一般財団法人 環境イノベーション情報機構

メールマガジン配信中

EICピックアップ環境を巡る最新の動きや特定のテーマをピックアップし、わかりやすくご紹介します。

No.116

Issued: 2007.01.04

佐渡の空にトキが再びはばたく時―トキの野生復帰連絡協議会の活動―

目次
トキは日本に何羽いますか
トキ野生復帰・環境再生ビジョン
トキ交流会館と佐渡トキ保護センター、野生順化センター
生椿(はえつばき)地区、ビオトープづくり
新たな社会的仕組みづくと施策
里山里地復興のモデル

 新潟港で高速大型フェリーに乗り、日本海の荒波に揺られること2時間半、両津港に到着しました。両津港では、トキの野生復帰連絡協議会事務局長の竹田純一さんが出迎えてくれました。竹田さんは里地ネットワークの事務局長でもあります。
 以下は、11月24〜25日に佐渡のトキ野生復帰に向けた活動を調査したときのレポートです。

トキは日本に何羽いますか

【写真01】ニッポンをもう一度日本の空へ

 ところで皆さんは、佐渡に(すなわち日本に)、今何羽のトキがいると思いますか? …答えは97羽です(2006年11月現在)。
 日本生まれの野生のトキは、1995年にミドリ(雄)が死に、雌のキンちゃんだけになりました。しかし、98年に中国からトキのつがいが日中友好のしるしとして佐渡のトキ保護センターに贈られ、このつがいから99年に最初のトキが孵化したのです。それ以来、トキの人工増殖は順調に進みました。
 2003年10月にはキンちゃんが亡くなりましたが、その時にはセンターのトキは36羽になっており、現在では97羽まで増えたのです。ちなみにトキの成鳥は、全長約76cm、羽を広げたら約140cmの大きな鳥です【写真01】。


トキ野生復帰・環境再生ビジョン

連携の模式図

 環境省では、新潟県や佐渡の人と一緒に、トキを野生に戻しそのための環境を整えるために、「トキ野生復帰・環境再生ビジョン」を作りました(2003年3月)【1】。この計画では、2015年頃に約60羽のトキが自然の中で生きていけるようにすることを目指しています。その第1歩として2008年にはトキの放鳥が予定されています。
 ところが、現在の佐渡は、野生のトキが飛んでいた時代とはその環境が大きく変わってしまっています。かつては水田やため池がたくさんあり、今ほど農薬も使っていなかったので、トキの餌となるドジョウ、タニシ、カエル、サワガニ、バッタなどがたくさんいました。トキを野生に戻すということは、トキが棲めるように地域の環境を復元することでもあるのです。
 ビジョンを実現するためには、まずはトキの個体数を確保し、野生に慣らすこと(人工増殖および野生順化)が必要です。次に60羽のトキが定着できるような自然と社会環境づくりも必要となります。そのため、ドジョウ、カエル類などの水生生物の生息環境となる棚田の復元、休耕田のビオトープ化、耕作田・用排水路の改良、森林での取り組みが進められています。また、トキが生息できる地域社会づくりを目指して、地域活動団体やNPO、森林組合、農協、企業や大学などに市・県・国の機関も加わって、「トキとの共生」、「人と人との共生」を目指してゆるやかに連帯し、協働する場とシステムとして、2004年に「トキの野生復帰連絡協議会」(座長:高野毅さん)が結成されたのです。【図】


トキ交流会館と佐渡トキ保護センター、野生順化センター

【写真02】トキ交流会館の展示

 11月下旬の佐渡はさすがに寒いものの、すばらしい秋晴れと紅葉の中、竹田さんの案内で、まずトキ交流会館へ向かいました。廃業したホテルを改造した立派な会館では、トキに関するさまざまな資料が展示され、学習会やシンポジウムなどの交流の場となるとともに、ボランティア団体のメンバーや修学旅行生が、ビオトープづくり、棚田の復元、植林や里山の手入れなどの活動をするための拠点となっています【写真02】。


 次にトキの森公園へ【写真03】。ここには佐渡トキ保護センターがあり、飼育・繁殖ケージの中にたくさんのトキが飼育されています。トキはデリケートなのでケージはやや離されているものの、双眼鏡でその元気な姿が間近に観察できます【写真04】。

【写真03】トキの森公園

【写真04】トキ保護センターのトキたち
[拡大図]


 また、工事中のトキ野生順化センター【2】も見学しました。トキの放鳥に備え、トキが自分で餌をとったり、生活できるように(野生化)するための訓練が必要です。そのための施設が順化センターで、07年3月の完成を目指して総工費60億円で現在着々と工事が進められています【写真05,06】。

【写真05】トキ順化センター

【写真06】トキ順化センターのケージ

生椿(はえつばき)地区、ビオトープづくり

 連絡協議会座長の高野毅さんのお父さん(高野高治さん)は、かつて生椿(はえつばき)地区という山の中で農業を営みながら、トキのためにドジョウを育て、餌を与え続けた人です。高野毅さんはその志を引き継いで活動しています。
 高野さんに案内してもらい、その生家、生椿地区へ行き、かつて野生のトキが行き来していた棚田の風景を見せてもらいました【写真07,08】。そのあとに、ボランティア団体と地元の人たちが協働でビオトープをつくったり、棚田の修復をしている活動サイトを調査しました【写真09,10】。寒さの中、泥んこの田んぼで作業するのは容易ではないと思われますが、本土から繰り返し訪れる人も増えているようです。

