一般財団法人 環境イノベーション情報機構

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エコチャレンジャー 環境問題にチャレンジするトップリーダーの方々との、ホットな話題についてのインタビューコーナーです。

No.094

Issued: 2020.11.20

長崎大学熱帯医学研究所教授の山本太郎さんに聞く、ウイルス感染症の生態学的な意味と人間社会との共生

山本 太郎さん

実施日時:令和2年10月20日(火)16:00〜
ゲスト:山本太郎(やまもと たろう)さん
聞き手:一般財団法人環境イノベーション情報機構 理事長 大塚柳太郎

  • 1990年長崎大学医学部卒業。
  • 博士(医学:長崎大学)、博士(国際保健学:東京大学)。
  • 長崎大学熱帯医学研究所助手、京都大学大学院医学研究科助教授等を務め、2004年から3年間、外務省国際協力局勤務(課長補佐、後に国際保健政策担当上級専門家)を経て、2007年10月より現職。
  • 長崎大学熱帯医学研究所よりJICAジンバブエ感染症対策プロジェクト・ジンバブエ保健省チーフアドバイザーとして赴任(1999〜2000年)。
  • コーネル大学ベイル医学校からの派遣でハイチ・カポジ肉腫・日和見感染症研究所上級研究員(2003〜04年)。
  • 大連医科大学客員教授、福建医科大学客員教授。
目次
パンデミックになるどのウイルスも実に巧妙で、われわれ人類の弱点を突くかのように出てくる
ごく一部のウイルスが病原性を発揮するとしたら、その生態学的な意味は何なのか
ヒトにとってのウイルス感染症は、まだまだ関係が新しいという気がずっとしている
パンデミックを起こした感染症はそれほど多くはないが、ここ50年くらいはちょっと度を越えている
リスクは無限にある、でも種の壁を越えるのは、そんなに簡単でもない
人類は感染症では滅びないが、人口減では滅びるかもしれない

ごく一部のウイルスが病原性を発揮するとしたら、その生態学的な意味は何なのか

大塚理事長(以下、大塚)― 今回は、感染症研究者の山本太郎・長崎大学教授にお出ましいただきました。山本さんは長年にわたり、感染症の疫学研究とともに国際保健学の立場から感染症対策に携わってこられました。
COVID-19(新型コロナウイルス感染症)は、WHOによるパンデミック宣言から7か月以上が過ぎた今も、その猛威は衰えそうもありませんし、むしろ逆かもしれません。この状況の中でお聞きしたいことは山ほどありますが、今日は、感染症の歴史にもふれながら環境との関係に焦点を当て、私たちが感染症をどう理解すべきかをお話しいただきたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。
山本さんは感染症の専門家として、そして国際保健学を専攻され、発展途上国を含む諸外国でさまざまな活動を経験されています。昨年末から、COVID-19感染症が世界中で爆発的な感染を引き起こしていますが、それ以前にも、世界を見渡すと感染症は人間の生命に深く関わってきたと思います。最初に、山本さんから世界の感染症との出会いなどを含めてお話しいただければと思います。

山本さん― ちょうど30年くらい前になりますが、ウイルス感染症の研究を志した学生時代には、「感染症はもはやあまり意味がないんじゃないか」と言われていました。時代は癌やエイジング、再生医療だろう、と。それが、30年ほど取り組んできて、感染症もまだまだわからないという感じになったのが、私にとっては大きいと思います。 強く思い出されるのは、1990年に始めたエイズの研究です。生殖というか、セックスによって感染し、広がっていくウイルスで、アフリカでベッドに横たわる患者さんをみながら、もうこれは止めようがないんじゃないかと思っていました。
今回のCOVID-19もそうですが、パンデミックになるどのウイルスも実に巧妙で、われわれ人類の弱点を突くかのように出てくるのがすごいなと。エイズの時にもそう思っていたのですが、最近はちょっと考え方が変わってきています。要は、ウイルスは適当にどんどん変異したものがたくさんあるわけで、むしろぼくたちの社会の在り方が、当時はエイズが、グローバル化が進んだ今はCOVID-19が、広がっていくのにマッチしたということです。逆転の発想のように思われるかもしれませんが、社会の在り方がウイルスを選んでいるとすると、今後も新たにパンデミックを引き起こすウイルスが出てくるという気がしています。

