No.152
Issued: 2008.09.19
シリーズ・もっと身近に! 生物多様性(第14回)「都道府県の生物多様性戦略づくり 〜埼玉・千葉・石川・愛知の協演」
生物多様性条約が実践される上で鍵を握るのが、多様なセクターの参画です。特に地方自治体の役割が注目され、条約の締約国会議でも、独自の決議「都市と地方自治体の参画の推進」(決議 IX/28)が採択されています。
決議の背景には、COP9(2008年5月、ドイツ・ボン)での国際的な自治体のイニシアティブなどがあり、日本の地方自治体も、次期ホストとして、積極的な参加を示しています。
先に発表された日本の第三次生物多様性国家戦略でもこの点が強調されていると同時に、日本の地方自治体の中で生物多様性に関わる戦略をまとめる動きが広がっています。また、6月に施行された生物多様性基本法の第13条でも都道府県と市町村が、基本的な計画としての「生物多様性地域戦略」を定めることを努力目標)』【1】としています(第5条でも地方公共団体の責務にも言及)。
今回は、全国でも先駆けて戦略を策定してきた千葉県と埼玉県、そして現在策定作業が続いている石川県と愛知県の戦略について、各地からのレポートをもとにご紹介します。
都道府県の戦略づくり
本シリーズの第4回、第5回では、名古屋市および国家レベルで策定された生物多様性に関する戦略について紹介しました。
一方、ブラジルやメキシコの事例など世界を見渡すと、生物多様性の戦略や政策を、国と市町村の間の行政組織が策定している例が見られます。
今回、日本の各都道府県で策定している生物多様性に関連した戦略の特色や取りまとめる上での苦労話などについて、各都道府県より情報の提供をお願いしました。実践の経験などを共有することで、他都道府県でも参考にして、取り組みが広がっていくことを期待するとともに、一般市民が自分の住んでいる都道府県でどのような政策または戦略があるのかなど、これを機に関心をもってもらうことを意図しています。
※都道府県コードに従い、埼玉県、千葉県、石川県、愛知県の順番で紹介します。
埼玉県の取り組み
◇「生物多様性保全県戦略」の特色について
埼玉県の戦略は、県民が生物多様性の保全を身近な問題として捉え、企業・団体・県民一人ひとりが、できることから行動するためのガイドとして活用してもらうことを目的としています。
そのため、県民が身近なことから行動できるよう、行政計画という形式ではなく、あえて実践的視点で作りました。
例えば、「家庭での取組」「学校での取組」「工場・事業所での取組」など、それぞれの場所における具体的な活動事例を紹介しています。
さらに、保全活動を団体で行う場合の取り組みモデルを5つ示して、目標の決め方から保全効果の検証までの流れを示しました。
また、イメージ図や写真を多く用いて、見やすさ、わかりやすさに配慮しています。
◇「戦略」作成に当たっての苦労・苦心について
有識者6名で構成する検討委員会で、中間報告を行いつつ、何回も検討を重ねました。これは、実践的視点でわかりやすい県戦略を作るというポリシーによるものです。
[絵に描いた餅でなく実践できるものを]
関係機関から戦略案に対する意見を聴取し、各種法令や現場での制約など様々な意見をもらいました。それらを踏まえ、県民一人ひとりができることから行動していく内容としました。
[見やすくわかりやすいものを]
項目ごとに要約を入れたり、イメージしやすいよう図表を多く用いるなど、細部まで見やすさわかりやすさを追求しました。
◇施行・実施局面での工夫について
県戦略は、ホームページに掲載しているほか、冊子を保護活動団体、県内の小中高等学校、大学、市町村等に配布するなどの普及を図っています。
さらに、20年度からは「まちのエコ・オアシス保全推進事業」を実施することとしました。この事業は、都市周辺の貴重な自然環境を公有地化し、地域住民等による自主的・持続的な活動で保全していくものです。県内数か所で県戦略に示した保全活動を実践し、そこをモデルとして保全活動を普及啓発していくことを目標としています。
