No.003
Issued: 2019.06.20
第3回 須崎市長・楠瀬耕作さんに聞く、絶滅したニホンカワウソが最後に目撃された豊かな自然を守り、活用しながら、日本社会の一員としての責務を果たす
ゲスト:須崎市長 楠瀬耕作(くすのせこうさく)さん
- 1960年1月25日生まれ。
- 高知県土佐市出身。東京経済大学経営学部卒。
- 会社経営者、須崎商工会議所副会頭を経て、2012年(平成24年)より現職。2期目。
聞き手:一般財団法人環境イノベーション情報機構 理事長 大塚柳太郎
海岸のまちとして“震災前過疎”に見舞われる中、持続可能なまちづくりを標榜
大塚理事長(以下、大塚)― EICネットの「首長に聞く!」にご登場いただきありがとうございます。本日はどうぞよろしくお願い申し上げます。
さっそくですが、須崎市の紹介からお願いしたいと思います。須崎市は、高知県沿岸のほぼ中央に位置しており、太平洋に開けた天然の良港である須崎港を中心に漁業・商業が基幹産業として栄えてきたのと同時に、港の周辺に立地するセメント工場や木材団地など工業分野も発展しております。
市長の目から見て、市全体の特徴やまちづくりの方向性、特に港や浜の利活用や新荘川の保全など環境面も含めて、ご紹介いただければと思います。
楠瀬市長― 須崎市の地理的な特徴としては、面積135km2ほどに対し、海岸線が約110㎞もあります。リアス式海岸で、昔から海運を中心に栄えた商業地と、漁業・農業、そして高知県には珍しく上場企業が2社立地しており、地形的な要因を生かして、産業面でもバランスのとれたまちであると思っています。
ただ、海岸のまちですから、津波の被害を受けた過去もあります。東日本大震災を契機に出された浸水予想によると、市街地のほぼ全域が5~10mの浸水域になっています。これがちょっとネガティブな要因になっていまして、若い世代が市外に家を建てたり、あるいは市から出ていったりした企業もあります。これを“震災前過疎”と表現しましたが、そうした中で、持続可能なまちづくりを標榜し、7年前に市長に就任してから取り組みを進めているところです。
産業の特徴として申し上げたいのは、漁業もあるのですが、ミョウガの生産が全国1位のシェアで、年間約60億円の売り上げがあることです。
大塚― 震災前過疎という言葉も伺いましたが、市民の方々は前向きに動いておられるようにお見受けします。
楠瀬市長― そうですね。100年~200年に一度の災害よりも、これから災害にどう立ち向かっていくか、防災の組織づくりや取り組みについても市民の方々に自主的に進めていただいていると思っています。
“バランスのとれたまち”のシンボルとして、ニホンカワウソのしんじょう君が誇りや自信の源に
大塚― 環境のことなどを伺う前に、市長ご自身のことについてお聞かせください。楠瀬市長は高知県土佐市のご出身で、大学入学を機に東京に出られ、会社員生活を送られたのち、地元高知に戻って転職され、経営者などを経て、2012(平成24)年より須崎市長をされておられます。
東京で過ごされた時代のこと、高知県に戻られようと思った経緯などについてお話いただければと思います。
楠瀬市長― 東京でサラリーマンとして2年ほど勤めた後、高知に戻ろうと思ったのは、結婚して子どもができ、田舎の方で子育てをしたいというのが一番の理由でした。帰るところもあったので、戻ってきたわけです。
大塚― 東京でお過ごしになり、高知のこと、地元のことを違う目で見ることもあったと思います。
楠瀬市長― 東京は東京のよさがあって、本当に素晴らしいまちですが、東京で改めて、自分の田舎の価値といいますか、自然環境を含めたよさがわかったような気もしています。
大塚― 須崎市については、市長をはじめ皆さんが地域力を発信されていると強く感じています。たまたまですが、3年ほど前にゆるキャラグランプリで、須崎市のしんじょう君がグランプリを取られたのをテレビで拝見しました。地域の魅力発信は非常に大事だと思います。市民の方々をはじめ、市全体で取り組んでいるのだと思いますが、そうした地域活動の発信について、市長はどのように見ておられますか。
