No.112
Issued: 2006.11.24
都市景観への新しい取り組み ― 皆で選び、皆で体験
ヨーロッパの街並の雰囲気を色濃く残すカナダ・モントリオール。なかでも、モンロワイヤル公園の東に位置するフランス語圏は「プラトー・モンロワイヤル地区(Plateau Mont-Royal)」と呼ばれ、独特の様式の建築物が軒を並べる一等地です。
メインストリートのモンロワイヤル通りには、舗装された道路沿いに洒落たカフェやショップが軒を連ねます。大通りから少し脇道にそれると、2〜3階建ての石造りの建物が立ち並ぶ閑静な住宅街に踏み込みます【写真01&02】。
プラトー・モンロワイヤル地区の街並を眺めながら歩いていると、地下鉄モンロワイヤル駅の駅前広場に突然、金色一色に塗られて横たわる巨木が現れました。よく見ると無数の落書きがあります【写真03】。いったい、何が起こったのでしょう。
街全体で景観プロジェクト
モンロワイヤル通りでは、6月27日から9月3日まで、「移ろいゆく景観(原題paysages éphémères)展」と呼ばれる展示が行われていました。“展示”といっても、施設や会場があるわけではなく、街の随所にオブジェや装置が仕掛けられたものです。いわば、街全体で行われた景観プロジェクトともいえます。
日々の生活の場である街や都市の中にもさまざまな“景観”の要素が散りばめられていることに気づき、都市住民の景観の感覚を呼び覚ます。そんな課題に、お洒落かつ真剣に取り組むプロジェクトを選ぶ、一風変わったコンテストとして企画されたのが、「移ろいゆく景観展」です。
この活動の目的は、風景や自然が身近な空間にも存在していることを、都市に住んでいる人にも自覚し、再確認してもらうこと。「都市における木の位置づけ」や「道路の風景」など、普段は背景としてあまり意識することもない都市の空間や風景、自然に疑問を投げかけている一連の活動だったのです【写真04】。目新しさがなくなった日常的な風景を揺さぶることで、風景が「移ろいでゆく」という意図を込めて企画されました。
数多くの企業や個人が考案した中から最終審査に勝ち残った10のプロジェクトが昨夏の同イベントの時に発表され、審査員から選ばれた4つと一般投票から選ばれた1つを今年のプロジェクトとして公開。入選作品は約2ヶ月間、オブジェや装置として街の中に配置されました【写真05】。なお、今年のイベント期間中には、来年展示される作品の最終審査が行なわれ、Web上でも一般投票の受付が行なわれていました。
それでは、今年選ばれて街中に散りばめられていた5つのプロジェクトを実際に見てみましょう。
金色の木への誓い
冒頭で紹介した“金色の巨木”は、一般投票で選ばれたプロジェクトです。樹皮を剥かれ、枝先から根の末端までツルツルの金色に塗られた表面に、住民や訪問客が誓約を書いていくというものです【写真06&07】。
誓約の内容は、ずばり「次世代の都市住民も緑を楽しみ、享受できるような環境を残していくこと」です。持続可能な社会のための重要な要素である“緑”に対して、住民たちが自らの署名を木に残すことで、責任感を持って、プロジェクトへの参加や所有の感覚を強めていくようにとデザインされています。なお、欧米で「署名する」ということは、日本で押印するのと近い重要性を持ちます。
違った視覚で街を見てみよう
モンロワイヤル通りを歩いていくと、緑色の双眼鏡がたくさん設置されているのが目につきました【写真08】。道行く人々は不思議そうに眺め、立ち止まって覗いていく人もいます。
双眼鏡は、上下・左右ともに360度回転できるように設置されていますが、視野は非常に狭く限られます。私たちがいつも何気なく見ている風景も、双眼鏡を通して見ると、視野の中に入ってくる範囲は限定され、くるくると回転させながら対象を探すことになります。双眼鏡からの風景は距離感も異なります。
いつもとは異なる視野で街を眺め、新たな視覚で街を探検することを目的とした双眼鏡プロジェクト。偶然覗いた通行人は、双眼鏡からの風景と、肉眼で見た風景とを、何度も見較べていました。おじいちゃんと散歩にきていた小さな女の子が、いつもは視野の中にいるおじいちゃんを双眼鏡からはすぐに見つけることができず、くるくると回転させながら「おじいちゃん探し」をしている場面なども見られました【写真09】。
青い自転車で街中を駆ける
ある事務所の建物脇に、青く色塗られた手摺りと、そこに立てかけられた青い自転車が数台置かれていました【写真10&11】。この自転車も、入賞プロジェクトの一つです。ここの事務所脇とモンロワイヤル駅前の2箇所に「自転車コーナー」が設置され、10台の自転車が誰でも自由に使用できるようになっています。