一方で、「生物多様性」という概念そのものの認識が極めて低いことから、これをわかりやすい形でいかに普及させるか、第一段階の啓発が極めて重要だと感じています。
◇知事のメッセージ
多様な生き物がすむ豊かな自然環境は、かけがえのない財産です。
私はこの豊かな環境を次の世代に引き継ぐために「みどりと川の再生」に取り組んでいます。
みどりの保全・創造を進めるため、自動車税を活用した「彩の国みどりの基金」を創設するとともに、川の再生プロジェクトを実施し、多様な生き物を埼玉県の里山・里川に呼び戻したいと考えています。
そのためには、一人ひとりが環境保全を身近な問題として捉え、できることから行動することが重要です。
一人ひとりの小さな取り組みをつなぎ合わせながら、県民参加の大きなムーブメントをおこしていきたいと考えています。
千葉県の取り組み
◇「生物多様性ちば県戦略」の特色
千葉県では、本年3月全国初の地域戦略となる「生物多様性ちば県戦略」を策定しました。
戦略の理念については、タウンミーティングや県民会議を通じ県民から政策提言をいただき、生命のすばらしさや大切さ、そしてその恵みを後世にしっかりと守り・伝えていくことが重要であるとのことから、「生命(いのち)のにぎわいとつながりを子どもたちの未来へ」としています。
また、視点として「地球温暖化と生物多様性を一体的に捉える視点」、「農林漁業者やこども、女性、障害者など多様な生活と生業の視点」、「すべての施策の立案と実施に生物多様性の視点を」の3つを掲げ、概ね50年後の目標達成を目指し、今後5年間の施策の方向や取り組みを示しています。s
◇県戦略の策定に当たって
千葉県では、主要な計画や戦略については、県民参画により策定することとしており、これを「千葉方式」と呼んでいます。その特徴は、
(1)「タウンミーティング」等の会議を自ら企画・運営いただく、
(2)白紙のキャンパスに自由に絵を描いていただく、
(3)行政の役割は、専門的観点から法令との整合等をチェックする、
(4)県民はプレーヤーとなり率先して施策を実行していく、
ことにあります。県戦略においても、平成18年にタウンミーティングを県内20箇所で実施し、その中で県民主体による「ちば生物多様性県民会議」が19年に設置され、「谷津田」や「有機農業」、「里山・里海」など32のテーマごとに検討が行われ、10月に県戦略への提言書が提出されました。
◇県戦略の推進
戦略では、(1)地球温暖化対策や原生、里山・里沼・里海、都市の生態系の保全・再生に向けた取り組みや、(2)農林漁業による生物資源や地域文化の継承などの持続可能な利用の推進、(3)県民、NPOなどと連携したモニタリング体制の整備や、児童・生徒を中心とした教育・学習の推進、(4)生物多様性センターの設置や条例等取り組み推進のしくみづくり等、4つ分野で具体的取り組みを明示しました。特に、持続可能な利用を図ることで生物多様性の大切さを認識いただき、自主的・主体的な取り組みを進めてもらう利活用の施策も盛り込んでいます。早速、この4月から県立中央博物館内に生物多様性センターを設置し、NPOなど多様な主体と連携・協働し、戦略に沿って施策を実施に移しています。
◇千葉県知事の言葉
地球温暖化と生物多様性は、相互に深く関係しているにもかかわらず、別々に対策が進められてきました。しかし、地球温暖化と生物多様性を一体として捉えた取り組みでなければ効果的な対策は望めません。また、こうした取り組みは県民が主体となって考え、実践することが重要です。千葉県では、県民とともに徹底した議論を積み重ね、この3月に全国初となる「生物多様性ちば県戦略」を創り上げました。今後は、4月に設立した生物多様性センターを拠点に、県民とともに戦略を推進してまいります。こうした千葉県の動きが全国のモデルとして広まることを期待しています。
千葉県知事 堂本 暁子
石川県の取り組み
石川県における「生物多様性戦略ビジョン」の策定について
