No.207
Issued: 2012.06.11
水の島、屋久島(岡野隆宏)「30番目の国立公園、屋久島国立公園を訪ねよう」
平成24年3月16日に、霧島屋久国立公園から屋久島地域が分離独立し、30番目の国立公園として屋久島国立公園が誕生しました。世界遺産にも登録された独特の島嶼生態系が、日本を代表する風景地と改めて評価され、単独の国立公園となったのです。
屋久島は洋上アルプスとも呼ばれ、標高2,000m近い山々が峰を連ねます。黒潮がもたらす大量の水蒸気がその山々にぶつかり、多くの雨を降らせます。この雨が、樹齢1,000年を超えるヤクスギの原生林を始めとする屋久島の自然を育んできました。今回は水をキーワードに屋久島国立公園を紹介します。
海から突き出た岩山
屋久島は、九州の南端からさらに南に60km、周囲130kmのほぼ円形の島で、黒潮洗う海から突き出た岩山です。宮之浦岳(1,936m)をはじめとして、1,500m以上の山が11もあり、宮之浦岳は九州の最高峰です。
暖かい海からわき上がった水蒸気は、そそり立った山にぶつかり、平地で年間4,000mm、山岳部では年間10,000mmを超える大量の雨をもたらします。雨は川となって岩を刻み、滝となって海に注ぎます。
平地の年平均気温は約19℃で亜熱帯に位置します。一方、山頂付近では12月から3月までの平均気温が-5℃以下となることもあり、雪がつもります。
海から山頂に向かって登っていくと、気温の変化に伴い植物の種類、森の姿が変わります。海岸付近にはアコウ、ガジュマル等の亜熱帯性植物が生育し、海岸部から標高700〜800m付近まではシイ類、カシ類を主とした暖温帯常緑広葉樹林、標高700〜800m付近から標高1,200m付近までは暖温帯針葉樹林、標高1,200m〜1,800m付近までは冷温帯針葉樹林、その上部の山頂部にはヤクシマダケ、ヤクシマシャクナゲの低木林が見られます。すなわち、ひとつの島に九州から北海道までの日本の気候が凝縮されているのです。
このような標高による植物の分布を「植生の垂直分布」といいますが、屋久島では海から約2,000mの山頂まで連続して森が残っており、垂直分布を良く観察することができます。屋久島が世界遺産に登録された理由のひとつがこの植生の垂直分布なのです。
温暖多雨で高湿度な環境と、大きな標高差が屋久島独特の森を育んできました。
コケの道
屋久島の森に入って感動するのがコケの美しさです。石の上、倒木の上、木の幹まで、あらゆるところにコケが生きています。屋久島には1,900種以上の植物が分布するほかコケの仲間は600種いるとされています。温暖で多湿な環境はコケにとっては楽園です。
宮之浦から車で30分の白谷雲水峡はコケが美しく、「もののけ姫」の舞台のイメージの源となった場所として知られています。遊歩道が整備され、比較的手軽に屋久島の森を体感することができます。ただし、ここも山の中。雨具や非常食など万が一の備えもお忘れなく。
「はァー、一ケ月ほとんど雨ですな。屋久島は月のうち、35日は雨という位でございますからね…」
林芙美子の小説「浮雲」の有名な一節ですが、いつも島中に雨が降っているわけではありません。島を車で回ると、晴れているのに突然雨に突入し、しばらく進むとまた青空の下に出ます。また、同じ場所にいても雨が降ったり、急にやんだりします。おそらく、島のどこかでは雨なのでしょう。
雨上がりの森に陽が差し込むと、コケがいきいきと輝いて、湧きあがる濃密な緑に包まれます。こんな時は雨に感謝したい気分になります。
ヤクスギの森
屋久島の森といえばヤクスギが有名です。一般的なスギの寿命は最大800年程度とされていますが、雨が非常に多く湿度の高い屋久島では、天然スギの生長は非常に遅く、樹脂が豊富で年輪が緻密であるため腐りにくいという特徴を持ち、樹齢が1,000年を超えることも珍しくありません。屋久島では、樹齢1,000年以上の天然スギは「ヤクスギ」、1,000年未満の天然スギは「コスギ」と区別して呼ばれます。ヤクスギの森の独特の景観が、世界遺産に登録されたもうひとつの理由です。
ヤクスギには枝や幹には多くの植物が居候しています。雨が多く湿度も高いため、幹を伝う水や葉にたまる水で、地面に根を下ろさずとも生きていけるのです。安房から淀川登山口に向かう道路沿いに見られる紀元杉は、周囲8.1m、高さ19.5mのヤクスギです。ヤマグルマやヤクシマシャクナゲ、ナナカマドなどを樹上に見つけることができます。ヤクスギ一本がまるでひとつの森のようです。
ウミガメの砂浜
ふる雨は森を育むとともに、岩山を削り、谷を刻み、変化のある地形を作ります。削られた岩は砂となり、川から海に流れ、波に打ち寄せられて砂浜となります。屋久島は花崗岩という白っぽい岩石が隆起してできた島です。花崗岩のかけらでできた砂浜は、白くて美しい砂浜です。
