No.080
Issued: 2005.09.15
南ドイツのウォーター・インタープリター養成講座
2005年7月8日金曜日午後2時、フライブルグ市の市有林に隣接する郊外の大型スーパーの駐車場に集う人たち──。 朝からどんよりとした灰色の雲が空をおおっていた金曜日の午後2時、集合時間に合わせたように雨が降り出した。大粒の雨がボロボロと降りかかってくる中を、集合場所に急ぐと、すでに、主催者である私の同僚と、受講者の半分くらいが揃っていた。
この日はフライブルグ市民がこよなく愛すモースヴァルトという森を舞台に、午後6時までの4時間、ウォーター・インタープリター養成講座の講習が実施された。テーマは、「バッハ・パーテン(Bachpatenschaft:小川の“里親”制度)」。
フライブルグ市役所でバッハ・パーテンというプログラムが設立された当時からまとめ役として携わってきたヘッラ・ホイラー氏が、まずフライブルグ市におけるバッハ・パーテンの歴史や活動の現状を説明した。説明に聞き入る受講者たちは真剣だ。
バーデン・ヴュルテンベルク州のウォーターインタープリター養成講座
2005年5月、フライブルグおよび黒い森南部地域を中心として、水環境【1】に焦点を絞った環境教育のリーダー養成講座が開講した。日本でも昨今、自然・環境教育分野の指導員やリーダー、インタープリターなどを養成するための講座が各地で開催されているが、その水環境専門【2】の講座と言えばわかりやすいだろう。
講座は、バーデン・ヴュテンベルク州(以下B-W州)および同州水利経済協会によって設立された、水環境発展のためのスクーリング有限会社【3】という組織からの委託を受けて、フライブルグ大学のランドスケープマネジメント研究室【4】と、ヴィスタ・ツアー・フライブルグ【5】が運営している。地域の水環境の現状や問題に関心を持つ市民を対象に、フライブルグおよび黒い森南部地方の地域に密着して実施され、定員は、地元市民25人という比較的小さなグループ構成だ。
講師は、フライブルグ大学の研究者や林業試験場の職員、フライブルグ市の環境保護局の職員、地域で長年活動している自然観察ガイドや、地元住民が水環境を維持保全するボランティア活動「バッハ・パーテン」の設立時からのまとめ役など、毎回、実際にこの地域で水環境に関連した分野の専門家が担当する。
現在開講中のコースは、今年(2005)の5月に始まり、10月まで不定期に月2回〜4回の講習で、全16回が計画されている。講座のプログラムは、水環境の生態系や自然的・地理学的条件から水利用の歴史と現在、関連する法規および権利関係まで、多岐にわたっている(詳細は、後述の『講座のテーマ』参照)。毎回これら“水”に関する様々な切り口のテーマに沿って、地域の水環境の現場を実際に訪れる講習が中心だ。
現地で、受講者自らが体験することが講座の基本コンセプトになっている。受講者が自らインタープリターとして自然教育プログラムを実施するときに、すぐに役に立つようにと配慮されているわけだ。
ドイツにおける自然教育自体は、1980年代に自然保護運動の高まりとともに、急速に国内各地に広がっていったが、テーマを特に水環境に絞った取り組みはまだ新しい。B-W州のウォーター・インタープリター講座は、2002年から市民大学の協力を得てモースバッハ、カールスルーエ、エットリンゲン、フィーリンゲン・シュヴェニンゲンの各地で試行錯誤を繰り返しながら開催されてきた。
今回紹介する講座は、これまでに開催されてきた講座からの実績を基に、講座終了後の受講者のインタープリター認定や、講座後の活動支援も含めた一貫したシステムの整備を行うことを目指し、パイロット・プログラムとして実施されているものだ。
講座の中では、実際に自然教育プログラムを行う時に活用できるコースの紹介や、「子どもが喜ぶこと」「子どもの関心を引き付けるコツ」などのヒントやアドバイスがたくさん散りばめられている。
ドイツにおけるGewässerpädagogik(水環境教育)の成り立ち
そもそも、B-W州が水環境に特化した環境教育の導入に取り組みはじめたのは、1990年代後半だった。1980年代までに洪水対策として河川などの整備が進められた。この時代の河川整備はコンクリート化による水路工事が中心だった。コンクリート張りのまっすぐに整備された水路は、魅力を失い、市民の意識の中から河川に対する関心が失せてしまうという結果を招いた。1980年代に自然保護運動が全国各地で広がりを見せる中で、河川の水路化整備の是非をめぐった議論が盛んに行われるようになった。これに伴い、市民の中に再び水環境に対する関心を呼び戻し、市民を水辺へと導いていくこと、「疎遠」になってしまった人間と水環境との関係を再構築することの重要性が認識されるようになっていった。