大塚― 確かに、30年くらい前にエイズが一気に広まりましたね。

山本さん― エイズは1921年くらいに起源があったといわれていますから、30年以上前にもあったのですが、70年くらいかけてパンデミックになって、6千万人以上の感染者が出て3千万人以上が亡くなっています。

大塚― あの頃、非常に多くの死亡者が出て、人口減少を引き起こすのではないかといわれていましたね。

山本さん― 実際、アフリカ南部、ぼくの行っていたジンバブエという国では平均寿命が35歳まで下がったといわれました。

大塚― 山本さんが少し前に話された、ウイルスにはウイルスの世界があり、人間には人間の世界があるということについてもう少しお話しください。

山本さん― そうですね。感染症の研究がおもしろいのは、病原体も生物で、宿主も生物で、生物と生物のインタラクションの結果として感染症が起こっていることなのです。 癌や循環器系の病気は、発癌性物質などの要因によってのみ発病するわけです。ところが、感染症の場合は、病原体と宿主が共進化【1】というか、時には競争しながら、時には協調しながら起きる現象なので、研究をしていてすごくおもしろいなと思うことがあります。

大塚― 先ほど紹介されたジンバブエでは、どのようなことをされていたのですか?

山本さん― ジンバブエには、JICAの感染症プロジェクトのチームリーダーで1年ちょっと行っていました。

大塚― 取り組まれたのはエイズですか?

山本さん― あと寄生虫と、マラリアです。

大塚― マラリアも感染者が少し減ったとはいえ、確かに深刻な問題ですね。

2003年から2004年にかけて赴任したハイチの町の風景

2003年から2004年にかけて赴任したハイチの町の風景

ハイチの病院で入院中の子ども

ハイチの病院で入院中の子ども


2004年に実施したインドネシア・ロンボクでのマラリア調査

2004年に実施したインドネシア・ロンボクでのマラリア調査


2004年に実施したインドネシア・ロンボクでのマラリア調査

ごく一部のウイルスが病原性を発揮するとしたら、その生態学的な意味は何なのか

農耕の開始や野生動物の家畜化による人口増加と、動物由来感染症のヒト社会への定着

農耕の開始や野生動物の家畜化による人口増加と、動物由来感染症のヒト社会への定着[拡大図]

大塚― 現在、パンデミックになったCOVID-19に多くの人の関心が集まっていますが、山本さんは、COVID-19をウイルスと人間との関係としてどのようにとらえておられますか?

山本さん― パンデミック自体は、今までに何度も起きています。ところが、今回の新型コロナをみると、医学的な感染症としてのパンデミックがあるだけでなく、情報のパンデミックがあって、COVID-19が引き起こした社会的な影響のパンデミックがあって、そのうちのどのパンデミックの話をしているのかわからない状況になっているような気がします。

大塚― ウイルスと人間の関係についての1つの見方として、ウイルスをはじめとする病原体を主体とし、病原体と環境との関係に注目すると、また違う見方になるように思います。

山本さん― 医学は、これまで感染症を人の視点だけから見ようとしてきたと思います。でも、感染症の研究を長く続けていると、それって一面的だなと思うのです。最近10年くらいそう思っていて、ご指摘いただいたように、病原体の視点から見るとどう見えるのだろうというのが、最近のぼくの興味と関心になっています。 病原体と呼ばれる病気を引き起こすウイルスは、ウイルス全体の0.01%とか、その10分の1か100分の1と非常に少ないのです。残りの大半のウイルスは、実は何もしないのです。 ウイルスは宿主がいないと基本的には複製できませんから、ウイルスが宿主の環境適応性を下げる方向に進化するとは考えにくいのです。大半は、長期的に見れば環境適応性を上げる方向に進むだろうと思います。でも、ごく一部にしてもウイルスが病原性を発揮するとしたら、その生態学的な意味は何なのかに興味があるのです。 生物間のインタラクションを生態学的にみると、どのアクターもどのプレイヤーも生態学的なシステムを支えることに貢献していると考えるのが自然でしょう。そうだとすると、病原体の存在も、全体のシステムの中で何か意味をもつと思うのです。

