話は全員で組合でやっていたよ。でも、仕事の方向性だとか、自然保護行政の今後のあるべき姿だとか、そういうことに関しては、例えばレンジャーだけが集まって、ああでもない、こうでもないとやったものだけど、それらを全部結集したというのはすばらしいね。
以前のお便りで「今私の心配はむしろ若手官僚にかつての『日本の公害経験』(1991年)をまとめた人たちのような意欲や気概があるのだろうかということです。忙しい仕事に振り回されているだけで、物事の本質を見失っていないだろうかという心配です」(2003/3/7 第2講へのアンケート回答)というのがあったけど、杞憂だったみたいだね。
Aさんところで、いまセンセイがおっしゃったようなことは、どの役所でも共通ですよね。環境省の特殊性ってなにかあるんですか。
H教授そうだね、他省庁からの出向者が多いってことは知ってるよね。他には2点ほど指摘しておこう。
第1点はI種試験合格者、いわゆる広義のキャリアが異常に多い集団であるということだろうな。
通常行政職(行一)ではI種以外の人、いわゆるノンキャリと言われる人たち20人にキャリア1人の割合らしいが、環境省ではほぼ1対1。つまりキャリアといえど泥臭い仕事や地味な作業を山ほどこなさなければならないということだし、またノンキャリもキャリアと1対1で接することが多いから、そういう意味ではノンキャリとの相互理解、親近感は他省より必然的に深いんじゃないかなあ。
お粗末なキャリアよりは優秀なノンキャリの方が昇進が早いという革命的な先例をつくるのに相応しい役所だと思うよ。
第2点は都道府県の環境部局との関係だ。自治体の役人が霞ヶ関に出張する場合、あらかじめアポをとって、国の課長補佐に対しては県の課長、係長に対しては課長補佐が対応、それも県の方は立ったままということが多いと聞くんだけど、環境省では通常アポなしで行っても椅子に座らせてくれるし、県の係長に対して環境省の課長が話することもいくらでもある。まあ、この辺は個人差があるけどね。
Aさんセンセイも県にいたとき、そういう経験があったんですか。
H教授うん、某省にアポなしで行ったら、ひどく冷たかったな。
ま、逆にいうと、環境省は人手が少なく、予算も権限も小さいから、県の環境部局に指示するというより、お願いすることが多く、そういう意味では上下意識よりも仲間意識が強いと思うよ。
この点は地方分権・主権の時代、他省庁もぜひ見習ってほしいね。
Aさんじゃ、ポストもそうすべきですね。国から県に20代の課長が行くなんてことはすべきじゃないですね。
H教授ま、県の場合、結構いろんなしがらみがあって、しがらみがない国の役人が行った方がいいという場合もあるけど、あんまり若いのはどうかと思うな。
ボクは40歳で課長級として行った。他省庁より10歳ぐらい遅かったけど、それでも若すぎるかもしれない。
ま、この辺の役人生態学みたいな話はここまでにして、この話題を終えよう。
最後にこの3Rプロジェクトが来年2月にどういう提言をするかわからないけど、熱いエールを送っておこう。
浄化槽と下水道秘聞
Aさんさ、センセイ。ぼちぼち本論に行かないと。今回は浄化槽法【6】の制定20周年にちなんで、浄化槽【7】と下水道【8】の話題でしたね。
H教授うん、そのためにはまず歴史のおさらいをしておこう。
キミのご両親が子どもの頃は多分汲み取り便所だったはずだ。大の場合、ボチャンと落ちてはねかえりを防ぐため、お尻をひょいとあげなきゃならなかった。下を見れば、蛆虫が蠢いていてね。
Aさんキャー、やめてよセンセイ、気持ち悪いじゃないですか。そんな汚い話はやめてください。
H教授し尿を汚いと思うところからしてそもそも間違っている。欧米では、し尿は汚物として1日も早く系外に─つまり、河川に放流しようとした。それが下水道の起源だ。
日本ではし尿は貴重な資源として近在の農民が買いにきたんだ。それは高度経済成長のまえまで続いた。ボクもかすかに覚えているよ。畑の片隅にはそのし尿を熟成させる「肥え溜め」が必ずあった。だから、日本の河川は欧米と比較にならないほどきれいだったんだ。
Aさんそんなアナクロなこと言ったって...。
H教授ところが進駐軍がそれを不衛生だとして嫌い、また、一方では化学肥料が出現して一変。
かくてし尿は資源から汚物になり、市町村がバキュームカーなどで収集し、し尿処理施設【9】で処理したあと河川に放流したり、未処理のまま直接海の沖合いに投棄(海洋投棄【10】)するようになった。
いまでもごく一部は海洋投棄してるんだぜ。
Aさんまっさかあ。そんな不潔な。
H教授近々禁止になるけどね。でも、貧栄養の沖合いじゃ、漁業にとってよかったのかもしれないよ。
ま、いずれにせよ高度経済成長とともに生活の欧米化が進行し、公共施設などではトイレの水洗化がはじまり、それから各家庭でも水洗化のニーズが急激に高まってきた。それを可能にしたのが下水道だったし、マンションなんかでの大型の合併処理浄化槽【7】だったんだ。
