No.287
Issued: 2023.4.10
昆明・モントリオール生物多様性枠組の採択と今後の政策課題 一般財団法人自然環境研究センター上級研究員・国連大学サステイナビリティ高等研究所プログラムマネージャー 渡辺綱男
2022年12月に生物多様性条約COP15(パート2)がモントリオールで開催され、新たな世界目標、「昆明・モントリオール生物多様性枠組(以下、新枠組)」が採択されました。2010年に愛知・名古屋で開催されたCOP10で愛知目標が採択されて以来、12年ぶりの生物多様性に関する新たな世界目標です。新たな世界目標のポイントとこの合意を受けた日本の政策の方向や課題について解説します。
1.愛知目標の達成状況の評価
2020年9月に生物多様性条約事務局は、地球規模生物多様性概況第5版(GBO5)を公表しました。生物多様性条約事務局が、各締約国の国別報告書や2019年5月に公表されたIPBESアセスメント「生物多様性と生態系サービスに関する地球規模評価報告書」等をもとに、2010年に採択された愛知目標(戦略計画2011-2020と愛知目標)の達成状況を評価したものです。その結果は、愛知目標の実施に関してかなりの進捗が見られたものの、20の個別目標の中で完全に達成できたものはないというものでした。そして長期目標として掲げられた「自然との共生」の実現のためには、「今まで通り(business as usual)」からの脱却、社会変革が必要という点が強調されました。さらに個別ではなく連携した対応が不可欠であり、それにより生物多様性の損失を止め、増加に転じさせることで2030年以後に生物多様性のネットゲインが実現する可能性があると指摘しました。
生物多様性の問題だけを切り離して対応するのではなく、気候変動、防災・減災、土地利用、農林漁業、消費、水、健康など持続可能な社会づくりにとって重要な他の課題への対応と連携していくことの重要性がこれまで以上に高まったことを示しています。
2.新たな世界目標の採択
2018年10月に開催されたCOP14の決定を受けて、新たな世界目標(ポスト2020生物多様性枠組と呼ばれた)の検討プロセスが開始されました。しかし、新型コロナウィルス感染拡大の影響を受けて、当初2020年の採択を目指した検討スケジュールは大幅に遅れました。2022年12月に中国が議長国、カナダがホスト国となり、生物多様性条約COP15(パート2)がモントリオールで開催され、そこで新たな世界目標が採択されたのです。当初の開催予定地だった中国・昆明と実際の開催地となったカナダ・モントリオールの名を冠して「昆明・モントリオール生物多様性枠組」という名称になりました。
愛知目標では、自然との共生という長期目標のもと、2020年までの10年間のミッションとして、「生物多様性の損失を止めるため緊急の行動をとる」ことが掲げられました。愛知目標の達成状況の評価結果も踏まえて、今回の世界目標では、自然との共生という長期目標を維持しつつ、2030年までのミッションとして、「自然を回復の軌道に乗せるために生物多様性の損失を止め反転させるための緊急の行動をとる」ことが掲げられました。今より自然を増やす、豊かにするというものです。このミッションの考え方は、広くネイチャーポジティブとも呼ばれ、これからの政策展開の重要なキーワードとなりました。
- 新枠組全文(英語):https://www.cbd.int/gbf/
- 新枠組全文(日本語仮訳):https://www.env.go.jp/content/000107439.pdf
3.昆明・モントリオール生物多様性枠組のポイント
新枠組では、2050年ビジョンとして、「自然と共生する世界」が掲げられました。COP10で日本提案により位置付けられた長期目標ですが、COP10以降にその考え方の重要性が国際社会に浸透し、今回も長期目標として維持されたものと言えます。このビジョンのもとに2050年に達成されるべき状態として4つのゴール(A保全、B持続可能な利用、C遺伝資源へのアクセスと利益配分、D実施手段の確保)が設定されました。そして、2050年ビジョン実現への足掛かりとして、前述のとおり、自然を回復軌道に乗せるための2030年ミッションが示されました。このミッションの具体化のために23の行動指向型の目標、2030年ターゲットが設定されたのです。これらのターゲットは、生物多様性への脅威を減らすための目標(目標1〜8)、人々のニーズを満たすための目標(目標9〜13)、ツールと解決策に関する目標(目標14〜23)から構成されています。
