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No.190

Issued: 2011.03.25

引っ越しシーズンは外来種に注意? 多摩川 おさかなポストの試み

目次
引っ越しシーズンは生態系への脅威
「おさかなポスト」ができるまで
おさかなポストの課題
引き取り手を探す
おさかなポストを通じて伝えたいこと

おさかなポストはこちら

 学校では卒業・入学、会社では入社や異動など、3月〜4月は巣立ちと新しい出会いの季節となっています。同時に、親元を離れての入学、あるいは転勤などに伴う引っ越しのシーズンでもあります。その引っ越しでは、それまで飼っていたペットをどうするか、頭を悩ますことも少なくないようです。
 「タマゾン川」と揶揄されるほど、外来種が増えてしまった、多摩川。グッピーなどの熱帯魚に加え、なかには南米産のピラニアやタイガーシャベルノーズ・キャットなど、さまざまな魚が放りこまれています。
 多摩川では、飼えなくなったペットを預かり、新たに学校や飼い主を探す「おさかなポスト」が2006年から進行中です。今回は、多摩川の生態系を守るための「おさかなポスト」について報告します。

引っ越しシーズンは生態系への脅威

 3月下旬から4月上旬は、とにかく引っ越しが集中します。大手の引っ越し業者では、年間の引っ越しのうち20%がこの2週間に集中するというデータもあるそうです。
 ただし、出会いや別れはヒトだけではありません。多くの家庭で引っ越しのときに頭を悩ませるのは、それまで飼っていたペットをどうするのかという問題。遠くに引っ越す場合は、輸送によってペットにも相当の負担がかかることが予想されますし、そもそも引っ越し先のマンションではペットが禁止されていることもあります。そんな時に、皆さんだったらどうしますか?
 「施設に出したり、殺してしまうのはかわいそう」ということで、こっそり、近所の森や川に放そうという人が後を絶たないのも現実です。ただ、国内の別の場所や海外から持ち込まれた生き物は、もともとその地域に棲んでいる在来の生物を追い払ったり、交雑したりする恐れがあります。
 実は、引っ越しのシーズンは、日本の生態系にとって、最も脅威が大きいシーズンになっています。外来種で問題となるのは、生息する場所の取り合いや交雑だけではなく、免疫のない病気への伝染なども懸念されます。例えば、多摩川で心配されているのは、ナマズの病気であるエドワジエラ・イクタルリがアユなどに感染することです。
 引っ越しの他にも、大量の魚が持ち込まれるのが、相続の際。相続によって、屋敷や庭にかかる税金が支払えなくなって土地を手放したり、一部を売却することがあります。そんなとき、それまで池で飼われていた魚などをどう“処分”するか。立派なコイがトラックでおさかなポストに持ち込まれてくるケースもあるそうです。
 引っ越しや相続など、人間の住居の都合で、飼われていた魚やペットが右往左往する事態となる世相を、おさかなポストは反映しています。

「おさかなポスト」ができるまで

復活した多摩川の魚たち

 高度成長の時代、多摩川は洗剤や工場排水で界面活性剤などで泡立つほど汚染されていました。そこで、地元の魚を再生させようと、コイ、モツゴ、ギンフナ、ウグイなど在来の魚を飼育する施設が建設されました。コンクリートの槽の中で飼育されたコイなどが、多摩川に放流されたのです。

 その後、多摩川の水質が改善し、魚が増えていくとともにこうした施設は使われなくなっていきました。これに目を付けたのが、地元で多摩川の再生や環境活動に取り組んでいた山崎充哲さん(おさかなポストの会・代表)です。飼いきれなくなったペットなどの外国産の魚が多摩川に放流される現状に危機感を抱いた山崎さんは、この施設を有効活用できないか、管理をしていた漁協と掛け合いました。その熱意を買われ、自ら漁協の組合員となって、おさかなポストが誕生することになりました。

 飼えなくなった魚を預かるには、ただ水槽があればいいというものでありません。熱帯魚は、暖かい水温でなければ死んでしまいます。おさかなポストでは、熱帯魚用にヒーターで水温を暖められている水槽も別に準備されています。