大塚― ウイルスと宿主としての人間との関係に加えて、ウイルス同士の関係もあるのでしょうね。

山本さん― そうですね。ウイルスは細菌にも感染します。そういう意味では、哺乳類や大型動物は、ウイルスの宿主としてあまり大きな位置を占めるわけではなく、むしろバクテリア(細菌)とかアーキア(古細菌)の方が大事なのだろうと思います。 以前、内田樹さん【2】とお話しした時に、「病気を起こすウイルスにも何か役割があって、システムを強固にするとかレジリエントにするという意味があるかもしれない」といったら、「組織もそうなんだよね」、「異質なものとか、違うものとか、反対意見を持っている者がいる方がレジリアントなんだよ」と応えられました。「え、でも何でなんですか?」と聞いたら、「いや、それはよくわからないんだけどね」とおっしゃっていました。

大塚― おもしろいですね。ちょっと単純化するかもしれませんが、ウイルスにとっての環境として見たとき、人間の体や生活にはどんな特徴があるのでしょうね。いろいろとあると思いますが。

山本さん― どんなふうに見えるでしょうね。医学の立場では、ウイルスと共存する、あるいは共生する方がいいと言ってきたのです。ウイルスや微生物をドメスティケーション(植物の「栽培化」あるいは動物の「家畜化」を意味する)できないかという話だと思います。ハラリ【3】が書いていているように、逆にウイルスの側から、宿主であるヒトをドメスティケーションするという視点から見ると、どういう感染症対策というか、どういう形が両者の共存にとって好ましい状態かを考えるヒントになるかもしれません。人間が小麦を栽培して農耕を始めたことを、逆に、小麦が人間をドメスティケーションしたとみると、小麦を栽培するために人間が一生懸命働いて、人口は増えたけれど苦労ばかり多くなったともいえるわけです。

大塚― 同感する気持ちもあるのですが、じゃあどうしようかと考えると難しいですね。


ヒトにとってのウイルス感染症は、まだまだ関係が新しいという気がずっとしている

コロナウイルス亜科(Subfamily Coronavirinae)。青字はヒトに蔓延している風邪のウイルス4種類、赤字は動物から感染する重症肺炎ウイルス3種類。

コロナウイルス亜科(Subfamily Coronavirinae)。青字はヒトに蔓延している風邪のウイルス4種類、赤字は動物から感染する重症肺炎ウイルス3種類。
SARSコロナウイルスは2002年に中国広東省で発生したウイルスで、コウモリのコロナウイルスがヒトに感染して重症肺炎を引き起こすようになったと考えられている。2002年11月から2003年7月の間に30を超える国や地域に拡大した。また、MERSコロナウイルスはヒトコブラクダに風邪症状を引き起こすウイルスとして2012年にサウジアラビアで発見されたが、種の壁を超えてヒトに感染すると重症肺炎を引き起こすと考えられている。WHOの集計によると、2019年11月30日時点で、27カ国で2,494人の感染者が報告され、うち858人が死亡した(致命率34.4%)。[拡大図]

大塚― 少し話を進めますが、人間が密集して住むようになり人口密度が高くなり、特に最近ではグローバリゼーションの影響もあって人間社会が変化してきていることが、ウイルスや細菌にとって都合のいい環境というか、都合のいい状況になっているのでしょうか。

山本さん― 農耕が始まる前、人間が狩猟採集を行い100人とか150人くらいで暮らしているところに、今回の新型コロナウイルスのようなウイルスが入ってきたとすると、多分、集団の中で感染がバーッと広がりますが、でも次の集団に移ることなく終わってしまうと思います。つまり、パンデミックを起こさないのですよ。もし次の集団に移ったとしても、もうそこで終わるはずです。
パンデミックを起こすためには、感染した人がどんどん入ってこないといけないので一定程度以上の人口が必要です。それは多分、数十万人くらいだと思います。そうなったのは、農耕が始まって、都市ができてからです。インフルエンザとか麻疹とかコロナとか――新型コロナだけなくて7つくらいのコロナウイルスによる感染症があります――、そういうウイルスが出てきたのは今から1万年以内なので、人類の長い歴史の中では比較的最近の短い期間のことになります。もう少し言うと、人間の淘汰圧として働くには1万年というのはちょっと短い気がします。ヒトにとってのウイルス感染症は、まだまだ関係が新しいということが、ぼくがずっと気にしていることです。
現在の状況がどう変わっていくか、もう少し長い目で見ていく必要があり、進化的な時間で見られるとおもしろいと思っています。

大塚― 今言われたように、宿主の集団が例えば狩猟採集民のように小さな場合、感染が広がってもせいぜい隣の集団までという特性と、感染症の中には宿主を死に至らせるような激甚化・重篤化する場合があることとは、どう関係するのでしょうか?

