No.144
Issued: 2008.05.08
シリーズ・もっと身近に! 生物多様性(第10回)「生物多様性条約:他の国際プロセスとの協調」
世界中には、生物多様性条約を含めて130以上の多国間環境条約(Multilateral Environmental Agreements :MEAs)が存在すると言われています。これらの中には、例えばバルト海の保全【1】など、比較的小規模な地域での枠組も含まれます。締約国の数も違えば、事務局職員も数名規模から330名を超える気候変動枠組条約(UNFCCC)事務局などまで千差万別です。
また、条約という形ではありませんが、主要8ヶ国首脳会議(G8)でも環境大臣会合が開かれたり、本会議において環境分野のトピックが増えたりしています。また、科学者によるイニシアティブや会合も数多く存在します。
今回は、生物多様性というテーマで、さまざまな条約、政治・科学的プロセスを取り上げ、それぞれの協力関係や、課題となっていることなどをみていきます。
何が問題なのか? ──複雑化する国際プロセスと増加する政府の負担
生物多様性は、“環境”だけの問題ではありません。経済、貿易、社会、人権などの問題が複雑に絡んでいます。“環境”だけに限っても数多くの条約やプロセスが存在する中で、さらにその他の分野の条約等を含めると、その数は膨大なものとなります。
世界各国の政府の中には、各プロセスへ報告する書類の作成、会議への出席等が、人的にも経済的にも重い負担を強いられる場合が少なからずあります。このため、それぞれの条約やプロセスの事務局にとっては、互いに連携・調整しながら整合性を保ち、重複を避けるように努力することが求められます。
生物多様性条約では、年3回のナショナル・レポートの提出をはじめとして、国家戦略(NBSAP)の策定・改定の際の報告など、また細かなものでは、条約事務局から締約各国への通達(Notification)に対して、期日までの情報提供や追加情報の提供が求められることもあります【2】。こうした報告への負担が各国にのしかかります。
また、同条約のCOP2で合意され、04年に発効したバイオセーフティに関するカルタヘナ議定書では、遺伝子組換え生物の輸出入や国境を越えた移動、環境への意図的な導入などに際して、バイオセーフティに関する情報交換センター(BCH)への報告義務を定めています。ほとんどの報告がオンラインで行なえるとはいえ、各国政府は報告内容の記述作成に加えて、関連省庁との連絡などさまざまな調整作業を必要とする場合も少なくありません。また発展途上国など通信基盤が安定していない国や地域にとっては、紙などハードコピーでのやり取りが必要となり、煩雑な作業を必要とし、手間もコストもかかります。
さらに、各条約やプロセスによって、参加国や目標も異なり、時には専門用語や略語の微妙なズレもあったりと、なかなか一筋縄ではいきません。
さまざまな生物多様性を巡るプロセス
生物多様性条約は、生物多様性の保全に関連する4つの条約、「ワシントン条約」、「ラムサール条約」、「移動性の野生動物種の保護に関するボン条約」、「世界遺産条約」との協力体制を特に強く意識しています【3】。一方、UNEPが科学者向けに発表しているサイトでは、生物多様性の分野として10の条約や協定等が紹介されています【4】。またG8の場でも、生物多様性に関する議論が始まっています。
科学者によるイニシアティブや会合としては、条約の条文で正式に設置が定められている「科学技術助言補助機関(SBSTTA)」をはじめ、2007年にドイツで開催されたG8【5】で支持が表明された「国際的科学機構(IMOSEB)」や、農業や山岳地域の生物多様性などの多彩なプログラムを持つ「デバーシタス(DIVERSITAS)」などがあります。
2008年5月に第9回締約国会議(COP9)の開催を控えるドイツ・ボンでは、COP会期直前(MOP会期中)に、「生物多様性の調査研究:将来を守るために」(Biodiversity Research - Safeguarding the Future)という学術イベントが予定されています【6】。
一方で、科学的な議論の展開と、政治的な交渉、また現場での実践の3者の関係には大きな隔たりがあると指摘されています。生物多様性条約では、国家戦略の策定など国家レベルでの活動を特に強化していく必要性が指摘されています【7】。生物多様性分野で多くのプロセスが誕生したことは喜ばしいことである反面、科学者の会合やイベントと国際的政策交渉のプロセスがバラバラに行われるのではなく、対話を行い、情報を共有しながらお互いの成果を反映していくような関係を築いていくことが今後の課題となりそうです。関係者の中には、気候変動枠組条約と気候変動に関する政府間パネル(IPCC)との関係が一つの模範となるとの指摘もありますが、既存の枠組みを変えていくのは容易ではありません。
これまでのG8での議論
