No.150
Issued: 2008.08.07
シリーズ・もっと身近に! 生物多様性(第13回)都市生活を支える基盤インフラとしての生物多様性:深刻化する都市化への国際社会の対応
急増する都市人口。国連人間居住計画(UN-HABITAT)の「世界都市状況報告書2006/7」によると、2007年に人類史上初めて世界人口の半数以上が都市部で生活することになったと推測されました。さらに、2050年には、世界人口の3分の2が都市に居住すると予測しています。
また、1975年に6都市だったメガシティ(人口が1000万人以上の都市)は、2000年には9都市に増え、今後2015年までに22都市にまで急伸すると予測しています。その多くはアジアに集中し、2000年には9都市のうち8都市をアジアの都市が占め、2015年にはさらに11都市にまで増える見込みです。
一見、都市と生物多様性は無関係、あるいはむしろ相反する存在のような印象もありますが、実際には、生物多様性に基盤を発する生態系サービスは、都市部の生活の質を大きく左右する重要な要素となります。都市領域内で自給できる食料の量や率を考えればわかるように、都市は生物多様性から切り離された存在ではなく、むしろ依存する存在と言えます。
今回は、都市と生物多様性に関わる会合について報告します。
箱庭では終わらない 都市と生物多様性のつながり
日本の食料自給率が平成18年に39%と4割を割り込んだことが大きな話題となりましたが、都市部の食料自給率は1%を切ることも珍しくありません。現に、最新の農林水産省の都道府県別の自給率をみると、神奈川(3%)、 東京都(1%)、名古屋市(1%)など日本の都市部の多くで、自給率は1-3%の低空飛行となっています。都市の生活は、食物を始め、多くの資源を外部から大量に持ち込み、消費していくことで成立しています。地方やはるか彼方の外国からの生態系サービスに依存していながら、自然や地域社会の存在さえも忘れて生活する都市生活は特異です。
都市住民が週末だけの農業に汗したり、自然回帰や自然志向の生活を送ろうとすることに対して“箱庭で遊んでいる”という批判もあります。確かに、農業や林業は厳しい自然との闘いという側面もあり、自然の中に暮らし、生業を立てる人たちの立場からすると批判的になるのも頷けます。ただ、食料供給をはじめとする都市の脆弱な基盤を思い起こさせる活動という意味で、都市住民による農作業や自然ふれあい活動などが果たす意味合いも小さくはないと言えます。
ドイツ 都市デザインと生物多様性
生物多様性と都市との関係には、消費の場としての都市が生産の場としての地方の生態系に依存している状態が、まずはあげられます。
旧東ドイツのエアフルト市では、5月21日から24日の会期で、学術会議「都市における生物多様性とデザイン」が開催されました。5月19〜30日には同じドイツ国内のボン市で生物多様性条約第9回締約国会議(COP9)が開催されることもあって、最後は締約国会議に向けて、研究・行動を促すメッセージを出すなど、研究と政策を橋渡しする会議として開催されました(実際には、会期中ということもあり、議論を直接締約国会議に反映させる時間が不十分でしたが、メッセージはボンのCOP会場で配布されました)
エアフルト会議の議論では、以下の点が確認されました:
・都市における生物多様性は、遺伝子・種・生息空間を含む生命が、バラエティに富み豊かであること
・自然から隔離された印象の強い都市において、造園などの都市デザインは、自然とのつながりを復元する役割を果たしていること
・都市における生物多様性の重要性や働きを理解するために、地域で実施するさまざまなアプローチが必要であること
会合には、造園、都市計画、経済学、地理学(GIS分野を含む)、土木学、建築学などさまざまな分野の専門家が出席し、都市と生物多様性に関するさまざまなアプローチによる取り組み実践の現状が発表されました。
米国カルフォルニア州におけるプロジェクトでは、グランドキャニオンのような広大な谷の橋渡しによって、豊かな生態系を砂漠地域のなかに再現するため数十億ドルの予算が投入されると発表され、参加者の注目を集めていました。
また、ユネスコとストックホルム防災センター(Stockholm Resilience Centre)が各都市における生物多様性を含む持続可能な発展に向けて連携していくフレームワークである、都市バイオ・スフェア(Urban Biosphere Network)についての活動を紹介していました。地域計画で生み出している付加価値、都市バイオ・スフェアのステータスのメリットなどを説明しました。
シンガポールでの会合の論点
シンガポールでは、6月23〜25日の会期で、行政や民間企業の専門家や担当者が多数参加した「世界都市サミット2008」(東アジアサミット、水フォーラムも共催)が開催されました。ひとつのフロアが、完全に民間企業のメッセ会場として利用されるなど、水分野の企業をはじめとして多くの産業界の参加がありました。