石川県では、2010年のCOP10に向けて、里山や里海を中心とした石川型の生物多様性戦略ビジョンの策定に着手しました。
◇策定の背景
石川県では、県土の約6割を里山が占めています。里山は、人が利用しながら自然を守っていく持続可能な循環型システムを持ち、人と自然の共生のモデルとして未来に継承していくことが重要であると考えています。これまでにも、県民参加による里山保全再生活動のしくみづくりや活動への支援、森林環境税を活用した混交林化の促進や、いしかわ自然学校での各種自然体験プログラムの実施など、里山の保全再生や利用のための施策を展開してきました。
また、金沢大学をはじめとする学術研究機関や多くの民間団体が里山の保全再生活動に取り組んでいます。加えて、今年4月に国連大学高等研究所いしかわ・かなざわオペレーティング・ユニットが、アジアでは初めて、世界でも6番目の施設として、金沢市内に設置され、「日本における里山里海サブ・グローバル・アセスメント(SGA)」が進められています。
このような状況のもと、谷本知事が今年5月にドイツのボンで開催されたCOP9の関連会議に出席し、「石川の『SATOYAMA』を未来の世代へ」と題した講演を行いました。この講演で、里山里海の保全再生に係る取組をさらに充実させるため、国連大学ユニットとの連携のもと、その拠り所となる「里山や里海を中心とした石川型の生物多様性戦略ビジョン」の策定に取りかかる意向を示しました。
◇策定の手順
本年7月、庁内に6部局横断の「里山利用・保全プロジェクトチーム」を立ち上げ、この戦略ビジョンの策定を含めた里山対策の検討に入りました。
今後、里山や生物多様性に関する有識者による「生物多様性戦略ビジョン策定委員会」を立ち上げ、その中での議論や意見をもとに、COP10へ向けて戦略を策定していきます。 この委員会では、県や市町等の各種取り組みの他、金沢大学や国連大学ユニットにおける調査、研究成果や、企業、NPO、里山活動団体等民間における活動の実践例等も踏まえながら、民学官が一体となって検討を進め、広く県民の方々のご意見をいただきながら取り組んでいきたいと考えています。
◇戦略ビジョンのイメージ(基本方針)
今回策定する戦略ビジョンは、希少種保護や生態系保全はもちろんですが、里山里海の生活環境や景観の保全再生、農林水産業の振興など、県民の暮らしに根ざし、里山等の利用促進につながる石川らしい内容をイメージしています。
また、石川県における生物多様性の保全にとって、里山等の利用促進や保全活動の活性化が極めて重要な要素であることを啓発し、県民に理解を深めていただくことも、この戦略ビジョンの目的の一つと考えています。
さらに、石川県における取組を世界に発信し、国際的にも評価がいただけるものを目指したいと考えており、COP10に向け鋭意策定作業を進めることにしています。
石川県環境部自然保護課
愛知県の取り組み
◇作成予定の生物多様性戦略の特色
愛知県では、COP10の開催を契機に生物多様性に配慮した地域づくりを総合的に推進することとし、次のような点に主眼を置き、県民、企業、NPO等多くの方との意見交換を重ねながら「あいち自然環境保全戦略(仮称)」を策定することとしています。
(1)奥山から里地里山、平野、沿岸域の生態系とそこに育まれている多様な動植物の保全を図る。
(2)生物資源の持続的利用を確保するため、環境保全型農業の推進や森林の整備などにより農林水産業の振興を図る。
(3)活発な産業活動を踏まえ、事業者による生物多様性の保全と持続可能な利用の方向性を示す。
(4)愛・地球博で培われた環境保全に対する意識の高まりや活動を活かし、生物多様性の保全と持続可能な利用に向けた様々な主体による自発的な行動の道標となる戦略とする。
◇作成の苦労・苦心
日頃から自然環境や生物多様性の保全に取り組んでおられる多くの皆様の英知を戦略づくりに結集していきたいと考え、有識者、事業者、市町村などで構成する検討会や、NPOなどの方々との話し合いを重ねています。現場でしかわからないことや新しい視点など、教えられることの多い貴重な経験となっています。
