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No.101

Issued: 2006.07.13

快適と節約─リフォームの時代が来る─

目次
築300年の家を修復
残せるものは残す
省エネリフォームで暖房費を節約
湿気の問題をどうするか
9,800億円の大市場
資産としての住宅
身近な需要から始める住宅政策

アイヒシュテッテン村の中心部。古い建物が多い

 ドイツの家はがっしりとしている。古い建物でも手入れが行き届いていて綺麗だ。持ち主は、定期的に外壁のペンキを塗り替え、古くなったサッシを交換し、屋根の瓦を葺き替える。キッチンやバスルームの部分改装を日常的に実施する人もいる。
 技術があれば、これらの作業を業者に頼まず自分で行う。大工仕事が趣味のドイツ人男性は多い。新しく家を建てるときも、難しい骨組みの部分は職人に頼み、内装は自分で手がける人をよく見かける。田舎のほうでは、柱のない石レンガの家であれば、ほとんどすべて自分で建ててしまう人もまれではない。
 大きなホームセンターには、素人職人のための床材、壁材、キッチン、ドア、サッシ、トイレ、バス、各種大工道具がずらりと並んでいる。住居の快適さ、見た目の綺麗さを保つために、多くの時間と労力を費やす。
 家と旅行のために食費や衣料費を節約するドイツ人と、普段の食事と洋服に贅を尽くし、住まいの状態はあまり気にかけないイタリア人やフランス人という対比がよくされる。

築300年の家を修復

築300年近いグルーバー家

 南西ドイツ・フライブルク市近郊のアイヒシュテッテン村の中心部で、現在自宅のリフォームに取り組むグルーバー夫妻を訪れた。ただしリフォームといっても対象は築300年近い伝統的な木組みの家なので、ちょっと「普通」ではない。数年前に親族から相続したという。かなりの部分が傷んでおり、住むためには大掛りな改修工事が必要となった。
 グルーバー夫妻は、ともに古い建物の修復と改修を専門にしている建築家で、2人で小さな建築設計事務所を経営している。もちろん自宅の修復・改修プランは自分たちで作成した。レーザーや赤外線の測定器を使い、柱や梁の強度や腐り具合など、かなり時間をかけて綿密に建物の状態を鑑定している。それをもとに、どこを補強して、どこにどの部材を埋め込むかなど、パーツごとにミリ単位で正確に図面に起こした。
 「最初にきちんと鑑定を行い、緻密な計画図をつくることが大切。これを怠ってしまうとあとでいろいろ問題が起こる」とグルーバーさんは言う。例えば工事を進めていく中で、壁や天井を剥がしてみると、部分的に腐っている部材が見つかり、そのために、せっかく新しく設置した壁や窓などを外し、作業をやり直さなければならないこともある。これは、現在行っている自宅の改修でも実際に経験したそうだ。
 「詳細なプランニングにはかなりの費用がかかる。しかし、それによって現場での無駄な作業が省け、最終的には30%くらいコスト削減になる」
 でもこのことをきちんと理解してくれる人は少ないという。依頼主からは、「プランニングにそんな大金をつぎ込めない」と言われることがよくあるそうだ。


グルーバー夫妻。事務所にて

グルーバー夫妻が作成した精密な鑑定計画図


残せるものは残す

 グルーバー夫妻の普段の仕事は設計である。図面を書いたあとは提携している専門の大工や内装業者に現場での作業を依頼し、指示する。しかし、自宅の修復に際しては、難しい部分だけプロの職人に頼み、ほとんどの作業を休みの日や仕事が終わった夕方以降に夫婦2人で行っている。
 「設計から作業まですべて外注すると、70万ユーロ(約1億円)くらい掛かってしまう。そんな大金はわれわれのようにな普通の家族には払えない」
 まだ使える古い部材は、できる限り残している。一本の梁の強度を測定したグラフを見せてもらった。中央の部分だけが腐っている様子が読み取れる。普通だったら、一本丸ごと取り替えるところだ。しかもその方が安く付く。グルーバー夫妻は弱っている部分だけ切断し、そこに新しい角材をはめ込み、古い材と接合させている。新旧の材をつなぐのは、木造特有の技術だ。修復中の家の中を案内してもらうと、こういう部分的な入れ替えが数箇所みられた。昔の雰囲気をできるだけ残そうとかなり努力している。ここまでするのは修復の専門家としての意地と誇りだろうか。