日本からは、森喜朗元首相、中田宏横浜市長、東京都職員、名古屋市職員などが参加しました。アジア開発銀行の黒田東彦総裁、シンガポール国の前首相であるリー・クアンユーなども参加しています。
会議では、ヒートアイランド現象、都市機能を集約したコンパクト・シティ実現の課題、一つの対策としてのクール・ビズや屋上緑化、効率的な上下水道や将来的な可能性、都市化の進行度合いなどについて、日本政府や横浜市長、東京都知事代理、黒田アジア開発銀行総裁などが、それぞれの立場から都市化の現象についての話題を提供しています。水フォーラムとの共催との関係で、水に関するテーマも多く、日本以外の国々の多くは水での苦労話も数多く聞く機会がありました。
生物多様性についても独自のセッションが設けられ、生物多様性条約やシンガポールの国立公園についてなど、シンポジウムを通じて条約事務局長や地元NGO、シンガポール政府などによる経験の共有が行われました。
持続可能な都市における生物多様性のセッションでは、
・都市の生物多様性を管理する「暮らしやすい都市センター(center for livable city)」を設立する
・都市が自らの生物多様性の保全のための取組を評価できるような、都市における生物多様性指標の設定
などが確認されました。
一方で、世界中のさまざまな文化や経済状況の国々を共通の指数やガイドラインで評価することの困難・非現実性への認識と批判も寄せられました。
会場内には、会議に関する報道記事をパネルにして展示していました。地元紙は「グリーンオスカー」という賞を設け、シンガポールの国立公園やドイツ・フライブルク市の取り組みなどを表彰し、報道していました。
シンガポールの名物・ナイトサファリは有名ですが、スンガイ・ブロー湿地保護区(Sungei Buloh)の湿地保全の取り組みもよく知られています。渡り鳥の重要な中継地点であると同時に、都市国家のなかでは数少ない自然の憩いの場として、持続可能な利用と保全の両立のために、国家予算を投じたNGOによる保全の取り組みも、「グリーン・オスカー」の表彰を受け、報道されていました。
生物多様性のセッションを含めて、議論は、非常に幅広いテーマとなりましたが、産業界、NGO、地方自治体や各国政府などが一堂に会し、“待ったなし”のスピードで進行する都市化という現象と、その都市生活の基盤となる生物多様性について議論を交わしたことは、今後の議論への弾みとなりそうです。将来的には、フィリピンのマニラやCOP8のホスト都市であるクリチバなどでも「都市と生物多様性」に関連したテーマの会合の開催に向けて検討が行われています。
都市と持続可能指数
世界の各都市では、域内の社会・経済・環境の動向に関する指標化について発表されています。「環境」だけを取り出すのではなく、社会や経済の側面も取り入れながら、いわゆるトリプルボトムという形で、「見える化」を行なっていくことが主流となってきています。「生活の豊かさ指数」や「持続可能な都市指数」などさまざまな呼び方で議論されています。
米国のシアトルでは、野生のサケが川に戻ってくる数を指標にするなど、地域独特の動きにも注目が集まります。
また指数の決定方法も、指数化する項目を投票で決定したり、ステークホルダーの小委員会で議論してまとめたりするケースもあるなどさまざまです。ただ、先進国での事例がそのまま発展途上国で当てはまるわけではありません。また都市の規模によっても事情は異なり、1000万人以上のメガ・シティと中規模の地方都市なども状況は異なります。グローバルに標準化された指数の設定は難しく、標準化と特殊性についてのバランスに注目が集まります。
シンガポール「暮らしやすい都市センター」所長からのメッセージ
6月23-25日にシンガポールで開催された「世界都市サミット」は、世界中の500人以上の市長、政府高官、政治家を集め、世界の都市が直面する緊急性の高い課題である、−良い統治、大気・水質、廃棄物マネジメント、生物多様の保全、持続可能な発展−についての対処を議論した。
世界人口の半分以上が都市で生活しており、国・国際レベルにおいて、事態は複雑かつ緊急になっている。シンガポールや日本は、自国の経験を共有していくことで役割を果たしていくことができる。
このような努力を推進するために、シンガポールは、都市間の協力を推進し、模範事例の共有を行なっていくために、「暮らしやすい都市センター(CLC)」を設立した。CLCは、強力な政治的な意志、他の都市の成功(と失敗)から学ぶこと、イノベーションのある政策、主要なステークホルダーの参画が、解決のための鍵となろうかと思います。
