No.172
Issued: 2010.02.10
シリーズ・もっと身近に! 生物多様性(第20回)生物多様性条約の実施のための知られざる法制度:カルタヘナ議定書
今年はいよいよ第10回の生物多様性条約締約国会議が愛知県名古屋市で10月に開催されます。
地球温暖化の防止をめざす国際的な枠組、気候変動枠組み条約には、有名な「京都議定書」という日本の都市名を冠した議定書があり、条約で合意した大枠の目標に向けた具体的な目標途方法等が定められています。実は、生物多様性条約でも──あまり知られていないかも知れませんが──、議定書が採択されています。こちらは、南米のコロンビアの都市名から「カルタヘナ議定書」と呼ばれています(1999年2月にカルタヘナで開催された特別締約国会議で名称が決まりましたが、採択の予定が延期され、最終的な合意は翌年のモントリオール再開会合まで持ち越していました)。
議定書は条約の目的達成に向けて実施面で重要な役割を果たす、実行力のある存在です。今回は、生物多様性条約の縁の下の力持ちともいえる「カルタヘナ議定書」を紹介します。
ジョグレフ事務局長のメッセージ(対訳)
日本国民の皆さま、
日本国民の皆さまと日本政府のバイオセーフティに関するカルタヘナ議定書へのご支援にまず敬意を表したいと存じます。本年10月に名古屋で開催される、第5回議定書締約国会合(COP/MOP5)と第10回締約国会議(COP10)の開催の申出をいただいたこと、そして会議に向けて熱心にご準備いただいていることに対し、日本政府に感謝の意を申し上げます。COP/MOP5では、議定書の実施の促進に向け、主要な決議がなされるものと予想されております。
会合では、遺伝子組換え生物(LMO)の国境を超える移動により生じると思われる損害について、その責任と救済についての法的拘束力のある規則と手続きに関する決議が採択されるものと思われます。リスク・アセスメントを管理する手順の行程表に関する決議も予想されています。
COP/MOP5に向けた準備の中で、日本ではバイオセーフティの教育・研修に関する学術機関等による第3回目の国際会合が、2010年2月15〜17日に筑波において開催されることを大変嬉しく思います。バイオセーフティの研修に関し国際的に協力していく上で重要な会議となるでしょう。
今年10月のCOP/MOPで日本が議長を担うとして、遺伝子組換え生物(LMO)の移動、取扱い、そして使用上の安全性を確保するという議定書の目的を推進するため、一緒に取り組むことができることを楽しみにしています。2000年1月、生物多様性条約の補足合意として採択されたこの重要な国際文書に、今こそ皆でさらに取り組むべきなのです。皆さまが私どものウェブサイトをご覧いただくことを願っています。(http://www.cbd.int/mop5/)
事務局長 Ahmed Djoghlaf
Dear Citizens of Japan,
I wish to pay tribute to you and the Government of Japan for your support to the Cartagena Protocol on Biosafety. In its recent efforts, I would like to express my gratitude to the Government of Japan for offering to host the upcoming fifth Conference of the Parties serving as the Meeting of the Parties (COP-MOP 5) and the tenth Conference of the Parties (COP) to the Convention scheduled to be held in Nagoya in October this year and also for the fervent preparations being made towards the meetings. The COP-MOP/5, is expected to arrive at major decisions aimed at advancing the implementation of the Protocol.
The meeting is expected to adopt a decision on legally binding rules and procedures for liability and redress for any potential damage that may be caused by the transboundary movements of living modified organisms (LMOs). A decision on a roadmap on steps for conducting risk assessment on LMOs is also expected. These are critical subjects for ensuring the successful implementation of the Protocol.
In the preparations towards COP-MOP 5, it gives me great pleasure to note that Japan is hosting the third International Meeting of Academic Institutions and other Organizations involved in Biosafety Education and Training, in Tsukuba, 15-17 February 2010. This critical meeting will contribute to international cooperation on training in Biosafety. The outcomes of this meeting will be presented to the COP-MOP 5 for its consideration.
