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No.068

Issued: 2005.03.17

車社会と折り合いをつける─フライブルク市ボーバン地区の交通コンセプト─

目次
以前は軍の敷地
フォーラム・ボーバン
交通コンセプト
正当なコスト負担
自家用車に対するオルタナティブ
成功の要因は「代価案」「メリット」「選択の自由」
子供の遊び場、大人たちのコミュニケーションの場となる車のない道路(路地)

子供の遊び場、大人たちのコミュニケーションの場となる車のない道路(路地)

 無料で速度制限のないアウトバーン。隅々まで整備されたバイパス道路。国道の新設、維持管理費だけで、年間約50億ユーロ(約7,000億円)の税金が投じられています。環境先進国と呼ばれるドイツですが、人口1,000人あたりの自家用車所有は約500台と、アメリカ、イタリアに次ぐ世界第三位の自動車大国です。戦後から現在に至る町づくりも、車社会を前提に行われてきました。
 しかしここ10年ほど、「車を持たない世帯にとって快適な住宅地」「車のない住宅地」を作る試みが、ドイツ各地で行われています。
 1990年代半ばに市民参加型で都市計画が始まったフライブルク市の新興住宅地ボーバンもその一つ。参加した将来の住民たちがもっとも力を入れたのが、「車を持たない世帯のための交通コンセプト」作りでした。車を持つことを当たり前のこととして設計されている社会システムに対するひとつの大きな挑戦でした。

以前は軍の敷地

 市の中心部から南に約3km、2〜4階建ての色とりどりの長屋が立ち並ぶ約42haの敷地には、現在進行中の第3期最終建設が終了すれば、約5,000人(およそ1,400世帯)が住むことになります。
 ここは以前、軍の演習地だった土地です。第二次世界大戦中は第三帝国軍が、戦後はフランス軍が駐留していましたが、ベルリンの壁崩壊を契機に1992年から徐々に撤退が始まり、数年後にはドイツに返還されます。まず昔の兵舎が修復され、学生寮(大学が管理)や社会福祉住宅(住民自治組織が管理)として利用が始まりました【1】。広大な旧演習地は、まず、州が連邦から買取り、住宅地として利用したいという意向を示したフライブルク市に払い下げられました【2】。土壌中の有害物質除去作業が行われた後、1998年に住宅建設が開始され、その年の暮れには最初の住民が入居しています。


フォーラム・ボーバン

色とりどり、形も様々な建てものが立ち並ぶボーバン地区の風景

色とりどり、形も様々な建てものが立ち並ぶボーバン地区の風景

 ボーバン地区の都市計画で重要な役割を果たしたのが1994年に設立された「フォーラム・ボーバン」です【3】。ボーバン地区を社会的で環境にやさしい住宅地にしたいという意思を持った様々な市民によって設立された団体で、市行政と(将来の)住民たちの仲介役となりました。ドイツ環境基金【4】とEUの環境プログラム「LIFE」【5】から補助金を得ることにも成功し、そのお金で専属の職員を雇い、一部は広報活動や専門機関の調査・鑑定委託金に充てました。
 最近ドイツでは、都市計画に市民が参加するプロジェクトがいくつかの町で実施されていますが、多くは、自治体が市民に参加の枠組みを提供する行政コーディネート(主導)型です。そのため、市民の意見が十分に取り入れられないなどの問題もしばしば起きています。最終的な都市計画上の決定権限は自治体にあります。行政は、リスクを避けるため前例を踏襲することがどうしても多くなります。その点、フォーラム・ボーバンが外部から資金を獲得し、行政と将来の住民の間に立って、独自に市民参加プロジェクトをコーディネートできたことは、大きな意味がありました。ここに紹介する交通コンセプトのほとんども、フォーラム・ボーバンがいなければ実現しなかったといわれます。


ボーバン地区の都市計画図

ボーバン地区の都市計画図。水色に塗られた部分は、路上脇駐車禁止区域。右上の白い部分は、以前の兵舎が改修され、学生寮、自治福祉住宅として使用されている。濃い青で塗られ真中にPと書いてあるのは、北端と東端にある立体駐車場。(フォーラムボーバン提供)

