大都市ジャカルタに近いグヌンハリムン国立公園
人口約2億人のインドネシアで、その6割強は国土面積の約7%しかないジャワ島に住んでいます。その西部、人口1,000万人を超える首都ジャカルタに近い地域に残された広大な熱帯林がグヌンハリムン国立公園です。ここは、絶滅危惧種のヒョウやテナガザルなどが生息しています。
この森周辺住民の理解を得つつ、自然を残しながらその経済的活用を図る手段として、また急速に失われつつあるインドネシアの熱帯林の重要性をジャカルタ市民等が理解する環境教育活動の一環として、エコツーリズム活動が取り組まれました。
プロジェクトではこの基盤作りのため、アクションプランやガイドブック作成、ガイド養成研修【2】などを行ってきましたが、プロジェクト期間の最後の2年間、その検証及び総合化作業として、魅力的なツアープログラム作りのため、公式、非公式を含めて8回のエコツアーを実験的に実施しました。

ジャカルタ

農村の風景
エコツアーの実験

バスでいざ出発!
エコツアーは、インドネシア人のほか、ジャカルタに1万人近く住む在留邦人を対象としました。国立公園にたどり着くには5時間近く悪路等を車で走らなければなりません。エコツアー実験への参加者を集めるため、当初、国際協力活動に理解のあるインドネシア駐在のJICA専門家のグループや、日本人学校教師、日本人文化サークル(B&B混声合唱団)などの友人たちに協力を呼びかけました。
ツアーの一行は、ジャカルタをバスで早朝出発。市街地を過ぎ、ヤシ、バナナ、キャッサバなどに囲まれた集落を抜け、マメ科の木やゴムの植林地が広がる丘陵地に入り、国立公園事務所で入園手続きをします。
途中でインドネシア国内最大級の地熱発電所を訪ねるメニューも試しましたが、参加者には、慌ただしくいろいろな所を訪ねるより、時間にとらわれることなくゆったりとした、インドネシアらしいプログラムが好まれました。
棚田に張り付く集落を通る石畳道をさらに山に向かうと国立公園の森に入ります。その中心地チカニキ地区には、国立公園の調査兼宿泊施設(リサーチステーション)や、樹上の生態系調査のためのキャノピー・トレイルがあります。国立公園レンジャーや地元ガイドの案内で森をハイキングすると山上に広がる約1,000haほどの紅茶園に出ます。周囲には棚田や畑を配した集落がいくつか点在しています。そのうちのひとつチタラハブ村のゲストハウス【3】で夕食をとり、いよいよ「光るきのこの森」を訪ねます。

紅茶園でのバードウォッチング

キャノピー・トレイル

夕食の様子
光るきのこの森

トレイル
標高約1,000m、夜間は17℃程度まで冷え、林内で優占する木には、マンサク科のラサマラや、シイやカシの仲間、ツバキ科の木があります。林床、樹幹、樹冠それぞれにたくさんの蘭の仲間や着生シダが見られ、またササの仲間も繁茂しています。
この森の中の約50m×40mの範囲を中心に、光るきのこは、枯葉や枯枝につく小さな子実体として観察できます。この森が、年間を通じて多湿な気候条件にあることから、雨期乾季を問わず、いずれの時期に当地を訪れても、夜間に多数のきのこの発光を見ることができるのです。大きいものは傘の径3mm、柄を含めた高さは12mm程度、柄に光りは見えず、傘は表裏とも淡緑白色に光るように見え、クヌギタケ属ヤコウタケの仲間と思われました。1mm程度の白い仁丹のような姿で光っている菌もありました。
光るきのこの森へ、ツアー参加者はランプを片手に列を作って歩いていきます。近くまでくると、列の先頭のガイドと最後部につくガイド以外のランプは消し、途中の参加者は、前の人の肩に手をかけて、ゆっくり歩く体勢をとります。きのこの光りは、月明りがあるだけでも見えにくくなる程度のものです。ガイドの持つランプの明かりも落とし、暗闇に目が慣れてくると、森の奥まで、無数の光りがちらばっているのが見えてきます。
実験ツアーを重ねるにしたがって、国立公園職員や地元住民は自信をもってガイドをするようになりました。参加者からも「光るきのこに感動した。目をつぶり森の声に耳を傾けていたら涙がこぼれた。生きる力をもらった。ガイドも一生懸命。この豊かな自然を、悪化した環境や喧騒の中に暮らす多くの人に体験してもらい、今の生活をみなおす機会になれば。」といった感想が聞かれました。