楠瀬市長― まず、しんじょう君がなぜできたかというと、2012年8月にニホンカワウソの絶滅宣言が出ました。もともとニホンカワウソが棲める自然環境を守っていく取り組みをしていたので、そのシンボルとして、しんじょう君が誕生したのです。
2016年のゆるキャラグランプリでは、大塚理事長にもご覧いただいたように、全国の1,421のキャラクター中で第1位を獲得できました。職員の努力や市民の皆さんの応援のおかげです。先ほどバランスのとれたまちという表現をしましたが、その旗印がなかったものですから、しんじょう君がグランプリを取って、わがまちに誇りや自信の持てる存在が一つできたなと思いました。この旗のもとで、いろいろな情報発信をさせていただいているところです。
大塚― 135km2とおっしゃいましたが、かなり広い市域ですね。ニホンカワウソはいろいろなところに棲んでいたのでしょうか。
楠瀬市長― ニホンカワウソが最後に目撃されたのは、1979年(昭和54年)のことで、当時すでに棲息地が限られていました。それが新荘川でした。新荘川は隣町の津野町に源を発し、須崎市を流れて須崎湾に注ぎますから、津野町と須崎市の協働でふるさと新荘川清流保全協議会を作っています。清掃活動をするほか、まだ単独浄化槽のお宅もあるので、合併浄化槽に変えるといった取り組みを進めています。
2019年度までに25%の削減目標に向けて、2018年度に22.9%の削減を達成
大塚― 具体的な環境施策についてお聞きしたいと思います。
須崎市では、地球温暖化対策実行計画として「エコ(ECO)☆ビジョンすさき」を策定されています。短期目標として、2019年度までにCO2の25%削減をめざしておられ、特に重点施策として「市役所本庁舎」「総合保健福祉センター」「市民文化会館」の3施設を削減重点化施設と位置付けておられます。環境省のカーボンマネジメント強化事業の補助金を活用して、空調・照明設備の高効率化や運用方法の改善といった様々な工夫を凝らしておられます。このプロジェクトの特徴やめざしていることについて、市長のお考えをお聞かせください。
楠瀬市長― 直接的に感じているのが、最近のゲリラ豪雨など、地球環境が変わってきていることで、その中で、一自治体として責任を果たしていくべきだと考えております。そうした中、環境省の補助金をいただいて、先ほど話のあった3施設――温室効果ガスの排出量も多く、床面積が大きい施設――を選定しまして取り組みを進めさせていただいたところです。
市庁内にカーボンマネジメント推進委員会を設置し、定期的にどれくらい進捗しているかを記録しています。2018(平成30)年度には、「2019年度までに25%削減」という目標に対して、22.9%まで来ております。ただ、本年度からは学校にエアコン設置をはじめており、エネルギー削減をどう進めていくかが一つのテーマになってきています。それをクリアして、25%削減という目標をぜひ達成し、日本社会の一員としての責務を果たしたいと思っております。
下水道は、数あるインフラの中でも“循環型社会”のシンボル
大塚― 少し角度を変えたお話をお聞きしたいと思います。
下水道管渠コンセッション【1】は、須崎市が日本で最初に取り組み始めたと思います。今、各地で話題になっていますが、公共下水道は、汚水の処理や雨水の排除、それから生活環境の改善や公共用水域の水質保全など極めて大事な役割を担っています。一方で、先ほど市長もおっしゃったように、人口が減少している中で経費の回収が困難になったり、施設が老朽化したりと、様々な課題を抱えています。そうした中で、須崎市がコンセッション事業に最初に取り組まれた経緯や、今後の見通しなどについて、ご紹介いただけますか。
楠瀬市長― 下水道は、数あるインフラの中で、循環型社会のシンボルじゃないかと思っており、これを将来に向けて適切に運営していくことが極めて大事であると考えています。確かに人口が減っていますし、施設の老朽化も進み、財政的には運営が非常に厳しくなっています。これは上水道も同様です。
下水道や上水道を持続的に運営し、そして環境にも役立つような施設にしていくには、行政の知見だけでは難しく、民間の知見も取り入れていくべきではないかと考え、市庁内で2013(平成25)年から議論を始め、コンセッションを選択したわけです。
