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No.193

Issued: 2011.06.03

加速するドイツの脱原発 ─ドイツの環境・エネルギー戦略から21世紀型電力供給を考える

目次
橋渡し技術としての原子力エネルギー
福島原発事故後の脱原発を巡る議論
福島原発事故からの教訓
エコロジー的近代化論とドイツの環境政策
ドイツの気候変動政策の歩み
緑の成長をめざす「統合エネルギー・気候政策パッケージ」
2050年までのロードマップ:「新エネルギー戦略」(エネルギー・コンセプト)
新エネルギー戦略の主要行動領域
21世紀型エネルギー・環境システムへの移行に向けて

ドイツの国会議事堂(ベルリン市)

 ドイツ連立政府与党は、5月29日、国内の原子力発電所17基を順次停止し、遅くとも2022年までにすべて廃止する計画で合意しました【1】。ドイツは、日本の福島原発事故を受け止め、化石燃料への依存度を高めることなく原発廃止を早める方向に確実に動き出したのです。今後エネルギー転換のための費用負担など解決すべき多くの課題はあるものの、基本的にはエネルギー効率の改善と、再生可能エネルギーへの投資を増やすことによって、原子力と気候変動のリスクに立ち向かう戦略といえます。
本稿ではドイツの脱原発の背景となった気候・環境戦略の最近の動向を紹介します。とりわけ地球温暖化防止の長期目標達成のための戦略と、脱原発政策の動きを検討し、その上で、福島原発事故後のエネルギー・環境政策への示唆を考察します。

記事:松下和夫(京都大学大学院地球環境学堂教授 国連大学高等研究所客員 教授)


橋渡し技術としての原子力エネルギー

大学生協の屋上に学生たちが設置した太陽光パネル(ハノーバー市)

 ドイツにおける脱原発の動きのきっかけは、2000年の社会民主党(SPD)および緑の党の連立政権により、脱原発に向けた合意がなされたことです。その後2002年に原子力法が改定され、原発の平均稼働期間が32年と定められ、各原子力発電所に許容発電量が振り分けられました。それによると、すべての原子力発電所は、2022年頃には使用停止となる予定でした。その後のドイツにおける原発を巡る議論では、原発の段階的廃止については主要政党を含め国民的合意が成立しており、問題は段階的廃止のスピードでした。
 こうした状況の下で、メルケル政権は2010年9月に新エネルギー戦略を閣議決定し、原子力発電所の稼働期間を平均12年間延長することを提案しました(新エネルギー戦略については次章で紹介します)。
 具体的には、国内17箇所の原子力発電所のうち、1980年以前に稼働開始した施設(7基、7419MWe)は約8年間(通算の運転期間は平均40年)、それ以降の稼働開始施設(10基、14003MWe)は約14年間延長(通算の運転期間は平均46年)するというものでした【2】。あわせて原子力発電所安全規制は原子力法改正の枠組みの中で強化し、最高水準に変更するというものです。予定では2036年までにすべて停止することになっていました。
 この政策のもう一つの大きな狙いは、稼働期間延長により、再生可能エネルギー及び省エネ関連投資促進予算を確保することでした。
 すなわち2016年までの時限措置である核燃料税に加え、稼働期間延長による追加的利益への課徴金を定める取り決めを原子力発電所運営事業者との間で行うこととしていました。この取り決めによると、原子力発電所の稼働期間延長への対価として、原子力発電事業者に2011年〜2016年の間において年間23億ユーロの核燃料税及び、2011年、2012年はそれぞれ年間3億ユーロ、2013年〜16年は年間2億ユーロの追加的な課徴金が課せられることになります。
 新規の核燃料税及び追加的な課徴金は、原子力発電事業者の追加的利益の大半の支払いを強いるとともに、稼働期間延長により原子力発電事業者が経済的に優位な立場に置かれることを防止することも意図していました。連邦経済技術省は、稼働期間延長を考慮し、エネルギー部門における競争環境の定期的調査を行い、適切な措置を提案します。
 新エネルギー戦略による既存原発の稼働期間の延長提案は、野党や市民団体から強力な反対運動を呼び起こすこととなりました。2010年9月18日にはベルリンで10万人規模の原発反対デモが行われるなど、脱原発加速への世論の高まりが続きました。こうした根強い反原発の世論に、2011年3月11日の福島原発の事故が追い打ちをかけたのです。