山崎さんに説明を聞く

熱帯魚用にヒーターで暖められている水槽

おさかなポストの課題

 せっかく熱帯魚用に別の水槽も準備されていますが、肝心の魚を間違って入れてしまうケースもあります。熱帯魚を冷たい水の水槽に入れてしまう人があとを絶たず、残念ながら翌朝には死んでしまっていることも。
 熱帯魚でなくとも、「おさかなポスト」までの移動も問題です。多くの人が自分で車を運転して魚を持ってきますが、運んでいる途中に酸欠でせっかくの魚が死んでしまうことも多いそうです。
 「おさかなポスト」では、実費に近い金額での引き取りも提案していますが、自分で運搬しようとして失敗してしまうことが多いそうです。現に、お話を聞きに伺った日も、運んでくる途中で酸欠で死んでしまったであろう大きなコイが水面に浮いていました。
 「途中で殺してしまったのでは、なんのためにもってきたんだかわからない」と山崎さんは嘆きます。

 このような技術的な難しさや失敗に加えて、ペットの飼い主の倫理観にも課題があります。
 匿名で秘かに訪れて、ペットを無責任に放すことができるこうした施設ができることで、かえって飼い主の意識と責任を軽くすることにつながるのではといった議論もあります。おさかなポストに運び入れる理由には、「魚が汚くなった」「もうボロボロだからいらない」というものも少なくはありません。本来なら、責任感を持って飼育できるよう、買う時や飼い始める時に、じっくりと考えたり、教育したりすることこそが一番大事ということは、運営する側でも強く感じているそうです。

引き取り手を探す

生田小学校と向上高校での飼育の様子

生田小学校と向上高校での飼育の様子

 さて、次に引き取り手を探すことも重要です。「無料であれば、珍しい魚などを引き取りたい」という人もいますが、本当に長期的に飼ってもらえるのかを確認する作業が必要になります。
 まず、十分な大きさの水槽があるのかどうか。大きくなっても餌代をきちんと工面できるのかどうか。
 環境教育のために学校などから要望があれば、引き取ってもらっています。川崎市立生田小学校や神奈川県伊勢原市にある向上高校など、小学校から高校まで幅広い学年の子どもたちが魚を引き取り、飼育しています。

川で紙芝居

 おさかなポストでは、外来種の問題の他にも、生活と多摩川との関係について考えてもらう催しなども開催しています。
 例えば、多摩川には温度が高めの生活用の下水が流れ込んでくることから、お風呂のお湯を一晩冷やしてから流したり、洗剤も川にやさしいものをという内容を、クイズなどを交えながら紙芝居で訴えています。東京都の子どもと川崎市の子どもが境界線となる多摩川でいっしょに遊ぶような企画も行なっています。


おさかなポストを通じて伝えたいこと

 2006年以来、おさかなポストには10万匹以上の魚が投げ込まれてきました。最近では、魚だけでなく、ペットで飼っていて飼いきれなくなったアヒルなども敷地に置き捨てていく人もいるそうです。現実には、なかなかうまくいっていない点、難しい点もあります。
 ただ、おさかなポストに投げ込まれる魚をみて、子どもたちが興味を持って、どのような背景があってそこにいるのかというところまで感じてもらうことができれば、ペットを飼うことの責任やいのちについて考える、環境教育のきっかけの場にもなる可能性があります。

 おさかなポストでは、紙芝居や川遊びのイベントなどを通じて、子どもたちが楽しみながら、川や環境について親しみ、ペットを飼う前に、本当に長く飼っていくことができるのか、じっくりと考えていってもらいたいと話します。

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記事:香坂玲・来野とま子

〜著者プロフィール〜

香坂 玲

東京大学農学部卒業。在ハンガリーの中東欧地域環境センター勤務後、英国UEAで修士号、ドイツ・フライブルク大学の環境森林学部で博士号取得。
環境と開発のバランス、景観の住民参加型の意思決定をテーマとして研究。
帰国後、国際日本文化研究センター、東京大学、中央大学研究開発機構の共同研究員、ポスト・ドクターと、2006〜08年の国連環境計画生物多様性条約事務局の勤務を経て、現在、名古屋市立大学大学院経済学研究科の准教授。

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