一般財団法人 環境イノベーション情報機構

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No.086

Issued: 2005.12.21

COP/MOP1 モントリオール会議から(前編)

目次
会議の背景:なぜカナダで開かれたのか
会議の概要とその成果
必要な長期的視点とビジョン
会議のもうひとつの主役:サイドイベント〜トップ・ダウンからボトム・アップへ
会議のもうひとつの主役:サイドイベント〜トップ・ダウンからボトム・アップへ
会議の様子

会議の様子

 カナダのモントリオールで第1回京都議定書締約国会議(COP/MOP1)と気候変動枠組条約第11回締約国会合(COP11)が、2005年11月28日から12月9日まで開催されました。筆者はこの会議に12月3日から参加する機会がありました。以下、会議全体に関する報告をするとともに、特に今後の動向が注目されるアメリカ国内の状況についてレポートします。


会議の背景:なぜカナダで開かれたのか

危機を訴えるシロクマ

危機を訴えるシロクマ

 カナダのモントリオールは、1987年にオゾン層を破壊するフロンガスを規制するモントリオール議定書が生まれた場所として有名です。地球温暖化対策でもカナダ政府は先鞭をつけており、88年には、世界各国から科学者や政策立案者約300人を招集し、地球温暖化対策に関するトロント会議を主催しています。この会議で始めて温暖化対策の必要性と温室効果ガス削減目標(2005年までに1998年と比べ世界全体で温室効果ガスを20%削減すべき:いわゆるトロント目標)が採択され、その後の気候変動枠組条約交渉につながっていったのです。このような歴史を持つカナダで開かれた今回の会議で、京都議定書の完全実施の要件が整い、京都議定書以降の国際的枠組みに関する対話の場が合意されたことの意味は大きいと思われます。
 モントリオールで開催されたことの意義はこれ以外にもいくつかあります。モントリオールはアメリカのすぐ隣なので、アメリカから大勢の人々が参加しました。ブッシュ政権は京都議定書から離脱し、技術開発を重視して温室効果ガス排出総量キャップに反対する独自の路線をとっていますが、モントリオールでは、アメリカ政府代表団とは異なる立場の人々が多数参加し、さまざまな運動やキャンペーンを行いました。(詳しくは後述)。おそらくアメリカ社会にもかなりのインパクトがあったものと思われます。
 また、カナダに密接な課題として、極地に住む先住民(イヌイット)が地球温暖化によりどのような影響を受けているか、あるいはシロクマが蒙りつつある被害などの現状と今後に関するキャンペーンも展開されました。
 カナダ政府は日本と同様、京都議定書を批准し、1990年比6%削減目標を達成する義務を負っていますが、実はこれまでのところ実績は芳しくありません。最近の排出量実績では90年比24%増となっています。なおかつ会議開催期間中は議会の選挙期間中であり【1】、ポール・マーティン首相は相当の政治的リスクを負ってこの会議を招致したことになります。
 マーティン首相はハイレベル・セグメント(閣僚会合)のあいさつとその後の記者会見で、「世界的な取り組みに抵抗する国がある」としてアメリカを名指しで批判しました。米国と隣あわせで、しかも政治的にも経済的にも密接な関係にあるカナダが、ブッシュ政権の地球温暖化政策を明確に批判するのは驚きでした。
 カナダ政府はこの会議の成功に向け、主要国と事前に協議を行うなど周到な準備を行ったようです。最終日(12月9日)にはアメリカからクリントン前大統領が登場し、京都議定書への批准を拒否するブッシュ政権の姿勢を厳しく批判し、「気候変動はもう現実化している。気候変動対策は経済に不利ではなく、もしクリーンなエネルギーや省エネルギー技術の普及に本気で取り組んでいたならば、経済成長と両立しながら京都議定書の排出削減目標を達成できていただろう。」、「将来世代のための行動を誰も阻むことは出来ない。」と演説したのです。


カナダのマーティン首相

カナダのマーティン首相

クリントン大統領演説

「クリントン大統領演説(Photo courtesy IISD/Earth Negotiations Bulletin)」
※オリジナル画像はこちら


会議の概要とその成果

カナダのディオン環境大臣

カナダのディオン環境大臣

 会議の冒頭、議長を務めたカナダのディオン環境相は以下の3つのIを達成することが重要だと強調しました。

  • (i)Implementing the KP(京都議定書の実施):マラケシュ合意(COP7での合意内容)の採択や遵守規定の確立
  • (ii)Improving the KP and UNFCCC(京都議定書と気候変動枠組条約の改善):CDMの推進・改善など
  • (iii)Innovating for the future(将来への道を拓く=創造):2012以降の枠組みに関するプロセスの開始。

