No.084
Issued: 2005.11.17
シュバルツバルトの“持続可能なツーリズム”
グリーンツーリズム、エコツーリズム、田舎のツーリズム、ソフトなツーリズムなど、さまざまな表現で見直されている農山村地域におけるツーリズム。厳密にはそれぞれ違いがあるが、共通するのは、地域にある文化や自然を活用して、それらを壊さないで、共生していこうとする観光事業であるということ。“持続可能なツーリズム”という言葉で総称してもいいかもしれない。
ドイツでは、こうした田舎の素朴な観光が人気だ。地方の農村では、宿泊施設を整備したり、農家レストランを開業するケースが増えている。州や国、EUでも、そうした取り組みの支援策を講じている。経営的には採算が合わないというこれらの取り組みだが、それを補ってあまりある価値や魅力があると明るく話す人々──。
今回は、南西ドイツ・シュバルツバルト(黒い森)地域の村々での事例をもとに、“持続可能なツーリズム”に迫った。
素朴な観光事業
南西ドイツのシュバルツバルト地域は、シュツットガルト市の南からスイスの国境まで南北に約170km、東西50〜70kmに渡る緩やかな山岳地域である。比較的なだらかな地形のため、集落も各地に点在している。主な産業は、牧畜業と林業。手入れの行き届いた牧草地と森林の織り成す景観はため息が出るほど美しく、その美観を利用した観光業も盛んである。観光業といっても、テーマパークや目立ったアトラクションがあるわけでなく(一部にはあるが)、ハイキングやサイクリングをしたり、小さな博物館を訪れたり、地元の料理を食べたりといった、ごく素朴なものだ。
この地域でここ数年人気が高いのが「農家で休暇(Ferien auf dem Bauernhof)」事業。大きな家をもつ農家が空いた部屋を改修し、観光客に貸す。最近では自炊設備の付いたところがほとんどで、特に小さい子どもがいる若い家族の利用が目立つ。
黒い森中部のバット・ペータースタール(Bad Peterstal)という村で息子夫婦と農林業を営みながら農家民宿も経営するヨーゼフ・フーバー氏は、「観光客は、草木や家畜ばかりを相手にしている普段の生活に潤いを与えてくれる」という。数年前には、60人くらいが食事できる部屋もつくった。宿泊客だけでなく、観光バスで訪れるツアー客などにも農家を案内し、そのあと自家製のソーセージや蒸留酒をご馳走する。
隣村のバット・ペータースタール−グリースバッハ(Bad Peterstal-Griesbach)のキミッヒ夫婦は、農業だけでは経営が厳しいため、以前からやっていた民宿に加えて、納屋を改造した農家レストランを最近オープンさせた。ただこちらも、お金だけが目的じゃない。都会の人々との交流を楽しみにしている。
「ぼくも大きくなったら黒い森で農家になりたい」と訪問客台帳に書かれた都会の子のメッセージを嬉しそうに紹介しながら、「民宿やレストラン業をやることによって、山奥の農業のことを外の人に知ってもらえます」と言う。
農家だけではない。地域にある伝統や文化を観光客に知ってもらおうとがんばる市民協会やサークルの活動も最近は盛んである。フライブルク市近郊のシモンスバルト村では、年金生活者を中心とするグループが、製粉、油作りに使われていた築300年近い古い水車を自分たちで改修工事し、観光の一つのアトラクションにしている。工事に必要な材料の費用は村が負担したが、作業はほぼすべてグループの仲間が無償で行った。パン焼き小屋もつくっており、水車を案内したあと観光客と一緒にピザを焼いて食べることもある。
素人だからいい
これらの事業を担っているのは、普通の農家や地域住民で、観光業のプロではない。農家民宿やレストランでのサービスも施設のガイドも、プロの業者のように洗練されてはいない。人によって様々だし、思わぬアクシデントも起こる。しかしこの田舎の人間性がにじみ出た飾らない素人サービスがうけている。なにより心がこもっている。
経営的観点からも、彼らは数段素人である。農家のレストランにしても、粉挽き水車にしても、稼働率がそれほどよいわけではない。通常の経営観点からすれば、投下資金の回収率が悪いとやめてしまうか、そもそも事業化することすらないかも知れない。一方で、農山村地域の人たちは、その事業だけで食べていこうとは思っていない。本業の農業があり、または年金があり、土地も時間もあるからついでに何かやろう、といったスタンスだ。
持続可能なツーリズムの効果