山本さん― それは全くわからないですね。ただ、すごく単純化して考えると、よく言われるのは、ウイルスがあたかも意思を持ったとすると、相手を殺してもいい時って、どんどん次に感染する人がいて、十分それが担保できるときなのですね。
ですから、強毒なウイルスと弱毒なウイルスが同時にある場合、すごい勢いで広がっているときには強毒のものも残るのですが、緩やかな感染になると強毒性のものは次に移る前に宿主を倒してしまうので、弱毒のものが選択的に選ばれるわけです。そうだとすると、流行の速度が速い時には強毒化する可能性が高いと思いますね。

大塚― 今の新型コロナの場合、治療の技術も非常に進んでいると思います。それでも結構な数の方々が亡くなっています。例えば、SARSやMERS(ともに、呼吸器症候群を発症させたコロナウイルス)に比べて重篤化する程度はどうなのでしょうか。

山本さん― 低い感じがしますね。ただ、年齢でかなり違うという特性が目につきます。子ども、特に小学生・中学生は感染率も、感染を広げる割合も、重症化する割合も、非常に低いですね。


パンデミックを起こした感染症はそれほど多くはないが、ここ50年くらいはちょっと度を越えている

野生動物からの贈り物。パンデミックを起こした感染症はすべて野生動物由来で、野生動物と人の距離が近くなったことで起こっていると考えられる。家畜動物由来のウイルスについては、1万数千年前から5〜6千年前までの間に定着しており、今問題になっているのは、人間と接触することのなかった野生動物などが持っているウイルス。

野生動物からの贈り物。パンデミックを起こした感染症はすべて野生動物由来で、野生動物と人の距離が近くなったことで起こっていると考えられる。家畜動物由来のウイルスについては、1万数千年前から5〜6千年前までの間に定着しており、今問題になっているのは、人間と接触することのなかった野生動物などが持っているウイルス。[拡大図]

大塚― ウイルス学からみると本当に奥が深く、まだまだ謎が多いということなのですね。
感染症対策の視点からお聞きしたいことがあります。粗く分けると、抗ウイルス剤を用いる治療、それに予防――最近話題のワクチンができるかどうかなどですね――、それからもう少し広い意味での行動変容を含めた感染を低減させるための予防的な対策、それらがあると思います。新型コロナウイルスに限ることなく、ウイルス学の立場から、感染症対策をどのように理解され、どのようなことが大事になるとお考えでしょうか。

山本さん― かつて治療薬がないときには、対策としては基本的に隔離すること、つまり接触を遮断することしかなかったのです。そのときには、感染して隔離された人たちはもちろん、感染していないけれども隔離された集団に入れられた人たちは、基本的にもうあきらめてくださいということでした。隔離によって、非感染地帯にいる人たちを守るという集団防御ですね。これでずっとやってきたのです。しかし、これって、根本的な対策じゃないですよね。
そのあとで抗生物質やワクチンができ、個人を守れることになり、隔離をしなくても対策ができるようになりました。もしかしたら、これで感染症を制圧できるかもしれないと思ったのです。
ところが、今回のように新しいウイルスが出てきて、治療薬がないと、集団防御という対策に移っていくしかないという流れができているのです。
初期の集団防御対策には、大きなデメリットがありました。それは、感染した人や同じ地域に住んでいる人を、「違う人」として排除してしまうということです。そこには、感染した人だけでなく、社会的に弱い人――例えば、ユダヤ人とかハンセン病の人――もいっしょに、全部排除してしまうということでした。

大塚― 人間社会の問題がかかわっているわけですね。ところで、ウイルスの側にとっての環境という意味では、そのような条件が関係するのでしょうか。

山本さん― パンデミックを起こした感染症は、ここ1万年くらいの間にそれほど多いわけではないのです。20か30くらいです。しかし、ここ50年くらいを見ると、エボラ(出血熱)が出る、エイズが出るという状況です。もちろん発見する技術が上がったことも影響しているかと思いますが、ちょっと度を越えている感があります。
これらの感染症は、すべて野生動物からきています。出現頻度が上がった原因は、野生動物と人の距離が近くなったことにあると思うのです。それは、開発や森林の伐採などで人間が自然の生態系にズカズカ入り込んでいったこと、あるいは地球温暖化などを含めて動物の生息域が縮小したために野生動物が生息地から外に出ていかなければ生活できなくなったこと、そのどちらかだろうと思います。
そういう意味で、自然環境との向き合い方が重要なのです。


リスクは無限にある、でも種の壁を越えるのは、そんなに簡単でもない

ヒト・マイクロバイオームの特徴

ヒト・マイクロバイオームの特徴[拡大図]

大塚― 野生動物との付き合い方にもいろいろな側面がありますが、家畜動物はどうなのでしょうか?例えば最近の豚熱(CSF)【4】の場合、ブタとその野生種のイノシシが同じウイルスをもつわけですが、家畜動物からも感染するリスクはないのでしょうか?

