No.054
Issued: 2004.02.19
イギリス カントリーサイドの風景と生き物を守る農業・環境スキーム
カントリーサイドと呼ばれるイギリスの田園地帯は、イギリス人のお気に入りの場所です。なだらかに広がる緑の丘、のんびり草を食む牛や羊、雑木林でさえずる小鳥...。童話「ピーターラビット」に出てくる世界が、そのまま広がっています。そんなカントリーサイドの風景や生き物を守る農家を支援する制度が、イギリスの「農業・環境スキーム」。今回はこの制度についてご紹介します。
カントリーサイドの魅力
工業先進国のイメージが強いためでしょうか、イギリスで国土の約4分の3を農地が占めることはあまり知られていません。街を一歩抜ければ、牧草地や耕地の広がるカントリーサイドです。緩やかにうねる丘に、ピーターラビットがぴょこんと飛び出してきそうな、牧場や木立、畑が続きます。
歩いていると、ウォーキングを楽しむ家族連れやお年寄りによく会います。馬で散歩している若い人も見かけました。イギリス人にとって、カントリーサイドは、週末や休暇を楽しむ、とっておきの場所、そして老後を過ごしてみたい憧れの場所(?!)です。そうそう、ハリネズミやウサギ等の小動物、野鳥、昆虫にとっても大切な住みかです。
「生産量第一」の農業からの反省
豊かな自然に恵まれているように見えるカントリーサイドですが、近年は色々な問題を抱えています。戦後、イギリスは農業生産の拡大を目指して、耕地の大規模化、農作業の効率化を進め、農薬や肥料も大量に使われるようになりました。1980年代に入ると、その影響が、農薬汚染、生物種の減少、石垣や生け垣に代表される伝統的な農村風景の損失といった形で現れてきます(うーん、どこぞの国でも似たようなストーリーが...)。
これを受けて、生産量の増加を重視して政府が生産を補助してきた、それまでの農業政策の路線を見直し、環境や生物の多様性、伝統的な田園風景にも配慮した農業を目指そうという方向が打ち出されました。そこで、登場してきた具体策が、「農業・環境スキーム」です。
「農業・環境スキーム」ってどんな制度?
「農業・環境スキーム」は、田園風景(ランドスケープ)、野生生物、カントリーサイドの歴史的な遺産(建造物や伝統的な農法など)を保護、強化する農家【1】に対して、イギリス政府が補助する制度です(一部、EUからの補助も含まれています)【2】。
各農家は、国の環境・食糧・地方事業省と10年間の管理契約を結び、地域の伝統的な田園風景(ヒースの丘、高地の放牧地など)の復元、農薬や肥料の削減や使用中止、野生生物の生息地づくり(耕地の脇の雑草帯や湿地など)、粗放的な放牧など伝統的な農法の活用、生け垣や石垣の復元などに取り組みます。それぞれの農家には、取組みの内容によって、1ヘクタール当たり年間4ポンド〜約550ポンド(約760円〜10万円)が、国から(つまり国民の税金から)支払われます【3】。
ところで、この補助メニューのひとつである「石垣づくり」にチャレンジしてみました。イギリスの昔ながらの牧場は、1メートルぐらいの高さの石垣に囲まれています。緑の丘にうねうねと続く石垣は、万里の長城のようです。苔むした石垣は、昆虫や野鳥の格好の餌場や住みかにもなっています。
「まあ、石を積むぐらい簡単、簡単!」とはじめたものの...。お手本とは程遠く、3段ぐらい積んでは崩れてしまい、賽の河原の石積みのよう。石の面の組み合わせ方などにコツがあるそうで、積み方を習得するのに何年もかかるそうです。いやぁ、この作業を全て農家の人の負担でやってもらうのでは大変です。(農家にとっては、何も石垣でなくとも、もっと簡単な木柵でもよいのですから)。補助制度が必要なことがよく分かりました。
ちなみに、農業・環境スキームで復元された石垣・生け垣は、210,000キロメートル以上、地球の半周を超えるほどになるそうです。
その効果は?
農業・環境スキームへの参加は増え続けており、約101万ヘクタールの農地が補助を受けています。
この制度を活用している農地では、他の農地と比べて、植物や野鳥の種類が増加したという調査データも出ており、生物多様性の改善に役立っていることも実証されています。制度導入10周年の式典では、「“沈黙の春”から、ミツバチがブンブン飛び回る3月に。10年にわたる活動で、ゆっくり、しかし着実に、イギリスのカントリーサイドに野生の植物や動物が戻ってきた」という評価がなされました。
虫や鳥が増えると、農作物の被害も増えるのでは なんて心配をよそに、農家の評判も「この制度のお陰で、環境面で満足できるような農業が、経済的に見合うようになった」、「以前はできなかった生け垣作りなどに、お金がまわせるようになった」と上々のようです。なお、現在は、より多くの農家が参加できるよう、参加要件を簡単にした「入門レベル」の農業・環境スキームも試験的に実施されています。もっとも、これに対しては、“バラマキ”的で効果が薄くなるのではという懸念もあるようですが。
日本でも、田んぼや雑木林の広がる昔ながらの田園風景は随分減り、そこで暮らしていたメダカも絶滅危惧種リストに載るような事態になっています。イギリスは、カントリーサイドの風景、生物の多様性、歴史的な遺産を一体的に保全・育成することで、似たような危機を乗り越えてきました。日本でも、農林水産省や文化庁が農村景観の保護を目指した法制度を検討しているそうですが、イギリスの歩んできた道は、改めて参考になるのではないでしょうか。
- 【1】
- 農地を管理するNGOや地方公共団体なども補助を受けることができる。
- 【2】
- 農業・環境スキームは、対象地によって2つの制度に分かれており、特に環境保全上重要な地域については「環境特別地域スキーム(Environmentally Sensitive Areas Scheme。1987年に導入)」、その他の地域については、田園管理スキーム(Countryside Stewardship Scheme。1991年からパイロット事業がスタート)」が適用される。
- 【3】
- ヒースの荒野の復元:1ヘクタール当たり275ポンド。沼地づくり:1ヘクタール当たり100ポンド(水位等によっては追加有り)。石垣の復元:1メートル当たり12ポンドなど。
関連情報
- 農業・環境スキームのうち、田園管理スキームについて
- 農業・環境スキームのうち、環境特別地域スキームについて
- 現行農業・環境スキームのレビュー及び新たな入門レベルのスキームについて
参考図書
- 竹田純一「里地の生きもの」『グリーンレター』No.22, 2000年
- 中島恵理「ヨーロッパの里地紀行」『グリーンレター』No.22, 2000年
- 源氏田尚子「イギリス カントリーウォークの魅力」『グリーンレター』No.24, 2003年
- 源氏田尚子「海外の公園事情(2)イギリス レイクディストリクト国立公園」『国立公園』613号, 2003年5月号
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(記事・写真:在スイス・ジュネーブ 源氏田尚子)
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