地域住民のイニシアチブで行う観光事業は、住民の自意識を高め、それによって地域社会が活性化する。バット・ペータースタール村の農家・フーバー氏は、観光客を前にして「ぼくはこの地域で一番大きな農地をもっている。よって一番大きな景観管理人だ」と自己紹介をする。副業の観光ビジネスによって、この地域の農家の間には「美しい牧草地と森林を守っているのはわれわれ農家だ」という自意識が生まれている。この誇りが農業を維持することにつながる。
「われわれの観光事業は、まず第一に地域住民の生活の質の向上のためにあるのです」と話すのは、黒い森の東隣、ドナウ川の上流部にあるオーバーシュバーベン地域のハインリッヒ・ギュントナー氏だ。この地域では、45の市町村が、EUの補助金制度「LEADER+」を利用し、文化遺産を活用したソフトなツーリズムの振興を行っている。ギュントナー氏は補助金活用にあたる地域事務局の理事である。案内板の設置、サイクリング道路の整備、小さな博物館への支援、レストランの拡張事業への補助などが行われている。
「地味で、直接的な経済効果は少ないかもしれません。でも、構造的に不利な過疎地域では、観光業があることによって初めて村にレストランが維持され、小さな商店が生き残ることができ、交通などのインフラも整備されます。これらは村人たちの生活を便利にしてくれます。そうして地域の生活レベルが向上し、地域のイメージが上がると、企業にとって魅力的な立地場所にもなりえます」と彼は言う。
「今日の企業は、経済性だけでなく、従業員の生活環境も考え、自然環境の優れた地域、社会生活が活発で魅力的な地域を新しい立地場所として探しています」。
観光業によって支えられる地域社会のクオリティーは、間接的に大きな経済効果も生むかもしれないということだ。
国の補助、規制緩和
州や国、EUも、地域の素朴な観光事業に対してさまざまな補助を行っている。南ドイツのバーデン・ヴュルテンベルク州とバイエルン州ではすでに1960年代半ばから、農家民宿事業に対して設備投資(改増築)に対する直接補助や、利子の軽減を行なっている。補助額は平均1万5千ユーロ(約200万円)と多額で、新しく事業を行う農家にとっては非常にありがたい。
農家民宿を始める場合、ドイツでは宿泊収容人数が8人以内であれば、基本的に届出するだけで簡単に営業許可が取れる。最近増えている農家レストランの開業に当たって、バーデン・ヴュルテンベルク州では、調理師、飲食業の免許を必要としない。ただし、自分のところで取れた農産物を中心に料理しなければいけないのに加え、開業期間も年に合計4ヶ月までに限られている。
農家の民宿、農家レストランともに、ある部分では規制を緩和し、別の部分では規制をかけるという方法をとりながら、本業でレストランや民宿業を営む業者との競合を減ずる策をとっている。
広域マーケティングによりバックアップ
農家や地域住民、小さな地元業者がやる手づくりの観光事業を体験した観光客は、その温かさ、素朴さに触れて感動し、友人や知人に伝える。口コミによる宣伝効果は小さくはないが、それだけでは限界もある。
ドイツでは、田舎の観光事業の広報を主に自治体が担う。効果的なマーケティングを行うために、複数の自治体が集まって共同の観光事務所をつくり観光事業をバックアップしているケースが最近では多い。「黒い森観光連盟」など、数十から数百の自治体で構成される広域のまとまりも存在し、大きな観光メッセへの参加など、各自治体ではできない広範囲のマーケティングを担当している。小さな手づくり事業を、大きな広報機関がうまくバックアップしている。
経営よりも楽しさが先に立つ田舎のツーリズム事業。土地があり時間がある田舎の人々だからできることである。ただし彼らだけで成り立っているのではない。大きな資金がない農家や市民グループには州や国、EUが直接補助をし、営業力がない小さな事業者の広報活動を「観光連盟」などの機関が補う。その背景には、”持続可能なツーリズム”を単なる経済活動としてでなく、地域おこしの一環として広く捕らえる見方がある。
関連情報
- 「農家で休暇」事業連邦事務局(独語)
- EU地域政策「LEADER+」ドイツ事務局(独語)
- フーバー家の農家民宿(独語・英語)
- キミッヒ家の農家民宿(独語)
参考図書
- 山崎光博(2005)農林統計協会「ドイツのグリーンツリズム」
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(記事・写真:池田憲昭)
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