山本さん― 家畜動物はぼくの専門ではありませんが、家畜動物については1万数千年前から5〜6千年前までの間に、おそらく人間がありとあらゆる動物の家畜化を網羅的に試したように思います。それ以降、家畜化に成功した野生動物はいないわけです。そういう意味では、家畜に由来するウイルスは、その時点ですべて人間に定着したと思います。ですから、今問題になっているのは、人間と接触することのなかった、もっと熱帯雨林の奥地にいたような野生動物などが持っているウイルスなのです。
ここ100年くらい、人間がそのような環境に入っていくようになったことが大きく関係していると思うのです。

大塚― 今回の新型コロナウイルスについても、最初の頃、感染源の候補としての野生動物についていろいろな議論がありましたが、わからないものなのですね。

山本さん― そうです。わかるまでには時間がかかると思います。

大塚― ということは、逆にいうとウイルスはものすごい数あって、リスクは無限にあるということになるのでしょうか。

山本さん― そうですね。リスクは無限にあるということです。でも、ウイルスが宿主の種の壁を越えるのはそんなに簡単ではないし、それでいったん種の壁を越えると、逆に種の壁を越えて戻るのも難しいので、人だけが宿主になるのです。そこで完全適応の状態になるのです。
ウイルス感染症の中にも、宿主の環境が変わると、どんどん減っていくものもあります。たぶん、絶滅宣言がなされた天然痘は、最後の局面では、何をしなくても100年から200年の間に消えていくのですが、世界のさまざまな機関がいろいろな働きかけをして、「根絶できた」と少々誇張しているような気もしています。
宿主としての人の中に入ってきたウイルスは、いろいろな障壁を越えて入ってきたわけで、人にだけしか感染しないとすると、それが存在することで、他の新興ウイルスが入ってこられないように防御壁として守ることになるかもしれないわけです。そういう意味で、いったん種の壁を越えてきたウイルスとどう付き合うかは結構重要という気が最近しています。

大塚― まだまだ未知のウイルスがたくさんあるわけですね。先ほどちょっと言われた野生動物との接触、つまり彼らの生息域を侵害することでリスクが生まれるとすると、具体的にはどうすれば防げるのでしょうか。

山本さん― やはり、お互いの場所を尊重するという、すごく単純なことになると思います。どのようにして尊重するかはいろいろな方法があると思いますが、相手の場所にむやみに近づかない、入っていかないことが重要でしょう。

大塚― 感染症に限らず、人間が野生動物の領域にズカズカと踏み込むことは問題が多いようですね。

山本さん― 最近、われわれの体内に常在している細菌やウイルスなどは、ヒト・マイクロバイーム【5】と捉えられています。そして、マイクロバイームの多様性が、ヒトの健康に深く関係しているといわれています。
近代医学は、感染症の原因が微生物であることを明らかにしたところから始まって、微生物が感染症を起こすのだったらそれを排除すればいいと、抗生物質を開発しました。その抗生物質を使った結果わかったことは、実はわれわれは非常に多くの微生物に囲まれて生きていて、それを抗生物質で攪乱してしまうと病気になるということでした。
それは、たぶん“内なる生態系”とも呼べるような、人間も微生物も含む“生態系”のような存在に関係しているように思えます。人間という種全体で考え、大きなマクロな生態系でも同じようなことがあり、いろいろな多様な生物に囲まれて生きているものを崩してしまうと、結局、自分たちの集団としての健康に大きな影響を及ぼすことになると思うのです。ミクロでもマクロでも、根は同じ現象が起こっているということを、新型コロナウイルスが教えてくれているのかもしれないという気がします。