【写真07】高野毅さんと生椿の棚田

【写真08】トキのふるさと生椿

【写真09】ビオトープづくり

【写真10】ビオトープづくり

新たな社会的仕組みづくと施策

 トキが野生に帰り、地域社会と共生していくためには、地元の人たちの理解と協力が不可欠です。そのためには地域の生活がより豊かで安定したものになることが必要です。
 佐渡では、トキ保護に関わる様々な主体が協力して、新たな社会的仕組みが作られ、また施策が導入されつつあるのが注目されました。例えば「環境支払」、「ドジョウ養殖助成と買い上げ事業」、「エコツーリズム」などです。
 「環境支払」は、正式には「環境直接支払」といい、もともとはEUの共通農業政策(CAP)のなかで1980年頃から導入された方式です。これは、農産物価格支持水準を引き下げたり、農業保護補助金を削減する代わりに、化学肥料や農薬の削減、田園景観の維持など環境の維持増進を条件として、農家に補助金を支払う制度です。日本でも2001年度より中山間地域を対象とした「直接支払制度」が導入されています【3】。佐渡市では、環境保全型農業普及事業補助金として、トキの餌場となるビオトープ整備などの活動に対し、平成17年度から導入されています。17年度は2.2ha=78万円、18年度は7ha=350万円の助成をしており、19年度はさらに拡大される予定です【4】
 「ドジョウ養殖助成事業」は、佐渡市の平成18年度からの新規事業で、農家などのドジョウの養殖池の造成、ハウス設置など初期投資に1/2補助するものです(25万円上限ですでに4件決定)。
 また、休耕田を利用して養殖したドジョウを佐渡トキ保護センターが買い上げる仕組みもできています(センターで3,000円/キロで買い上げるとのことで、本格的には19年度から)。トキは体重約2キロで、毎日体重の1割(約200g)の餌を食べ、冬はドジョウが主食です。現在センターのトキは東京の築地から仕入れたドジョウを餌としています。これらのドジョウは主として中国から輸入されており、実は農薬などによる汚染の影響が心配とのことです。もちろん輸入ドジョウにも、人の健康への影響への観点からの基準は適用されていますが、人より体の小さいトキが主食として多量に食べた際の累積的影響はまだよくわかっていません。農薬を使わず地元で養殖されたドジョウに切り替えるほうが安心であるし、地産地消にもなり、養殖農家の収入にもつながるのです。
 そのほか、JTB、佐渡汽船、地元放送局などと連携したエコツーリズムも広がっています。修学旅行とタイアップし、実地でビオトープ作りなどの環境教育を実施しています【写真11,12】。そのときに地元の人が指導者として参画することによって、地元の人の地域の環境に対する誇りと意識が高まるという効果もあがっています。

【写真11】小学生が作ったビオトープ

【写真12】ホタル群生地とビオトープ

里山里地復興のモデル

 日本の全国各地で農山村のコミュニティの崩壊が危惧されています。その結果、農業や農村が提供してきた多面的機能(国土保全・水源涵養・環境浄化・多様な生物の生息地・レクレーションの場の提供など)が失われつつあります。これらの機能は、農業が適切に行われ、農村地域のコミュニティが存続することによってはじめて、最大の効果が得られるのです。
 こうした状況に対し、都市住民との連携や交流、地元の観光資源の発掘、地場産業との連携、地産地消、農作業体験や農村宿泊体験の促進が試みられています。いわばこれまでの生産効率一辺倒とは異なる農地や農村の活用法の模索が始まっているのです。耕作放棄地・遊休水田の活用も課題です。
 トキ(学名ニッポニア・ニッポン)というスーパースターを擁する佐渡では、トキの野生復帰連絡協議会が触媒役となり、30を超える多様な会員団体がそれぞれ共通の目標(トキを野生に帰す)に向けユニークな活動を進めています。今後は企業との連携も一層広げたいとのことです。トキが佐渡の空を舞う、里地里山復興の夢のあるモデルが実現することを期待したいものです。

【1】トキ野生復帰・環境再生ビジョン
環境省「共生と循環の地域社会づくりモデル事業(佐渡地域)」
平成15年度 環境再生ビジョン検討会の開催について(平成15年3月26日環境省報道発表)
共生と循環の地域社会づくりモデル事業(佐渡地域)環境再生ビジョン検討会の設置について(平成12年9月29日環境省報道発表)
【2】トキ野生順化センター
トキの野生順化施設の建設について(平成16年6月21日環境省報道発表)
【3】直接支払制度
農林水産省「中山間地域等直接支払制度」
【4】佐渡市の環境保全型農業普及事業補助金
環境に優しい島づくり 主要事業と各予算の概要(平成18年度:2006年度)[佐渡市] トキとの共生

関連情報

  • トキ情報[環境省>自然環境・自然公園]
  • トキの野生復帰連絡協議会
  • 里地ネットワーク
  • 佐渡トキ保護センター
  • トキ交流会館
アンケート

この記事についてのご意見・ご感想をお寄せ下さい。今後の参考にさせていただきます。
なお、いただいたご意見は、氏名等を特定しない形で抜粋・紹介する場合もあります。あらかじめご了承下さい。

【アンケート】EICネットライブラリ記事へのご意見・ご感想

記事・写真:松下和夫

〜著者プロフィール〜

■松下和夫
京都大学大学院地球環境学堂教授。専門は環境政策論、環境ガバナンス。
長く環境庁で仕事をするとともに、国連地球サミット事務局やOECD環境局でも勤務し、地球環境問題の展開を国内外からフォロー。国際協力銀行環境ガイドライン審査役や、国連大学客員教授も兼ねる。主な著書に「環境ガバナンス(2002年 岩波書店)」、「環境政治入門(2000年 平凡社新書)」など。

※掲載記事の内容や意見等はすべて執筆者個人に属し、EICネットまたは一般財団法人環境イノベーション情報機構の公式見解を示すものではありません。