No.025
Issued: 2014.01.16
谷津龍太郎環境事務次官に聞く、2014年の環境行政
実施日時:平成26年1月8日(水)14:00〜
ゲスト:谷津龍太郎(やつりゅうたろう)さん
聞き手:一般財団法人環境イノベーション情報機構 理事長 大塚柳太郎
- 環境事務次官。
- 1976(昭51)年、旧環境庁に入庁。
- 環境省廃棄物・リサイクル対策部長、官房長、地球環境審議官を経て、13年7月から現職。
- 専門分野は、環境政策。
- 1989〜1991年JICAインドネシア人口環境省環境政策アドバイザーのほか、国連大学高等研究所客員研究員。
- 地球サミット(1992)、地球温暖化防止京都会議(UNFCCC COP3/1997)、G8環境大臣会合(2008)等の国際交渉に従事。
中間貯蔵施設の整備が今年最大の課題
大塚理事長(以下、大塚)― 明けましておめでとうございます。
エコチャレンジャーに昨年につづき2回目のご登場をいただき、誠にありがとうございます。年頭にあたり、環境行政の責任者の立場から2014年を展望するお話をいただきたいと存じます。
早速ですが、それぞれの重点課題についてお伺いする前に、本年の環境行政の基本方針と、環境省としてのモットーについてお話しいただきたいと思います。
谷津さん― 1つの大きな柱は、東日本大震災からの復旧・復興で、最も大きな課題と考えています。福島を中心に、環境省としてやらなければならないことがたくさんございます。しっかりと進めてまいります。もう1つは、地球温暖化対策に改めて重点的に取り組んでいきたいと考えています。
環境省のモットーとしては、1992年の地球サミットでサステイナブル・ディベロプメント(持続可能な開発)が打ち出されたことを受け、それ以来、環境基本法・環境基本計画などを通じて持続可能な社会の実現を目指してまいりました。この政策理念に変わりはないのですが、今の時代背景の中で、持続可能な社会の実現のために、改めて個別の政策に落とし込む作業を、この1年をとおして進めていきたいと考えています。
大塚― 最初にあげられた東日本大震災からの復旧・復興ですが、震災からまもなく3年になろうとしています。今のお話で決意のほどが伝わってまいりましたが、もう少し具体的に、今年行おうとされている計画についてもお話しいただけますでしょうか。
谷津さん― 今年の最大の課題は、福島における中間貯蔵施設の整備になります。これまで、避難区域を中心に環境省が直轄で除染を進めてまいりました。それ以外の自治体においては、市町村に除染をお願いし、国が技術的あるいは財政的な支援をしてまいりました。この過程で、除染で除去された土砂などを受け入れるための中間貯蔵施設の整備が非常に強く求められております。除染を一層加速するためにも、中間貯蔵施設の整備は不可欠なのです。
環境省は来年1月から、除染除去物の中間貯蔵施設への搬入を開始することを目標にしてまいりました。来年1月まで、残された時間はごくわずかです。全力で取り組んでまいります。
昨年末に、福島県の皆さまに中間貯蔵施設の受け入れを正式に要請させていただきました。これからは、議会や住民の方々に丁寧にご説明し、受け入れに向けたご理解とご協力をお願いしていきたいと考えています。
大塚― 福島をはじめ、除染の対象地域の皆さまは大変な苦労をつづけておられます。そのご苦労にも応えようとする方針と思いますが、昨年末ころから少しずつ前向きの議論がはじまったように感じています。是非よろしくお願いいたします。
COP19の決定を受け、今年1年かけて2020年以降の目標の議論を精力的に行う
大塚― 2番目にあげられた地球温暖化対策ですが、昨年11月にポーランドのワルシャワで開かれたCOP19(国連気候変動枠組み条約第19回締約国会議)で、EUなどからは、日本は少し後退気味ではないかとの指摘もあったと新聞などで報じられましたが、今年の目標を含めお考えをお聞かせください。
