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No.110

Issued: 2006.11.02

タンザニアで地域住民がゾウを嫌うわけ〜野生動物保全とゾウ被害問題〜

目次
セレンゲティ国立公園
ゾウ被害問題とは何か
ロバンダ村
問題関係者I:ロバンダ村人
問題関係者II:ロバンダ村議会
問題関係者III:国立公園スタッフ
問題関係者IV:外国観光会社
解決の導きの糸はあるのか

 タンザニア連邦共和国(以下、タンザニア)は、ケニアと並んで野生動物を対象とする観光―いわゆる「サファリ・ツアー」―の盛んな国です。国内には50近くの野生動物保護区が国により設置され、野生動物の生活環境を守るために人間の居住や土地利用が禁止・制限されています。その結果、観光客は珍しい種類の様々な野生動物を間近で見て楽しむことができます。一方、タンザニア政府は保護区を訪れる観光客から観光収入を得ています。ところが、その影で実は、野生動物は地域住民の生活に対して大きな問題を及ぼしています。その最大のものが「ゾウ被害」の問題です。
 1980年代に密猟で激減したアフリカゾウでしたが、90年代以降、個体数が回復してきています。ところがこの影響で、ゾウ被害が拡大するようになりました。
 ここでは、東アフリカを代表するセレンゲティ国立公園のすぐ近くに位置するロバンダ村の実情から「ゾウ被害」の問題を紹介します。

セレンゲティ国立公園

セレンゲティ周辺の地図

 セレンゲティ国立公園(14,763km2)はタンザニア北部に位置し、東のンゴロンゴロ保全地域(8,288km2)、北のマサイ・マラ国立保護区(ケニア、1,510km2)など周囲の保護区と連続して全体で1つの大きな保護区の役割を果たしています。
 セレンゲティ国立公園には、約300万頭の野生動物が生息していると言われますが、その多くは季節移動により他の保護区や保護区の外にも移動します。100万頭近いヌーが季節移動でケニア国境沿いの川を渡る場面などは世界中から写真家が駆けつける有名ポイントです。1981年には世界遺産にも登録されました。
 アフリカゾウは、象牙目当ての密猟で1980年代に激減しました。東アフリカでは、1970年代末に2,500〜3,000頭ほど棲息していたのが、1980年代半ばには約500頭にまで激減したと言われます。ワシントン条約(CITES)による象牙の国際取引の禁止(1989年)や国際的な反象牙キャンペーンなどが功を奏して密猟は減り、地域によっては個体数が回復しました。タンザニアでも90年代以降、ゾウは増加してきています。最近では2,000〜2,500頭の間で安定しています。
 そして、このゾウ個体数の回復と前後してゾウ被害問題も大きくなっているのです。


ゾウ被害問題とは何か

 「ゾウ被害(問題)」とは、野生のゾウが畑や水場(井戸、ため池)、建築物(家やその周囲の柵など)を壊したり、人を殺害したりすることを指します。研究者によっては、この問題を「人間とゾウの衝突」と呼ぶこともありますが、セレンゲティ周辺の地域住民とゾウの力関係はゾウの方が圧倒的に強く、「衝突」といっても被害は住民側がはるかに大きいのです。
 現在、タンザニアでは狩猟は政府による許可制のため、地域住民はゾウを追い払うにも銃などは使えません。畑を守るといってもゾウを殺すことはできず、しかし、ゾウと相対することで自分が殺される危険を冒さざるを得ません。
 ゾウ被害はここ数年で増加していますが、大きな理由のひとつにゾウが増えるのと同時に人も増えていることがあります。ゾウはもともと野生の草などを食べていますが、一度、畑の農作物の味を覚えると繰り返し畑に食べ物を探しに来るようになると言われています。セレンゲティ地域の人口増加率は3.3%とタンザニア(国平均1.9%)でも高く、人口増加とともに国立公園の近くで畑が増えてきました。畑が広がったことで偶然も含めてゾウが畑の農作物を食べる機会が増え、次第に“餌場”として畑を認識するようになったと考えられています。実際、ゾウ被害は畑の収穫直前の農作物が一番成熟する時期に多くなっており、ゾウはこの時期を狙って来ているものと考えられています。

ゾウに荒らされた畑

ゾウに壊された家


ロバンダ村

村の風景

 ロバンダ村はセレンゲティ国立公園のイコマ・ゲートから10km弱の距離にあります。国立公園周辺でも野生のゾウが頻繁に訪れる地域にあたり、ゾウ被害が特に大きい村の一つです。村人のイコマ族はもともと狩猟民族でしたが、現在では畑を耕し、家畜を飼って生計を立てています。しかし、ゾウ被害で多くの村人が食糧不足などの問題を抱えるようになりました。
 ロバンダ村におけるボランティア・プロジェクトの一環として、ゾウ被害について聞き取り調査を行いました。以下では関係者の声や意見をまとめました。


問題関係者I:ロバンダ村人

被害にあった畑で聞き取り

 2006年8月、村内38世帯を対象にゾウ被害に関する調査を行いました。最近1年間でゾウ被害にあったのは33世帯、このうち29世帯が耕作地の半分以上を破壊されており、全壊された世帯も19世帯に上りました。被害の結果、30世帯が食糧不足の問題を抱えることになりましたが、畑以外に確固たる収入源を持つ世帯は少なく、多くの世帯では食事の量や回数を減らして次の収穫期までひたすら耐えるだけでした。
 ゾウ被害への対策としては見張りなどが行われていましたが、通常、夜間に6〜10頭の群れで畑を襲うため効果は乏しく、ゾウを止めるには政府などの協力が不可欠とほとんどの住民が答えています。
 ゾウそのものへの気持ちとしては、「嫌い」(25世帯)という答えが、「好き」(5世帯)を大幅に上回りました。これらの他に、「観光客を呼べるからいて欲しいけれど、人を殺すから嫌い」などの好悪が混じった答えもありました。
 「嫌い」派の意見では、「ゾウの名前も聞きたくない」、「空腹なのはゾウのせい」、「外国人がゾウを好きな理由が分からない」など強い嫌悪が伺い知れ、「ゾウを殺したい」という答えも6件ありました。
 一方、「好き」と答えた世帯でも、「国立公園の中だけにいて、村の近くには来ないで欲しい」、「ゾウは好きだけど畑を壊したり破壊的なのは問題」など、ゾウの存在を全肯定する意見はなく、多くの人がゾウ被害を危惧していました。