実はそれ以前から、老朽化してきていた汚水処理施設を、新しい技術で人口減少社会に対応できるダウンサイジング可能なものに更新するよう、国土交通省の下水道革新的技術実証事業(B-DASHプロジェクト)【2】に採用していただいており、処理施設を建設いたしました。
この技術自体は東北大学で開発されたもので、スポンジの中に微生物を入れて、そこに上から汚水を垂らします。処理層は何層にもなっており、出てくるときにきれいな水になるというものです。標準活性汚泥法と違って曝気がいりませんので、電力が非常に少なくて済み、環境にやさしい汚水処理システムです。人口が減ったらばこの装置のセットの数を減らせばいいし、逆に増やすこともできます。3年間の実証実験を重ねており、ほぼ満足できる結果が出てきています。
大塚― 市全域に導入する計画でしょうか。
楠瀬市長― 先ほどお話ししたように、周縁部では浄化槽を使っているところもありますが、その汚水処理技術も含めたコンセッションとして進めていく予定です。汚水処理施設と、管渠を含め、民間事業者と基本協定を結んで進めております。
大塚― 今後の見通しについてはいかがですか。
楠瀬市長― すべてバラ色というわけではないとしても、経営的にも改善していますし、環境性能自体は向上し維持できているのではないかと思います。
大塚― 国内では須崎市が先行していますが、今後は海外を含めて期待できそうですね。
楠瀬市長― この技術については、須崎市が発信源になると考えています。
最近はJICAを通じて、まだ汚水処理が確立されていない南米や東南アジア等から視察団がよくきます。技術者の方が1度だけでなく再訪されるなど、関心は高いようです。今年はODAでタイにこの汚水処理技術が導入される予定です。
大塚― ぜひこれからも発展させて、国内外をリードしていただければと思います。
楠瀬市長― 国内では、今の汚水処理は標準活性汚泥法が主流ですが、日本全国で同じ時期に造られ、同じ時期に更新を迎えることになりますから、この新しいシステムが今後増えていく可能性があると思っています。
オープンウォータースイミングを契機に、地元に自治組織ができ、湾の浄化の取り組みが始まった
大塚― 少し話題を変えさせていただきます。
須崎市ではいろいろな取り組みをされておられますが、浦ノ内湾を活用した海洋スポーツも盛んです。全国規模の大会なども開催されており、お伺いするところでは、東京2020オリンピック・パラリンピックに関連した海外チームの合宿も誘致されておられます。オリンピックに限らず、国内の小中学生から高校・大学生のキャンプなども受け入れておられます。いくつか具体的なお話をいただけますか。
楠瀬市長― 浦ノ内湾では、タイの養殖もしており、閉鎖性海域のため水質が課題になっています。
この浦ノ内湾でオープンウォータースイミング大会【3】の開催を計画したときに、地元の方々からは、こんな海で泳げるかと言われました。しかし、地元に自治組織ができまして、浦ノ内湾をきれいにする取り組みが始まりました。きれいな海で市外からのお客さまをお迎えしようという、よい契機になったと思っています。海のまちなので、海洋スポーツのメッカにしたいと取り組んでいます。
東京2020オリンピックのキャンプ地としては、チェコ共和国のカヌーチームの利用が決定しています。チェコは世界でトップクラスの実力を持っている国です。去年は、ロシアやハンガリーの選手も来ましたが、チェコからは独占的に使わせてほしいという要望がありました。すでに3年にわたって、30人ほどが1か月間滞在して、キャンプを張っています。市内では、チェコの文化を学んだり、チェコの料理教室を開いたりと、文化交流の動きも出ています。
大塚― 素晴らしいですね。ところで、先ほどの浦ノ内湾をきれいにする活動というのは、具体的にはどのようなことをされたのでしょうか。
楠瀬市長― 一つは、先ほどお話ししたミョウガを栽培するハウスに関係しています。今はミョウガの溶液栽培では、土に植えることはしません。しかし、これまでは溶液をそのまま川に流して、それが海に流れ込んでいました。須崎市のユニークな取り組みとして、溶液を外に出さないで循環させる装置を開発したのです。こうした取り組みは須崎市だけだと思います。1基200万円くらいする装置をハウス内に設置するのですが、3年間で150台ほどが設置されました。国からの補助金と合わせて、市でも補助しています。