谷津さん― ご承知のように、現在、日本では原子力発電所の安全審査が原子力規制委員会のもとで進められています。原子力発電の今後の位置づけの見とおしが難しい中で、原発の稼働ゼロを前提に、2020年時点の削減目標を打ち出したわけです。3.8%という数字だけみると不十分だというご批判があるかしれません。しかし、対策の中身をつぶさにご覧いただければ、これだけ省エネの進んだ日本でさらに20%の省エネを進めることに代表されるように、対策レベルでは意欲的な中身になっています。ワルシャワのCOP19の場でも、石原環境大臣を先頭に各国あるいは国際社会に丁寧に説明し、それなりの理解をいただけたと思っています。
これまでのCOPでの決定のとおり、2020年以降の新たな枠組みつくりを、2015年のCOP21で合意することをめざして交渉が行われています。今回のCOP19の決定を受け、準備ができた国は来年の第1四半期に次期の目標を事務局に報告することが求められたわけです。日本としても、今年1年かけて、2020年以降の目標の議論を精力的に行おうと考えています。
大塚― 昨年、谷津さんが地球環境審議官をされておられた折のインタビューで、世界中のすべての国が参加する枠組みつくりの重要性を強調されたことを思い出します【1】。COPの大きな流れとして、順調に前進しているとみてよろしいのでしょうか。
谷津さん― 私自身、長い間、地球温暖化の交渉に携わってまいりました。2009年にコペンハーゲンで開かれたCOP15に、各国の首脳が集まりながら、最終的な合意まで至らなかったことを経験しています。今回、COP21に向けて、アメリカも、中国も、すべての新興国も、2015年には合意しようと真剣に取組みを進めています。私自身は、2015年の合意を比較的楽観しています。逆に、万が一にも合意に失敗すると、地球温暖化対策の国際的な枠組み自体が非常に危機的な状況に置かれると思います。国連が中心になって、これだけの準備期間で交渉しながら合意できないとなれば、どういう枠組みがありうるかということになります。国連に代わる交渉の場を探すのは難しいですよ。繰り返しになりますが、交渉に携わっている各国の代表団のメンバーたちは、アメリカも中国も各国こぞって、2015年に2度目の失敗は許されないという固い決意で臨んでいると信じています。
大塚― よくわかりました。COPのこれからの議論における日本の役割にも期待したいと思います。
この3月のIPCC総会を、国民的議論が活発化するための重要なきっかけにしたい
大塚― 地球温暖化対策とも深く関係するIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第38回総会が、今年3月に横浜市で開催されます。横浜の会議のメインテーマは、温暖化対策の中でも注目度が増している適応策【2】になると聞いています。日本が国際的なリーダーシップをとることへの期待も大きいと思いますが、どのように臨もうとされておられるのでしょうか。
谷津さん― 東日本大震災の後、エネルギー危機あるいは電力危機についての議論が大事になったことは論をまたないのですが、一方で、地球温暖化対策にかんする議論が低調ではないかというご批判を、私自身もしばしばいただいてきました。
我々もいろいろな機会を通じて、地球温暖化に対する国民的な議論が活発化するための取組みを展開してまいりましたが、この3月のIPCC総会を重要なきっかけにしたいと考えています。と申しますのも、近年の日本の気候の変化を、国民の皆さまが実感されておられると思うからです。日本だけでなく、アジア、アフリカ、アメリカ、ヨーロッパ、オーストラリアと、まさに世界中で気候の変化が起きています。日常の感覚の中で感じておられる気候の変化に対し、「温暖化の影響」という最新の科学的知見に基づく評価報告書が、横浜の地から世界に発信されるのです。非常に得難い機会と思っています。我々はこれをきっかけに、改めて、日本全体で地球温暖化問題を議論していただくよう、いろいろな機会を作っていきたいと考えています。
大塚― 3月のIPCC横浜会議の成功を期待しています。
自然環境保全分野では、国内での取組みと同時に国際協力を積極的に進めたい
