No.006
Issued: 2001.07.16
アポロが運んだもの
来る7月20日は、人類が初めて月面に降り立った記念すべき日でした。
それは1969年のこと、米航空宇宙局(NASA)の有人月面探査機・アポロ11号が月面の「Sea of Tranquility(静かの海)」に着陸、船長のニール・アームストロングが人類として初めて月面への第一歩を記しています。
すでに32年の月日が経ち、ちょっと前に流行った歌のように今の若者にとっては生まれてくるずっと前の、昔話になってしまったようですが、宇宙へのロマンや果てない探究心がもたらしてくれたものはさまざまです。日本でも、国産の次期大型ロケット・H2A第1号機がこの夏に打ち上げ予定のほか(宇宙開発情報)、文部科学省の宇宙科学研究所からは金星探査機の打ち上げ計画が発表されています。 莫大な事業費が投入される中、さまざまな新しい知見も得られています。
今回は、宇宙進出にかけた人類の夢から派生した、地球環境問題の解明や解決への発展について少し取り上げてみました。
閉鎖型生態系と、自給自足の自立した生活
人類が宇宙空間へ進出するには、外部からの空気や食糧などの供給がない「密閉空間」の中でどうやって生き長らえるかを考えていく必要があるとの認識があります。宇宙ステーションでの生活や、地球外の惑星・衛星への滞在や移住を可能とするには、食糧は無論のこと、地球上では特に意識しなくても周りに満ち溢れている空気や水の供給についても考える必要に迫られるわけです。
1991年に米国・アリゾナ州の砂漠の中に建設された「バイオスフィア2」は、そんな問題への解答を見出すことを目的としてデザインされた閉鎖型生態系実験施設でした。「20世紀のノアの箱舟」ともうたわれ世界中の注目を集めたこのプロジェクトについては、さまざまなところで報告されていますが、結論から言うと当初期待されていたねらいに対する成果としてはあまり芳しいものではなかったと評価されているようです。
- バイオスフィア2に関する報告
地球人のネットワークマガジン「キャット」Online版
情報誌ECO(長崎市主催 長崎環境共生技術ネットワーク推進事業の情報誌)より
月探索情報ステーション「インターネットシンポジウムふたたび月へ」より
生命活動による酸素の消費量と二酸化炭素の発生量とのバランスから鑑みると考えられないくらいの大量の酸素が行方不明になったことや、実験中の天候不良などもあってか自給自足をめざした農作物の収穫が予定していたほどなかったことなど、トラブルやハプニングも多かったようです。「農作業などに忙殺されて、実際の実験が十分でなかった」との反省もあったようです。
空間的な隔絶や精神的な閉塞感などもあってか、人間関係のトラブルから発生した心理学的な問題がもっとも大きな問題だったと評する「Newton」(1996年7月号)の記事を紹介するサイトもありました。常に成果を求められ、評価される忙しい生き方をしている都会人の孤独感や焦燥感にも合い通じるものがあるのではないでしょうか。都会という無機質な(と認識されがちな)環境の中でどう生きていくか、あるいはどんな生き方を選択していくかが問われはじめている現代のわれわれにとっても重要な問題を提起するものといえるのではないでしょうか。
開かれた「閉鎖空間」
さて、バイオスフィア2の現在の存在理由は、当初のものとはかなり大きく方向転換してきたようです。
コロンビア大学の協力を得て、さまざまな研究機関から多くの研究者を招き入れて、地球温暖化の原因や影響をシミュレートするなど、地球環境問題を扱う研究施設として衣替えしています。
施設内に再現された熱帯雨林やサバンナ、砂漠、湿地、海洋などの人工生態系を舞台にして、大気中の二酸化炭素濃度の変化が熱帯雨林に与える影響や、珊瑚礁と二酸化炭素濃度の関係について分析するなど、閉鎖空間での生活・生存にはこだわらず、より科学的な研究を進めるための“開かれた”研究施設となっています。
初期のプロジェクトが躓いた原因のひとつとして、「閉鎖人工生態系」が有する2つの性質の異なる概念が未整理のまま混合されていたとの指摘もあります。
- 地球の生態系の模倣を必要としない自律的な物質循環・食糧供給等を目的に造られる生態系
- 地球環境の下での物質循環や生物相互の関係などについての科学的な調査を行うことを目的とした実験生態学的なもの
現在のバイオスフィア2では、後者の実験生態学的閉鎖人工生態系による環境・生態系の調査が主な目的となっているわけです。
また、施設をキャンパスにして、理系だけでなく文系専攻の学生でも参加できる教育コースや、高校生向けの夏期コースが用意されるなど、教育機関としての役割を強く意識するようになってきたようです。
なお、現在の施設概要や研究テーマ、イベントスケジュールなどは、施設のホームページ上でも紹介されています。
NASAの自己完結型“ミニ地球”
バイオスフィア2は、その目的を「閉鎖空間での生存」とは切り離して生まれ変わっていますが、宇宙進出の夢をかけた「自己完結型」のシステム開発を目指した研究が、同じ米国のNASAでは進んでいます。
NASAジョンソン・スペースセンターに設置された「BIO-Plex」と呼ばれるこの実験施設は、有人の宇宙開発を進める際に不可欠となる閉鎖空間での生命環境維持が主眼となっています。
宇宙船という外界から隔絶された空間における資源供給のあり方を考えたとき、従来までのように必要な物資を積んで、その消費を可能な限り削減することで軽量化や持続性を確保するという方向性から、閉ざされた空間の中で自己完結的に資源をリサイクルしながら持続的な宇宙旅行を可能とするようなシステムを確立することが、長期間の滞在が視野に入ってくるほど求められてくるといえます。
- ハイブリッドカー「プリウス」で各国の環境保全の現場を巡る「ECO MISSION」からの報告
- 日本経済新聞記事より
日本の場合
日本でも、「バイオスフィア-J」という閉鎖型生態系実験施設が青森県下北半島の六ヶ所村に建設されています。施設内の密閉空間で居住実験を行う研究者は公募され、先日決定の発表もされています。
実験施設を計画した財団法人環境科学研究所では、「自然の物質循環は地球という広大な面積で行われるから全体でつじつまが合っている。狭い施設で自然に任せるだけでは循環が追い付かないことを、バイオスフィア2が示した」と指摘し、「閉鎖系環境条件の中で物質循環を空調装置および、物質処理装置により厳密に維持制御」することとしています。
それほど大きくはなかった地球
環境容量という概念があります。
バイオスフィア2などの人工の閉鎖型生態系がその容量に限りあることは明白ですが、われわれの住む地球自体の容量も有限であり、しかも思った以上に小さいらしいということを示唆する概念でもあるともいえます。
宇宙空間からの地球の映像は、青く輝くその美しさとともに、広く果てしない宇宙空間の中で孤立するようにたたずむ「小さな地球」の実態をも明らかにしたといえるのではないでしょうか(技術試験衛星「きく6号」から見た地球の映像)。
限られた資源を有効に使って持続可能な社会を築くことが全地球的な課題といえますが、閉鎖空間での生命環境維持のための技術は、こうした課題に挑戦するものでもあります。
バイオスフィア2の初期のプロジェクトでめざした、自然を制御するという考え方から、むしろ人間活動を制御して自然と共生する道を探っていくという捉え方をしていく必要があると指摘しているようでもあります。環境容量については、下記など参考にしてください。
「環境・持続社会」研究センター(JACSES):環境容量とは?〜持続可能社会の実現へ:環境容量と過剰生産・消費の変革〜
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(記事:下島寛)
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