No.073
Issued: 2005.06.09
中国発:「循環経済」、起死回生の再建策
2005年4月28日から30日にかけて東京で開催された「3Rイニシアティブ閣僚会合」【1】。小池環境大臣の主催で、20か国の閣僚級の代表が参加した。この会合に参加した中国の代表は、会議の席上、私にこうつぶやいた。
「わが国の事情は、ほかの国々とはちょっと違う」
3Rイニシアティブとは
「3Rイニシアティブ」は、2004年6月に米国で開催されたG8シーアイランドサミット(先進国首脳会議)において、小泉総理が提唱し、全ての首脳から賛同を得たものだ。これは廃棄物の発生抑制(Reduce)・再使用(Reuse)・再生利用(Recycle)のいわゆる3Rを通じ、循環型社会の構築を国際的に推進することを目的とした取り組みである。
上記の会合はこの3Rへの取り組みをアジア地域、そして世界へと拡げていくためにG8の国々はもちろん、中国をはじめとしたアジアの途上国8か国(韓国を含む)およびその他の国々の代表を招待して開かれた。
異なる中国の事情
今日、日本をはじめとする世界の国々が、循環型社会の構築という課題に取り組んでいる。多くの国では、廃棄物問題解決の観点から上流の資源の持続的利用の問題へと遡るアプローチとして捉えているのに対し、中国では持続可能な経済発展と資源利用の観点から下流の廃棄物問題へとたどるアプローチをとっているのが大きな相違点としてある。
つまり、日本など多くの国では、ごみ、廃棄物問題を背景としているのに対して、中国は持続可能な発展のために避けて通れない道として捉え、「小康社会(いくらかゆとりのある社会)」実現のための重要な手段と位置づけているのである。
20年で4倍の経済成長を目指す
2002年10月に開かれた第16回全国共産党大会で、2020年を目標年度とする壮大な計画が決定された。「2020年までに2000年に比して4倍の経済成長を実現し、全国で小康社会を実現する」という目標で、共産党一党支配の中国では、この全国大会における党の決定がもっとも権威ある決定となる。
経済成長の鍵を握る資源・環境問題
この目標を実現する上で最大のネックとなる問題は何か。それは資源の問題であり、環境の問題である。現在、中国は世界の国々でもっとも資源を浪費している。2003年のデータでは、中国のGDPは世界のわずか4%を占めるに過ぎない一方で、鉄鋼の消費は世界の27%、セメントは40%、原炭31%など世界最大の資源消費国になっている。また、原油の対外依存度(輸入量)も増加の一途をたどっており、40%を超えている(2002年は34%)。このような中国の原油や鉄鋼の需要の伸びは、世界経済に大きな影響を与えており、世界的な鉄鋼、原油の高騰を招いている。
一方、環境の状況はといえば、水も大気も既に環境の許容量をはるかに超える汚染状態にある。これまでと同様の発展方式を続ければ、中国の環境は人の健康に耐えがたい影響を及ぼすことになると、最高指導者レベルでも認識されている。
中国最高指導者の認識
2005年3月12日に開かれた最高指導者レベルの会議である中央人口資源環境工作座談会の席上で、胡錦涛国家主席は次のように述べている。
「環境保護対策は、循環型経済を強力に推し進め、クリーナープロダクション」【以下参照】の推進を速め、汚染処理にさらに力を入れ、生態保護及び生態建設を強化する必要がある。(以下略)」
また、同じく温家宝総理も資源節約に関して次のように述べている。
「エネルギー資源を節約し、節約型社会を建設する。資源開発と節約を共に重んじ、節約を第一にし、経済・法律及び必要な行政手段と措置を執って、エネルギー資源の節約が大きな進展を得られるようにする。(以下略)」
クリーナープロダクション
クリーナープロダクション(CP)とは、アジェンダ21(1992年の地球サミットにて採択)で提唱された概念。従来の公害対策は、汚染の排出口における防止処理が主体で、これはエンド・オブ・パイプ技術と呼ばれる。これに対して、原料の採取から製品の作成や廃棄及び再利用に至るすべての工程で環境の負荷を軽減する考えにもとづき、個々の対策技術やシステム管理手法を包含した対応策をクリーナープロダクションという。現在、その技術情報の整備と普及が国際的な課題となっている。
1998年に採択された「CPに関する国際宣言」では、「CPとは、経済面・社会面・健康面・安全面・環境面での利益を追求する上で、生産工程、製品、サービスに適用される総合的な環境保全戦略を継続して適用することであるべき」とされている。
中国の循環経済の理念
日本では、循環型社会の概念を「3R及び廃棄物の適正な処分が確保され、もって天然資源の消費を抑制し、環境への負荷ができる限り低減される社会」(循環型社会形成推進基本法)と定義している。
一方、中国では循環経済の理念を、小循環、中循環、大循環及び廃棄物の処置とリサイクル産業の4つの側面から全面的に推進しようとしている。これは「3+1」パターンと呼ばれ、日本の概念とは切り口が異なる。
- 小循環:企業レベルでの取り組みを指し、クリーナープロダクションを遂行して、製品とサービス中の物質とエネルギーの使用量を減らし、汚染物発生の最小化を目指すもの
- 中循環:地域レベルでの取り組みを指し、企業群、工業団地と経済開発区中の生態工業を発展させる。即ち、上流生産過程の副産物あるいは廃棄物を下流生産過程の原料とし、企業間の代謝関係と共生関係の生態産業チェーンを形成する生態工業団地を建設しようとするもので、簡単に言えば地域レベルでのゼロエミッションを実現しようとするもの