福島原発事故後の脱原発を巡る議論

風力発電

 メルケル政権は福島原発の事故を受け、2011年3月に予定されていた2つの州議会選挙(バーデン・ビュルテンベルク州、ラインラント・プファルツ州)の前に、原発の稼働期間延長政策の転換(稼働中の原子炉17基の延長を3か月間停止し、1980年以前から稼働している7基は運転停止する)を明らかにしました。しかしながら、3月27日に行われた州議会選挙では大敗し、特にドイツ南西部バーデン・ビュルテンベルク州では、ドイツ政治史上初の緑の党の州首相が誕生しました【3】。西部ラインラント・プファルツ州議会選でも緑の党が15.4%と得票率を3倍強に伸ばし、社民党と連立を組む可能性が出ています。一方、連立与党の自由民主党(FDP)は選挙後、脱原発に急転換しました【4】
 こうしたことを背景とし、メルケル首相は2011年4月15日、「脱原発」の見直しを進めてきた政策を転換し、国内の原子炉全廃を早期に実現する方針を決めました【5】。これは野党社会民主党(SPD)を含む国内十六州の州首相らと協議したうえで、これまで連立与党が推進してきた既存原子炉の稼働延長を短縮することで合意したものです。この合意を受け、メルケル政権は2010年9月に平均12年間の延長を決めた原子炉の稼働期間を短縮するため、6月上旬には原発全廃までの期間などを示す改正原子力法等関連法案を改正する意向です。脱原発を石炭火力に頼らずに、エネルギー効率のさらなる向上と再生可能エネルギー拡大の加速化により達成しようとするのが基本的な方向です。
 現在検討されているエネルギー転換政策の包括的な措置の内容としては、第一に、再生可能エネルギー普及拡大を従来以上に加速すること、とりわけ洋上風力発電の拡大・強化があります。第二に、エネルギー・ロスの少ない高圧電力網の整備、とりわけ現在原子力発電に依存している南部地域に対して、北部の風力発電の電力を送るための送電線網整備です。第三に、住宅やオフィスビルなどの建物のエネルギー効率化への設備投資、第四に、核廃棄物処理場の点検や廃炉処理の検討などが主要な中身となると予想されます。いずれの事業にも膨大な費用が掛かります。したがってその財源を、電気料金の改定を含め、どこに求めるかが最大の課題になっています【6】
 昨年9月に新エネルギー戦略で原子力の稼働期間延長を決めた際には、原子力発電所事業者に対する税金ないし賦課金をかけ、その収入を活用して再生可能エネルギーへの転換を図ることが想定されていました。原子力発電所の早期の廃止を進めると、こうした財源も期待できないことになります。新たな財源と費用負担についてのより厳しい議論が必要となっているのです。


福島原発事故からの教訓

ゼロエミッション住宅(ハノーバー市)

 ドイツは、日本の福島原発事故を受け止め、化石燃料への依存度を高めることなく原発廃止を早める方向に動き出しました。費用負担など解決すべき多くの課題はありますが、基本的にはエネルギー効率の改善と、再生可能エネルギーへの投資を増やすことによって、原子力と気候変動のリスクに立ち向かう戦略といえます。
 このことをやや長期的な文脈で考えてみましょう。ドイツでは1990年代初めまでは、再生可能エネルギー産業がまったく存在しないも同然であり、しかも日本を含む他の多くの国に比べて再生可能エネルギー資源の物理的賦存量(風量、日照など)は必ずしも豊かといえませんでした。しかしそれから10年もたたないうちに再生可能エネルギーのトップランナーになったのです。2000年にはドイツの電力のうち、再生可能エネルギーの占める割合は6.3%強でしたが、2010年には17%となり、2020年までには35%、2040年には65%にしようとしています。ドイツの経験から、「明確に方向性を打ち出して、効果的な政策を施行すれば、急速な変化が可能であること」がわかります【7】。ただしこれらの変革のきっかけとなったのは、地域からのボトムアップの消費者運動や市民運動があったことも明記しておく必要があります。たとえば再生可能エネルギー普及のきっかけとなった固定価格買取制度もアーヘン市が導入した制度がモデルとなって全国的な制度となったのです。
 ドイツで脱原発と再生可能エネルギーの拡大、そして気候変動政策の推進が可能となった背景を次の章でみてみましょう。