大塚― 話を進めさせていただきます。生物多様性をはじめとする自然環境の保全も重要性を増しています。昨年11月に仙台で開かれた第1回アジア国立公園会議は、谷津さんも出席され大きな成功を収めたと伺っています。今年はまた、奄美・琉球の世界自然遺産への登録も計画されていますし、昨年には富士山が世界文化遺産に登録され、三陸復興国立公園が創設されましたし、環境保全が大きく前進することを願っています。今日お伺いしたいのは、日本は2010年にCOP10(生物多様性条約第10回締約国会議)を愛知県名古屋市で開催し、この分野での存在感が大きいと思いますが、どのように国際的なリーダーシップを発揮しようとされているのでしょうか。
谷津さん― 生物多様性条約のCOP10における最重要の合意が、愛知目標【3】と名古屋議定書【4】です。日本の地名がついた重要な決定がなされたことに示されるように、日本はその開催国として大変期待されていますし、全力で取組まなければいけないと思っています。
国内では、今ご指摘いただいたように、自然環境保全にかかわる多くの計画を、国民の皆さまのサポートを得ながら進めていこうと考えています。同時に、生物多様性保全の根幹にある生物多様性国家戦略について、平成19年に閣議決定された第三次生物多様性国家戦略の中間評価を進めてまいります。自然環境保全分野では、国内での取組みと同時に国際協力を積極的に進めたいと考えています。とくに途上国が愛知目標や名古屋議定書の合意事項を実施するのにあたり、条約事務局の日本ファンドを通じ、あるいはJICAなどの2国間協力の仕組みを使いながら、強力に支援していくつもりです。
大塚― アジアをはじめ途上国が環境保全を進めるには多くの課題がありますので、よろしくお願いいたします。
サイエンス・ポリシー・リンケージ、すなわち科学と政策とのリンケージが非常に大事
大塚― 国際的な視点ということでは、昨年はPM2.5が流行語大賞トップテンにもなったほど、日本中で大きな話題になりました。日本の大気は随分きれいになったと言われているものの、中国からの飛来も多いPM2.5をはじめとする身近な大気環境問題に、どのように対応しようとお考えでしょうか。
谷津さん― 私は1976年に当時の環境庁に入り、最初の仕事が大気汚染対策でした。当時の主要なテーマは、硫黄酸化物や窒素酸化物への対策でした。その経験が私の出発点ですので、大気汚染対策には格別の思いをもっております。
PM2.5の問題が国民的な関心事になっていますが、ほかの大気の問題に対しても、環境政策として捉えると、サイエンス・ポリシー・リンケージ、すなわち科学と政策とのリンケージが非常に大事と考えています。PM2.5についていえば、発生のメカニズム、移流拡散のメカニズム、健康影響、さらには環境影響について、最新の科学的知見を常に把握し活用していく必要があると感じています。発生・拡散のメカニズムに応じた効果的な対策を打ち出していくことが大事なのです。
大塚― 環境政策を策定される原点ともいえるお話しと思います。
谷津さん― 付け加えますと、メカニズムの全体が明らかにならなくても、政策を打って出る必要が生じることも当然あります。現に中国では、PM2.5の影響が非常に深刻になっています。在留邦人にも、観光で行かれる方にも、健康に対する心配が大きいと思いますので、正確な情報をお伝えするのと同時に、中国の大気汚染対策に積極的に協力することが非常に大事です。
日本の主要都市はいずれも、過去に著しい大気汚染を経験し、それを克服してきた実績と力があります。日本の都市と中国の都市との間には、長い協力の歴史があります。環境分野の協力にも、長い歴史と豊富な経験があります。過去の経験を活かし、さまざまなメカニズムを活用し、環境問題への対応で中国と協力を進める必要がありますし、韓国も大事なパートナーです。
昨年5月に、第15回になる日中韓三国環境大臣会議が、石原大臣を議長に北九州市で開催されました。その中で、三国の大気汚染対策にかんする政策対話を進めていくことが、大臣レベルの合意としてなされました。第1回の政策対話は、今年3月に開かれる予定です。
大塚― 最近の政治情勢を考えると、環境分野では三国間の関係がよく保たれているようですね。
谷津さん― 国民の生活・健康に直結することですから、環境協力については引き続き継続していけると思っています。
大塚― 期待しています。
今年は地球温暖化対策について、もう一度国民の皆さまに広くご議論をいただく必要がある