このような社会的要求を受けて、B-W州では、1999年から2000年に掛けて「Mensch und Gewässer(人と水環境)」というフォーラムおよびスタディが実施され、この中で、B-W州における水環境教育のコンセプト、対象グループとそれぞれの戦略が検討された。このコンセプトをもとに、現在、数多くの水環境教育プログラムが提供されている。
今回紹介するウォーター・インタープリター養成講座は、その中でも一般市民(大人)および水環境の利用者(主に漁業、産業などの従事者)を主たる対象としたプログラムである。
講座主催者側の意図
ドイツの各地で実施されている自然教育プログラム。川辺や池などで生物の観察などを行うプログラムも数多く実施されている。植物や動物の観察会は、自然教育の中心的要素だ。水環境といえば生物多様性という一面だけに関心が集まりがちであるが、水環境の産業的利用、余暇的利用、水環境空間の維持保全や自然保護は様々な利害関係も絡む非常にデリケートな分野である。それと同時に、水環境利用は何世紀にもわたる歴史を持ち、地域の歴史・文化を知る上での重要なキーワードにもなる。
地域に密着した内容と、受講者自らが体験することを中心に据えることにより、まずはウォーター・インタープリターを目指す人に地域への愛着、帰属意識を高めてもらいたい。地域に対する関心を高め、しいては州が実施する水環境発展計画への理解を高めてもらいたい。──主催者側の意図するところだ。「一般市民の関心を水環境に向け様々な情報を発信することを通じて、例えば、いたずらに事業を長引かせる利害関係の衝突を回避したり、良好な協働体性を構築すること」(同研究室の研究員で、当講座のオーガナイザーの一人であるサンドラ・レック(Sandra Röck)氏)が目的である。
これは森林教育などでも見られる構図で、情報を提供し、多くの市民の関心を得ることでロビー(話し合われる場)を獲得し、専門家や、様々な利害関係を持つ人々、一般市民の理解度、認識度のレベルを可能な限り近づけるための政策的広報活動の一環として捉えるものだ。
受講後の資格やインタープリター認定について
この講座は、前述のとおり、試行錯誤を経てのパイロット・プロジェクトの段階であるが、講座を修了したウォーター・インタープリターのその後の活動を支援するために、いくつかのプログラムが用意されている。
まず、講座が修了した時点で、およそ90%以上の出席率で受講した者に対し、受講証明が与えられる。さらに、受講後に、自ら企画して水環境教育プログラム(自然観察会、ガイドツアーなど)を10回程度実施し、その報告書を提出して、内容・結果ともに質の高さが認められると、B-W州が実施するウォーター・インタープリター試験を受験することができる。この試験に合格すると、州から「訓練を受け一定以上の水準を持つウォーターインタープリター」として公式の認定を受けることができるというものである。
これは、州の認定を受けた質の高いプログラムを提供することのできるウォーター・インタープリターであるという、いわゆる“お墨付き”である。その他にも、インタープリターのその後のフォローアップの機会として、勉強会や意見・経験を交換する場として毎年セミナーを開催することなどが計画されている。
なお講座修了後に自然教育プログラムを企画・運営する際には、フライブルグ市内外で10年間以上様々なテーマのガイドツアーを提供しているヴィスタ・ツアー・フライブルグからの協力が約束されている。
講座のテーマ
講座のテーマは、“水”・“水環境”という切り口で、生物の生息空間としての水辺空間や水環境の発展と維持保全・マネージメント、希少な動植物の保護、教育学との関連、水理学や地質学、漁業、あるいは水資源利用における利害関係の衝突や森林内における水資源の開発、関連する法令について、都市水路や農業水路の歴史的な発展などと、幅広い分野にわたっている。
「バッハ・パーテン」をテーマにしたこの日の講座では、集合場所から実際に森の中を流れる小川へと場所を移して、バッハ・パーテンの主要な課題である帰化植物の問題について話を聞いた。
