No.139
Issued: 2008.02.28
シリーズ・もっと身近に! 生物多様性(第8回)森林 ─生物多様性の宝庫─ 生物多様性条約COP9での詳細検討に向けて
現存する陸地の生物多様性の8割が森林地域にあるという推定値があります。特に熱帯雨林は生物多様性の宝庫といえます。
生物多様性条約においても、森林は海洋・沿岸域と並んで早い段階から議論の俎上に上ってきました。ただ、森林の国際交渉は、まさにいばらの道。過去には、生物多様性条約誕生の契機となった1992年の地球サミット(リオ・デ・ジャネイロ、ブラジル)において、世界森林条約の採択の交渉が決裂した経緯もあります。
2008年5月の生物多様性条約第9回締約国会議(COP9、ドイツのボンにて開催)では、集中的に議論する項目の一つとして「森林の生物多様性」が予定されています。各国が条約の目的達成のための活動を実施していくに当たって、どんな障害があるのか、どのような方法や能力開発が必要かなどの議論が予定されています。
森林破壊の国際的動向
国連食料農業機関(FAO)が5年おきに発表している世界森林資源評価(Global Forest Resources Assessment: GFRA)の2005年版によると、2000〜2005年の間に、毎年1300万ヘクタールの森林が破壊されたとしています。植林等を差し引いても730万ヘクタールが失われた計算になります。これは、世界の森林面積の0.18%に相当します。森林の消失速度は、差引の純減で1990年から2000年の間に年間で890万ヘクタールでしたから、2000〜2005年における世界の森林の破壊と劣化の進行速度はやや和らぎつつあると言えますが、依然として危機的な状況にあることに変わりはありません。
森林破壊や質の劣化は1980年代から注目を集め、報道メディアでも大きく取り上げられてきましたが、対応はなかなか進んでいません。
森林をめぐる国際交渉: 南北の対立
1992年の地球サミットでは、世界森林条約の採択が見送られた代わりに「森林に関する原則声明」が採択されています。森林の保全や利用を巡る国際交渉は、ことあるごとに意見の対立が先鋭化してきまいた。背景には、保全を優先する先進国の思惑と、多くの貧困層を抱え、開発や利用を優先させたい発展途上国の意向の違いがあります。結果として、先進国は世界規模での共通した行動や計画を呼びかけ、他方、発展途上国は自国の主権や権利を繰り返し主張してきました。
5億人以上の最貧困層の人々が生活を何らかの形で森林資源に依存しているという現実の中、生物多様性の保全に大きな影響を及ぼす森林の保全と利用めぐる議論には、各国の主張の対立が目立ち、なかなか一筋縄にいかないことをこれまでの歴史は示しています。
生物多様性での議論: 森林の作業計画
生物多様性条約では作業計画(programme of work)がまとめられ、冊子などの形で締約国政府を含む関係団体に広く告知されます。各国の状況や文脈に応じ、締約国が条約の目的を実行するような政策を立案していく際の参照資料として活用されることを意図したものです。
作業計画は、ガイドライン・原則と同様、条約を実施していくためのツールの一つですが、政府、民間、市民団体など関係団体が実行できる活動のリストにもなっており、ガイドライン等よりも実用的なニュアンスの強いものになっています。いわば、分野や目的に応じて使える政策・活動のア・ラ・カルトのメニュー表と言えるでしょうか。
森林の作業計画は1998年に採択され、2002年に拡大作業計画へと修正されました。生物多様性条約の7つのテーマ領域において、順次作業計画が採択されてきましたが、森林分野の作業計画は、海洋・沿岸域や内陸水の分野と並んでいち早く活発な議論が交わされてきました(ちなみに、農業と乾燥地及び半湿潤地は2000年の作業計画採択、また山岳は2004年、島嶼は2006年に作業計画が採択されています)。
修正以来6年を経て、COP9における詳細検討では各国の実施状況の把握、実施への障害要因が特定される予定です。
森林の拡大作業計画は、計画要素、目標(goal)、指針(objective)、活動(activity)の4段階から構成されています。計画要素は3項目あり、各々の計画要素の中に3から5の目標があります。各目標の下に、27の指針と130の活動があり、他のCBDの作業計画と比較しても詳細なものとなっています。
計画要素1 保全、持続可能な利用、アクセスと利益の配分 | |
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目標1 | 全てのタイプの森林に対するエコシステム・アプローチの適用 |
目標2 | 森林の生物多様性に対する脅威の軽減 |
目標3 | 森林の生物多様性の保護、回復、及び再生 |
目標4 | 森林の生物多様性の持続可能な利用の推進 |
目標5 | 森林の遺伝資源に対するアクセスと利益の共有 |
計画要素2 制度的・社会経済的実施環境 | |
目標1 | 制度的実施環境の向上 |
目標2 | 森林の生物多様性の減少を招くような意思決定の原因となる、社会経済的失敗・歪曲の是正 |
目標3 | 教育、参加、及び関心の向上 |
計画要素3 知識、測定、及びモニタリング | |
目標1 | 森林の生物多様性の現状と変化の測定方法を改善するための森林の区分方法の確立、地球規模から森林生態系規模に至るまでの分析の実施 |
目標2 | 森林の生物多様性の現状と変化の測定方法に関する知見の改善 |
目標3 | 森林の生物多様性の役割と生態系の機能に関する理解の向上 |
目標4 | 地球規模でのデータベースを開発するとともに、森林の生物多様性をモニタリングするための技術の改善 |
最初の計画要素(以下;計画要素1)は、条約全体の三つの目的を実践していくための内容であり、タイトルもそのまま「保全、持続可能な利用、アクセスと利益の配分」となっています。