エコロジー的近代化論とドイツの環境政策

 ドイツの環境・エネルギー政策進展の背景には、環境と経済に関する成熟した社会的な議論が展開されたことが挙げられます。その具体的な表れとして、1990年代初頭から、「エコロジー的近代化論」に基づき、環境分野への戦略的投資により技術革新、経済成長、雇用創出を目指す政策が導入されてきました。
 エコロジー的近代化論とは、持続可能な発展を近代化の新たな段階としてとらえ、近代化・合理化の帰結として発生した環境問題を、社会システムの政策的革新によって解決しようとする思想です【8】。エコロジー的近代化を実現する政策的な枠組みとしては、環境規制の強化、環境税の導入、グリーン消費行動の促進、環境に配慮した技術革新の促進、積極的な環境外交の展開が提唱され、これらの政策実現のために、政府・企業・市民の間の合意形成が重要であるとしています。
 このような発想から、ドイツでは今でこそ世界の潮流となっているグリーン・ニューディール的政策を先取りし、積極的な環境への投資や規制枠組みにより再生可能エネルギーの拡大や経済発展を図る取り組みが、今日にいたるまで着実に積み上げられてきたのです。

ドイツの気候変動政策の歩み

 ドイツではすでに1990年11月に当時のヘルムート・コール首相(キリスト教民主同盟)のもとで、「エネルギー起源のCO2の排出を87年比で2005年までに25%削減する」という削減目標を閣議決定し、さらに92年にはIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の国内版に当たる「地球規模の環境変動についての科学者委員会(WBGU)」を設置しています。地球サミット以前から地球温暖化対策の明確な目標と組織をつくり、対策を始めていたのです。
 ドイツでの温暖化対策に弾みをつけたのは、再生可能エネルギーの固定価格買取制度(FIT)を世界で最初に導入したことです。「固定価格買取制度」とは電力送電事業者に対し、再生可能電力発電事業者が発電した電力をある価格で一定期間買いとるよう法律等によって義務づけるものです。この制度の導入と適用によって風力や太陽光の大幅な普及をもたらしました。
 その発端は、1991年に電力供給法が導入され、風力発電設備から発電された電気を電力会社に買い取ることを義務づけたことにあります(電力買取補償制度)。これが風力発電の爆発的な普及のきっかけになりました。その後2000年に再生可能エネルギー法が制定され(2004年に改正)、電力会社による買取義務が継続されるとともに、買取単価が20年間の固定価格として保証され、本格的な固定価格買取制度が導入されたのです。
 さらに1998年には、社民党と緑の党の連立政権(赤緑連合政権、シュレーダー首相)の発足により、政権公約に基づきエコロジー税制改革が導入されました。これは環境税(エネルギーなどへの課税)の引き上げによって環境負荷を削減し、さらに税収を年金財政補填として年金保険料の減額にあてることによる雇用コストの引き下げを通じて雇用促進をするものです。環境負荷削減と雇用促進の同時達成を目指した税制改革であるといえます。シュレーダー政権は、1999年にエネルギー税率を2000年から2003年まで毎年引き上げる一方、年金保険料率は毎年引き下げるというドイツ版エコロジー税制改革を導入しました。
 2000年10月には脱温暖化政策の総合的なプログラムとして「国家気候保護プログラム」がまとめられ、2002年には中期目標として「2020年までに温室効果ガスを90年比30%削減する。EUが30%削減を約束し、他国も同様の野心的な目標を受け入れる場合は40%削減する」ことを掲げました。
 2002年4月にドイツ政府は、環境政策統合【9】を推進するための指針として「国家持続可能な開発戦略」を策定しました。この戦略では、持続可能な開発を部門横断的課題と捉え、エコロジー的・経済的・社会的目標を統合することを通じ、世代間公平、生活の質向上、社会的結束、国際的貢献を果たそうとしています。
 具体的には、伝統的な環境保護の計画にとどまらず、環境政策統合を主な内容とし、公共政策への環境的価値の統合を重点課題としています。すなわち持続可能な開発が環境政策統合の観点から再定義されており、公共政策のグリーン化を通じて環境と経済の統合を促す仕組みを構築していることが評価されます。持続可能な開発の課題として、世代間公平、生活の質、社会的結束、国際的責任という4つの柱をすえ、それらを具体化するため、12の指標の数値目標と目標達成時期が明示されているのです。このような計量的指標体系が、ドイツにおける持続可能な発展を達成するプロセスを定量的に管理することを可能にしていたのです。
 2002年には再生可能エネルギーに関する所管が、経済省から環境省に移管され、気候変動政策の責任が環境省にあることがさらに明確にされました。その後連立政権の構成は変わったものの、現在の保守中道連立メルケル政権においても気候変動政策と持続可能な開発への基本的な方向性は継続されています【10】