2007年にドイツ・ポツダムで開催されたG8本会合では、生物多様性に関する議論が公式な項目として取り上げられ、G8の歴史上初めて生物多様性が議論されました。環境大臣会合では、開催地に由来してポツダム・イニシアティブという生物多様性に特化したイニシアティブが発足しました【8】。具体的には、以下の10の項目が網羅的に含まれています。
- 生物多様性の損失の経済的な評価
- 科学(IMOSEBの支持を含む)
- 広報・教育活動(CEPA)
- 生産と消費のパターン
- 野生動物の違法な貿易
- 外来生物
- 海域保護区の世界的なネットワーク
- 生物多様性と気候変動
- ファイナンシング
- 2010年目標(及びそれ以降の目標への)へのコミットメント
第一の項目は、気候変動に対して行動を起こさなかった場合の経済的損失を報告したスターンレポートから着想を得て、生物多様性の損失にかかる経済的損失を試算するものです。
08年7月に日本で開催されるG8サミット(北海道洞爺湖サミット)【9】では、まずは5月末に神戸での開催が予定されている環境大臣会合【10】に注目が集まります。ドイツ・ボンで開催される生物多様性条約のCOP9と日程が重なっているので、生物多様性や環境について、盛んに報道されることになりそうです。
啓蒙・広報分野での協力
前回(第9回)に紹介した「コミュニケーション・広報、教育、普及啓発(Communication, Education and Public Awareness;CEPA)」の分野でも、他のプロセスとの協力が重視されています。
日本の提案を受けて国連環境計画がコーディネートし、毎年6月5日に開催する世界環境デー(Global Environmental Day)は、国際機関と各国政府とその地方自治体による連携の好例と言えます。07年はノルウェーが開催国(ホスト)となり、『溶ける氷』と称して地球温暖化の影響をテーマとしています。08年は、首都ウェリントンを中心にニュージーランドがホストとなり、『環境に悪い癖を治そう(Kick the Habit)』というテーマでの啓蒙活動を予定しています。国際生物多様性年に当たる2010年に、同年開催の生物多様性条約COP10の開催国として立候補している日本が、「生物多様性」をテーマにホストを務めるなんてことになると相乗的な効果も期待できそうです。
教育と啓蒙分野では、国際連合教育科学文化機関(UNESCO)との連携が特に重要となってきます。前回の記事でも紹介したように、生物多様性条約事務局は、UNESCOを中心としたパートナーとともに「生物多様性の教育と普及啓発に関するグローバルイニシアティブ」(Global Initiative on Biological Diversity Public Education and Awareness)を打ち出し、専門家会合などを開催してきました【11】。
また、「国連持続可能な開発のための教育の10年」においても、生物多様性の保全はひとつの柱として重要な位置づけを占めています。
条約事務局を含む国際機関同士の連携、国際機関と国の協働、学術界と国際交渉の対話、NGO・NPOや企業の参画など、さまざまな協力関係が、生物多様性の保全や持続可能な利用、そして公平な配分に不可欠な要素となります。少しずつでも小さな成功を積み重ねていくことで、異なる組織やプロセスの間で信頼関係を構築していくことができれば、最終的によりよい成果を生むことが期待できます。
UNESCOからのメッセージ
日本の皆様
日本政府が2010年の生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)の誘致を予定されていることを大変喜ばしく受けとめております。2010年は「国際生物多様性年」であるとともに、2002年の持続可能な開発に関する世界首脳会議(WSSD)において各国が合意した生物多様性の損失速度を顕著に低減させることへの取り組みである「2010年目標」の成果を振り返る年でもあります。生物多様性の問題に世界の注目と努力を注ぐ重要な機会です。
ユネスコでは1999年より生物多様性条約事務局と共に、Communication, Education and Public Awareness(CEPA)と呼ばれる生物多様性に関する広報・教育・普及啓発の活動をリードしてきました。CEPAの主要な目的は、新たな情報技術や伝統的なコミュニケーションのメカニズムから成るネットワークの活性化や調整、専門家間の知識・専門性の交換、コミュニケーション・教育・パブリックアウェアネスに関する開発とイノベーションの促進、政府による他のセクターへの生物多様性に関する普及のための能力開発、すべてのセクターの活動における生物多様性の主流化にあります。これまでCEPAを通じて、IUCN(国際自然保護連合)やラムサール条約を含む専門家間の国際的なネットワークや政策議論が構築されてきました。
