No.162
Issued: 2009.04.22
立山の雪 実録・環境省レンジャーものがたり(第3回)
中部山岳国立公園は長野、新潟、富山、岐阜の4県にまたがり、槍ヶ岳、穂高岳、白馬岳、立山、剱岳など3,000m級の高峰が連なる日本屈指の山岳国立公園です。
そのうち立山自然保護官事務所の管轄している富山県内には、立山連峰や黒部峡谷、後立山連峰などが連なっています。
中でも、薬師岳、立山、剱岳などが連なる立山連峰は、海抜0mの富山湾から一気に標高3,000mの稜線まで立ち上がり、大陸から吹き付ける偏西風を大きな屏風のように受け止めています。
今回は、立山三山と呼ばれている別山、雄山、浄土山と、それに囲まれるように位置する室堂平周辺の特異な環境と雪にまつわる話をお届けします。
雪に閉ざされ、風吹き荒ぶ、立山の冬
標高2,450mの室堂平では、例年9月下旬〜10月上旬に初雪が降り、場所によっては翌年の7月まで根雪が残るため、1年のうち8ヶ月は雪に閉ざされているといえます。
夏の平均気温は11℃〜15℃程度で、冬期には氷点下25℃以下まで下がります。
風向、風速については、気象条件が厳しいため冬期間の観測はほとんど行われていませんが、主に西寄りの風が卓越し、平均風速は4〜5m/secと考えられます。なお、2007年8月に発生した低気圧の接近に伴い、室堂平の地獄谷で瞬間風速39m/secが観測されています。
アルペンルートの開通
立山には、「立山黒部アルペンルート」と呼ばれる山岳観光ルートがあります。昭和46年の開通以来、年間100万人以上の利用者が訪れる一大利用拠点となっています。
このアルペンルート、当初の案では立山連峰の稜線を越えて黒部ダムまで車道を延長し、富山県と長野県を車道で繋ぐ計画でした。しかし、豪雪と急峻な地形に阻まれ、もとより自然環境への影響も大きいことから、車道だけで繋がることはありませんでした。現在では、トンネルトロリーバス、ロープウェイ、ケーブルカーなどを乗り継いで通過しています。
壮観な「雪の大谷」
アルペンルートの中で、美女平〜室堂平までの区間は車道となっていますが、マイカーは規制され、路線バスや観光バスが運行しています。
開通当初は雪の消えはじめる6月から運行を開始していましたが、高性能ロータリー除雪車の導入や、バックホウなどの改良、GPSによる除雪精度の向上などにより、現在では4月中旬に開通しています。
室堂平に近い、通称「雪の大谷」と呼ばれている場所では、雪が大量に吹き溜まるため、毎年開通当初にはとてつもない雪の壁が出現します。10m以上の雪の壁が延々500mほど続く中を通過するバスの車窓からの眺めは圧巻です。雪の多い年には、場所によって最大で高さ20m以上を記録したこともあります。
この雪の大谷を一目見ようと、最近ではゴールデンウィークを中心に利用者が増加しており、春先だけで毎年5万人前後の観光客が訪れています。
なお、現在は2車線の幅で除雪されていますが、除雪技術が発達する以前は、1車線分を除雪するのがやっとでした。しかし車道の幅が狭い分、雪の大谷はより迫力があったそうです。
また、開通期間の早期化に伴って除雪経費は年々増加しており、1996年以降、1億円を超える除雪費用を要しています。
室堂平の積雪は世界一?
立山カルデラ砂防博物館が1997年から始めた調査によると、室堂平における10年間の平均積雪深は8mで、記録のある地域の平均積雪深としては世界トップクラスになることがわかりました。雪の密度や重さから冬期の総降水量が3,000mmになることもわかり、夏の降水記録と合わせると年間で6,000mmを超える、世界でも有数の降水地になるそうです。
大量の積雪によって、立山周辺では雪圧による道路や歩道、山小屋の損傷が後を絶ちません。道路の法面のアスファルトに亀裂が入っていたり、木道の柵が根元から折れていたりするのを見るたびに、雪の圧力のすごさを実感し、人知を越えた自然のエネルギーを感じます。
限りある室堂の飲料水
雪がたくさん積もる室堂平ですが、アルペンルートが開通する春先に飲料水を確保できるのは地獄谷の湧き水だけです。この湧き水は、みくりが池から地下を通って流れ出る水で、公共施設、山小屋、ホテルなど室堂平から天狗平のすべての施設が利用しています。
4月中旬の開通当初、特に気温の低い年などには水量も少なく、水が足りなくなるときがあります。その場合は、下界から給水車で水を供給しています。
6月を過ぎると地獄谷の水量も増えてくるほか、室堂平から大観峰に向かう立山トンネル内の地下水が利用できるようになります。
かつて山小屋では、春先に必要な水はすべて雪を溶かして利用していました。現在では利用者が増え、水を多く使う水洗式トイレや合併浄化槽などの普及もあって、多くの山小屋で小屋開きと同時に大量の水が必要になっています。
"黄色い雪"の秘密
世界に誇れる立山の雪ですが、最近では純白ではなく黄色っぽく見えるときがあります。
これは大陸からの黄砂の影響です。黄砂は主に3〜5月に偏西風に乗って飛来しますが、近年では飛来回数が増加傾向にあるようです。
アルペンルートの開通前に、準備のために真っ先に入山しても、黄色っぽくなった雪を見てがっかりすることがあります。また、最近では黄砂とともに飛来する酸性物質が植生などに影響を及ぼしているのではないかと懸念されています。
おわりに
立山の雪をテーマにお伝えしましたが、立山の雪が織りなす様々な不思議や人間ドラマは、まだまだたくさんあります。地球温暖化の影響も懸念されていますが、今後も立山の雪を取り巻く貴重な自然環境を後世に残していく決意を新たにし、筆を置きます。
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(記事・写真:立山自然保護官事務所 自然保護官 岸 秀蔵)
〜著者プロフィール〜
2002年10月環境省に採用され、地球環境局環境保全対策課に配属される。国際的な森林保全、砂漠化対策を担当する。
2004年4月北海道の羅臼自然保護官事務所へ異動し、知床世界自然遺産の登録作業に関わる。
原生的な自然環境や野生動植物の保全、科学的調査やエコツーリズムの推進、地域ルール作りやビジターセンターの建て替えなど、得難い経験をする。
2006年10月より立山自然保護官事務所に勤務し、山小屋の建て替え相談、登山道の整備などに関わる。
高校、大学の山岳部時代に親しんだ北アルプスで仕事が出来ることに感謝しつつ、山に恩返しをするつもりで仕事に携わっている。
※掲載記事の内容や意見等はすべて執筆者個人に属し、EICネットまたは一般財団法人環境イノベーション情報機構の公式見解を示すものではありません。