一部新しい角材が組み込まれている。古い材はなるだけ残している

最も重圧が掛かる地下の天井梁は、鉄筋で補強している


省エネリフォームで暖房費を節約

 修復、改修、リフォームといったとき、現在のドイツで欠かせないのは省エネリフォームである。特に化石燃料の高騰が続くここ数年、この分野の需要は急激に伸びている。夏は比較的涼しく、冬が厳しいドイツでは、中の熱を逃がさない構造にし、冬の暖房費を抑えることがその主要な目的になる。いわば、「燃費」のいい建物だ。
 現在、ドイツで建物を新築する場合、2002年に改正された省エネルギー法(Energieeinsparungsgesetz)が適用され、1m2当たりの年間熱消費量が75kWh以下という厳しい構造基準が設けられている。これに対して1970年以前に建てられた建物は200〜300kWhと新築の3〜4倍の熱エネルギーが必要になる。価格にすれば、一世帯あたり年間15〜20万円の暖房費の差が生じる。
 ドイツでは、ここ10〜15年の間に断熱に関する急速な技術の進歩と需要の伸びがあり、今では比較的安い値段で、古い建物を新築並のエネルギー性能に仕立て上げることができる。一種の投資だが、現在のエネルギー価格を元に計算すると、暖房費の節約で得られる利益により、7〜10年くらいで投資額を償還できる。


湿気の問題をどうするか

修復中のグルーバー家

 改修中のグルーバーさんの自宅でももちろん、この省エネリフォームに取り組んでいる。計算上は1m2当たりの年間熱消費量が70kWhと、新築並になるそうだ。
 普通、断熱というと、壁を厚くし、隙間を塞ぎ気密性を高めることによって達成する。しかしこの方法は幾つかの問題を含んでいるとグルーバーさんは言う。
 「大粒のヒョウが降ったときなど、何らかの原因で外壁に亀裂が入ったり隙間があくと、そこから内部に水が浸入する。いったん入った水は気密な構造にしてあるため外に逃げることができない。これによって中の部材が腐り、建物に決定的なダメージを与えてしまうことがある」
 このような問題はドイツで実際によく観察されているそうだ。
 「しかも、築300年近い建物を完全に気密にするということは不可能に近い」

 そこでグルーバーさんが取った解決策は、壁を厚くし、隙間を塞ぎ断熱性を高めながらも、水分がある程度自由に出入りできるオープンな構造にするという工法。断熱材には、安いロックウールやグラスウールでなく木質繊維のものを使った。OSBといわれる木質ボードが断熱材を両面から挟む。木質ボードの外側はそれぞれ土粘土と、外壁にはモルタル、内壁には土壁を使用している。「木」と「土」、ともに吸水性に優れた素材である。水蒸気の浸入を防ぐためによく使われる防湿シートは使用していない。いったん水分が壁の内部に入っても、外に逃がすためだ。しかもゆっくりと水分を吸収し、ゆっくり吐き出す自然素材は、室内の湿度調節機能を果たす。ただしグルーバーさんは、これだけでは不十分だと判断し、室内で発生する水蒸気を外に逃がすために、最新の換気装置を壁や天井に設置している。一時的に発生する強い湿気はこの装置で強制的に排出し、残った湿度の調節を自然素材の壁に委ねる。


9,800億円の大市場

冬を基準につくられたドイツの民家。しかし築30年以上の建物はエネルギー性能が悪い

 グルーバー夫妻のように築300年の建物を修復する事業はそれほど多くないが、戦後に建てられた築30〜40年の家のリフォームは、現在ドイツで積極的に進められている。建築業界におけるリフォームの売り上げは、1999年を境に新築の売上を上回っている。この新しい成長分野で活躍するのは、地域に根付いた中小の工務店だ。リフォームは建物ごとの「個別事情」に合わせて行わなければならないため、小回りの利く小さな会社の方が対応しやすい。
 連邦政府は、ドイツの建物の3分の2は省エネリフォームの必要があると発表している。金額にすると推定70億ユーロ(9,800億円)という莫大な市場である。地域の中小企業が担うこの事業は、グローバル経済によって悪影響を受けている地域経済を再び活気づける可能性も含んでいる。連邦政府は、今年2月に、これまで行ってきた省エネリフォームに対する融資の額を大幅に引き上げ、利子率も、以前の1.81%から1%まで落とした。また、今年中にEU内で「建物エネルギー証書」という、建物のエネルギー性能の鑑定を義務づける新制度がスタートする【1】。ねらいはもちろん、熱効率のよい建物の増加を促すこと。
 省エネリフォームによって暖房に使う燃料が減るということは、二酸化炭素の排出削減につながる。冬が厳しい北欧や中央ヨーロッパでは、建物の熱消費は、総エネルギー消費の約40%を占めている。大量にある燃費の悪い建物の省エネ化が進めば、環境負荷も大幅に減少することになる。私の知るエネルギー問題の専門家は「一番費用が安く、すぐに取り組める二酸化炭素排出削減策はリフォームだ」と断言する。


