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No.232

Issued: 2014.06.06

「水循環基本法」の成立について(一方井誠治)

目次
法律制定の背景
「健全な水循環」への政府部内での検討
法律制定に向けた動き
「水循環基本法案」のその後の調整
今後の課題

那須塩原市大沼の水辺(写真はイメージ)

 水循環基本法が、議員立法で2014年4月に成立した。法律の前文にもあるように、水は生命の源であり、絶えず地球上を循環し、大気、土壌等の他の環境の自然的構成要素と相互に作用しながら、人を含む多様な生態系に多大な恩恵を与え続けてきた。その水循環が近年の都市部への人口の集中や気候変動等の様々な要因が水循環に変化を生じさせ、渇水、洪水、水質汚濁、生態系への影響等問題を生じさせている。本法は、そのような水循環に関する施策について、その基本理念を明らかにするとともに、これを総合的かつ一体的に推進するための基本となる法律であり、いわゆるプログラム法として制定されたものである。この法律の制定に至るまでには、多くの関係者によるそれぞれの活動があった。本稿ではその経緯を振り返るとともに、その要点及び今後の課題について概説する。

法律制定の背景

 これまで、我が国において水に関連する法律や施策は様々な分野にわたっており、それを担う行政組織も多岐にわたっていた。ざっと見渡してみると、水質を中心とした水環境行政の面では環境省、水道行政は厚生労働省、水資源、河川・海岸行政は国土交通省、工業用水行政は経済産業省、農業用水行政は農林水産省といった具合である。2001年の中央省庁再編以前には、国土庁が独立の組織として水資源行政を管轄していた。
 これらの行政の間では、以前から連絡会議という形で各年における予算獲得の状況などの最低限の情報交換が行われていたが、それぞれの行政組織は別個の目的を持つ個別の法律によって行政が行われていたこともあり、必ずしも行政相互の実質的な調整が行われていたとは言い難かった。特に、「健全な水循環」という概念は、環境全般を所管する組織として1971年に設立された環境庁においても当初から自覚されていたものではなかった。

「健全な水循環」への政府部内での検討

健全な水循環系の構築(出典:国土交通省)
[拡大図]

 しかしながら、公害対策基本法が廃止されて新たに1993年に環境基本法が制定され、さらに翌年、国の環境基本計画が策定されるという状況の中で、関係省庁の担当者の間で、これまでばらばらに所管されてきた水関連行政を「健全な水循環」という視点で政策統合をする必要があるのではないかとの問題意識が次第に高まっていった。
 その問題意識に加え、中央官庁の統合・再編問題が具体化し始めた1998年に、関係省庁の課長クラスが自主的に集まった「健全な水循環系構築に関する関係省庁連絡会議」が設置された。本会議は、①それぞれの権限を変えるものではないこと、②ただし、会議ではそれぞれの権限を超えて自由に議論できるものであること、③懐疑の結論は皆の合意の上で決めるが、最終的には各省庁が合意した要綱の取りまとめを目指すこと、という取り決めのもと、精力的な討議を重ね、翌1999年に、「健全な水循環系構築に向けて(中間とりまとめ)」を、また、2003年に「健全な水循環系構築のための計画づくりに向けて」をとりまとめ、事実上終了した。これらの動きと併せて、関係省庁の審議会などでも関連の審議が行われ、その成果は「環境基本計画」その他の政府文書に反映されていった。


法律制定に向けた動き

 前記の政府部内での検討は、関係者の間で、将来的には「水基本法」のようなものに結実させたいとの問題意識はあったものの、いざ具体的な法案の作成という面ではやはり困難な面が多く、2001年の省庁再編の施行に伴いその機運は低下していった。それに代わって活発になったのが、水関係の有識者及び超党派の国会議員を中心とした、議員立法の動きである。2008年6月には「水制度改革国民会議」が、また、同年9月には「水循環基本法研究会」が設立され、2009年12月には「水循環基本法案要綱」が公表された。さらに、2010年2月には中川秀直代表の「水制度改革議員連盟」が創設され、さらに同年4月には民主党「水政策推進議員連盟」が設立され、これらの動きが一体となり、同年12月には「水循環基本法案」が公表された。

「水循環基本法案」のその後の調整

 今回成立した「水循環基本法」は、内閣による国会への法律案の提出ではなく、国会議員によって国会へ法案を提出するいわゆる議員立法である。ただし、議員立法であっても、最終的に成立させる正式の法案とするためには、関係者による再調整が必要となる。実は、前項で述べた最初の「水循環基本法案」は、単なるプログラム法にとどまらず、「健全な水循環」という視点から、かなり踏み込んだ条文を掲げていた。例えば、「ダム、堰、護岸等は、(中略)、その有効性が検証されないものについては、速やかに除却、改築その他の必要な措置を講ずるものとする」などである。また、地下水や森林の管理などについても、かなり具体的な方向が示されていた。これらの問題については、調整の過程で、さらに議論を進めて個別法で対処すべきであるとされ、最終的に、一般的な理念及び、社会各主体の責務の制定、白書の作成と提出、水循環基基本計画の策定、内閣総理大臣を本部長とする水循環政策本部の設立などを規定するプログラム法として決着した。

今後の課題

 健全な水循環の確保は、今後の社会経済において、極めて重要な課題であり、とにもかくにもそれを政策統合的な視点から現状の改善を図っていくための基本法が策定されたことは素直に評価したい。しかしながら、これが、今後、現状を改善する具体的な成果につながっていくかどうかは、単なる理念にとどまらず、この法律の下で、さらに課題別に踏み込んだ個別法が制定できるかにかかっている。今回、その第1弾として、「雨水の利用の推進に関する法律」が同時に策定された。今後の展開に期待したい。

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記事:一方井誠治

〜著者プロフィール〜

一方井誠治
 1975年環境庁(現環境省)入庁、外務省、財務省、京都大学経済研究所などを経て、2012年から武蔵野大学教授、京大博士(経済)。この間、環境計画課長、大臣官房政策評価広報課長、神戸税関長等を歴任。また、水質管理課長として、「健全な水循環系構築に関する関係省庁連絡会議」の設立、運営に参加。

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