雨降る森

森の中で
エコツーリズムをとりまく地域社会の状況

ニルマラ小学校
チタラハブ地区を含めた山上の紅茶園周辺の集落の子どもたちは、紅茶工場のある中心集落ニルマラにある小学校に通います。1982年に設立されたその小学校では、校長先生1人は政府から給料をもらいますが、他の先生たち(2人程度)は紅茶工場が給料を支払います。2003年夏現在、ニルマラ小学校には、1年生65人、2年生62人、3年生57人、4年生38人、5年生34人、6年生21人が通っていました。家の農作業等の手伝いのため高学年ほど数が減っています。
ゲストハウスのあるチタラハブは約10軒、40人の小さな集落で、生業は棚田水田での農業です。一部の人は紅茶畑での仕事もしています。紅茶畑では大人が一日作業して100kgの茶葉を摘みます。1kgあたり300Rp(約4円)になりますので、1日の稼ぎは、約30,000Rp(約400円)ほどです。
チカニキ、チタラハブで、地域住民がガイドとして出役する場合、1日35,000Rp(約500円)となり、ポーターで出役すると25,000Rp(約350円)になります。国立公園職員がガイドとして出役する場合は50,000Rp(約700円)でした。
1996年〜1998年、当地域では政府、民間企業、大学、国際NPO、地域住民等が参加し、コミュニティーベースのエコツーリズム開発が取り組まれました。その結果、チタラハブに整備されたのが、ツアーでも夕食をとるために寄ったゲストハウスです。観光客の消費が地域に還元されることをねらって建設されましたが、その利用は顕著な増加がみられません(99年168人、2000年320人、2001年484人、2002年425人、2003年423人)。修繕費用の蓄えもできず、また地域への還元(収益の10%)も伸び悩んでいました。
一方で、隣接するチカニキ地区に整備されたリサーチステーションに観光客が集まる傾向も見られます。リサーチステーションは研究活動拠点として整備されたものですが、一般利用者も宿泊できます。施設は国立公園の職員互助会が管理し、その収入が互助会員の福利厚生にあてられる場合もあり(国立公園職員の平均給料は1万円を超える程度でそれほど高くはない)、地元住民は国立公園管理事務所が一般観光客のリサーチステーション利用により力を入れて宣伝していると憶測、不満を抱いていました。
地元の話では、大学生等はゲストハウスより低料金のホームステイを好む傾向があるといわれ、チタラハブの住民側も現実的な対応としてこれらの受け入れに向かう傾向があります。2003年春の段階で、集落10軒のうち3軒がホームステイ用に利用され、さらに1軒が準備中でした。