- 大循環:社会レベルでの取り組みを指し、グリーン消費を推進し、廃棄物の分別収集システムを確立し、第一、第二、第三次産業間の循環を通じて、最終的に循環型社会の実現を目指すもの
- 廃棄物の処置とリサイクル産業:廃棄物あるいは廃棄された資源の回収、処理、処置とリサイクル産業を確立して、廃棄物と廃棄資源の社会での循環利用問題の解決を目指すもの
循環経済による“東北現象(旧工業基地の近代化の遅れ)”の解決
1949年の建国以来、計画経済のもとで国有企業中心に進められてきた工業化は、今、中国発展の重い足枷となっている。特に国有の重工業が集中した東北地方でその弊害が顕著にあらわれた。遼寧省の循環経済指導者グループの中心人物である文毅は、次のように述べている。
「東北地方の中心である遼寧省は、中国における重要な旧工業基地の一つとして、数十年来にわたって国の工業化及び近代化建設に多大な貢献を行ってきた。しかしながら、90年代以降は、長年の計画経済体制下で蓄積された構造的、体制的な矛盾が非常に顕著となり、工業経済は苦境に追い込まれ、多くの国有企業が生産を完全に停止させるかその半分を停止せざるを得なくなり、たくさんの職員・労働者が休職となって、いわゆる“東北現象”と呼ばれる事態となった。
その一方でまた、長年にわたって伝統的な粗放型の経済成長方式を踏襲してきたために、環境資源と経済の急速な発展との間の矛盾が日に日に激しくなり、一部の都市ではすでに“鉱竭城衰(資源が枯渇して都市が衰退する)”といった危機に見舞われ、資源枯渇地区における経済方式の転換という世界的な難題の挑戦を目の当たりにしている。」
この難題を解決し、新型工業化の道を歩んでいくための一つの重要な措置として、循環経済の発展が位置づけられている。
今後の針路は?
国家発展改革委員会馬凱主任(大臣に相当)は、循環経済を来年(2006年)3月頃までに策定される国民経済と社会発展に関する第十一次五か年計画(十一・五計画:政府の最上位の計画)の重要な指導原則とすることを度々強調している。
具体的に執る措置としては、まず企業に対してはクリーナプロダクション法(注:2003年1月から施行)の厳格な適用により、省資源、省エネ、節水を進め、小循環を促進する。また、2010年を目途に法律、政策支援、技術革新、奨励策等の国内制度を整備する。循環経済を政府投資の重点分野とし、財政面での支持を強化する。政府のグリーン調達を促進するなどである。
2005年、全国人民代表大会(全人代:国会に相当)は年内の起草を目指して循環経済促進法の草案づくりに着手した。
上海市では、循環経済の推進に関する計画づくりで先進的な取り組みを行っている。この計画作成の責任者と会った時、彼は私にこう漏らした。
「実際のところ、どこから手をつければいいのかわからないで困っている。」
目標は定まったが、その針路はなお揺れている。
- 【1】3Rイニシアティブ閣僚会合
- 「3Rイニシアティブ閣僚会合」(環境省地球環境局)
- 「3Rイニシアティブ閣僚会合の結果について」(平成17年4月30日環境省報道発表)
参考図書
- 総説:3Rイニシアティブの世界的な展開を目指して(竹本和彦、森下哲) 季刊環境研究2005/No.136、p4〜18
- 2005.2.3 日中環境協力情報交流会・北九州セミナー「中国における廃棄物・リサイクルビジネスの現状と展望」、小柳秀明講演資料「中国における循環型社会(循環経済)への取組」
- 2004.11.6-7 中国循環経済発展フォーラム2004年年会、国家発展改革委員会馬凱主任発言資料(中国語)
- 2005.3.13 胡錦涛国家首席が人口・資源・環境対策の着実な実行を強調(新華ネット:中国語)
- 2004.7.30 国家環境保護総局循環型経済推進パイロット事業経験交流会における活動報告(天津、中国語)
- 2003.11.6 上海循環経済フォーラム、遼寧省環境保護局文毅副局長発言資料「循環経済を大々的に発展させて、旧工業基地・遼寧の振興を加速させる」(中国語)
- 中国の循環経済政策の動向(染野憲治) 季刊環境研究2005/No.136、p120〜129
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(記事・写真:小柳秀明)
小柳秀明 財団法人地球環境戦略研究機関(IGES)北京事務所長
- 1977年
- 環境庁(当時)入庁、以来約20年間にわたり環境行政全般に従事
- 1997年
- JICA専門家(シニアアドバイザー)として日中友好環境保全センターに派遣される。
- 2000年
- 中国政府から外国人専門家に贈られる最高の賞である国家友誼奨を授与される。
- 2001年
- 日本へ帰国、環境省で地下水・地盤環境室長、環境情報室長等歴任
- 2003年
- JICA専門家(環境モデル都市構想推進個別派遣専門家)として再び中国に派遣される。
- 2004年
- JICA日中友好環境保全センタープロジェクトフェーズIIIチーフアドバイザーに異動。
- 2006年
- 3月 JICA専門家任期満了に伴い帰国
- 2006年
- 4月 財団法人地球環境戦略研究機関(IGES)北京事務所開設準備室長 7月から現職
- 2010年
- 3月 中国環境投資連盟等から2009年環境国際協力貢献人物大賞(International Environmental Cooperation-2009 Person of the Year Award) を受賞。
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