一般財団法人 環境イノベーション情報機構

メールマガジン配信中

EICピックアップ環境を巡る最新の動きや特定のテーマをピックアップし、わかりやすくご紹介します。

No.119

Issued: 2007.02.15

観光客に公共交通利用を──ツバイテーラーラントの取り組み──

目次
持続可能なツーリズムの実践地域
お得なファミリーカード
パッケージツアーでの割り引き
カーシェアリング
日曜日の家族での遠足
地域になにがある?
数の論理でなく理念で
信念が大切

ツバイテーラーラント旅行事務所のロゴマーク

 ドイツ・シュバルツバルト(黒い森)では、観光客が宿で広域の公共交通共通券の提供を受ける「KONUS」制度を整備するなど、公共交通の利用促進に向けた取り組みが行われている【1】。今回は、同様の取り組みとして、広大なシュバルツバルトのなかでも、とりわけ積極的に観光による交通公害削減に努力するツバイテーラーラント地域旅行事務所の取り組みを紹介したい。


持続可能なツーリズムの実践地域

 「サスティナブルなツーリズムという言葉は、今では多くの学者や観光業関係者が使っている。しかし、口先や机上の理論だけでなく、私たちのように実際に本格的な実践に移しているところは数少ない」
 ツバイテーラーラント旅行事務所のマーケッティング担当者アルベルト・ニーツ氏は言う。

ツバイテーラーラント旅行事務所マーケッティング担当のアルベルト・ニーツ氏

 「2つの(Zwei)谷の(Täler)国(Land)」という意味のツバイテーラーラント地域は、シュバルツバルト南西部にあるエルツ谷とシモンスヴェルダー谷という2つの谷を含む面積約270平方キロメートルの範囲をさす。2つの谷間には総人口約4万人になる6つの小さな自治体が点在している。ただし、昔からあった呼び名ではない。2000年、それまで個別に観光事業を行っていた6つの自治体が共同出資して、効率的で効果的な観光マーケッティングを行うための新しい旅行事務所を創立した。そのときに、わかりやすい呼び名とつけられたのが「ツバイテーラーラント」である。
 この旅行事務所は、設立当初から、「持続可能なツーリズム」の推進を企業理念に掲げている。その前身となったのは、この地域の中核である人口2万人の小都市バルトキルヒ市の取り組みだった【2】。先に登場したニーツ氏は、以前バルトキルヒ市の観光事務所の職員だった。ここで、1990年代半ばから環境に配慮したツーリズムの推進に向けた様々なことに取り組んできた。
 その活動は、地域の農家の結びつきを広めるなどの好影響を及ぼし、外部からも高く評価された。1997年に連邦政府の「環境ツーリズム賞」、1999年にはBUND(ドイツ環境自然保護連盟)の「模範的な旅行事務所」など、さまざまなコンテストで表彰された。ツバイテーラーラント旅行事務所は、自治体出資の有限会社という形式をとり、経営上の融通性を高めつつ、バルトキルヒ市での経験とノウハウをもとに持続可能なツーリズム事業を、連携した他の5つの自治体にも推し広げていくことを目的に設立された。
 この事務所は、過去6年間に、様々な取り組みを行ってきた。中でも公共交通利用促進部門では、ドイツ交通クラブ主催の支援事業「環境に付加を与えないモバイルな休暇(=自家用車を使わない旅行)」で、モデル地区に選ばれるなど、高く評価されている。以下に紹介するのは、他の地域の模範ともなっている、ツバイテーラーラント地域の公共交通利用プロジェクトである。


ツバイテーラーラントの拡大地図。バルトキルヒ市、グートアッハ村、シモンスバルト村、ビンデン村、ビーダーバッハ村、エルツァッハ市と6つの自治体からなる。総人口4万人。
[拡大図]

シモンスヴェルダー谷の牧歌的な風景

お得なファミリーカード

2004年まで販売されたお得なファミリーカード

 旅行事務所がスタートした2000年に最初に行われた事業は、地域内の宿泊客にお得な公共交通利用券を提供することだった。「ツバイテーラー・カード」と名づけられたこの券は、1枚で3日間有効、大人2人と子供4人まで一緒に利用でき、フライブルク公共交通連盟が運行する直径50キロほどの広域でバスや電車が乗り放題となる。しかも、ツバイテーラーラント地域の博物館やプール、動物園など観光施設の入場券もセットになっている。値段は2,000円程度と大変お得。
 この事業は、シュバルツバルト観光連盟が2005年に導入した、さらに広範囲の無料公共交通利用券「KONUS」によって発展的に引き継がれている【1】