ユネスコは国連総会による指名を受け、国連持続可能な開発のための教育の10年(UN-DESD、2005〜2014)の主導機関となっています。UN-DESDの目標は、教育・学習のすべての側面に持続可能な開発の理念・価値・実践を組み入れていくことにあります。この10年の取り組みにおいて、生物多様性は持続可能な開発のための教育(Education for Sustainable Development, ESD)を伝えていくための主要な戦略的観点のひとつとなっています。ESDでは、生物多様性と人間生活、農業、家畜、森林、漁業、その他の事柄との相互のつながりに着目して生物多様性をとり上げています。
ユネスコでは、生物多様性に関する啓発や教育の促進への取り組みがCBDや国連ミレニアム開発目標の目的を達成するための主要な構成要素を成すものと認識しています。ユネスコでは、生物多様性と持続可能な開発のつながりにフォーカスして、数多くの組織と共に生物多様性の問題に取り組んでいます。例として、ユネスコの世界遺産では、世界遺産条約に沿って、生物多様性を優れた全世界共通の価値として保全・促進しています。また、ユネスコのバイオスフィア・リザーブ(生物圏保存地域)世界ネットワークでは、人間の社会的・経済的開発や自然環境に関する研究・モニタリング・教育と統合させて生物多様性の保全に取り組んでいます。現在、日本には3つの世界自然遺産(屋久島、白神山地、知床)と4つの生物圏保存地域(白山、大台ケ原・大峰山、志賀高原、屋久島)があります。これらの場所やその他のユネスコの活動が国内外の生物多様性の啓発に寄与していくことを期待しています。
2010年を機に、生物多様性の重要性に関する世界の人々の意識と理解がよりいっそう高まることを願います。日本におけるCOP10の開催と協力に期待しております。
ナタラヤン・イシュワラン
UNESCO(国際連合教育科学文化機関)
科学セクター生態地球科学部 ディレクター
人間と生物圏計画(MAB) 事務局長
Dear Citizens of Japan,
It was with very great pleasure that I learned of Japan's intent to host the tenth conference of the Parties (COP10) to the Convention on Biological Diversity (CBD) in 2010. 2010 is the International Year of Biodiversity as well as the goal of Countdown 2010 which will be the time to take stock of the state parties' commitments made in the World Summit on Sustainable Development (WSSD) in 2002 to significantly reduce biodiversity loss. It will be the great opportunity to mobilize the world's attention and efforts for tacking the issues of biodiversity.
Since 1999, UNESCO and SCBD have been jointly leading the CBD Programme of Work on Communication, Education and Public Awareness (CEPA). The main elements of this programme focus on: stimulating and coordinating networks composed of new information technologies and traditional communication mechanisms; exchanging of knowledge and expertise among professionals; enhancing development and innovation on communication, education and public awareness; developing capacity of the governments to market biodiversity to other sectors; and mainstreaming biodiversity into the work of other sectors. The CEPA programme has been developing international networks and policy dialogues among experts, including IUCN and the Ramsar Convention on Wetlands.