このなかで注目されるターゲットの内容を次に紹介します。
【地域空間の保全・再生: 目標1,2,3】
大きく注目されたのが「30by30目標」とも呼ばれた目標3です。陸域と海域の30%以上を保護地域とOECMs(保護地域以外の生物多様性の保全に資する地域−詳しくは後述)によって効果的に保全するという、非常に野心的な目標です。単に面積の確保だけでなく、質の観点も重要との指摘があり、生態系の代表性や連結性、衡平な統治、より広域のランドスケープやシースケープへの統合といった観点も盛り込まれました。
目標3による重要地域の保全に加えて、目標2では、劣化した生態系の30%以上を効果的に再生・回復することが掲げられました。自然を回復の軌道に乗せるうえで、非常に重要な目標と言えます。そして、これらの保護地域とOECMsと生態系の再生・回復のための取組をバラバラではなく、相互に結びつけて、広域の地域空間の中で統合的にデザインしていくことが必要です。そこで目標1では、すべての地域が生物多様性に配慮した空間計画及び/または効果的な管理プロセスのもとに置かれることを求めています。計画や管理プロセスにおける参加型で統合的なアプローチの重要性も盛り込まれました。
広域の地域空間における生態系のつながりや階層性に着目し、多様な主体の協働を重視するランドスケープ・アプローチによって、これらの目標1,2,3を一体的、統合的に実施することが有効であると考えています。さらに種・遺伝子の保全(目標4)、外来種対策(目標6)、農林漁業の持続的管理(目標10)など他の目標との関連性を考慮していくことも重要と言えます。
【自然を活用した解決策(Nature-based Solutions): 目標8,11】
新枠組の議論の中で、気候変動対策と生物多様性保全の連携が重要なテーマとなりました。気候変動対策と生物多様性保全を両輪で進める懸け橋として注目されるキーワードが、自然を活用した解決策(Nature-based Solutions)です。
目標8は、自然を活用した解決策等による緩和・適応、防災・減災の行動を通じて、気候変動による生物多様性への影響を最小化し、レジリエンス(回復力)を強化するための目標です。気候変動対策が場合によっては生物多様性を損なう事例(メガソーラーや風力発電の立地が貴重な自然環境に及ぼす影響など)も指摘されていることから、気候変動対策による生物多様性への負の影響を最小化し、正の影響を向上させる必要性も盛り込まれました。
目標11は、気候変動の文脈に留まらずに、自然を活用した解決策等を通じて、大気・水・気候等の調節機能や災害リスクの低減などの生態系の機能とサービスを含む「自然の寄与」を回復・維持・強化するための目標です。
気候変動対策(カーボンニュートラル)と生物多様性保全(ネイチャーポジティブ)のどちらも喫緊の課題です。例えば気候変動に伴う高潮や豪雨災害への適応策として、コンクリート構造物による対応だけでなく、海岸林、河畔林、湿地の保全・再生等の自然の働きを活用した対応を積極的に組み込むなど、気候変動対策と生物多様性の保全を両立させ、両者の相乗効果(シナジー)を高めていくことが強く求められます。
【ビジネスと生物多様性: 目標15】
国際的な自然保護団体や投資家によって2021年6月に設立された「自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD: Task force on Nature-related Financial Disclosures)」が、企業の情報開示のための国際的な枠組づくりを進めており、2023年9月に開示枠組の公表が予定されていることを背景として、企業活動と生物多様性の関連について新枠組でどう位置付けられるかも大きく注目されました。COP15には日本を含め世界各国から多くの企業や投資家が参加し、ビジネスや金融に関するサイドイベントも活発に展開されました。ビジネス界から700〜1,000の企業が参加したとの報道もあり、これまでにないほどにビジネス界の関心や関与が高まったと言えます。