パッケージツアーでの割り引き

パッケージツアーのパンフレット

 ツバイテーラー旅行事務所は、地域内の観光事業体の活動を支援し、外に向けてマーケッティングする広報機関であるが、年に数回、独自に旅行代理店が行うようなパッケージツアーも提供している。
 テーマは、地域の文化や自然を体験するもので、2泊3日のサイクリングツアーや、かつて農村で粉ひきに使われていた水車小屋を巡るハイキングツアー、伝統工芸のカッコウ時計に関するツアー、さらには、専門家向けの再生可能エネルギー・スタディーツアーなどが定期的に催されている。
 これらのツアーでは、公共の電車やバスを使って移動することを前提に、宿泊場所や訪れる場所が選ばれている。参加者は、公共交通を使うことで、地域住民の日常の生活にも触れることができる。
 参加者が現地集合でツアーが始まるのが基本だが、自宅からツバイテーラーラント地域まで公共交通機関を使ってきたツアー参加者には、ツアーの料金を割り引きするという特典を与え、公共交通利用を促している。


カーシェアリング

カーシェアリングのロゴ

 ツバイテーラーラントは、ドイツ鉄道の南北の主要路線で日本の新幹線に当たるICEも走るフライブルク駅から、近郊電車で約20分。地域内のバス路線も充実している。自宅から目的地、また目的地に着いてからの周辺観光にも車を使いたくないという観光客にとっては非常に便利な立地にある。
 しかし、公共バスも隅々まで通っているわけではない。また、ちょっと足を延ばして隣のフランス・アルザス地方の田舎町に日帰り旅行をしたいと思っても、公共交通機関だけでは難しい。通常は、レンタカーなどを借りることになるが、ツバイテーラントでは、宿泊客がレンタカーよりも融通が利いて安い、「カーシェアリング」の車を使うことができる。
 カーシェアリングは、1987年にスイスで始まった会員形式の車の共同利用制度。一台の車を平均15人から20人くらいで共有し、会員は、月々700〜1,000円程度の基本料金を払えば、使いたいときに使いたい時間だけ車を運転することができる。走行距離と時間に応じた利用料金をまとめて清算する。レンタカーとの違いは、利用できる車が、地域内のいろいろなところに分散して配置してあることと、1〜2時間といった短い時間での使用も可能なことである。短時間しか使用しない場合は、1日単位の契約であるレンタカーに比べて安く済む。
 元々カーシェアリングは都市や地域に住むの住民を会員対象としているが、ツバイテーラーラント地域では、旅行事務所が旅行客のために一括して会員枠を確保しておき、旅行者が車を使いたいと思えば、旅行事務所を通して車の利用予約ができるようになっている。

日曜日の家族での遠足

ツバイテーラーラント地域の地図。ドイツ南西部、フランスとスイスの国境に近く、南北の主要鉄道路線も走っている。フライブルク市から北東に約20キロの場所
[拡大図]

 宿泊する観光客だけでなく、日帰りの訪問客を対象にしたプロジェクトも数年前から始めている。ドイツの主な観光地で、20年前には平均10泊していた観光客の一箇所あたりの一回の滞在日数が、現在は2〜3泊にまで減少している。そうしたなか、観光業者が生き残るために重要視しているのは、周辺の都市や地域から訪れる日帰り客の消費である。特に観光シーズンでない時期には、この客層をいかにひきつけるかがカギとなる。
 ツバイテーラーラント旅行事務所では、20キロ離れた人口20万のフライブルク市に住む小さな子供をもつ若い家族をターゲットにしている。
 2ヶ月に一回、日曜日には、小さな子供と親が一緒に参加できる様々なイベントを催している。例えば、馬車に乗って農家を訪問し、農作業、パン焼きなど農家の生活を体験したり、または、バルトキルヒ市にある中世の城砦に登って、騎士やお姫様の格好をして遊んだり…。この日帰り体験プログラムは人気が高く、毎回2〜3週間前には予約がいっぱいになるそうだ。
 参加チケットには、フライブルク市からツバイテーラーラント地域までの公共交通の利用券も含まれている。参加する家族は、便利な近郊電車に乗ってやってくる。
 「このイベントのねらいは、小さい子供に公共交通に乗ることが楽しいという原体験を持ってもらうこと。こういう体験をした子供は、大人になってからも公共交通を利用するようになる」とニーツ氏は言い、
 「車で1時間とか2時間かけて遠くに行かなくても、休日の時間を子供と有意義に過ごせる場所が近くにもあることを、親が気づくきっかけになってくれることを願う」とも補足する。
 このような地道な活動は、周辺地域の人々の意識を少しずつ変えることにつながり、それらの人々が、2度、3度訪れれば、地域経済にも好影響を与える。


若い家族向けのイベントの広報写真

快適な近郊電車でツバイテーラーラントに向かう子供達とその家族


地域になにがある?