また、従来の自然環境保全施策に加え、自然資源の持続的な利用という目標に向けて、どのような施策を展開すべきかについて苦心しています。
◇施行・実施面での工夫(予定)
戦略の推進に当たっては、県はもとより、市町村、県民、NPO、事業者など多くの方々がそれぞれの分野において取り組んでいただくとともに、広く連携しながら効果的な方策を考えていくことが重要です。戦略の中で、企業とNPO、NPOと学校などの連携方策を示すことができればと考えています。
◇知事のメッセージ
海上の森に代表される里山など多様な自然に恵まれる一方、我が国有数のものづくり産業の集積地であり、また「自然の叡智」をテーマに愛・地球博を開催した本県は、現在、生物多様性を将来の世代に引き継ぐための議論の場であるCOP10の成功に向け、精力的に準備を進めております。COP10開催地にふさわしい地域づくりを進めるため、今年度は生物多様性の保全や持続可能な利用のための取組みを示す、「あいち自然環境保全戦略(仮称)」を策定し、県民・NPO、事業者、市町村の方々など幅広い主体と連携しながら、人と自然が共生できる社会の構築を目指してまいります。
まとめ
以上、すでに策定を終えている関東の2県と、策定中の中部2県の事例を紹介いたしました。
埼玉県の県戦略が実用性に重きを置いているのに対して、千葉県は知事のリーダーシップのもと、住民参加型のアプローチで戦略をつくっています。石川県では、県下の豊かな生態系をベースに、地域の特色を活かした戦略を策定しています。
愛知県は締約国会議(COP)の開催地として、また“ものづくり魂”のある土地柄を反映して、堅実で実行力のある戦略を描きつつあります。知事は、支援実行委員会の会長として、今後はリーダーシップを発揮していくことが期待されています。
一方、これらの取り組み以外の事例もいくつか見られています。兵庫県では有識者会議を設置して戦略の策定に着手し始めているなど、具体的な動きも表面化してきています。
生物多様性の保全のための条約や戦略は、策定されただけで実効性を持つわけではなく、確実に実践されてこそ活きてくるものといえます。策定のアプローチやノウハウはもちろんのことですが、実践面での経験の共有や課題を具体的に提示していくことが、日本各地の地方自治体にとって、生物多様性保全に関する計画や戦略の策定およびその実践を加速化させることにつながることが期待されます。
また、戦略づくりを契機として、行政組織の中であまり注目されてこなかった「生物多様性」という概念が、住宅、建設、食料などの分野に広がっていくことも期待されます。2010年に愛知県名古屋市で開催される生物多様性条約COP10に向けて、地方自治体の動向からも目が離せません。
- 【1】
- 「都道府県及び市町村は、生物多様性国家戦略を基本として、単独で又は共同して、当該都道府県又は市町村の区域内における生物多様性の保全及び持続可能な利用に関する基本的な計画を定めるよう努めなければならない。」(生物多様性基本法第13条「生物多様性地域戦略の策定等」)
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記事・写真:香坂 玲
〜著者プロフィール〜
香坂 玲
東京大学農学部卒業。在ハンガリーの中東欧地域環境センター勤務後、英国UEAで修士号、ドイツ・フライブルク大学の環境森林学部で博士号取得。
環境と開発のバランス、景観の住民参加型の意思決定をテーマとして研究。
帰国後、国際日本文化研究センター、東京大学、中央大学研究開発機構の共同研究員、ポスト・ドクターと、2006〜08年の国連環境計画生物多様性条約事務局の勤務を経て、現在、名古屋市立大学大学院経済学研究科の准教授。
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