When Japan assumes the Presidency of the COP-MOP in October this year, I look forward to our working together to help advance the objective of the Protocol in ensuring the safe transfer, handling and use of living modified organisms (LMOs). Now is the time for all of us to recommit ourselves to this important international instrument that was adopted as a supplementary agreement to the Convention on Biological Diversity (CBD) in January 2000. I urge you all to visit our website at http://www.cbd.int/mop5/
Ahmed Djoghlaf
Executive Secretary
Convention on Biological Diversity
カルタヘナ議定書の目的と特色
カルタヘナ議定書の正式名称は、「生物の多様性に関する条約のバイオセーフティに関するカルタヘナ議定書」で、英語でも非常に長い正式名称になっています。通常は、「(バイオセーフティの)カルタヘナ議定書」と呼ばれています。
議定書の取り決めは比較的具体的で法的な拘束力もありますので、実行力の面で果たす役割が大きくなっています。例えば、条約事務局などが運営するシステムに、タイムリーに情報を提供することなどが締約国には義務づけられています。
このカルタヘナ議定書には、大きく2つの特色があります。現代のバイオテクノロジーによって変えられた生物や組織体(これを「LMO(またはGMO)」と言います)に関するルールであること、またそれが国境を越えた移動に関する場合に適用されるということ です。
その目的は、生物の多様性の保全及び持続可能な利用に悪影響を及ぼす可能性のあるLMOの安全な移送、取扱い及び利用に関して十分な水準の保護を確保することで、特に国境を越える移動に焦点を当てたものになっています。また、新しい技術を用いて環境に重大で修復や後戻りができないような変化(不可逆な変化)を起こしてしまう恐れあるリスクに対しては、科学的な因果関係が不十分な状況でも、規制措置を可能にしようという予防原則または予防的取組(precautionary approach)の精神にのっとっていることも特徴の一つです。
議定書は、条約全体の中でも、少し異質な、バイオテクノロジーなどを用いた遺伝子組換え体に特化した内容で、法的な面で義務や拘束力が強いものになっています。議定書が扱う範囲は、科学的なリスクに関わる議論と、法律的な制度とその設計の両方にまたがっています。
日本では、議定書の国内法(「カルタヘナ法」と呼ばれます)が2004年2月19日から施行されています。内容は、LMOによる生態系への影響を防止するため、その輸入や使用などを規制すること。違反すると罰則(罰金など)もあり、遺伝子組換えやバイオテクノロジーなどの研究をしている大学や企業などの物質のやりとりに大きな影響がありました。
コップ・テンの開催はいつ? 〜コップとコップモップ?!
生物多様性条約も気候変動枠組み条約も、「枠組みの条約」と呼ばれます。これは、ひとまず総論としての合意を得たあとで、議定書などの形で各論についての取りきめなどを追加的に定めていく方式です。また、生物多様性条約を批准している190以上の国と地域のうち、150カ国程度が議定書に批准または批准の準備をしています。
さて、条約と議定書は、話し合う会合も別に設定され、条約全体の会合をコップ(COP)、議定書について話し合う会合をコップ・モップ(COP/MOPと表記)と呼んでいます。
「生物多様性」、「コップ」という言葉でさえも認知度はそれほど高くはありません(内閣府、環境省、地方自治体の調査より)。まして、「コップ・モップ」などというとますます混乱を招くことになるかもしれません。生物多様性条約の会議のなかでは、「カルタヘナ議定書」について話し合う会合のことを示していると理解していただければわかりやすいかも知れません。