植物が持ち込まれた歴史や、問題点、そして除去作業などについて、講師のホイラー氏が丁寧に説明をしていく。時間の大部分を問題視される帰化植物の代表である、日本やシベリアから持ち込まれたイタドリ、オオイタドリの話に費やした。
【イタドリ,オオイタドリってどんな植物?】
イタドリ(学名:Reynoutria japonica)は、日本原産で、北海道以南の日本各地と、朝鮮、中国、台湾にも分布している。オオイタドリは(学名:Reynoutria sachalinensis)、ロシア・サハリン原産で、北海道や本州中部以北、千島、樺太にも分布している。
葉はイタドリが最大で20cm、オオイタドリで最大40cm、丈はイタドリが1.0〜2.5m、オオイタドリは2.0〜4.0mにもなる大型の植物である。背丈が高く、葉も非常に大きいこの植物が、密に植生する場所では、他の植物が育つことができなくなる。さらに、翼のついた種子で分布を広げ、いったん定着すると数mにも及ぶ地下茎を広げ、圧倒的な強さで他の植物を抑え込み、繁殖していく。また水辺では流水が種子を運ぶため、流水に沿って覆い尽くしていることも多い。地下茎はジャガイモほどの太さにもなり、養分を蓄積しているため生命力が強い。
【なぜ日本やシベリア原産の植物がドイツに持ち込まれたのか?】
これらの植物は、庭先に植えて大きな葉を観賞して楽むため、また豚や牛などの家畜の飼料とするために、19世紀に東アジア地域より人の手によって持ち込まれた。しかし、家畜はおろか野生動物さえもこの植物を食べようとせず、野生化して爆発的に分布を広げていった。イタドリは、日本では春先に若茎を食用にする植物で、ドイツではホワイトアスパラガスの代用品として、導入されたという説もある。しかし、ドイツ人の口には合わなかったらしい。
【イタドリ、オオイタドリ根絶の戦い】
この植物を除去するには、とにかく定期的に、場所によっては2週間ごとに草刈をしなければならない。短期サイクルの草刈を定期的に続けることにより、地下茎に貯蓄された養分を消費させ、植物を弱体化させる。刈り取った植物は、現場に残すと再び根をつけたり種子を形成したりするため、搬出して焼却処分にするか、26℃以上の高温を保つことのできる堆肥場で処理を行う。
「とても美しく、また日本では食用とされているなど、利用価値も高い素晴らしい植物です」。ホイラー氏は受講者に、『植物が悪いのではない、後先考えずに持ち込んだ人間の責任なのだ』と、何度も繰り返して語りかけていた。
【フライブルグ市におけるバッハ・パーテンの歴史と概要】
バッハ・パーテンとは、簡単に説明すれば、「自分たちの生活空間にある水環境を、利用者であり受益者でもある地域住民が、自らのイニチアシブで維持管理に携わっていきましょう」という活動の総称である。この制度は、自然観察や水質・生物の生活空間の質などの調査を通じて、一般市民、殊に地域住民の関心を水環境に向けるという目的で始められた。
1984年にアイデアが生まれ、88年には4つの団体との間に、“里親”関係が結ばれた。現在では、年間およそ40から50の団体が活動している。
具体的な活動内容をいくつか紹介すると、(1)小川や池などの水辺に野鳥の巣箱を設置する、(2)森林の部分的売却とその後の道路・宅地開発などによって生活空間の破壊が進み、絶滅の危機に瀕する種のカエルが産卵のために道路を横断する時期に、カエルをバケツで安全な道路の反対側に運ぶ、(3)トンボの生息空間となる水環境を保護する、(4)水辺に繁茂する帰化植物の除去作業などの植生管理などである。
この日の講座の最後に、ホイラー氏がトランクケースをワゴン車から取り出してきた(写真)。
「これはラーラ。私たちのチームの中で一番活躍している大切な仲間です。大人がどんなに声を張り上げたって耳を貸そうとしない子どもたちも、ラーラが話し始めると、目を輝かせてじっと聞き入ってくれます。プログラムが終わった後で、ラーラ宛に、たくさん手紙が送られてくるんですよ」と、ホイラー氏。
子どもたちに話をする時には、辛抱強さと、そして彼らの関心を引き付けるためのちょっとした工夫が大切だと、長い経験を持つホイラー氏は語ってくれた。
講座の特徴
講習の内容は幼児や小学校低学年といった子ども向けのテーマだけではない。青少年や大人のグループ、家族など様々なグループを対象としたプログラムを行う時に、すぐに使うことのできるゲームの紹介や、プログラムの内容のアドバイス、それに地域のコースの紹介やコース選びの際の注意など、地域に密着し、実際に役立つようなヒントやアドバイスも多く組み込まれている。