大塚― 警告ですね。

山本さん― そう、警告です。


人類は感染症では滅びないが、人口減では滅びるかもしれない

大塚― まだいろいろとお聞きしたいことはあるのですが、最後に、山本さんが著書でも述べておられる「ウイルスとの共生」についてお話しいただけますか。

山本さん― 具体的な解決策はないかもしれないのですが、「共生」は、いっしょに混ざっていることを指すのではなく、さっき述べたように、お互いのテリトリーはちゃんと守り、全体の中で分かれて存在するのが共生の在り方という気がしています。野生動物を守るときに、人間の中に入ってくるのを守るのではなくて、野生動物の棲む環境と、一方でヒトの住む環境があって、節度のある接触をもちながら共生できるとしたら、微生物ともそういう共生があるかもしれないと思っています。
必ずしも、心地よくはない「共生」や、妥協の産物としての「共生」もあるかもしれないですね。例えてみれば、感染症にかかって入院するというのは、社会としてはすごく強いのです。アフリカやアマゾンのように、感染症に対する免疫が全くないところでは、感染者はバタバタ倒れていきますから、感染症の免疫を持つことはとても重要です。でも、一方で、感染症による一定程度の犠牲が出ることに対して、それを共生する上でのコストと言うにはあまりにも犠牲が大きいですよね。

大塚― 共生が混ざり合うのではなく棲み分けるということは、考えてみれば、ヒトも環境との関係の中で生物として進化を遂げてきた一員であることの確認になるかもしれませんね。

山本さん― そうかもしれないですね。先ほども申し上げたように、新型コロナウイルスの感染も、気候変動のようなある種の環境変化が背景にあったことがすごく大きいと思っています。
最後に申し上げたいのは、人類は感染症では滅びませんが、人口減少により滅びるかもしれないということです。先進国も含めて、今年の出生数はものすごく減っていますね。パンデミックが社会変化や社会変革を、時間を早回しするようにして起こす可能性がある、あるいは起こしてきた歴史があります。今、日本の人口は、過去の人口増加と同じくらいのペースで減少していく可能性がありますし、世界人口も大きく下方修正されています。それが加速するような形で進むと、今のコロナの影響を超えるインパクトをもたらすのではないかと心配しています。

大塚― エイズの時は、死亡が増えることによる人口減少が言われましたが、新型コロナの場合はむしろ出生率が下がることが原因になるということですね。

山本さん― そうですね、今、世界中で起きているようです。

大塚― 山本さんから、人間とウイルスとの関係性について非常に幅広い視点からお話しいただきました。COVID-19についても、ウイルスについても、まだまだ分かっていない多くの課題があることが分かりました。本日はどうもありがとうございました。

長崎大学熱帯医学研究所教授の山本太郎さん(左)と、一般財団法人環境イノベーション情報機構理事長の大塚柳太郎(右)。


注釈

【1】共進化(coevolution)
複数の種が、生存や繁殖において互いに影響を及ぼし合いながら進化する現象。捕食者と被食者、寄生者と宿主、競争者どうしなどでみられる。
【2】内田 樹
思想家、武道家。神戸女学院大学名誉教授。専門は、現代フランス思想、比較文化論。
【3】ユヴァル・ノア・ハラリ
イスラエルの歴史学者。タイム誌やファイナンシャル・タイムズ紙、ザ・ガーディアン紙への寄稿記事をもとにした新刊『緊急提言 パンデミック―寄稿とインタビュー(Urgent Suggestion on the PANDEMIC --Articles and Interview)』で、コロナ後の人類についての見解を述べている。
【4】豚熱(CSF)
豚とイノシシに感染するウイルス疾患でCSFと呼ばれる。近縁でウイルスの属が異なるアフリカ豚熱(ASF)もある。日本では、1992年以来発症がなかったものの、2018年からしばしば発生し畜産業に大きな被害をもたらし、家畜伝染病に指定されている。現在のところワクチンなどの有効な治療法はない。なお、人間には感染しない。
【5】ヒト・マイクロバイオーム
ヒトの身体に常在する微生物の総体を指し、脳やその他の臓器とのシグナル伝達を通して、巨大なネットワークを確立しており、ヒトの健康や環境適応に何らかの役割を演じている可能性が示唆されている。
総体で見れば、約100兆個の微生物で構成されており、総計で、重量は2キログラムになり、心臓、肝臓、腎臓といった臓器の重量に匹敵する。また、少なくとも1000種類の細菌を含み、300万個の遺伝子を有する。その数はヒトの遺伝子数の150倍にも相当する。
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