「生物多様性条約のCOP10(コップ・テン)の開催はいつですか?」という単純な質問でも、正確に答えるには複雑な説明がいります。大雑把にいうと、10月11日が、開催の初日と言って差し支えないでしょう。ただ正確には、「10月11日から1週間、まずは議定書を話し合う会合であるCOP/MOPが開催され、引き続き10月18日から2週間の期間で、生物多様性条約の話し合いを行うCOPが開催されます」ということになります。
本シリーズの第2回「国際交渉と生物多様性条約の歴史と展望」で紹介したように、COPの議論に至るまでには専門部会などの会合が重ねられます。ここで、「履行責任」「責任と賠償」「リスク評価とマネジメント」などテーマごとの作業部会が設置され、COP/MOPへの議論につながっていきます【1】。
議定書の論点
2010年10月のCOP/MOPでは、万が一事故や問題が発生したときに、どのように責任をきめ、修復をしていくのか(条文の27条)、またリスク評価について、発展途上国での能力訓練の方法や、能力構築の実質的な推進方策(15条と附属書III)などについて議論します。
条約事務局でも、能力向上を目的として、オンラインの学習ツールなどを準備していますが、そもそも通信インフラも整わない地域があることなども問題となっています。
さて、遺伝子組換えでは、社会でも盛んな議論が行われています。
遺伝子組換えの是非を巡っては、宗教や倫理観の違いを含めて、各国で激しい議論が行われてきました。NGOや消費者団体、科学者、企業、政府などが、安全性や費用対効果などを巡って主張が平行線をたどってしまうことも珍しくありません。
また、先進国の大企業が開発した遺伝子組換えの農作物によって、途上国の産業に大きな影響が及ぶことを懸念する国々もあります。
2008年にドイツ・ボンで開催されたCOP9では、カルタヘナ議定書の話し合いが始まった日に、農業関係者などがトラクターに乗って大規模なデモを行いました。
新しい技術に対しては、現実性、利点、コスト、その技術を社会がどう受け止めていくかなど、さまざまなセクターの幅広い関心と議論が必要となります。自国を取り巻く世界情勢や貿易の状況などを踏まえて、どのような選択肢が望ましいのか、日本でも議論が盛り上がることが期待されます。
科学的な議論に加えて、法的制度の議論と整備も欠かせません。COP10での最大の争点の一つが「責任と救済」にあると、多くの関係者がみています。なかには、議定書に追加的な新しい制度ができるのではないか、日本の地名を冠したようなレジームが誕生するのではないかとみる関係者もいます。
これまで、LMOの国際的な移動に際して事故などが発生した場合の国際的な手順や枠組みをつくっていくことについて話し合いがされてきました。原発や石油タンカーの事故と同じような手順と枠組で扱うのか、別の形をつくっていくかといった議論が積み重ねられてきました。
現段階では、踏み込んだ取り決めというよりは、国際的なレベルで幅広く合意をしていくことを念頭に、議論が収れんしつつあるとみられています。
カルタヘナ議定書の批准国々も着実に数を増やしていますが、カナダやオーストラリアを含む40近い国々は議定書を批准していません。参加する国々の地域や経済段階が偏ってしまったり、抜けが出てくると、世界的な実施のうえでの障害となることも懸念されます。
2010年2月には、知識の普及や啓発などを含めた科学者を中心としたバイオセーフティの教育・研修に関する国際会議が日本で開催される予定です(会場は筑波大学)。今後とも、カルタヘナ議定書の動向に目が離せそうにありません。
- 【1】シリーズ・もっと身近に! 生物多様性
- 第2回「国際交渉と生物多様性条約の歴史と展望」
関連情報
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記事:香坂 玲
〜著者プロフィール〜
香坂 玲
東京大学農学部卒業。在ハンガリーの中東欧地域環境センター勤務後、英国UEAで修士号、ドイツ・フライブルク大学の環境森林学部で博士号取得。
環境と開発のバランス、景観の住民参加型の意思決定をテーマとして研究。
帰国後、国際日本文化研究センター、東京大学、中央大学研究開発機構の共同研究員、ポスト・ドクターと、2006〜08年の国連環境計画生物多様性条約事務局の勤務を経て、現在、名古屋市立大学大学院経済学研究科の准教授。
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