ニルマラ村

チカニキ・リサーチステーション
今後のエコツーリズム活動の展開

森の中の風景
私が赴任した2001年夏、インドネシア林業省のカウンターパートからは、協力事業の中で、報告書作りだけでなく、実際に国立公園利用者の増加につながる取り組みができないかといわれました。その秋、「グヌンハリムン公園周辺住民との共生による生物多様性保全ワークショップ」がボゴール市内で開催され、その会場で、バンドゥン工科大学のシャルミディ博士から、ご自身の経験を踏まえて、「持続的なエコツーリズム活動実現のため、利用者が継続して国立公園を訪れる状況を作ること、そのためのプロモーションが重要である」との指摘がありました。多くのツアー客の興味を惹くプログラムを用意し、ツアー客の需要を生み出すことができれば、エコツーリズム活動について今後様々な検討【4】を行う素地は用意できることになります。
私の趣味であるきのこ観察・採集を通じ、日イの友人たちの協力で、国立公園内チカニキ地区に大規模な光るきのこの発生地を確認できたこともあり、「光るきのこの森」は、アクセスの悪い国立公園への誘客と、熱帯林の魅力を伝えるためのキャッチコピー【5】ともなりました。
インドネシア政府側でも、様々なプロモーション活動を展開し、JICAのプロジェクト調査団の国立公園訪問にあわせて、ジャカルタの現地マスコミ関係者を多数招聘したり、ジャカルタ市内等でのイベントでパネル展示をしたり、周辺都市の大学や関係機関にでかけるなど、当国立公園のPRを精力的に進めました。
2003年9月には、地元インドネシア紙に光るきのこの森を訪ねるプログラムを含めたこの国立公園のツアー記事が掲載され【6】、さらに多くの利用者がこの森を訪ねるようになったと現地の国立公園管理事務所から報告がありました。
2003年6月に生物多様性保全プロジェクトが終了する間際、西ジャワ山岳一帯の自然保護のため、グヌンハリムン国立公園は、東に隣接するサラク火山等を含めて約3倍に拡張されることがインドネシア林業大臣により決定されました。2004年2月からは、拡張後の同公園において日イの国際協力事業グヌンハリムンサラク国立公園管理プロジェクトが開始されました。エコツーリズム活動は、地域住民の教育支援と一体に取り組まれ、国立公園施設であるチカニキ・リサーチステーションと、チタラハブの民営ゲストハウスとのエコツーリズム活動上の役割分担に関する議論も進められる予定となっています。
グヌンハリムン国立公園ツアーアレンジに関するメモ
(注:本内容は、2003年春の情報であり、実際の公園訪問にあたっては、国立公園等へ電話し最新の情報を確認する必要があります。)
★宿泊施設の予約やツアーアレンジに関する問い合わせ先
- グヌンハリムンサラク国立公園管理事務所
Head quarter office of Gunung Halimun Salak National Park
Kabandungan, Sukabumi, Jawa Barat Tel/fax +62-266-621256
公園の森の中にあるチカニキ・リサーチステーション(一般客宿泊可)の宿泊予約(一室10万Rp、4人まで)、公園スタッフのガイド出役など対応。公園入園料は外国人1万5千Rp、保険料5千Rp。 - ハリムンエコツーリズム協会(YEH: Yayasan Ekowisata Halimun)
電話 +62-251-381677 (ボゴール市内) E-mail: bcn-ni16@indo.net.id
Website http://www.bogor.indo.net.id/halimun/
ボゴールに事務所をおくNGO。公園の森の中に開けるチタラハブ集落のゲストハウス(一部屋7万Rp、2ベッド)の予約ほか、公園北部ルイジャマン集落や公園南部パングヤンガンにあるゲストハウス予約も対応。公園南部居住カセプハン族によるチプタグラ収穫祭訪問等のツアーアレンジも可。
★グヌンハリムン地域に慣れたレンタカー依頼先
公園は、キジャンタイプの自家用車で十分入山可能。ただし、道に不案内な場合、Bogor市にあるCrawford Lodge のレンタカーのドライバーは当該山域の道路事情に慣れているので頼むと便利。