研修生がつくったパンフレット「自家製」

 マイスター制度の伝統が根強く残り、社会と学校のタイアップによる現場教育が徹底しているドイツでは、大学生や専門学校生のインターンシップ制度が整っている。ツバイテーラーラント旅行事務所でも、観光学を学ぶ若いやる気のある学生を定期的に受け入れている。研修生は3〜6ケ月、または1年という長い期間、現場で実践教育を受ける。
 2005年、ある研修生がツバイテーラーラントのパンフレットを作りたいと言ってきた。感心した職員は、「じゃあ、やってみなさい」と、作業を許可し、経費を用意した。できあがったのは、『Selbst gemacht(=自家製)』というタイトルのパンフレット。地域内にある農産物や肉の直売所、ワインセラー、蒸留酒をつくる農家、陶器職人、芸術家の工房など、自家製の商品を作り、販売している人と場所をリストアップしたものだ。旅行事務所の人脈や電話帳などを頼りに調べあげた55件の店や個人が紹介してあり、一軒一軒実際に訪問し、了解を取ってできあがったそうだ。大変な労力が費やされている。このパンフレットには、連絡先と開店時間、どこの店でその商品が買えるかという情報のほかに、公共交通を使ったアクセス方法も明記してある。観光客だけでなく、地域の住民にも重宝されているそうだ。


数の論理でなく理念で

 ここに挙げた取り組みからもわかるように、ツバイテーラーラントでは、地域の自然や文化、生活を体験する様々な観光プログラムに、公共交通の利用が組み込まれている。観光客を、環境負荷の少ない「移動」にうまく誘導する仕組みづくりが行われている。
 徹底したその姿勢は、ホームページにも現れている。ツバイテーラーラント地域への交通手段として、最初に紹介しているのは「電車」だ。次に「車」、「飛行機」と続く。環境負荷の少ない順番だ。普通の観光案内であれば、利用者が一番多い「車」が先に来て、次に「飛行機」「電車」となる。数の論理でマーケッティングをするのであれば、観光客の全体的な傾向に合わせるところだが、ツバイテーラーラントは、あくまでも自身の「理念」に客の都合を合わせようと試みている。別の言い方をすれば、お客を選んでいるとも言える。

信念が大切

 マーケッティング担当のニーツ氏が、バルトキルヒ市の観光事務所で90年代半ばに「持続可能なツーリズム」の取り組みを始めたとき、最初は誰も相手にしてくれなかったという。
 「みんなから、馬鹿じゃないか、と嘲笑された」と当時のことを語ってくれた。
 「しかし、そんな周りの意見には惑わされず、小さな事業から取り組み始めた。それが成功すると、少しずつ支持者も集まり、地域のネットワークもできてきた」
 時間をかけて、地道に結果を出し、周りを巻き込んでいったのである。
 「大切なのは、キーマンとなる人物が、信念を持って粘り強く取り組むこと。持続可能なツーリズムを頭だけで理解していてはだめ。お腹で理解(Bauch verstehen)しないと【3】」とニーツ氏は断言する。
 2000年に、広域連携の旅行事務所ができ、組織が自治体役所の一部署から有限会社に変わり、職員が公務員でなく一般社員になってからは、ニーツ氏の熱意と能力が余すことなく発揮されることとなった。
 ツバイテーラーラントの成功は、突き詰めて考えれば、一人の専門家が、希望すれば基本的にずっと同じポストで長い期間働けるドイツの公務員制度と、ニーツ氏のような「変わり者」の職員を黙って泳がせてきた上司や首長の懐の深さに拠るところが大きい。

地域のワインのラベルにツバイテーラーラントのマーク

 「ツバイテーラーラント」という観光のためにつけられた地域の新しい名称は、僅か数年で定着し、地域の人々も好んで使うようになった。ツバイテーラーラントのロゴマークが、地域のワインのラベルや公共のバス、電車に貼られている。旅行事務所にロゴを貼る場所を提供する事業体は、広告料を取っていない。内外部ともに評価の高い旅行事務所のロゴマークを、商品や乗り物に使用することによって、自社のイメージが向上すると見込んでいるからである。


【1】KONUS制度について
第114回 KONUS」観光客にも公共交通利用を
【2】ツバイテーラーラントの「持続可能なツーリズム」と、バルトキルヒ市の取り組み
第082回 スローシティ Citta Slow
内閣府企画 わがまち元気「小さな町のエキスポ」(前編)
内閣府企画 わがまち元気「小さな町のエキスポ」(後編)
【3】お腹で理解(Bauch verstehen)
 ドイツ語特有の表現。ここでは、表面的な理解にとどまらず、心のこもった対応が自然にできるような深い理解が求められるといった意味合いで使われている。
アンケート

この記事についてのご意見・ご感想をお寄せ下さい。今後の参考にさせていただきます。
なお、いただいたご意見は、氏名等を特定しない形で抜粋・紹介する場合もあります。あらかじめご了承下さい。

【アンケート】EICネットライブラリ記事へのご意見・ご感想

文責:池田憲昭 http://www.ikeda-info.de

※掲載記事の内容や意見等はすべて執筆者個人に属し、EICネットまたは一般財団法人環境イノベーション情報機構の公式見解を示すものではありません。