企業活動は地球上の生物多様性に影響を与える一方で、生物多様性(自然資源)に依存しており、生物多様性の損失は原材料調達などにおけるリスクを企業にもたらします。目標15は、企業に生物多様性に与える影響やリスクの把握、評価、開示を求めることを通じて、影響やリスクの低減につなげていこうとするものです。具体的には「ビジネスが生物多様性に係るリスク、生物多様性への依存、影響を定期的にモニタリングし、評価し、情報開示することを奨励し、特にすべての大企業及び多国籍企業、金融機関には、事業活動、サプライチェーンやバリューチェーンを通して、またポートフォリオにわたって、評価・開示を確実に実施することを要求するため、法律上、行政上、または政策上の措置を講じる」といった内容が盛り込まれました。
今後、TNFDの開示枠組の公表という動きとも相まって、企業活動に伴う生物多様性への影響やリスクの評価・開示が実効ある形で進められると同時に、新枠組全体の実施にビジネス界が積極的に貢献していくことが期待されます。これは企業にとってのリスク対策であり、大きな機会ともなり得ると考えられます。
新枠組では、上述の30by30目標(目標3)や劣化した生態系の30%以上の再生・回復(目標2)のほか、侵略的外来種の導入率、定着率を50%以上削減(目標6)、環境への栄養分流出の半減、農薬リスクの半減(目標7)、世界の食料廃棄の半減(目標16)、補助金を含む生物多様性に有害なインセンティブを2030年までに少なくとも年間5,000億ドル削減(目標18)、2030年までに少なくとも年間2,000億ドルの資金を動員(目標19)などの数値目標が数多く盛り込まれたことも重要な特徴としてあげられます。生物多様性条約のエリザベス・ムレマ事務局長も会期中、様々な場で数値目標設定の必要性を強調しました。
また、新枠組には、先住民及び地域社会の権利や知識の尊重、政策決定への参加の確保をはじめ、人権の尊重、ジェンダーの平等、世代間の衡平性、ユースの参加の確保など、様々な立場の人たちとの協働によって取組を進めていくために重要な視点、表現が各所に書き込まれたことも大きな特徴と言えます。
今後に議論が持ち越された重要な議題も多くあります。新枠組の世界レベルでの進捗を測るための指標(ヘッドライン指標)の詳細、地球環境ファシリティ(GEF)への設置が決まった新枠組実施支援のための新たな基金(GBF基金)の詳細、遺伝資源に関するデジタル配列情報(DSI)の利用による利益の配分メカニズムなどの議題です。これらについては、2024年開催予定のCOP16に向けて追加の議論が進められていくことになりました。
また、新枠組の進捗をモニタリング・評価するレビューメカニズム(各締約国は生物多様性国家戦略をCOP16までに改訂/国別報告書をCOP17・19に向けて提出/新枠組の進捗状況を把握する「グローバルレビュー」の実施/「グローバルレビュー」の結果を国家戦略に反映)も決定されました。
4.今後の政策の方向と課題
上述したように、新枠組には2030年に向けてネイチャーポジティブを実現していくために重要かつ野心的な目標が掲げられたと言えます。今後、日本としてこの新枠組の実施を如何に進めていくかが問われています。
2023年3月31日、新枠組を踏まえた「生物多様性国家戦略2023-2030」が閣議決定されました(「生物多様性国家戦略2023-2030」の閣議決定について)。その中で、ネイチャーポジティブ実現のための5つの基本戦略(1.生態系の健全性の回復、2.自然を活用した社会課題の解決、3.生物多様性・自然資本によるリスク・機会を取り入れた経済、4.生活・消費活動における生物多様性の価値の認識と行動、5.生物多様性に係る取組を支える基盤整備と国際連携の推進)が示されるとともに、行動計画として、24の行動目標ごとに関係省庁の施策が掲げられました。今後、国家戦略の効果的な実施と各地域の特徴を活かした地域戦略の策定・改定の進展が期待されます。