緑の成長をめざす「統合エネルギー・気候政策パッケージ」

 現在のドイツ政府の気候変動政策体系の中心は、2007年に決定された2020年目標(1990年比 -40%)【11】とそれを実現するための「統合エネルギー・気候政策パッケージ」(2008年採択)に基づく政策です。2009年の温室効果ガス排出量の実績は、1990年比28.6%減であり、京都議定書の第1約束期間の削減目標(-21%)の達成は確実な状況です。ただし2020年の中期目標の達成に向けて、政策パッケージでは今後毎年約2.5億トンのCO2排出量削減が求められる、としています。
 気候政策パッケージは、(1)安定したエネルギー供給の確保、(2)経済性の確保、(3)環境負荷の低減、の3つの目標の同時達成を意図したものです。この政策パッケージの推進によって、ドイツの経済的な競争力を高めること、そしてエネルギーの海外への依存度を低減させることも重要なポイントとしています。
 政策パッケージでは29項目の政策手段が列記されています。その中の5つの柱は、(1)目標達成への明確な見通しと条件を設定する「法的拘束力のある枠組み」、(2)事業立ち上げ支援のための「資金的支援スキーム」、(3)環境目標の達成を保証する「規制」、(4)自然エネルギーの技術開発のインセンティブを提供する「FIT(固定価格買取制)」、(5)エネルギー節約を促進する「情報戦略」です。
 以上、ドイツの気候・環境政策は、経済政策やエネルギー政策との政策統合・調整が図られ、長期的なビジョンのもと、法的拘束力のある枠組み、財源の裏づけと適切な規制、再生可能エネルギーの固定価格買取制、国民に対する適切な情報的提供をもとに進められてきたのです。
 この背景にはエコロジー的近代化論を基盤とした、「よき気候保護政策はよき経済政策」との考えがあり、この考えから、政治戦略・経済戦略との統合が図られているのです。具体的には、CO2に価格をつけ化石燃料の値段を段階的にあげることによって、再生可能エネルギーの普及を促進し、化石燃料依存を減らし、エネルギー輸入コストの低減とエネルギーセキュリティの確保につなげています。また、環境・エネルギー技術の開発を促進し市場を創出することで新たな雇用を創出するとともに、国際競争力の強化につなげようとしているのです。

市電(ハノーバー市)

ハノーバー市役所とハイブリッドバス


2050年までのロードマップ:「新エネルギー戦略」(エネルギー・コンセプト)