自転車に乗ってモンロワイヤル通りを駆け抜ければ、いつもとは違う風景に出会えるかもしれません。パン屋、果物屋、本屋、その他にもたくさんの店が並ぶ道なので買物に利用するのも一案。自動車ではなく自転車をプロジェクトで利用したあたりは環境保護にも一役買っています。
青い自転車には、晴れ渡った空の青と街路樹の眩しい緑に調和して都市の中に垣間見られる「自然の色」を強調させる意図が託されています。加えて、自転車そのものも、個々人の楽しみや移動の手助けになり、また「環境にやさしい行動」も経験させてくれます。まさに一石三鳥のプロジェクトでした。
横断歩道とつながる二つの「枠」
モンロワイヤル公園(モンロワイヤル山)からまっすぐに続く道路。横断歩道を挟んで、手前と対岸に大きな「枠」が2つ置かれています。枠の表面は鏡張りで、内側の材質は木でした。枠手前の歩道から枠内にかけては、横断歩道の続きを連想させる白い縞模様がペイントされています。
この枠やペイントは、「歩道が歩道であること」を強調する、入賞プロジェクトの一つです。自動車や歩行者の流れに意図的な中断・混乱を与えることによって、「空間の逆転」現象を引き起こし、歩行者の安全を守ろうというのがねらいです【写真12】。都市を会場とするイベントならではの企画といえます。
自動車と歩行者の関係は、通常は信号機を介して制御されています。力関係でいうと、大きくてスピードも速い自動車が、“交通弱者”とも呼ばれる歩行者を押しやることもあります。ところが、普通では目にすることもない、大きくて奇異な「枠」が置かれていることで、“歩行者の空間”が強調されます。自動車を運転する人にとっても、“歩行者の空間”であることが強く意識づけられます。枠の表面が鏡張りになっているため、自動車を運転する自らの姿が写し出され、その自覚作用をより増幅することになります。
プロジェクトの意図は、枠の外側の鏡(歩道側)に解説が印刷されています。不思議なオブジェの正体が気になって鏡面の説明を読んでから、わざわざ枠の中を通っていく人も多数見られました。インパクトの強さと、車通りの多いメインストリートをうまく利用したプロジェクトといえます【写真13&14】。
見えない木の根を見る方法
モンロワイヤル駅からメインストリートを歩きながら見てきた“paysages éphémères”。駅から1.5kmほど離れた小さな広場に、いよいよ最後のプロジェクトがあります。
芝生が敷かれ、木々に囲まれたこの広場では、お昼時には多くの人がランチタイムを過ごしたり芝生に寝転がったりしています。その中に太陽の光を反射してキラキラ光るものが見えます。よく見ると、2本の木の根元にピラミッド型の鏡が取り付けられています【写真15】。
このプロジェクトの発案者は、私たちが日ごろ何気なく見過ごしている『木』に焦点を当てています。空高くそびえて「大地と空を力強く橋渡し」する役割を担いつつ、ともすると忘れがちな「木は大地の深いところにまで根を張っている」という事実への気付きを、ピラミッド型の鏡を利用することで訴えようとしています。
木の根元に近づいて鏡を覗いてみると、木の上部にある枝葉がたくさん写っています。ところが見方を変えれば、鏡に写っている枝葉は、普段私たちが目にすることの少ない「木の根」を表してもいると、作者は言います。地中の奥深くまでしっかりと根を張っている事実を、木の枝を見せることで再認識してもらおうということでした【写真16】。
まとめ
この活動はまだ歴史が浅く、2006年が第2回目の試みです。これから徐々に認知度が高まっていくにつれて、どのように発展し、どこまで活動が広がっていくのか、とても楽しみです。
普段意識していない風景を、お洒落かつ斬新な形で意識するカラクリが来年も登場することでしょう。数年後にはモントリオール市全体を使った大規模な活動になるかもしれないと、「金色の巨木」に署名していた住民がふと漏らした言葉が印象的でした。住民が一般投票の形で参加したプロジェクトは、住民の間に「プロジェクトの所有権」──自分たちが育て上げるのだという感覚──を育むと同時に、どれが選ばれて夏の街を飾るのかという楽しみをもたらします(ちなみに筆者も投票することができました)。様々な期待と楽しみを残して、モンロワイヤル地区は、またいつもの街並に戻っていきました。
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(記事・写真:来野とま子)
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