- 経費:一泊一日あたり50万Rp(ガソリン代、高速道路代含まず)、日帰りの場合は35万Rp、遅くなる場合は残業代を見る必要あり。その他は要交渉。
Crawford Lodge Jalan Pangrango 2, Bogor, Indonesia
Telephone: +62-251-322429 Fax: +62-251-316978
★1泊2日チカニキ・チタラハブ地区訪問案(実績ベース)
初日
- 0600
- ジャカルタ出発
- 0700
- ボゴール、レンタカー借用所集合(クロフォードロッジ)、車はクロフォードに駐車可。
- 0800
- リドレイクホテル(当地で待ち合わせを希望するものがある場合に立寄。)
Lido Lake Hotel 電話 +62-251-220922 URL: http://www.indo.com/hotels/lidolakes/ - 0920
- 食堂「Simpang Tiga」で昼食弁当の買出し(平均1人1万〜1万5千Rp)。
- 1040
- カバンドゥンガン村(公園より手前)にある公園管理事務所立寄(ジオラマ展示など見学)。カバンドゥンガン集落を過ぎたあたりから、道路は石畳や砂土の道となる(昼食の場まで1時間半程度)。
- 1210
- 公園区域に入るゲート周辺で昼食。
- 1430
- チカニキ・リサーチステーション到着(公園の森にある研究基地)、キャノピートレイル見学(見学1人1万Rp(子ども5千Rp)、公園スタッフガイド出役5万Rp)
- 1530
- 熱帯林ハイキング(約1.8km)、チタラハブ集落まで。公園スタッフによるガイドはキャノピートレイル見学とセット。
- 1700
- チタラハブ集落到着(公園の森の中にある公園区域外の地域、約1,000ha、山上の紅茶畑あり)
- 1730
- 夕食(チタラハブ・ゲストハウス 1人1万5千Rp)
- 1850
- 車を待機させ、チカニキ・リサーチステーションへ戻り、光るきのこ見学(公園スタッフのガイド依頼可)
- 1930
- 日帰り組(希望がある場合):チカニキからジャカルタへ帰途につく(ジャカルタ到着11時半頃)。
- 2000
- 宿泊組は、チタラハブ集落に戻りゲストハウスに宿泊
*公園の研究施設であるチカニキ・リサーチステーションとチタラハブ・ゲストハウスは2km、車で約10分程度の距離にある。
第二日
- 0700
- 朝食
- 0800
- チタラハブ周辺集落の散策(ガイドはチタラハブ・ゲストハウスのスタッフに依頼可(3万5千Rp)。)
- 1000
- ニルマラ紅茶園訪問(公園の森の中に開ける山上の紅茶園、工場見学1万Rp(紅茶1パックつき))
- 1110
- ニルマラ出発
- 1400
- 食堂「Simpang Tiga」で昼食
- 1630
- ボゴール到着
- 1730
- ジャカルタ到着
★その他
- 持ち物:折りたたみ傘、小さな懐中電灯、履き慣れた運動靴、汚れてもいいズボン、簡単な雨具(合羽)の用意が必要なこと。
- チタラハブゲストハウス
地元の伝統的家屋。一部屋2ベッド。トイレはインドネシアスタイルで共用。夜は冷えるが毛布がある。温水、シャワー、紙、石鹸、タオル、電話のいずれもない。森での蚊はほとんど気にならないこと。 - トイレ:道中それほどトイレがない。ボゴール、リド、食堂「Simpang Tiga」、公園事務所で済ませること。
- 初日ハイキングの際の、車の動き方、荷物の取扱等について
チカニキ・リサーチステーションからハイキングへ出発時の持ち物は、折りたたみ傘、雨具や貴重品のみとし、他は車に載せ、森の道とは別ルートの車道を使って荷物を夕食会場兼宿泊所のチタラハブ・ゲストハウスへ持ち込む。運転手はリサーチステーションからチタラハブまで車を走らせ(10分程)、車道から坂をおりたゲストハウスまで荷物を運ぶ。ポーターをゲストハウスに頼む。 - 研究用施設として作られたキャノピートレイルは、構造上高所で不安を感じる人もある。自己責任で登ること。

ボゴールからグヌンハリムンまでの経路
ボゴール−パルンクダ分岐 約25km
パルンクダ−カバンドゥンガン 約30km
カバンドゥンガン−チカニキ 約15km