 ドイツ政府は、先述のように2010年9月28日に「新エネルギー戦略」【12】を閣議決定しました。これは2050年までの気候保護政策の長期的な目標を示し、その実現に向けたロードマップとしての総合的戦略とその包括的実施の方向を示したものでした。この新エネルギー戦略は、今回の福島原発事故を受けた脱原発の加速化により、大幅見直しが必至となっていますが、それでもドイツの今後のエネルギー・環境戦略検討の基盤となります。したがって以下やや詳細に紹介します。
 新エネルギー戦略における2050年までの温室効果ガス削減の長期な目標は、2020年に1990年比40%、2030年に55%、2040年に70%、2050年に80%の削減を設定しています(表1参照)。新エネルギー戦略では、これらの目標が達成可能であるばかりでなく、緑の経済成長、より多くの雇用、成長市場における競争力優位の確保、エネルギー輸入量の削減、国民の厚生水準の向上につながるとしています。

表1 新エネルギー戦略における気候保護目標値
  2020年 2030年 2040年 2050年
温室効果ガス排出量削減目標(対1990年比) ▲40% ▲55% ▲70% ▲80%
最終エネルギー消費に占める再生可能エネルギーの割合 18% 30% 45% 60%
総電力消費量に占める再生可能エネルギーの割合 35% 50% 65% 80%
一次エネルギー消費量(対2008年比) ▲20%     ▲50%
平均年率2.1%のエネルギー生産効率の向上を要する
電力消費量(対2008年) ▲10%     ▲25%
建築物の改修率 現在年率1%以下となっている全ての既存建物に対する改修率を年2%へ倍増
交通部門の最終エネルギー消費量(対2005年比) ▲約10%     ▲約40%

(出典)「独エネルギー・コンセプト」(Energiekonzept、www.bmwi.de, www.bmu.de, 2010年9月28日閣議決定)

 新エネルギー戦略の目的は、環境負荷が少なく信頼性の高い経済的にも成り立つエネルギー供給のためのガイドラインを示し、再生可能エネルギー時代への道筋を示すことでした。将来のエネルギー・ミックスでは、再生可能エネルギーが主要部分を構成し、在来型のエネルギーは、今後のエネルギー・ミックスの発展段階において継続的に再生可能エネルギーに代替されていきます。注目すべき点は、原子力は、これらの目標を達成する発展段階における「橋渡し技術」として位置づけられていたことです。
 電力分野において、再生可能エネルギーの拡充は、エネルギー効率の向上・電力系統網の拡充並びに新たな蓄電技術の開発と平行して取り組まれることになります。これらの取り組みを通じて産業界及び消費者にとって、経済的で安全かつ環境負荷の少ないエネルギー供給を確実なものとすることを目指していたのです。

新エネルギー戦略の主要行動領域

 新エネルギー戦略の主要行動分野は以下の9分野です。

  1. 将来のエネルギー供給の要としての再生可能エネルギー
  2. エネルギー効率向上
  3. 原子力及び化石燃料を使用する発電所
  4. 効率的な電力系統網と再生可能エネルギーの接続
  5. 住宅・建築分野の省エネ改修・建築
  6. 輸送分野における挑戦
  7. イノベーションと新たな技術のためのエネルギー研究
  8. 欧州及び国際的な文脈でのエネルギー供給
  9. 受容性と透明性

 以下は、1. から5. までの主要なポイントです。

1.将来のエネルギー供給の要としての再生可能エネルギー

 再生可能エネルギーは、将来のエネルギー供給の主要な柱であり、2030年までには最終エネルギー消費量の30%、2050年までには60%、2030年までには総電力発電量の50%、2050年までには80%が目標とされています(表1参照)。再生可能エネルギー法に基づき再生可能エネルギーの拡充を継続すると同時に、イノベーションと費用低減を促す働きかけを行います。再生可能エネルギー法はより市場に即したものとし、再生可能エネルギーの拡充を更に進めます。再生可能エネルギーの割合の増加とともに、従来エネルギーを含めた電力系統、蓄電設備、それらのネットワーク等の最適化を図ることとしています。
 緊急行動計画の一環として洋上風力発電に関する法令を改正し、洋上発電の技術的なリスクをよりよく把握します。そして洋上風力発電パークの最初の10施設の早期の建設を促進するため、独復興金融公庫(KfW)が、2011年に融資総額50億ユーロを提供する特別プログラム「オフショア風力エネルギー」を開始します。