問題関係者II:ロバンダ村議会

村議会の議長たち

 村の代表者の集まりである村議会もゾウ被害を村にとっての大問題と考えていました。食糧不足や水不足などの問題もゾウ被害によって深刻化しており、村人の暮らしをよくするには、ゾウ問題の解決が必要だとの認識で一致しています。実際、ロバンダ村では、2年前に畑の収穫を増やすため村のお金でトラクターを購入しましたが、その年に耕地拡大した畑もゾウ被害に遭って壊滅状態になったと言います。
 しかし、村議会ではゾウを殺すことには反対です。議会の意見としては、セレンゲティ国立公園やそこに棲むゾウなどの野生動物を村を挙げて保全したいし、村人のイコマ族にとって神聖なる存在のゾウを殺したり追い払ったりせずに共存していきたいと言っていました。


問題関係者III:国立公園スタッフ

 実際に保全活動を行っているセレンゲティ国立公園のスタッフにも話を聞きました。野生動物は殺すよりも観光に使うほうが長期的により多くの利益をもたらすというのが彼の基本的な意見でした。
 80年代末から国立公園では周辺の地域住民の生活をよくするための様々な活動を始めているそうです。例えば、観光収入の一部を奨学金とすることで、地域における学校教育の普及が取り組まれています。このようにして、地域にも野生動物の恩恵が届くようになっています。ゾウ被害があったとしても野生動物を殺すことは許されないし、密猟などの違法行為は厳しく取り締まると述べていました。


問題関係者IV:外国観光会社

ロッジホテル

 タンザニアの国立保護区には、外国の観光会社の資本で管理・運営されるものも数多くあります。セレンゲティ国立公園の西、ロバンダ村に近接する「イコロンゴ」と「グルメッティ」の猟獣保護区もそれに当たります。この2つの保護区を管理・運営するグルメッティ・ファンドの観光会社(以下、「観光会社」と略称する)は、保護区内で観光業を営むことで経済的利益を得ており、野生動物保全にも積極的です。
 この観光会社のゾウ(被害)に対する認識は、村人や村議会と異なります。観光会社はアメリカ資本で、現地スタッフのトップは南アフリカ出身の白人です。彼らは村人を野生動物保全の「障害」と見ているのです。地域住民の伝統的な狩猟を、「残酷な行為で動物がかわいそう」と考え、その禁止を訴えています。村そのものに対しても、野生動物の季節移動のルートに重なり保全の妨げになるという理由から「全村移住して欲しい」とさえ言っています。
 観光会社もゾウ被害は知っていますが、パトロールを強化する以上に有効な対策が見つからない現状では、村人が今の場所で農業を続けることに将来性はないと考えます。それならば、いっそ村ごと移動して新天地で農業を行い、今の場所を保護区にする方が、村人にも野生動物にもよいというのが、彼らの主張です。
 村人たちは、この全村移住という構想に対して、自分たちの土地への愛着や民族としての誇りを無視する考えだとして猛反発しました。村議会は観光会社のあまりに一方的な全村移住案に対して強く非難し、両者の間で衝突まで起きました。その後も村の土地の所有権を巡って裁判沙汰になるなど、観光会社と村の関係は、かなり険悪になっています。


解決の導きの糸はあるのか

 ゾウ被害問題については、専門家でも確固たる解決策を見出せていません。問題は、ゾウ被害が「野生動物保全」と表裏一体でありながら、その「野生動物保全」が地域住民の観点ではなく政府や観光会社(観光収入を得たい)や、観光客(野生動物を見たい)の視点から主導されているところにあります。観光会社が考えた全村移住構想は、ゾウ被害を減らしつつ、野生動物の保全を進め得る可能性を秘めています。しかし、ロバンダ村のイコマ族の人たちは、昨今の自然保護・野生動物保全運動が興る前から、狩猟を通じて野生動物との間である種の安定的な関係―「共存関係」―を築き上げていました。それは時にお互いの殺し合いを含む危険なものでしたが、一定のバランスが保たれていたのは確かであり、イコマ族の文化や歴史はそうした野生動物との関係と不可分なのです。村人が全村移住に強硬に反対したのは、観光会社が私立保護区がそうした民族のアイデンティを無視していたからに他なりません。村人の願いとは、“生まれた場所で平和に暮らす”ことであって、これは野生動物保全の基本的な目標と何ら変わらないはずです。人間も元々は野生動物の構成員なのですから。
 現在、村ではパトロール用の車を買うための資金集めを開始しています。私が参加しているボランティア・プロジェクトでもこれに協力しています。ゾウの間引きではなく、パトロールという方法を村が選択したのは、無益な殺生をせずに人とゾウのお互いがお互いの領分を尊重し合うことで“共存”を目指しているからに他なりません。

村人と

プロジェクト・インストラクター(中央)と現地NGOスタッフ


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(記事・写真:目黒紀夫(東京大学・大学院農学生命科学研究科))

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