いずれも微生物の働きで有機物を分解する、自然界での浄化作用をより効率的にしたものなんだ。
Aさん合併って何軒もの家庭排水をまとめて処理するからですね。
H教授ブー。それは集合処理【11】という。
合併というのは、し尿と台所排水などの生活雑排水をまとめて処理するものをいうんだ。
こうして昭和33年に下水道法【12】ができ、大都市部を皮切りに自治体による国の補助を受けての下水道整備が本格化したんだ。
下水道普及率の推移
(国交省 都市・地域整備局 下水道部の発表資料より作成)
Aさんでも下水道整備ってオカネと時間がかかりますよね。下水道地域や大型マンションの人はもちろんのこと、それ以外の人たちだって水洗化しているところありますよ。
H教授そういう人たちのために各家庭用のし尿だけを処理するいわゆる小型単独処理浄化槽がすごい勢いで広まっていったんだ。これが昭和40年代から50年代にかけて起こった。
Aさんワタシの生まれるまえだ。
H教授......。
さて一方、昭和30年代から40年代にかけて都市周辺の河川や内海内湾での水質汚濁はひどいものとなっていた。そして40年代半ばにそれへの不満が爆発。これで一気に公害規制が進んだんだ。
例えば、周辺地域で下水道が整備された隅田川なんかは産業排水規制とあいまって、うんときれいになった。だけど、多くの場合、都市周辺の河川や内海内湾の汚濁は必ずしもそうでなかった。
Aさんつまり生活系の負荷、それもし尿以外の生活雑排水の負荷が無視できないほど大きく、しかも、下水道の整備がそれに追いつかなかったんですね。
H教授そう、下水道などの生活排水の合併処理は水洗化が主たる目的だったんだけど、この頃から河川などの水質浄化の決め手として認知されたんだ。そして、各家庭用の小型合併処理浄化槽が開発された。
ところが家庭用の小型浄化槽はじめ、浄化槽ってのはいずれにしても清掃だとか保守点検だとかのきっちりした維持管理が必要なんだ。でも、建築基準法で設置時の性能基準が定めてあるだけで、そうしたソフト面の規制がなかったんだ。
もちろんマンションなどの大型の浄化槽は水質汚濁防止法で規制されていたけど、小型の家庭用のはフリーパス。
これじゃいけないというんで、関係業界が運動し、議員立法で成立したのが浄化槽法なんだ。昭和58年に制定され、60年に施行された。
そして、62年には各家庭用の小型合併処理浄化槽(以下、小型合併と略)に対する国庫補助制度がはじまった。
Aさんえ? 個人に国から補助したんですか?
H教授うん、小型合併は単独浄化槽より高くつく。正確に言うとその差額分の全額を個人に補助しようとする市町村に対して、県と厚生省(現在の所管は環境省)が1/3づつ補助するようにした。
また、それに先立って農村集落などでの農業集落排水処理事業(農排)【13】という集合処理の小型下水道みたいなものに対する農水省補助事業もはじまっていた。この農排も法的には大型の浄化槽ということになる。
つまり昔の役所で言えば建設、厚生、農水3省の競争というか縄張り争いがはじまった。とくに建設と厚生の対抗意識が強かった。
Aさん当時の環境庁の対応はどうだったんですか。
H教授ぼくは当時水質規制課にいたんだけど、環境庁の立場では、下水道でも農排でも小型合併でもなんでもいいから早く家庭雑排水の処理をしてくれの一語に尽きた。
Aさんそりゃ建前はそうでしょうけど...。
H教授建設省に言わせると、小型合併だとか農排は下水道が整備されるまでの「つなぎ」にしかすぎない。21世紀の遅くない時期に下水道の普及率を国民の9割にまで上げると公言していた。いまでもその旗は降ろしていないんじゃないかな。
これに対して厚生省は、小型合併は性能面でも下水道と対等の施設だと主張していた。
一方、建設省は小型合併は維持管理がきちんとできていないことが多いじゃないかと反論してた。
Aさんそうなんですか?
H教授うん、それはそうなんだ。浄化槽法では義務付けてあるけど、実効性のある罰則がなく、実際の法定検査率が低いのは事実。
Aさんじゃ、やっぱり下水道の方がいいのかなあ。
H教授確かに都市部では下水道の方が効率的だよ。
でもねえ、田舎みたいなところじゃ、延々と下水管をはりめぐらさなければいけないから、圧倒的にコストが高くつく。
ウルグアイ・ラウンドで公共投資の大幅増を国際公約にしちゃったから、多くの市町村が下水道に飛びついたんだけど、下水道は金喰い虫で、それで自治体赤字がぐっと膨らんだという話もある。
それに下流でまとめて処理してから放流するわけだから、その間の河川の水量が低下するという問題だってある。
個人的見解だけど、現在の普及率はほぼDID(Densely Inhabited District/人口集中地区)人口に達した【14】んだから、面的整備よりも高度処理【15】したり、合流式【16】の欠陥是正の方に転換すべきじゃないかな。
Aさん高度処理? 合流式?
