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No.284

Issued: 2022.02.28

生まれたての生態系を守るために 〜西之島における総合学術調査と保護担保措置の検討〜(自然環境研究センター・森 英章)

目次
1.生物不在の海洋島が形成されたことの科学的価値とは
2.西之島の価値の証明と保全のための検討
3.特別な島を調査するための、最大級の環境配慮対策
4.なかなか上陸できない島における調査手法の技術開発
5.西之島生態系の始まりの記録
6.生まれたての生態系をみなさんと守るために

西之島の変化(2019年から2021年)[画像クリックで拡大]

 2013年、西之島の南東の海域から新たな島が顔を出し、元の島を飲み込む形で島が成長しました。溶岩と火山灰が大地を覆うことでリセットボタンが押された島は、海洋島において生物がどこから、どの順でたどり着き、生態系を構築していくのかを知ることができる、いま世界で唯一の場所です。

 世界自然遺産小笠原諸島の稀有な生態系の起源を知ることにもつながる貴重な場所において、その科学的価値を明らかにするための調査、およびその価値を保全するための検討が始まりました。


1.生物不在の海洋島が形成されたことの科学的価値とは

生物不在の海洋島が形成された科学的価値 [画像クリックで拡大]

 西之島は東京から南に約1,000kmも離れた小笠原諸島に属し、最寄りの父島(有人島)からでも130km離れた孤島です。2021年の噴火によって大量の軽石を噴出して、沖縄・奄美などに深刻な被害をもたらした福徳岡ノ場と同じ火山列に位置し、特に近年は活発な火山活動が見られるようになりました。

 新たに現れた島としては、アイスランドのスルツェイ島(2008年世界自然遺産に指定)などが知られ、その生態系の遷移が観察されています。ただし、陸地が近隣にあることから、その影響を大きく受けています。一方、他の陸地から遠く離れた西之島は、小笠原、ガラパゴス、ハワイのような洋上の孤島において、生物はどこから、どの順で到達し、生態系を構築していくのか、海洋島における生態系の起源を知ることができる千載一遇の機会を提供してくれています。また、人が住む地域からも遠く離れていることから、人間の影響をほとんど受けることなく遷移を観察することができる稀有な場所となっています。


2.西之島の価値の証明と保全のための検討

西之島の価値を保全するための検討 [画像クリックで拡大]

 2016年までの小笠原諸島世界自然遺産地域科学委員会等における議論や東京大学・森林総合研究所を中心に行われた調査の結果を受けて、2017年から環境省により「西之島の価値と保全に係る検討委員会」が組織され、生物から地質まで幅広い分野の専門家により、西之島の科学的価値の検討が進められることとなりました。そして、科学的価値を把握する過程として、総合学術調査の必要性が議論され、総合学術調査隊を組織、現地調査を実施することになりました。

 西之島には森林もなく、固有種が多いこともありません。これまでの保全地域の検討とは全く異なる、「何もないことの価値、始まりを知ることができる価値」は、現状の価値基準と照らし合わせるのが難しい部分もありますが、海洋島の生態系の歴史が始まる瞬間という、世界でも例のないチャンスを人の手で歪めてしまうことのないよう、確かな保全を計画することが重要です。2020年まで5回にわたって行われた委員会の検討結果は「西之島の価値と保全に係る検討委員会提言」としてまとめられています。

 現在は「西之島のモニタリングのための準備会」において継続的な調査の計画や評価が行われています。最新の科学的価値を明らかにした上で、今後は小笠原諸島に関連する行政機関、地域団体と連携して、保護担保措置の具体案が練られていく予定です。


3.特別な島を調査するための、最大級の環境配慮対策

特別な島を調査するための最大級の環境配慮対策 [画像クリックで拡大]

 西之島の価値を調査することで西之島の生態系やその遷移に影響を与えることは、絶対に防がなければならないことです。特にほとんど何もいないような生態系のスタート段階では、侵入した生物がパイオニアとして作用して、その後の生態系の方向性に大きな影響を与えるでしょう。どのように生物の侵入リスクを最小限に抑えることができるか、調査隊が集まって何度も検討を重ね、万全の準備をしました。

 まずは、調査船を隊員生活のベースとして食糧など可能な限り有機物を島に運ばず、種子の生きた植物は食べないことに始まります(もちろん携帯トイレは準備しますが、スルツェイ島に生えたトマトはお腹のアクシデントによるのではとの記録もあるため)。船は事前にトラップ等も用いて検疫するとともに、出港は日中として夜行性の昆虫が船のライトに集まり便乗することを避けます。そして、上陸用の物資は可能な限り全て新品で準備します。全ての物資を入念に検疫した上で燻蒸処理済みの部屋に保管、運搬しました。

 さらに、2019年時点の西之島は旧島部とそれ以外の地域では生物相の豊かさが大きく異なっていると予想されたため、地域間の生物の移動も避けられるよう、上陸物資を地域ごとに仕分けて準備しました。最後は海水洗浄です。直接に船を上陸させることはせず、調査隊は頭まで海水に浸かってから上陸(100mほどは泳いで渡れるよう、過酷な泳力トレーニングもしました)、調査物資も防水バッグ等に封入して海水で表面を洗い流してから持ち込みました。


4.なかなか上陸できない島における調査手法の技術開発

なかなか近づけない島における調査手法の開発 [画像クリックで拡大]