 会議の交渉は最終日の翌日朝までもつれ込みましたが、結果的には、「モントリオール行動計画」が採択され【2】、京都議定書の運用ルールの完全な確立とCDMなどの改善方策が合意されたこと、「対話」という拘束力の弱い形ながらも米国も参加する形で、将来の行動にかかるプロセスの開始が合意されました。議長が当初あげた目的のほとんどが達成されたことになります。
 特に京都議定書は遵守規定を含め、すべてのルールが確立し、完全に議定書本格稼動の基盤が整備されたことは大きな意味があります。そして、京都メカニズム排出量取引共同実施CDM)などに関する評価基準、取引ルールなどが具体化、合理化され、さらに京都メカニズムによる炭素市場が2013年以降も続くというサインが、世界の産業界や、投資マーケットに向け発信され、将来への不確実性が低減されました。今後の政府や企業の活動や投資行動に加速度的に大きな影響を与えることが予想されます。
 京都議定書に基づく将来の行動にかかる対話のプロセスについては、(1)気候変動枠組条約に基づき、すべての国の参加による「気候変動に対応するための長期的協力のための行動に対する対話」の開始(COP決定)、(2)京都議定書3条9に基づく、先進国の更なる約束【3】の検討の開始と手順の合意(COP/MOP決定)、(3)議定書9条に基づく議定書レビューの準備手続き(COP/MOP議長取りまとめ)の3つのプロセスが同時に決定されました。これによってすべての国が参加する条約プロセス(→(1))と、議定書のプロセス(→(2)、(3))が同時並行で開始されることになります。
 「将来の排出抑制につながるあらゆる交渉を拒否する」立場を強調していたアメリカ政府は、(1)の決定を、「対話」が削減の義務付けや将来の交渉につながるものでないことを明記することで受け入れたといわれています。対話は2年間に4回開き、第12回(2006年)と13回(2007年)の条約締約国会議(COP12、COP13)に内容を報告することになります。会議最終日翌日の朝までかかって、なんとかアメリカも参加する形で「ポスト京都」の道筋を確保したことになります。
 日・欧・途上国などの議定書締約国は、議定書に基づく特別会合を設置することに合意し、議定書を批准した先進国の2013年以降の温暖化防止策の枠組みを協議することで合意しました。また削減義務を負わない途上国を含む2013年以降の温暖化対策についても2006年から議論を始めることを議長が取りまとめました。
 もう一つ注目すべき点は、適応策です。適応策(adaptation)とは、洪水や干ばつなどの気候変動の悪影響に対応するための措置をいいます【4】。途上国では気候変動による影響が顕在化しており、適応策が急務となっています。今回の会議の結果、開発途上国の気候変動による影響に対処するための適応策に関する5カ年作業計画が策定されました。この作業計画により、適応策に関する目的と作業範囲、作業方法などの具体的な取り組みが合意されました。
 なお、第2回議定書締約国会議(COP/MOP2)は、11月6日から11月17日までケニアのナイロビで開かれることが決まりました。

必要な長期的視点とビジョン

 COP/MOP1の結果として、2013年以降の国際的取り組みについて、かろうじてすべての国が参加する対話の枠組みが合意されました。しかし忘れてならないのは、温暖化対策の長期的視点と目指すべき社会に関するビジョンです。
 気候変動枠組条約は第2条で、究極の目的を大気中のCO2濃度を危険でないレベルで安定させると定めています。産業革命以前に比べ地球の気温上昇が2℃を超えると地球の生態系や食糧生産、保健衛生などに深刻な影響が出るというのが多くの科学者の見解です。これを排出量で見ると、2050年以降には1990年レベルに比べ、温室効果ガスを50%削減しなければいけないことになります。こうしたことから欧州連合(EU)閣僚理事会では、2050年までに先進国は温室効果ガスを60〜80%削減すべき、としています。
 この長期目標を前提に逆算すると、2013年以降は先進国に課せられた削減もより多くならなければいけないし、途上国もそれなりの努力が問われます。自主的にやりたい人がやれることをやるというのではこうした目標には到達できないので、京都議定書のうえに立って、これを拡大・発展させた枠組みが必要です。
 そのためには、一定期間内に達成すべき数値目標を掲げ、それと連動した市場メカニズムを生かした柔軟な仕組みがあることが望ましいのです。いくつかの国が集まって行う取り組み(有志連合国方式)も分野と課題によっては成果をあげることが期待できますが、あくまでそれは国連を中心とした枠組みを補完し、強化するものであるべきです。
 2012年に1990年レベルに比べて6%削減するという日本の目標達成は現状では極めて厳しい状況です。京都メカニズムの活用や森林保全の促進とともに、環境税、排出量取引、自然エネルギー拡大策など抜本的な政策が必要になります。
 たとえば着地点を2050年に置き、持続可能な目指すべき社会のビジョンを皆で描くべき時期が来ています。そのことによって将来の投資や技術開発の方向に関する明確なメッセージを市場に与え、化石燃料への依存を減らし、交通・住宅のありかたも変えるなど、明確な政策的シグナルを発信していくことが重要です。