大塚― 先ほどサステイナブル・ディベロプメントの話をしていただきましたが、関連の深い循環型社会の構築も大きなテーマで、昨年、第3次循環型社会形成推進基本計画も閣議決定されました。循環型社会に向け、さまざまな取組みが進んでいますが、今年度の課題をご紹介ください。
谷津さん― 環境政策における循環の再定義が必要と考えています。環境問題の原点を考えると、自然の物質循環を人間活動が乱すことによって生じるともいえますので、そういう意味で、環境政策として循環をもう一度捉え直す必要があるということです。もう少し具体的に申しますと、循環型社会形成推進基本法に基づく物質循環、言い換えますと、健全な物質循環は循環政策全体の中で骨子になるものです。ところが、サステイナビリティを資源の観点から議論すると、どうしても資源利用の効率に比重が置かれます。資源利用にも配慮しながら、物質循環の健全性まで概念を広げて議論していきたいと思っているのです。
循環政策の中で、今年、具体的に取り組もうとしているのは、容器包装リサイクル法をはじめ、個別のリサイクル法の見直しです。現在、中央環境審議会にお願いして議論を進めております。また、小型家電のリサイクル法の制定を、自治体のご協力をいただき進めていきたいと思っています。
除染については最初に申し上げましたが、放射性物質に汚染された廃棄物の処理、これが今年の大きな課題です。関係する県と市町村の方々に丁寧にご説明しながら、進めていきたいと考えています。
大塚― 循環にかかわる政策についても、先ほどのサイエンス・ポリシー・リンケージが大事なのだろうと思いながら、お話を伺っていました。
最後になりますが、EICネットをご覧の皆さまに新年のメッセージをお願いいたします。
谷津さん― EICネットを活用されておられる方々は、環境問題にとくに関心が高いのだろうと思います。あるいは、環境問題でお困りの方もおられるかもしれません。我々は環境省として、さまざまな環境問題に取り組んでおりますが、是非、現場あるいは地域からの生の声を、EICネットを通じてお寄せいただければ大変ありがたいと思います。先ほど申し上げたように、今年は地球温暖化対策について、もう一度国民の皆さまに広くご議論をいただく必要があると思っています。EICネットを通じた情報の発信にも、積極的に取り組んでいこうと考えています。
大塚― ありがとうございました。私たちを取り巻く身近な環境にも、地球環境にもさまざまな課題が山積し、リーダーの舵取りがますます重要になっていると思います。谷津さんにおかれましては、環境事務次官として、一層のご活躍をお祈りするとともに、国民の安全、安心な環境の確保のためにご尽力をお願いいたします。
注釈
- 【1】谷津さんへの前回インタビュー
- エコチャレンジャー第13回(2013年1月)における、谷津さん(当時、環境省地球環境審議官)のインタビュー。
http://www.eic.or.jp/library/challenger/ca130111-1.html - 【2】適応策
- 温暖化対策は大きく緩和策と適応策に分けられ、緩和策は温暖化自体を抑える対応策を、適応策は一定程度の温暖化を前提にその影響を抑える対応策を指す。エコチャレンジャー第24回(2013年12月)における三村信男・茨城大学教授へのインタビュー記事は、適応策および横浜で開催予定のIPPC総会が主な内容。
http://www.eic.or.jp/library/challenger/ca131210-1.html - 【3】愛知目標
- 正式名称は「生物多様性新戦略計画」で、2050年までに「自然と共生する」世界を実現するというビジョン(中長期目標)を持って、2020年までにミッション(短期目標)及び20の個別目標の達成を目指す。
- 【4】名古屋議定書
- 正式名称は「生物多様性に関する条約の遺伝資源の取得の機会及びその利用から生ずる利益の適正かつ衡平な配分に関する名古屋議定書」で、遺伝資源の利用と公正な利益配分に関する国際的な取り決め。資源利用国が資源提供国の法令に従い、事前に提供国の同意を得ること、遺伝資源の利用から生ずる利益は両者が合意し公正に配分すること、などが定められている。
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