 検討開始当初は2017年から複数年をかけた上陸調査が計画されていたものの、計画が始まったばかりの2017年4月に再噴火、2018年7月は調査に訪れたところ再噴火、2019年は調査の3か月後に再噴火しました。これほど頻繁な火山活動に見舞われる中で、人が上陸する調査で継続的なモニタリングをすることは困難です。しかし、生態系は既にスタートしているので、いつ大きな変化があるかはわかりません。西之島の科学的価値を確認するには安全に継続的にモニタリングする方法の開発が必要でした。

 そこで、機器を用いた遠隔調査の技術開発と実践が始まりました。上陸調査の代わりには、ドローンが活躍します。撮影による鳥類の生息個体数、植生の分布面積の調査は基本ですが、それだけではありません。録音機、カメラ、温湿度ロガーなどの機器を運搬して設置し、次の調査で回収することにより、長期データを収集します。さらなるチャレンジは、サンプリングです。掃除機をぶら下げてホバリングしながら土壌や砂礫を吸引して持ち帰るのです。岩石や土壌微生物の分析試料を島中から(上陸できても人が到達できない火口域などを含め)収集し、また、そこに節足動物や種子が紛れていないかも探索します。さらに、環境DNAを分析して潮間帯生物の到達を調べるために、海岸線での採水も始めました。

 一方、西之島周辺の海域では過去の調査情報がほとんどなく、火山活動による海中のリスクも不明であったことから、潜水調査の前に安全性を確かめることは重要でした。そこで、自律型海中ロボットAUV(Autonomous Underwater Vehicle)を用いることになりました。無線航行により海底の状況を広範囲に撮影することで調査手法や調査地の焦点を絞りやすくなるほか、位置情報の記録と関連させることで生息する生物の面的な記録ができます。また、隊員の潜水調査では到達できない水深30mより深い海域の情報も収集できます。


5.西之島生態系の始まりの記録

西之島の生態系の始まりの記録 [画像クリックで拡大]

 上述の機器を用いた調査も活用しながら、2019年には上陸調査が、2021年には潜水調査が始まりました。

 2019年9月に生物の各分野(鳥類、節足動物、潮間帯生物、植物)、地質、火山活動の専門家による総合学術調査が行われ、初めて西之島の陸地に関する自然環境の全貌が明らかになりました。溶岩に埋もれず残った旧島部では土中で営巣する海鳥を含めて繁殖が確認されたほか、植物や節足動物が残存し、直下の海浜部にも進出していました。潮間帯生物もわずかながら新たな溶岩に定着し始めていました。一方、旧島部から少し離れた南西部の海浜部には生物がほとんど到達していなく、島内でも地域によってその遷移の状態に違いがありました。翌年以降、その変化を追うための調査が継続される予定でしたが、2019年12月からの噴火により旧島部も含めて全て溶岩に飲み込まれ、さらに火山灰が厚く積もりました。2021年にはドローンを用いた調査を中心に情報収集が再開しましたが、海鳥の繁殖はほとんど成功しておらず、植物や節足動物はほぼ消滅した状態となったことがわかってきました。陸域の全域がリセットされ、ゼロから再スタートする段階のようです。

 一方、西之島の生態系は陸だけで完結するものではありません。海鳥が運ぶ海からの有機物が陸上生態系の重要な糧となりますし、降雨に伴って流れ出す陸上からの栄養塩などは海洋生物の糧となります。陸と海のつながりを含めた西之島の生態系の遷移を把握していくべく、海洋生物の調査も始まりました。2021年7月に始まった調査では100種を超える海洋生物が確認され、大きな火山活動からそれほど時間が経たない中でも既に生態系遷移が始まっていること、ただし観察される生物群や生息密度に偏りがあることから、まだ遷移は始まったばかりであることがわかってきました。


6.生まれたての生態系をみなさんと守るために

 「何もいなくなり、そこから始まることの価値」を保全するには、その価値を保全するためのルールを作り、守っていくことが必要ですが、そのためには、その場所の魅力を多くの人に理解していただくことが大切です。西之島はその立地や危険性から、実際に人が近づくことは難しい島ですが、様々な形でこの島の魅力の最新情報をお届けする取り組みが行われています。

 2019年に行われた令和元年度環境省西之島総合学術調査の結果は、出版物として公表されています。2021年に行われた令和3年度環境省西之島総合学術調査の結果についても速報が発表されているほか、最終的な取りまとめ結果についても、今後公表される予定です。小笠原の展示施設、本土の博物館、水族館では特別展が開催されたほか、講演会は調査を進めるごとに開いて最新の情報を共有しています。調査記録映像からは番組が制作され、西之島の最新の魅力が伝えられています。定期船とタイアップして、島の子たちを招待するなどして近海から西之島を観察するイベントも開催しました。子供たちが大人になったころ、同じ時間を過ごした西之島の成長を感じられたらと考えて企画したものでした。

 このような取り組みは、必ずこれからも続けられます。西之島の生態系の変化を皆さんとともに見届けることが、その価値の保全の1歩目です。


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〜著者プロフィール〜

森 英章

大学在学中に小笠原と島に暮らす生物の魅力に取りつかれ、現職では6年間小笠原に赴任。以後、島の陸貝、昆虫の保全を専門に。2017年、南硫黄島学術調査隊への参加を機に、手つかずの自然環境の保全の重要性を再認識、西之島の科学的価値の解明と保全にも本格的に注力。2019年より環境省西之島総合学術調査隊の隊長として取りまとめを担当。
現在、(一財)自然環境研究センター上席研究員。博士(生命科学)。

※掲載記事の内容や意見等はすべて執筆者個人に属し、EICネットまたは一般財団法人環境イノベーション情報機構の公式見解を示すものではありません。