2.エネルギー効率向上

 エネルギー節約及び節電には多大の潜在的可能性があります。この可能性を経済的インセンティブの提供と、情報発信、コンサルティング・サービスの充実により顕在化させます。
 エネルギー生産性を今後年平均2.1%向上させ、1次エネルギー消費量を2020年までに20%、2050年までに50%削減します。また、電力消費量を2020年までに10%、2050年までに25%の削減を目指します(表1参照)。さらにエネルギー・サービス市場を重点的に支援し発展させます。
 エネルギー管理システムの実施状況に応じて産業への税制優遇措置を実施します。具体的には、エネルギー税及び電力税に関し、2013年からは企業がエネルギー・マネジメント・システム(EN16001、ISO50001)を導入しエネルギー節約に寄与した場合のみ、税制上の優遇を認めます。
 連邦経済技術省は、年5億ユーロの省エネ効率ファンドを設置し、連邦環境省と調整の上、消費者、中小企業・産業、地方自治体が実施する特定の省エネ活動に対する財政的援助を行います。
 連邦環境省の国家気候保護イニシアティブに、2011年より追加的に年間2億ユーロの予算が措置され、この執行は連邦経済技術省との調整により定められます。

3.原子力及び化石燃料を使用する発電所

 国内17箇所の原子力発電所の稼働期間は、平均で12年間延長します。
 原子力発電所の稼働期間が延長されることにより再生可能エネルギー及び省エネ関連事業への投資促進予算が確保されます。2016年までの時限措置である核燃料税に加え、稼働期間延長からもたらされる追加的利益からの負担(課徴金)に関する取り決めが原子力発電所運営事業者との間で行われます。新規に導入される核燃料税及び追加的な課徴金は、原子力発電事業者の追加的な利益の大半の支払いを求めることになり、このことで稼働期間延長により原子力発電事業者が経済的に優位な立場に置かれることを防止します。
 今後エネルギー・ミックスにおいて石炭の役割は縮小し、2020年には30%、2030年には20%となります。

4.効率的な電力系統網と再生可能エネルギーの接続

 再生可能エネルギーの拡充には、伝統的なエネルギーとの調和と最適化を図る必要があり、電力系統のインフラと蓄電技術が重要な役割を果たします。
 特に緊急な取り組みが必要とされているのは、北部の風力発電パークからの電力を南部及び西部の人口密集地域に送る南北の送電線です。
 また、将来的に必要とされるインフラの需要を導き出すため、連邦政府は2011年に既存の系統及びエネルギー送電網拡充法によって示されている需要を基に、インフラ拡充をめざす「電力系統拡充目標2050」を策定します。これは、既存の電力系統の拡充、オーバーレイ・ネットワークの計画及び実証試験用送電網の検討、洋上における北海電力系統及びクラスターの形成、独電力系統網の欧州ネットワークへの接続を含みます。
 「スマート・グリッド」は、将来的に、発電施設・蓄電施設・消費者並びに電力系統網を近代的な情報技術により管理します。インテリジェントな電力系統網の構築のため、スマート・メーター並びに発電施設、蓄電設備、消費者及び電力系統運営システムのコミュニケーション・ネットワークと管理手法の導入に向けた法的な土台を構築します。

5.住宅・建築分野の省エネ改修・建築

 住宅・建築物部門はドイツの最終エネルギー消費の約40%を占め、CO2排出の約3分の1を占めます。2020年までに建築物からの熱需要の20%、2050年までに80%の削減をめざします。
 2050年までに、ほぼ100%の建築物のゼロ・エミッション化を目指し、長期的に建築物の熱需要を削減します。そのため、現在年間で1%の割合でしか行われていない既存の建築物の省エネ化のための改修工事の割合を、年間2%程度まで上昇させます。
 建築物の保有者が早期に目標値を達成した際には、政府からの助成を得ることができます。さらに既存のCO2建築物改修プログラムに加えて、改修の促進に向けた新たな税優遇を導入します。
 建築物における再生可能エネルギーの拡充に対しては、追加的に年間2億ユーロの予算が措置され、市場インセンティブが継続されます。また、建築物の改修に対する特別税控除を検討します。