島の北西部の永田にある「前浜」「いなか浜」「四ツ瀬浜」は屋久島を代表する砂浜です。ここは北太平洋地域で最も高密度にアカウミガメが産卵する砂浜で、三つの浜は「永田浜」としてラムサール条約湿地に登録されました。
アカウミガメは主に5月から7月にかけて産卵のため永田浜に訪れます。砂の中に30分ほどかけて穴を掘り、1回に60〜100個の卵を産みます。例年2,000〜3,000頭のウミガメが産卵のために上陸し、多い日には40頭ほどのアカウミガメが産卵します。
しかし、近年、ウミガメの産卵を見学する観光客が増えたため、ウミガメの産卵環境やふ化環境に影響が生じました。ウミガメは光や人の気配に非常に敏感なため、人が夜の浜を歩き回ったり、懐中電灯を使ったりすると、上陸をやめたり、卵を産み落とす前に海に引き返したりします。また、人が歩きまわることにより砂が踏み固められると、ふ化した子ガメが砂の中からはい出られずに死んでしまいます。
そこで、関係公共機関や地元保護団体で構成される永田浜ウミガメ保全協議会(事務局:環境省屋久島自然保護官事務所)により、地域の自主ルールとして「永田浜ウミガメ観察ルール」が策定されました。ルールでは、個人による自由な観察をお断りし、観察の際に守っていただきたい事項を定めています。
ルールは、ウミガメの産卵環境やふ化環境を守ることに加え、観察したい方がより深い感動と満足を得られるように作られたものです。ウミガメの産卵を観察したい方は、原則として5/15〜7/31の期間に、永田ウミガメ連絡協議会が開催するウミガメ観察会へ参加してください。地元の方からウミガメとの接し方の説明を聞いて、産卵の場に立ち会えば、きっと感動的な体験を味わうことが出来るでしょう。
- 事前にレクチャーを受けよう
- スタッフの案内に従ってください
- 光は消して
- むやみに歩かないで、騒がないで
- ウミガメには触らないで
- カメラ・ビデオ撮影は行わないで
- 酒類は持ち込まないで
- 喫煙はしないで
- ゴミは持ち帰ろう
- 観察会や夜間臨時開館終了後は浜に立ち入らないで
電気自動車で走る、感じる
港や空港には、電気自動車のタクシーが待っています。
実はあまり知られていませんが、屋久島の電力のほとんどが豊富な水を利用した水力発電でまかなわれています。九州電力はごく一部に入っているだけで、屋久島電工が発電し、役場、農協などが送電する仕組みです。この特徴を活かして、鹿児島県が始めた取組が「屋久島CO2フリーの島づくり」で、特に力を入れて進められているのが電気自動車の導入です。
水力という再生可能エネルギーで生み出された電気を使って走る自動車が排出するCO2は限りなく0に近く、排ガスなどで環境を汚染することもありません。太古の森ともいわれる屋久島の自然と、最先端の科学技術である電気自動車は、一見不釣り合いですが、実はものすごく相性が良いのです。
電気自動車はレンタカーにも導入されています。世界遺産地域を通る唯一の車道である西部林道は、ヤクシカやヤクザルに出会うことも多く、車で屋久島の森を体験できる場所です。走行音の静かな電気自動車に乗って、エコドライブでこの道を走れば、生き物たちのざわめきが聞こえて、もっと身近に屋久島の森を感じることができるでしょう。
電気自動車は走行可能距離が短いという不安がありますが、電気自動車用のドライブマップが備えられ、島内には3カ所の急速充電器が設置されているのでご安心を。大自然の島で、エネルギーの未来を考えてみませんか。
- 日産レンタカー 屋久島町小瀬田815-10 0997-43-5023
- オリックスレンタカー 屋久島町小瀬田773-6 0997-43-5539
- にいざとレンタカー 屋久島町尾之間783-5 0997-47-2511
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(記事)岡野隆宏
〜著者プロフィール〜
■岡野隆宏(鹿児島大学教育センター特任准教授)
千葉大学大学院自然科学研究科修了、環境庁(現環境省)入庁。主に国立公園、世界自然遺産の保全管理を担当。阿蘇くじゅう国立公園、西表国立公園で現地勤務を経験。2008年7月から九州地方環境事務所国立公園・保全整備課長として屋久島の保全管理などを担当。2010年10月から研究休職制度を利用して現職。「自然環境の保全と活用による地域づくり」を研究テーマに勉強中。2010年・2011年、屋久島CO2フリーの島づくりに関する研究会委員。
※掲載記事の内容や意見等はすべて執筆者個人に属し、EICネットまたは一般財団法人環境イノベーション情報機構の公式見解を示すものではありません。