交通コンセプト

交通コンセプトに関するワークショップに集まった人々 (フォーラムボーバン提供)

交通コンセプトに関するワークショップに集まった人々 (フォーラムボーバン提供)

 「車の少ない住宅地にするためには、都市計画上どのような措置や規制が必要か」
 「一部または全部の区画を、車を持たない世帯しか住めないようにしたらどうだろう」
 「しかし、そう言って家を購入した人が、後で必要になって車を買ったらどうするのか」
 「車を持つ世帯の駐車場はどこに?」
 フォーラム・ボーバンでは長い間こういった議論が続けられ、次のような解決策に行き着きました。

  • 大部分の区画で、住居の前の道路脇には駐車スペースをつくらない
  • 路上脇駐車は、商店が立ち並ぶメインストリートに限る。ただしここは平日有料で訪問客のみの利用とする
  • 車を所有する住民は、地区の東端と北端に建設される立体駐車場内に駐車スペースを購入しなければならない

 この際、参考になったのが、ドイツでもいち早く、車なしの住宅地の実現を試み、買い手がほとんどつかず失敗に終わったブレーメン市のホラーランド(Hollerland)地区の事例でした。専門家の鑑定報告書には、失敗の原因として、高価だったこと、中心部から遠いこと、公共交通が充実していなかったことなどが挙げられていますが、決定的だったのは、車を持たない世帯しか住めない、という規制でした。将来、例えば仕事の都合などで車を購入したら、そこには住み続けられなくなってしまうのです。
 ボーバン地区では、住宅地内の駐車を大幅に制限して、「車の交通の少ない静かな住宅地」を創出するとともに、住宅地の端に集合駐車場を設置し、車を所有する人や将来必要になるかもしれない人も住めるように配慮しています。ホラーランド地区のような「イエスかノー」と厳格に規制するのではなく、融通の利いたシステムが導入されたのです。
 玄関の前に車がないことのメリットはいくつかあります。車の騒音や排ガスがない静かできれいな空間がつくりだされること、また道路が、子供の遊び場、大人たちのコミュニュケーションの場になること。日本でいえば、下町の路地が近いイメージでしょうか。コーヒーカップを片手に道路に出てきて近所の人たちと会話を楽しむ大人たちの光景がボーバン地区ではよく見られます。空気がきれいで静か、というだけでなく、社会的にも価値の高い空間をつくりだす効果を発揮しているのです。車が少なかった時代には、ドイツでも日本でもたくさんあった空間です。


正当なコスト負担

 車を持たないことの一番のメリットは、車の購入費や、ガソリン代などの維持費がかからないことでしょう。しかし、社会全体でみると、車の所有者と非所有者のコスト負担は正当なものではありません。ドイツでは、建物の前の道路に、縦列駐車の列をよく見かけます。背景には、「一世帯あたり1台分の駐車スペースを必ずどこかに設ける」という都市計画上の規則があります(各州によって細かいところで若干の違いがあります)。場所にある程度余裕があるところでは、地下や高層でなく、一番費用のかからない道路脇が駐車スペースに指定されます。この場合、道路の建設・維持費用同様、公共の税金が使われることが大半です。車を持たない人のお金もそこに投じられているのです。

地区の東端に建設された立体駐車場。屋根の上にはソーラーパネルが取り付けられている。(フォーラムボーバン提供)

地区の東端に建設された立体駐車場。屋根の上にはソーラーパネルが取り付けられている。(フォーラムボーバン提供)