ハノーバー市のレンタル自転車

21世紀型エネルギー・環境システムへの移行に向けて

 福島原発事故は、わが国の原発に依存する電力大量消費・大量供給社会のもろさを露呈し、原発の安全性と経済性の根本的な再検討を、評価基準・評価体制を含めて求めるものです。この事故からくみ取るべき教訓は、原発の技術的課題のみならず、電力供給システム全般、そしてエネルギー安全保障や気候変動政策にも深くかかわります。そのためには電力供給システムのライフサイクルをトータルで考慮し、エネルギー政策・環境政策・資源政策を統合的に考えることが必要です。
 わが国では従来原子力発電が、経済性・安全性、そして気候変動政策への寄与を理由として促進されてきました。安全性や気候変動政策への寄与については、いまやその根底が揺らいでいます。経済性については、放射性廃棄物処理などバックエンド(後処理)の不確実性、原発と一体で建設される揚水発電の費用、そして種々の名目で原発のための支出されている巨額の財政負担などを考慮すると、発電コストが過小に評価されてきたことが明らかにされています【13】。すなわち原子力発電の経済性は実は巨額な財政支出があって初めて成り立っていたのであり、それが他の再生可能エネルギーなど多様な発電技術実用化を妨げ、競争をゆがめてきたのです。
 また、わが国の現在の電力供給は地域独占で行われる垂直統合型であり、発電と送電は分離されていません。今や世界的にはこの仕組みは特殊な形態となっています。今後は電源別の公正な競争を可能にする制度的枠組みづくりが課題であり、その中で発電と送電を分離し、小規模・分散型の再生可能エネルギーによる発電の適正な競争への参加が期待されます。

 気候変動のリスクと原子力のリスクを避けるためには、長期的には化石燃料と原子力発電への依存を減らすことが必要です。これは電源の形態でいえば、従来型の[化石燃料+原子力]から、[再生可能エネルギー+省エネルギー+スマート・グリッド+蓄電]への転換です。後者を未来型、ないし「21世紀型のエネルギー・電力供給システム」と名づけます(表2参照)。
 「省エネルギー」と節電を進めることは、マイナスのエネルギー・電力の消費であり、それはエネルギーや電力の供給能力を高めることです。これは節約したエネルギー相当分を生産したことになり、いわば省エネ発電所を建設することに相当します。このような省エネルギー・節電のメカニズムを経済社会にビルトインし、省エネ発電所への投資を促進する制度的基盤づくりが重要です。
 スマート・グリッド(次世代送電網)は、情報技術を活用してエネルギーの需要と供給を管理し、再生可能エネルギーや複数の分散型蓄電装置の能力を活かすうえで欠かせません。スマート・グリッドとスマート・メーターの活用、そしてスマートコミュニティを広げることにより、電力使用者と供給者の双方向のコミュニケーションを可能とし、リアルタイムで需給バランスを図り、需要のピークをシフト(平準化)することが容易になります。
 [再生可能エネルギー+省エネルギー+スマート・グリッド+蓄電]のエネルギー・電力供給システムは、従来の大規模・集中電源から、分散型ネットワーク電源への転換をも意味します。小規模分散型であることによって、大規模な災害が起こった場合でも、大規模集中立地によるリスクを避け、システム全体の停止は避けることができます。したがって災害への抵抗力が高くなり、リスク低減社会の構築に資することになります。これはさらにエネルギーの地産地消と自然に適合した地域経済や雇用の拡大にもつながることになるのです。
 日本政府は福島原発事故を契機として、エネルギー基本計画をはじめ、既存のエネルギー政策の根本的な見直しを行うことを表明しています。発送電の分離を始めとし、はたして「21世紀型のエネルギー・電力供給システム」への移行を確かなものとできるかどうか、今後大いに注目されるところです。