自然教育というと自然環境の勉強、特に植物や動物の観察が中心になることが多い。ドイツでも生態学はもちろん重視されているが、同時に、地域文化や歴史との関連、土地利用の歴史とそれに伴う景観の発展、今日の土地利用や様々な利害関係の調整(例えば自然保護と、漁業や農業、産業活動における水力発電や冷却水、洗浄水としての水利用など)とその解決へのアプローチ、水環境のマネージメントや維持管理などが非常にオープンに語られるのが印象的だ。
受講者の動機、受講の目的
教育者(小学校の先生)や保育士として普段から子どもと接している人々、大学で生物学を専攻し卒業後に自然教育のインタープリターとして働いている人は、今後の活動への新しいヒントや知識を得ることを目的としている。また、大学で生物学を専攻して卒業したあと、色々な仕事をしている男性の受講者は、これから自然教育を自分の中で新たな分野として開拓したいと望んでいる。
フライブルグ大学で森林・環境科学を専攻している学生もいる。あと2学期で学部の卒業を目指すこの女性は、講座を受講することで、卒業後、自然保護などの分野で仕事か研修をしたいと考えている。大学病院の研究施設で実験のアシスタントをしている女性は、1年後に現在の契約が切れる前に、自分を売り込むための付加価値を付けるつもりだという。
その他、すでに定年退職しているリタイア層や、保育士だったが現在は子どもが小さいために働いていない主婦などもいる。皆、今後の仕事の展開も視野に入れて自らの守備範囲を広げたり、日々の生活の充実度を増すための手段として、この講座を受講している。そして、多くの受講者が、自分が住む地域の水環境を知るよい機会だと話す。
「長年この地域に住んでいるが、まだまだ知らないこと、知らない場所がたくさんある。地元の水環境についていろいろな専門家からそれぞれの角度で話を聞いて、新しいことを勉強する、またとない機会だ」──受講生の言葉だ。
さて、地域の水環境について自らが学ぶことには貪欲に取り組んでいる受講者だが、講座終了後の活動の展望に話が及ぶと、今ひとつテンションがあがらない。地域に密着して活躍するウォーター・インタープリターの養成という点が講座の目的に掲げられているにもかかわらず、受講後、ウォーター・インタープリターとして活動していくと明言している受講者は多くはない。
自然教育の重要性についての認識は社会の中で定着した感がある。しかし、せっかく専門家としての養成を受けても、効果的で質の高い自然教育プログラムを、定期的に継続して提供していくことは容易ではない。たとえ関心は高くても、自然教育を本業とすることは、経済的にも難しいのが現実だ。これは、ドイツも日本も同じ構図にあるといえる。
はじめに述べたとおり、B-W州の水環境教育普及活動は始まったばかりで、今回紹介したウォーター・インタープリター養成講座もパイロットプロジェクトとしての取り組みだ。このままの形で続行されるのかどうかは、講座中や終了後に実施される受講者や講師からの評価と、受講者の実際の成果をもとに検討され判断されることになっている。
今後どのように発展していくのか、目が離せない。
- 【1】水環境
- ドイツ語のGewässerという単語は、河川、池湖沼など、水のあるところ全般を指している。ここでは「水環境」と訳す
- 【2】水環境専門
- ドイツ語ではGewässerführer、水環境ガイドと名付けられている。
- 【3】スクーリング有限会社
- Fortbildungsgesellschaft für Gewässerentwicklung mbH des Wasserwirtschaftsverbands Baden-Württemberg
- 【4】ランドスケープマネジメント研究室
- Institut für Landespflege, Albert-Ludwigs-Universität Freiburg
- 【5】Vista Tour Freiburg
- ヴィスタ・ツアー・フライブルグ。公益団体で10年以上もフライブルグ内外で歴史、自然など様々なテーマのガイドツアーを提供している。
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(記事・写真:安井暁世)
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