新枠組で大きく注目された30by30目標に関して、環境省は2022年4月に目標実現のための30by30ロードマップを策定し、多様な主体によって目標を実現するための30by30アライアンスを立ち上げました(30by30ロードマップの策定と30by30アライアンスの発足について)。そして、ロードマップを受けて、日本の特徴を活かしたOECMs(保護地域以外の生物多様性の保全に資する地域)の仕組みが2023年4月から動き出します。OECMsには、例えば、市民団体や地域の協働によって保全されている里山、鎮守の森、企業の水源林、林業経営と生物多様性の両立を目指す森林、都市内の緑地など、民間や自治体の取組を通じて保全されている様々な地域が含まれます。環境省では、こうした地域を「自然共生サイト」として認定する仕組みを、2023年4月から立ち上げて、2023年中に全国で100か所以上の自然共生サイトを認定することを目指しています。今後、国立公園などの「保護地域の拡大と管理の質の向上」、「自然共生サイトの設定・管理」、そして新枠組の目標2に掲げられた「劣化した生態系の再生・回復」を、地域空間のなかで、相互に結び付けながら効果的に統合的にデザインしていくことが求められます。
COP15では、SATOYAMAイニシアティブ国際パートナーシップ(IPSI)の創設10年を記念したサイドイベントも開催されました。10年間の歩みを振り返るとともに今後の活動の方向について議論が行われました。IPSIでは、世界各地の現場で生産活動と生物多様性保全の両立を目指す中で得られた知見を踏まえて、ランドスケープ・アプローチの重要性を提唱してきました。広域の地域空間における生態系のつながりや階層性に着目し、多様な主体の協働を重視するランドスケープ・アプローチによって、新枠組の地域空間の保全・再生に関する目標1,2,3の一体的、統合的な実施に貢献することもIPSIの今後の重要な活動と考えています。
2021年から2030年は、国連生態系回復の10年(UN Decade on Restoration)に指定されています。これは、「もはや保全努力だけでは間に合わない。生態系を積極的に再生・回復させていく創造的なアプローチが必要」という認識から提案されたもので、生物多様性条約COP14からの要請を受け、第73回国連総会で採択されました。自然生態系だけでなく、農地や都市の生態系など、あらゆる生態系の再生・回復を国連加盟国に求めるものです。国連環境計画(UNEP)と国連食糧農業機関(FAO)が主導機関となり、ユネスコ、世界保健機関(WHO)、世界銀行、国連大学など、多くの機関がパートナー機関となって活動が進められています。生態系の再生・回復を通じて、生物多様性の保全に加え、SDGs、気候変動対策、食料システムなど多様な課題に貢献していくことが目指されています。日本として、新枠組の実施とも関連付け、この国連の10年に積極的に貢献していくことも重要な課題です。
2023年2月には、ビジネス、市民団体、自治体、政府機関など多様なステークホルダーの連携の場である2030生物多様性枠組実現日本会議(J-GBF、会長:十倉雅和経団連会長)が開催され、J-GBFとしてのネイチャーポジティブ宣言が発表されました。ネイチャーポジティブの実現のためには、生物多様性の問題だけを切り離して対応するのではなく、気候変動、防災・減災、土地利用、農林漁業、消費、水、健康など持続可能な社会づくりにとって重要な他の課題への対応と連携していくことが欠かせません。そのためには、これまで以上に幅広く柔軟で皆が主役のパートナーシップが必要です。COP15の様々な会場で“whole-of-society approach”という言葉を幾度となく聞きました。“whole-of-government”(すべての省庁の連携)に加えて、“whole-of-society”(社会全体の協働)によるアプローチが今後の政策展開にとっても重要な鍵になると考えています。
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〜著者プロフィール〜
渡辺綱男
1978年に環境庁入庁。全国の国立公園、世界遺産や野生生物管理に携わる。自然環境計画課長、審議官を経て2011年1月より自然環境局長。2010年10月に愛知県名古屋市で開催された生物多様性条約COP10の準備事務局長を務めるなど、国内・国際両面から生物多様性政策に関わる。2012年8月に環境省を退職後、(一財)自然環境研究センターや国連大学サステイナビリティ高等研究所に勤務。2021年にSATOYAMAイニシアティブ国際パートナーシップ(IPSI)事務局長就任。
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