H教授高度処理は富栄養化対策で窒素やリンなどを処理すること。また、都市部では雨水排除という機能も持たせるため、雨水も一緒に処理することが多く、これを合流式というんだけど、大雨のときは汚水と一緒になって未処理のままオーバーフローしちゃうんだ。
Aさんでも小型合併は維持管理の問題があるんでしょう?
H教授平成6年度から市町村が事業主体になって各家庭に小型合併を設置し、使用料金等を徴収して維持管理も市町村が行うという事業に対する補助制度もスタートした。これがもっともリーズナブルだと思うな。
小型合併の管理者が各家庭だなんて言ったって管理できるわけがなく、清掃業者、保守点検業者任せにしかならないんだから、遅きに失したとさえいえるんじゃないかな。
Aさんところで単独浄化槽というのはどうなったんですか。
H教授うん、これも長い間の懸案だったけど、ようやく平成12年に浄化槽法が改正され、単独浄化槽は原則禁止となった。いままでの単独浄化槽は「みなし浄化槽」ということで、更新の時期が来るまではそのままということになったけど。
Aさんふうん、で、センセイのところはどうなってるんですか。
H教授(小さく)中古住宅で単独浄化槽だった。
でも市役所に聞いたら、下水本管があと100メートルほどのところまで来ていて、1〜2年内に下水道区域になるので、補助制度はないし、二重投資になるのは資源の無駄遣いになるからそのままにしてるんだ。
Aさんでもまだ下水道区域になってないんですね。
H教授一体どうなってるんだろう。まったくお役所仕事というやつは。
(急いで話題を変えるように)それからね、下水道は特別会計で独立採算が原則なんだけど、多くの自治体では赤字になっていて、一般会計から赤字補填してることがよくあるんだ。でも、これなんか、恩恵を蒙らない人々の税金と合わせて補填してるんだからおかしいよね。ましてや小型合併で処理している人の税金を使うなんてとんでもないことだ。
それからせっかく小型合併にしても、何年かして下水道区域になれば下水道への接続義務が生じるんだ。これも二重投資だからやめるべきだよね。
Aさん(聞いてない)ふうん、センセイのところはまだ単独浄化槽なんだ、この環境の時代に。雑排水を垂れ流しているんだ。ふうん。
H教授(消え入るように)だから、てんぷら油なんかはふき取ってるし、味噌汁だと米のとぎ汁だとかそんな濃厚な排水は裏の庭に撒いてるよ。クルマだって7年間いちども洗車してないよ。
そんな目でみるなよ。だって仕方ないじゃないか。
Aさんはいはい。で、浄化槽の方の問題はないんですか。
H教授いっぱいあるよ。まずは窒素、リンも処理できるような技術開発だよね。それからあとは下水道も共通だけど、水洗では大量に水を使うよね。やっぱり、節水型の水洗便所とそれに対応した浄化槽開発が必要じゃないかな。さらには浄化槽排水や下水道排水の中水としての循環・再利用。
それから浄化槽汚泥【17】なんだけど、現在は大半がし尿処理施設や下水に投入され、最終的には脱水・乾燥したあと焼却処理している。これを有機農業【18】、環境保全型農業【19】とリンクさせて、農地還元【20】するシステムづくりだとか、ローカルな循環型社会を考える際に浄化槽抜きでは考えられないね。
Aさんところで浄化槽の主管省庁は厚生省から環境省になりましたよね。建設省、つまり今の国土交通省だとか農水省との関係はどうなんですか。やっぱり縄張り争いみたいなものがあるんですか?
H教授今は3省の連絡会議みたいなのもあるし、昔のようなことはないと思うけど、浜の真砂とお役所の縄張り争いはなんとやらというから、見えないだけであるのかもしれない。ま、いい意味での競争ならいいんじゃないの
それにどれも補助事業なんだから、むしろ受け皿の都道府県の方で政府のタテ割りの弊害をなくすような組織的な措置を取ればいいと思うよ。
Aさんセンセイはそういう意味での縄張り争いに巻き込まれたことはなかったんですか?
H教授昔、ボクも水質規制課時代、よんどころない事情で、汚濁小河川を直接浄化するという補助制度を創設しなければならない羽目にあったことがあったんだけど、これなんてこの3省庁の事業や建設省河川局の事業との隙間事業で競合しかねないものだったね。
Aさんへえ、面白そう。その話をしてくださいよ。
H教授もう時間切れだ。また、こんどね。
Aさんなあんだ、つまんないの。
今度は年明けですね。
H教授そう年内にちゃんと卒論のメドをつけろよ。
じゃ、読者のみなさまも、少し早いけど、よいお年を。