会議のもうひとつの主役:サイドイベント〜トップ・ダウンからボトム・アップへ

サイドイベントの様子

サイドイベントの様子

 COP/MOP1、COP11のような会議は大きく分けて2つの部分から構成されています。ひとつは前述のような政府間会合です。もうひとつはサイドイベントと称し、政府間会合と並行して(その合間を縫って)開催されるさまざまなワークショップやシンポジウム、セミナーなどです。政府、企業(団体)、シンクタンク・研究所、NGO、地方自治体などさまざまな主体が、関連するテーマについて実に多様なイベントを開催します。モントリオールの会議では総数で150以上のサイドイベントが開かれました。
 京都議定書が発効したことから、CDMなどの京都メカニズムに関連する内容が特に関心を集めていました。途上国が温暖化によって蒙る被害を緩和するための適応策に関連するもの、2012年以降の国際枠組みに関するものもかなりありました。こうしたサイドイベントは、政府間交渉のような制約がないので、よりダイナミックで、将来のビジョンを柔軟に描ける議論が可能です。
 これまで気候変動対策は、IPCCなどの科学者の警告を受け、国際交渉を経て国際枠組みをつくり、それに基づき各国でトップダウンの政策を実施するというパターンで進められてきました。しかし、サイドイベントを通じて発表された各国や自治体(連合)、企業(団体)などの具体的な取り組みを聞いてみると、徐々にトップダウンから地域の状況に応じた取り組みの広がり、すなわちボトム・アップの動きが感じられました。市民や自治体、企業による創意あふれる取り組みが世界的に広がり根付いていることが印象的でした。


サイドイベントで気候変動を説明するボーリン元IPCC議長

サイドイベントで気候変動を説明するボーリン元IPCC議長

温熱化する地球

温熱化する地球


サイドイベントで発表する小池大臣

サイドイベントで発表する小池大臣

 今回私は、政府代表の一員ではなく、オブザーバーとして参加しました。政府間会合では、総会や分科会はオブザーバーにも公開されているものの、各国間の利害が対立し、微妙な交渉を要する事項はコンタクトグループと呼ばれる非公式な会合で実質的審議が行われることが多く、こうした会合はオブザーバーには非公開のケースが多いものです。したがって交渉の進捗状況は、会議場での口コミやマスコミ報道に加え、国際持続可能な開発研究所(IISD)が毎日発行する「ENB」や、環境NGOの連合体である気候行動ネットワーク(CAN)が発行する機関紙「ECO」に頼ることになります【5】。非公開の政府間交渉の間、私はもっぱら関心のあるサイドイベントに出かけることにしました。
 日本政府主催のサイドイベントは12月7日現地時間の夜6時から8時すぎまで行われ、小池環境大臣が日本の取り組みを紹介しました。政策的な枠組みというよりも、クールビズや日本企業の環境技術の紹介が中心になっているような印象を受けました。


 サイドイベントで特に印象深かったのが、議定書を批准していないアメリカでの、市や州など自治体レベル、あるいは民間企業の取り組みです。アメリカの動向が、今後の気候変動への国際的取り組みの枠組みに大きな影響を与えます。これらの内容について、次回に詳しく紹介します。

【1】カナダ議会の選挙期間について
11月末に下院を解散し、2006年1月に総選挙を控える。
カナダ議会(ウィキペディア)
【2】モントリオール行動計画
COP11&COP/MOP1 将来の気候変動対策への道を開く
【3】京都議定書3条9に基づく先進国のさらなる約束(=第二約束期間)
第二約束期間(EICネット環境用語集)
「京都議定書」全文(UNFCCCのページより/英文)
【4】適応策
環境省パンフレット「STOP THE 温暖化2004」
【5】会議期間中の報道
国際持続可能な開発研究所(IISD):International Institute for Sustainable Development
同 機関紙「ENB」
気候行動ネットワーク(CAN):Climate Action Network
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(記事・写真:松下和夫)

〜著者プロフィール〜

松下和夫 京都大学大学院地球環境学堂教授。専門は環境政策論、環境ガバナンス。
長く環境庁で仕事をするとともに、国連地球サミット事務局やOECD環境局でも勤務し、地球環境問題の展開を国内外からフォロー。国際協力銀行環境ガイドライン審査役や、国連大学客員教授も兼ねる。主な著書に「環境ガバナンス(2002年 岩波書店)」、「環境政治入門(2000年 平凡社新書)」など。

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