Designated by the UN General Assembly, UNESCO is the leading agency for the United Nations Decade of Education for Sustainable Development (UNDESD, 2005-2014). The goal of the UNDESD is to integrate the principles, values, and practices of sustainable development into all aspects of education and learning. Biodiversity is one of the main strategic perspectives to inform education for sustainable development (ESD) during the Decade. ESD addresses biodiversity by focusing on the interlinking issues of biodiversity and livelihoods, agriculture, livestock, forestry, fisheries, and other topics.
UNESCO recognizes that efforts on promoting public awareness and education on biodiversity constitute key elements for achieving the objective of CBD as well as the Millennium Development Goals. UNESCO works on biodiversity with a number of constituencies focusing on the interlinking issues of biodiversity and sustainable development. For example, in UNESCO's World Heritage sites, biodiversity of outstanding universal value is conserved and promoted in line with the World Heritage Convention. In UNESCO's World Network of Biosphere Reserves, conservation of biodiversity is integrated with social and economic development of human populations and environmental research, monitoring and education. Presently, Japan holds three World Natural Heritage sites (Yakushima, Shirakami-Sanchi and Shiretoko) and four Biosphere Reserves (Mount Hakusan, Mount Odaigahara & Mount Omine, Shiga Highland, Yakushima Island). These places as well as other UNESCO's programs are expected to contribute to promoting public awareness of biodiversity in one country and beyond.
We hope that the world's awareness and understanding of the importance of biodiversity will be further enhanced towards and following 2010. I greatly look forward Japan's hosting COP10 and generous cooperation.
Natarajan Ishwaran
UNESCO
Director, Division of Ecological and Earth Sciences
Secretary, Man and the Biosphere (MAB) Programme
- 【1】HELCOM(バルト海洋環境保護委員会)
- Baltic Marine Environment Protection Commission (Helsinki Commission)公式サイト
- 国際研究計画・機関情報データベース(CGER提供)
- 「バルト海洋環境保護委員会(ヘルシンキ委員会; HELCOM)による海洋汚染防止への貢献」(環オホーツク海国際シンポジウム資料)(PDF)
- 【2】条約事務局からの通達
- 文面は、例えば「前回の締約国会議での追加的な情報収集が必要という決議を受け、本テーマについて以下の項目ごとに7月までに報告を求める」など。
- 【3】生物多様性に関連する5つの条約
- シリーズ・もっと身近に! 生物多様性(第2回)「国際交渉と生物多様性条約の歴史と展望」
- 【4】Links to Multilateral Agreements (UNEP)
- UNEP 科学者のためのリソース
- 【5】G8環境大臣会合議長総括
環境省報道発表
- 【6】「生物多様性の調査研究:将来を守るために」(Biodiversity Research - Safeguarding the Future)
- Pre-COP科学者会合
- 【7】生物多様性条約と各国の国家戦略
- シリーズ・もっと身近に! 生物多様性(第5回)『生物多様性国家戦略:生物多様性条約の実施の現実』
- 【8】ポツダム・イニシアティブ
- 「ポツダム・イニシアティブ−生物多様性2010」の概要(G8環境大臣会合議長総括文書)
- 【9】北海道洞爺湖サミット
- 【10】G8環境大臣会合
- 【11】生物多様性の教育と普及啓発に関するグローバルイニシアティブ
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記事:香坂 玲
〜著者プロフィール〜
香坂 玲
東京大学農学部卒業。在ハンガリーの中東欧地域環境センター勤務後、英国UEAで修士号、ドイツ・フライブルク大学の環境森林学部で博士号取得。
環境と開発のバランス、景観の住民参加型の意思決定をテーマとして研究。
帰国後、国際日本文化研究センター、東京大学、中央大学研究開発機構の共同研究員、ポスト・ドクターと、2006〜08年の国連環境計画生物多様性条約事務局の勤務を経て、現在、名古屋市立大学大学院経済学研究科の准教授。
※掲載記事の内容や意見等はすべて執筆者個人に属し、EICネットまたは一般財団法人環境イノベーション情報機構の公式見解を示すものではありません。