計画要素2は、「制度的・社会経済的実施環境」で、法律、組織、教育訓練などに関連した項目となっています。
計画要素3は、「知識、測定、及びモニタリング」という科学技術の発展と改善に関わるもので、主に基調データの測定や収集についての項目になっています。
拡大作業計画では、社会経済分野からモニタリングなど技術的な要素まで幅広くカバーしています。すべての活動が各国で実施されることが理想ですが、各国の状況や文脈に応じて優先する項目も異なることから、現場での実施についての多くは締約国政府の裁量に委ねられています。ただ、作業計画は政府だけではなく、非政府組織、民間セクターの活動や方針を検討する際の参照として活用できるように意図されています。
国内のローカルな活動であっても、作業計画の中での位置づけが明確に把握できれば、政府との連絡やメディアへの広報活動に役立てることができます。
作業計画は各国への法的な拘束力はありませんが、条約で採択された目標や活動ということもあって、政府機関においては予算の折衝、非政府組織では広報やプロジェクトの作成の際に参照することが多いようです。
条約全体の2010年目標との関連性
条約全体の目標として掲げられたものとして、『2010年目標』があります。これは、「2010年までに、地球、地域、国レベルで、貧困緩和と地球上すべての生物の便益ために、生物多様性の現在の損失速度を顕著に減少させる」というもので、20程度の指標で進捗状況を図ることとしていています。森林の拡大作業計画との関連では、持続可能な利用の分野における以下の2つの指標が重要となってきます。
・持続可能な管理下にある森林、農業、及び水産業生態系の面積
・持続可能な供給源からもたらされる製品の割合
最初の指標については、そもそも持続可能な森林経営はどのようなものなのか、その定義が重要となります。現状では、地域や森林タイプ別のさまざまな国際プロセスの中で、バラバラに定義されていると言えます。生物多様性条約に限らず、「森林」「持続可能な森林経営」など森林に関わる用語の定義は、自国の主権や先住民族の権利と相まって国際的な合意が課題となっています。実務的には「持続可能な森林経営」については便宜的に国連食糧農業機関(FAO)の定義が提案されるなど、暫定的な措置が取られています。
2番目の指標は、いまだ開発中ですが、持続可能な供給源であることを証明する森林認証や有機農業の認証が注目されています。製品の材料が持続可能な形で生産されることも重要ですが、さらに踏み込んで、その流通過程や労働条件などにも配慮した認証が登場しています。
一方で、条約事務局が発行している地球規模生物多様性概況第二版(GBO2)では、「認証されているのは全体の生産システムの一部に過ぎず、認証は市場の需要と持続可能な生産に関する意識について情報を提供するが、持続可能な利用に関する包括的なものではなく、認証製品のトレンドがそのまま持続可能な利用の進捗状況とはならない。例えばFSCという森林認証は世界の森林面積の1.5%をカバーしているに過ぎない」(p.37)と指摘しています。
森林関連分野における2010年目標の指標は、用語の定義や指標が曖昧で、なかなか世界規模での実態把握が進んでいないのが実情です。結果として、実施面では締約国各国の裁量で文脈に応じた努力や工夫が求められることになります。
新しい議論と展望
近年では、バイオエタノールの原料生産の拡大や、気候変動枠組条約における植林・プランテーションの評価など、生物多様性の保全に影響を及ぼす新しい要素が注目されています。
2008年5月のCBDのCOP9で集中的に議論する項目の一つとして予定されている森林の生物多様性の問題。まずは、COP9に向けて土台の文書が検討される、同年2月の第13回科学技術助言補助機関(SBSTTA)の動向に注目が集まります。
森林分野では、紛糾しがちであった過去の経緯を踏まえて、文言の交渉に留まらず、森林の拡大作業計画や2010年目標に沿った実施面の情報の把握や促進が、条約と作業計画の有効性を示す上で鍵となりそうです。同時に、海洋・沿岸域、内陸水、農業、乾燥地及び半湿潤地、山岳、島嶼を横断して、生態系の複雑さに柔軟に対応しながら管理をしていくエコシステムアプローチを、科学や技術の専門分野やセクターを越えて推進していくことも求められます。
SBSTTA13の速報
2007年2月18日から22日までにローマのFAO本部で、第13回科学技術助言補助機関(SBSTTA)が開催され、締約国会議への推薦と言う形で、文書が採択されました。
気候変動枠組条約や国連森林フォーラム(UNFF)との連携強化の必要性が確認される一方で、バイオエタノール等に関する議論についての結論は持ち越される形となっています。
会議において、決議の文言についてコンセンサスが得られない場合には、文書を[ ]で括られた状態にして、合意の得られた文書と区別します。「ブラケットに入っている」という言い方をし、交渉が難航したことを伺わせ、今後も交渉が必要であることを意味します。5月に予定されているCOP9では、このブラケットを取り除く作業を粘り強く交渉しながら、会議中に締約国などから提唱される新しい提案、アプローチ、文言が交渉されることになります。
関連情報
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記事・写真:香坂玲
〜著者プロフィール〜
香坂 玲
東京大学農学部卒業。在ハンガリーの中東欧地域環境センター勤務後、英国UEAで修士号、ドイツ・フライブルク大学の環境森林学部で博士号取得。
環境と開発のバランス、景観の住民参加型の意思決定をテーマとして研究。
帰国後、国際日本文化研究センター、東京大学、中央大学研究開発機構の共同研究員、ポスト・ドクターと、2006〜08年の国連環境計画生物多様性条約事務局の勤務を経て、現在、名古屋市立大学大学院経済学研究科の准教授。
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