 ボーバン地区では、車を持たない人の不当なコスト負担を避けるため、立体駐車場の建設・維持費用のすべてを車の所有者がまかなうこととし、税金などの補助は一切つきませんでした。しかし、車を持たない世帯にとって大きな問題が一つありました。それは上述した「世帯あたり一台分の駐車場確保の義務」という、2人に1人が自家用車を所有しているドイツの現実を反映した法律です。「この法律がある以上、車を持たない世帯も駐車場を購入しなければいけない」。当初、市行政の担当者は頑なでした。「車を持っていないのになぜ高いお金を払って駐車場を買わなければならないのか」(将来の)住民たちの言い分は、理屈から言えばもっともです。しかし法律はそう簡単に変えることはできません。
 そこで車を所有しない(したくない)世帯は、フォーラム・ボーバンの支援のもと、「車を持たない世帯の協会」を設立し、弁護士を間に立てて、市と協議を重ね、次のような解決策でお互い合意に達しました。
 法律がある以上、全く無料という訳にはいきませんでした。協会は、地区の西端に市から空き地を購入し、「駐車場予定地」としました。会員一人(一世帯)あたりの負担額は3.700ユーロ(約50万円)。立体駐車場1台分の購入価格が約17.000ユーロ(約230万円)であることを考えれば、比較的軽い負担です。現在会員は約360世帯、一世帯あたり8m2として、約3,000m2の土地が確保されています。第3期最終住宅建設が終了した後、新しく加わる車を持たない世帯の数に合わせて拡張される予定です(ただし、土地面積から427世帯で一杯です)。この敷地は、「車を持たない世帯の協会」が公園として管理していく予定です。もし車を持つ人が増え、2つある立体駐車場が満杯になったら、ここにも駐車場を建てるという契約が市と交わされています。市にとっても、万が一のための予備地が確保されたので安心という訳です。
 完全とは言えませんが、可能な限りにおいて、車を持たない人の経済的利益が補償されました。


自家用車に対するオルタナティブ

 車を持たない、あるいは持ちたくない世帯を引き付けるには、自家用車の代りとなる他の移動手段やサービスの充実が重要となります。

  • 自転車
    自転車専用道路の整備が行き届いたフライブルク市では、ボーバン地区から約3km離れた市の中心部まで10分から15分ほどで到着します。この立地条件は、車を持たない世帯にとって大きな魅力でした。
  • 公共交通
    ボーバン地区には、現在3つの公共バス路線が通っています。2006年にはこれが、現在軌線建設中の路面電車に変わります。フライブルク市が、高いお金をかけて路面電車の新路線を作る理由は、路面電車が、バスの2倍から3倍の乗客を運ぶことができ、独立の軌線を走るため渋滞に巻き込まれず、運行が安定するからです。もしフライブルク市が、「コストが高いから路面電車の新路線は造らない」と決定していたら、ボーバン地区の交通コンセプトも失敗に終わっていたかもしれません。
  • 宅配サービス
    大きな買い物をしたときなど、車がないと不便を強いられます。自家用車を購入する理由の一つです。特にドイツでは、ビン飲料などをケースで買い、車で運ぶことが一般的です。この地区にある食品スーパーでは、25ユーロ(約3,500円)以上の買い物をした客に対して、三輪自動車による無料の宅配サービスを行っています。スーパーにとっては、お客を集める一つの広告戦略です。住民はこのサービスを頻繁に利用しているようです。
  • カーシェアリング
    週末は家族で小旅行に出かけたい。仕事でアポイントメントが入って、交通の便が悪い田舎に行かなければならない。ホームセンターで買ったものを運びたい。普段は必要なくても、ときどき車が使えたら...。そういうときに便利なのがカーシェアリングです。名前の通り、車を共有(シェア)するシステムです。会員制になっていて、フライブルクの場合、会員は月々4ユーロ(約560円)の会費を払います。利用したい時は、前もって電話をし、利用時間と希望する車種を予約します。料金は利用した距離と時間によって、車種ごとに計算されます。1987年にスイスで始まったシステムで、今ではドイツやオーストリアを始めとする、ヨーロッパの多くの都市で普及しています。利点はまず、車の購入費や維持管理費をみんなで分担(シェア)し、一人当たりのコストが安くできること、また、たくさんの人が使用することによって車の稼働率が上がることです。普通の自家用車は、平均して1日のうち1時間しか走っていません。23時間は止まっているのです。とてももったいない、非経済的な乗り物です。それに対して、1台の車を約20人が所有するカーシェアリングシステムの場合、稼働率が60〜70%とはるかに経済的です。ボーバン地区には現在、15台のカーシェアリング車が配置され、車を持たない世帯の多くがこのシステムを利用しています。
スーパーマーケットの無料宅配車 (フォーラムボーバン提供)