愛知県名古屋市で開催される2008年9月の「エコ・アジア(Eco-Asia)」と、2010年の生物多様性条約締約国会議を含め、イベントで世界都市サミットでの重要な議論で継続することを心待ちにしております。
アンドリュー・タン
The World Cities Summit held in Singapore from 23-25 June brought together more than 500 city mayors, top government officials and policy makers from around the world to address some of the most pressing problems confronting cities today - good governance, clean air and water, waste management, preserving biodiversity and sustainable development.
With more than half of the world's population now living in cities, tackling these complex challenges have become more urgent and require concerted action at the national and international levels. Countries like Singapore and Japan can play their part by sharing their experiences.
To facilitate this effort, Singapore has established the Centre of Liveable Cities (CLC) to promote greater cooperation among cities and exchange of best practices. The CLC believes that a combination of strong political will, learning from the successes (and mistakes) of others, as well as pragmatic and innovative policies involving all major stakeholders holds the key to any solution.
I look forward to continuing the important discussions at the World Cities Summit in upcoming events, including the conference of Eco-Asia in September 2008 and the Biodiversity COP10 in 2010, both to be held in Aichi-Nagoya
Andrew Tan
関連情報
- 「世界都市状況報告書2006/7」(The State of the World's Cities 2006/7)
- アジア開発銀行(ADB)「アジアの都市マネジメント」(Managing Asian Cities)
- 世界都市サミット(英語のみ)
- 「快適な都市」東アジアサミット
- シンガポール 水週間(英語のみ)
- 「都市デザインと生物多様性」学会情報全般 (英語のみ)
- 「都市デザインと生物多様性」 宣言文 エアフルト宣言
- ユネスコなどによるフレームワーク(Urban Biosphere Network)
- 「都市と生物多様性に関する学術会議開催―名古屋市は副市長が参加」
- 中田宏市長 6月24日からシンガポールを訪問
- 農林水産省 都道府県別自給率について
- 香坂玲・九里徳泰(2005)「自治体SRの持続可能性指数のダイナミックス」
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記事・写真:香坂 玲
〜著者プロフィール〜
香坂 玲
東京大学農学部卒業。在ハンガリーの中東欧地域環境センター勤務後、英国UEAで修士号、ドイツ・フライブルク大学の環境森林学部で博士号取得。
環境と開発のバランス、景観の住民参加型の意思決定をテーマとして研究。
帰国後、国際日本文化研究センター、東京大学、中央大学研究開発機構の共同研究員、ポスト・ドクターと、2006〜08年の国連環境計画生物多様性条約事務局の勤務を経て、現在、名古屋市立大学大学院経済学研究科の准教授。
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