この他、単独浄化槽を合併浄化槽に付け替えることを進めています。それともう一つユニークなことは、須崎市には微生物の研究所があり、浦ノ内湾の閉鎖海域を、微生物を使って浄化しようという取り組みも行っています。
大塚― 先ほど、ミョウガの生産量が60億円とお話しいただきましたが、多くの方が従事されているのでしょうね。
楠瀬市長― ミョウガ農家の方は、所得が安定していますので、後継者ができます。それで、ミョウガ農家のある地域の平均年齢はぐっと若返っています。都会の方からすると、高々ミョウガと思われるかもしれませんが、われわれからすると、60億円というのはすごい売り上げです。
大塚― 一石二鳥にも三鳥にもなる取り組みだと思います。こうした新しい展開が広まっていくといいですね。
楠瀬市長― そうですね。まだまだ発展途上だと思いますので、いい渦にしていけたらいいなと思っています。
大塚― 日本の地方自治体は、人口減少など大変な状況にありながらも、地方からのボトムアップが日本を支える鍵を握っていると思います。須崎市は、その方向性を追求され成果を上げておられると思います。そのお立場から、日本の多くの方々に向けてメッセージをいただければと思います。
楠瀬市長― そんなおこがましいことは言えませんが、やはり人口も減っていますので、環境も社会経済も、マイナススパイラルに入らないよう、環境もよくなる、社会もよくなる、経済はよくならないとしても現状維持ができるというスパイラルになるよう、いろいろな取り組みを総合的に進め実現していきたいと思っています。
まだまだ力不足ですが、国をはじめとする多くの皆さまの力をお借りしないとできないと思っていますので、これからもどうぞよろしくお願いいたします。
大塚― 本日は素晴らしい話をどうもありがとうございました。これからもますますご活躍ください。
注釈
- 【1】下水道管渠コンセッション
- コンセッション(公共施設等運営権)事業とは、利用料金の徴収を行う公共施設について、施設の所有権を公共主体が有したまま、施設の運営権を民間事業者に設定する方式のこと。
下水道分野におけるコンセッション事業では、「PPP/PFI推進アクションプラン(平成30年改定版)」において、「6件の実施方針の策定完了の達成までフォローアップを続けるものとする。(平成31年度末まで)」とされており、これまでのところ、浜松市が平成30年4月に事業を開始、須崎市が平成31年2月に優先交渉権者を選定、このほか宮城県、村田町、三浦市、奈良市、宇部市が導入に向けた具体的な取り組みを実施している。 - 【2】下水道革新的技術実証事業(B-DASHプロジェクト)
- 新技術の研究開発及び実用化を加速することにより、下水道事業における低炭素・循環型社会の構築やライフサイクルコスト縮減、浸水対策、老朽化対策等を実現し、併せて、本邦企業による水ビジネスの海外展開を支援することを目的に、2011(平成23)年度より開始した国土交通省の実証事業。Breakthrough by Dynamic Approach in Sewage High Technology Projectの頭文字をとって「B-DASH」と呼ばれる。
須崎市では、2016年度(平成28年度)から、ダウンサイジング(小型化)可能な水処理技術DHSシステムを用いた水量変動追従型水処理技術実証事業に参画してきた。 - 【3】オープンウォータースイミング(Open water swimming)
- プールでの競泳競技に対して、海や川など自然の水の中で行われる長距離の水泳競技。国際水泳連盟が定める競技規則により国際的に統一されたルールで実施される。英語名称の頭文字をとって、OWSと略される。
オリンピックでは、2008年の北京大会から、10kmマラソンスイミングが夏季競技の正式種目に採用され、東京2020大会でも注目競技の一つとなっている。
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