資産としての住宅

 ドイツ人は、「衣」や「食」より「住」に重きを置く傾向がある。南の国々に比べて、冬が長く厳しいドイツでは、自宅で過ごす時間が必然的に長い。住まいの快適さ、心地よさは、ドイツ人の幸福度を測るための重要な指標になる。100年もつような丈夫な家を建て、その価値を維持するために定期的にリフォームを行う。日曜大工をする人が多いのも頷ける。
 しかし、日本人のように「マイホーム」に固執するという訳ではない。子どもがいなくなったあとには、長年住んだ田舎の大きな家を他人に売り渡し、便利な街中に小さなマンションを購入して、夫婦で老後を過ごす人が多い。ドイツ人がまめにメンテナンスをして住宅の質を維持するのは、快適さに対する要求が高いことも理由の一つだが、住宅を資産、または投資物件として運用しているからでもある。売るときになるべく高い値段で買い取ってもらうためだ。日本では、築25年を過ぎると、大抵の住宅の資産価値はゼロに近くなるが、ドイツでは、手入れの行き届いた建物は、かえって価値が向上することもある。


身近な需要から始める住宅政策

 低エネルギー設計の住宅や古い建物の省エネリフォームが進んでいるドイツだが、その原動力となっているのは消費者の動向だ。本編で紹介した省エネルギー法や低利の融資制度、今年(2006年)導入予定の「建物エネルギー証書」などは、世界的な課題である「気候保全」という目標が前提ではあっても、それが前面に出ているわけではない。これらの政策は、「快適」「節約」という消費者の身近なニーズに応え、誘導するものだ。「快適」はドイツ語でgemütlich(ゲミュートリッヒ)、「節約」はSparen(シュパーレン)。ともにさまざまな局面で頻繁に使われる、ドイツらしい言葉である。
 「二酸化炭素排出削減」「地球環境保全」という大きな言葉だけが先走りしてしまうと、生活者の身近な需要が置き去りにされかねない。「環境」という比較的新しく、かつ漠然とした言葉をキャッチフレーズにした政策や運動より、「心地よさ」や「節約」をキーワードにした、人間の身近な欲求から出発する啓蒙・啓発活動のほうが、より多くの人々の心を捉え、実際の行動へと導く。ドイツの住環境政策は、まさにその延長線上にある。

■日本でも建物の省エネ化を!

 「長い冬をいかに快適に過ごすかという問いかけから家づくりを行っているドイツに対して、日本の伝統的家屋の場合は、蒸し暑い夏を涼しく過ごすことに重点が置かれ、風通しを優先した構造になっている。冬は隙間風があちらこちらから入って寒いが、着込んで局部的に暖房を行い我慢すればよいという発想だ」
 とある日本の建築家が私に話してくれた。
 ドイツ・日本ともに、気候風土に合った独自の住文化がある。しかし日本では現在、大半を占める気密性の低い「伝統的」な家屋で、夏はエアコン、冬はストーブとエネルギーが非効率的に消費されている。日本の省エネは世界的にもトップレベルにあると言われるが、それは石油ショック以降、産業部門で積極的に進められたからで、一般市民の生活ではまだまだ改善の余地がある。1980年から2000年までの20年間のエネルギー消費量に関する統計を見ると、産業部門ではほぼ横ばいで一定しているが、民生、運輸部門では、それぞれ1.5倍程度に増加している。
 「これから日本でもリフォームの時代に入るだろう」
 「家は建てる時代から作り変える時代になる」
 ─といった言葉を数人の日本人建築家や研究者から聞いた。日本にもドイツ同様、高度経済成長期に建てられた築30年前後の一般戸建住宅やマンション、オフィスビルが大量にある。資源の有効利用、エネルギーの節約という観点から、これらをどのように「作り変え」ていくか、今後の重要な課題だ。
 専門家は、湿度の高い日本では、高断熱・高気密の設計をとる場合、湿気の管理に最大限の注意を払われなければならないという。壁の中に防湿シートを張る工法が比較的多く行われているが、本編で紹介した、壁の中を水蒸気が出入りできるような素材で自然調湿を行い、同時に機械換気(強制調湿)システムを設置するというグルーバーさんの工法も大いに参考になる。自然調湿の考え方自体は、木と土で家を作ってきた日本にとって、まったく新しいものではない。


【1】EUの建物エネルギー証書
制度の具体的な中身は各加盟国が独自に定める。

関連情報

参考図書

  • 池田憲昭 著 雑誌ニューエネルギー(都市エネルギー協会)2006年4月号「建物エネルギー証書」
  • 南雄三 編著 建築技術 2002年「資産になる家 負債になる家」
  • 南雄三 著 日本技術出版 2004年「スラスラわかる断熱・気密のすべて」
  • 南雄三 著 建築技術 2004年「Sui Suiわかる結露の本」
  • 南雄三 監修 日本住宅新聞 2004年「住宅換気のすべて」
  • 南雄三 著 建築技術 2004年「高断熱・高気密バイブル」
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(文・写真:池田憲昭)

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