表2 従来型電力供給システムと21世紀型電力供給システム
原子力+化石燃料 再生可能エネルギー+スマート・グリッド+蓄電
大規模・集中電源 分散型・双方向型(大規模災害への抵抗力大)
地域独占・垂直統合 電力自由化、発・送電分離
既得権益 産業構造転換・新規参入、消費者の選択
RPS(再生可能エネルギーに関する固定枠制) FIT(固定価格買取制)、新たなビジネスモデル
トップ・ダウン ボトムアップ(←市民運動、消費者運動、自治体からの政策革新)

(諸富徹【14】を参考に筆者作成)


自然再生事業(ハム市)

【1】
日経新聞2011年5月30日夕刊
【2】
1980年を境に分けたのは、異なる技術基準で運転されていたためである。
【3】
朝日新聞2011年5月13日
【4】
ドイツ連邦議会は2院制であるが、州政府の代表で構成される連邦参議院は2010年10月以来野党が多数を占め、ねじれ国会となっていたが、2011年3月の地方選挙の結果、与野党逆転はさらに拡大した。
【5】
東京新聞2011年4月17日朝刊
【6】
短期的には既存原発の運転停止により、ドイツは電力輸出国から輸入国になってしまったことも報じられている(毎日新聞2011年5月9日)。ただしドイツ環境省は、「ドイツは国内需要を自力で供給することはできるが、安い隣国の電力を輸入しているだけであり、欧州の電力自由化市場ではよくあること」と述べている。
【7】
ワールドウォッチ研究所、「地球白書2009-10」、ワールドウォッチジャパン、2009年、111頁
【8】
最近のエコロジー的近代化論に関する議論については、Mol, A.P.J., Sonnenfeld, D.A., & Spaargaren, G. eds, “The Ecological Modernisation Reader”, Routledge, 2010を参照。
【9】
「環境政策統合」とは、持続可能な発展を実現するために設計された政策原則であり、環境に関する目標と環境配慮を、他の分野(たとえばエネルギー、運輸、農業など)の政策決定と計画に統合することであり、持続可能な開発を実現する上で鍵となる政策である。詳しくは、松下和夫、「持続可能性のための環境政策統合と今日的政策含意」、環境経済・政策研究、Vol.3, No.1, 2010年参照
【10】
ただし2005年に発足したメルケル政権ではエネルギー税制の段階的引き上げは実施されなかった。また、後述の「新エネルギー戦略」で既存原子力発電所の稼働期間を平均12年延長することを提案したことから、これに反対する野党(社会民主党、緑の党、左派党)と厳しく対立することになった。
【11】
EUの30%削減目標は他国が同等の努力をするとの条件付であるが、ドイツの現在の目標にはこの条件はつけられていない。
【12】
ドイツ語では、Energiekonzept。
【13】
大島堅一、「再生可能エネルギーの政治経済学」、2010年
【14】
杉田敦編、『連続討論 「国家」はいま』、岩波書店、2011年、86-95頁
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〜著者プロフィール〜

松下 和夫

京都大学大学院地球環境学堂教授 国連大学高等研究所客員教授。
東京大学経済学部卒、ジョンズホプキンス大学大学院(修士)。
環境庁(省)、OECD環境局、国連地球サミット上級計画官等を経て2001年より現職。
1992年の地球サミットには国連の立場から、2002年の持続可能な開発世界首脳会議には環境省参与として参画。
国連気候変動枠組条約や京都議定書の交渉にも関与。
持続可能な社会に向けた地球環境政策や環境ガバナンス論を研究。
主著に「環境政策学のすすめ」、「環境ガバナンス」、「環境政治入門」など。

〜著者による近著〜

『地球環境学への旅』(松下和夫著、文化科学高等研究院出版局、2011年9月発行)
定価3,990円(税込)、ISBN-13: 978-4938710699

持続可能な社会を作る観点から環境政策を考察してきた著者の近著。
世界と日本の環境政策の理論と実際、その思想を、歴史的にも広く考察。
現代社会での多様な主体が相互に関わるガバナンス・プロセスなどを紹介し、環境政策を統合することの重要性を説く。
後半は様々な現場で関わる人との対談や世界各地での体験レポートなどを満載。


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