スーパーマーケットの無料宅配車
(フォーラムボーバン提供)

ボーバン地区に置いてあるカーシェアリング車 (フォーラムボーバン提供)

ボーバン地区に置いてあるカーシェアリング車
(フォーラムボーバン提供)


成功の要因は「代価案」「メリット」「選択の自由」

 「エコモデル地区」として外部からの評価も高いフライブルク市ボーバン地区の都市計画ですが、その中でもここに紹介した交通コンセプトは、さまざまなところで模範例として取り上げられています。
 その成功の要因は、車のない理想郷をつくるのではなく、1)他の交通手段やカーシェアリングを整備し、車を所有しなくても快適に生活できる空間を作ったこと、2)自家用車を持たないことのメリットを、ある程度納得のいく形で明確に示したこと、3)その上で、車を所有するか、しないかの選択の自由を住民に与えたことです。
 現在、ボーバン地区には若い家族を中心におよそ1,200世帯(約4,000人)が生活しています。自家用車の所有率は1,000人あたり約150台(敷地内にある学生寮、社会福祉住宅はのぞく)と、ドイツの平均500台、フライブルク市の400台を大きく下回ります。車を持たない世帯の大半は、ここに引っ越しすることをきっかけに、移住前に所有していた車を処分しています。


人口1,000人あたりの車の所有台数 世界の主要国を比較 (フォーラムボーバン提供)

人口1,000人あたりの車の所有台数 世界の主要国を比較
(フォーラムボーバン提供)


【1】
学生寮の敷地、建物(兵舎)は、大学の組織Studentenwerk(学生サービス機関)が国から直接買い取った。自治運営の社会福祉住宅となった4棟の兵舎は、自治団体(SUSI)が、60年の期限付きで国から借り受け、独自に改修工事を行った。
【2】
フライブルク市は、この土地を、学校、道路などのインフラ整備にかかるお金も上乗せして、家主に売却。このときの土地の値段は1m2あたり約430ユーロ。演習地にできた新築の住宅のおよそ3分の2は個人所有で、残りの3分の1は、賃貸型アパート。
【3】フォーラム・ボーバン
ドイツ語の正式名称は、Forum Vauban e.V.。e.V. とは、eingetragener Verein(登録団体)の略で、法律で認められた、税制上の優遇措置などを受けられる非営利、公益団体を意味する。日本では特定非営利活動促進法(NPO法)に基づくNPO法人がもっとも近い概念。スポーツのチームから、地元の楽団、コーラス、BUND(ドイツ環境自然保護連盟)のような大きな環境団体まで、規模、活動範囲、対象者も異なる様々な団体が、e.V. を名乗ることができる。
フォーラム・ボーバンも法律で認められた公益団体(e.V.)だったが、その活動内容においては、都市計画のプロジェクトチームのような性格をもっていた。運営資金であった補助金が切れたことを期に、2004年の11月に解散した。
【4】ドイツ環境基金(Deutsche Umweltstiftung)
1982年に、設立され、これまで数多くの環境・自然保護活動を支援してきた。助成分野は教育・学術研究・ジャーナリズム・啓蒙・ボランティア活動と多岐にわたる。フォーラム・ボーバンは1996年に、「専門家による市民参加プロジェクト同行」という目的で資金を得る。
【5】EUの環境プログラムLIFE
1992年にEUが設立されて以来執行されている環境プログラムLIFEは「自然」「環境」「第三国」の3つの分野がある。フォーラム・ボーバンは「環境」分野で1997-1999年の4年間助成を受け、その資金で交通コンセプトやエネルギーコンセプトの作成、市民参加コーディネートなどを行った。

関連情報

参考図書

  • (村上敦著、洋泉社 2004年発行)
    『カーシェアリングが地球を救う ―環境保護としてのニュービジネス』
  • (松田雅央、学芸出版社 2004年発行)
    『環境先進国ドイツの今 ─緑とトラムのカールスルーエから─』
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(記事:池田憲昭)

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