スイスCO2法とCO2税
スイスは京都議定書上、2008年〜2012年までに、温室効果ガスの排出量を、1990年レベルから8%削減することを約束しています。1999年には、「CO2排出の削減に関する法律(通称 CO2法)」が制定され、エネルギー関連【1】からのCO2排出量を、2010年までに、1990年レベルから10%削減するという野心的な目標が盛り込まれました。同法では、個別の目標として、燃焼用燃料からのCO2排出量については1990年レベルから15%削減、運輸用燃料からのCO2排出量については8%削減することが定められています。
CO2法では、まずは産業界の自主的な取組みと政府の支援策などで、この目標を達成するとしながらも、これだけで目標が達成できない場合には、化石燃料に対してCO2税を課すと、しっかり定められています。同法では、CO2税の導入は2004年以降とすること、導入手続、最高税率【2】、税収を国民及び企業に還付すること【3】、自主的取組を進める企業への免税措置などは決められていますが、実際の税率などは、今後の議論に委ねられています。
CO2排出量の変化

スイスのCO2排出量(エネルギー関連)は、産業界の自主的な取組み、連邦及び州レベルでの対策が進んできていること、また、景気後退の影響もあり、2002年には、1990年レベルから0.7%減少しました。しかし、目標との間には、まだ開きがあります。
CO2排出量の内訳を見ると、燃焼用燃料からの排出は減ってきている一方で(それでも2010年には目標を約90万トン上回る見込み)、運輸用燃料からの排出は増加傾向にあります(2010年には目標を約240万トン上回る見込み)。運輸部門については、自動車保有台数の増加、自動車の大型化、貨物の増加などが排出増の原因とされています。このため、とりわけ「運輸用燃料にはCO2税が必要」という声が上がってきています。
スイスのCO2税論争 先手は業界案

運輸部門からのCO2排出量は減るのか
CO2税をめぐる議論に、先手を打ってきたのは、CO2税の導入に反対の立場の石油連盟です。石油の輸入や精製に関わる事業者からなる石油連盟は、2002年の秋、CO2税の代わりに、業界自ら、運輸用燃料1リットル当たり1〜1.5サンチーム(約0.85〜1.3円)【4】を上乗せして販売し、お金を集める「気候サンチーム」構想を発表しました。年間7000万〜1億スイスフラン(約60億円〜85億円)に上る「気候サンチーム」の収入は、国外からのCO2排出クレジットの購入【5】、国内でのCO2排出削減対策に充てるとしています。
ところが、この石油連盟の構想は、環境NGOから強く批判されています。税率が低いため、運輸用燃料の使用を抑制する効果が小さく、さらに、運輸用燃料分として排出削減が必要な240万トンのうち、約8割は国外からのCO2クレジットを買って埋め合わせるというものだからです。WWFスイスのクリスティアン・マイフェールさんは、「京都議定書では、まずは国内での排出削減対策を優先し,国外からの排出クレジットの購入は、あくまで補完的なものとされています。気候サンチームはこの趣旨に反しています。また、スイス国民から集めた大切な資金が、国外にそのまま流出する点も納得できません」と指摘します。
連邦政府の方針

スイス連邦環境・森林・景観省
石油連盟と環境NGOがCO2税論争を繰り広げる中、今年2月下旬に、連邦環境・森林・景観省担当のモリッツ・ロイエンベルガー大臣は、2つの案を閣議に提出する方針を明らかにしました。一つは、運輸用燃料には「気候サンチーム」を適用し、燃焼用燃料だけにCO2税を課すという案、もう一つは運輸用燃料と燃焼用燃料の両方にCO2税を課す案です。
一つ目の案については、政府と関係業界との間で、「気候サンチーム」に関する協定を検討し、締結することになります【6】。
二つ目の案では、CO2税の税率を、CO2法上の排出削減目標を達成できるレベルに設定するとした場合、運輸用燃料については、ガソリン1リットル当たり30サンチーム程度(約26円)、燃焼用燃料については、灯油であれば1リットル当たり10サンチーム程度(約9円)となると推計されています【7】。税収は、CO2法に規定されているとおり、国民及び企業に還付される予定です(注3を参照)。
環境NGOなど環境サイドが支持しているのは、化石燃料の使用を減らす純粋なインセンティブとなる二つ目の案。省エネや代替エネルギーの利用を進めれば、支払うCO2税が少なくて済みます。さらに、平均以上に省エネなどを進めた場合、支払ったCO2税よりも、後で戻ってくる還付金の方が多くなるケースも考えられます(注3を参照)。
一方、「気候サンチーム」支持派が強調するスイスならではの事情もあります。スイス国内で高額のCO2税を課すと、自動車ドライバーや企業が、隣国のフランスやドイツに燃料を買いに行ってしまうのではないか という懸念です。こうなるとCO2の総排出量は減少しませんし、スイス国内の燃料販売量、そして燃料関連税収が減っただけ という事態を招くおそれがあると指摘されています。
今後の見通し

自動車の代わりに自転車、暖房用燃料にはバイオマス(薪)・・・CO2税導入で、こんな生活がお得に!?
CO2税導入までには、内閣での議論を経て、政令案を策定し、議会の了承を得る必要があるため、今後1、2年はかかるのではないかと見込まれています。
スイス議会では、右派及び中道派がCO2税に反対(または気候サンチームに賛成)、左派はCO2税に賛成というのが大まかな状況です。この状況からは、CO2税導入は難しいという見方も強いようですが、一方で、中道派の議員の中にはCO2税を支持する動きもあり、彼らの動向が鍵を握っています【8】。
なお、産業界も一丸となってCO税に反対 というわけではないようです。石油連盟、運輸業界などはCO2税に反対していますが、既に自主的な取組みをスタートしている企業からは、今度はこれまでコストを負担してこなかった企業や市民がCO2税という形でコストを負担する番だ という声も聞かれます。
「気候サンチーム」が残るのか(使い道は再考して欲しいと思いますが)、「CO2税」が導入されるのか、今年の夏も熱い論争が続きそうです。